2010-06-12

南海電車

実家から大阪には南海電車。
特急サザンに繋いだ自由席と言う名の主力車両7000系に乗る。
1966(昭和41)年製(更新1回)のロートル列車が未だに特急で走っているのは脅威としか言いようがない。
ボクより年上(^^ゞ
以前は昭和38年製が走ってましたが、さすがに最前線ではみられなくなった様子。
2006年で40周年を突破してますが、50周年まで最前線で頑張らせるのもいいかも?

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2009-04-17

誠、カムバック!の署名。

558_223 オンライン署名サイトの「署名TV」では、まったく明確な理由が開示されないまま一方的に芸能生活活動停止に追い込まれた北野誠氏の復帰と松竹芸能の説明責任を問う署名がアップされています。

タレント・北野誠さんの無期限謹慎処分解除、芸能活動復帰のための署名にご協力をお願いいたします。

松竹芸能に対しての説明責任を問う

古株サイキッカーとしては、なるほど、誠っチャンは「毒舌」かもしれん(ボクは天才、上岡龍太郎の方がよっぽど毒舌と思うけど)が、山本リンダさんの時と違い本人が「抗議」で名乗り出ないまま、一方的に事が進んでサイキック青年団は有無を言わさず事後報告の放送打ち切り、イベントも出版した本のサイン会も一方的に打ち切り、そして揚げ句の果てには無期限活動停止。そして、誰も理由を語らず、本人は誰に向けてか不明なまま「どうしたん?」と理由を聴くファンの矢面に立って謝るばかり。

はっきり言って、おかしい。毒舌が問題あるならリンダさんのように表に出て「記者会見」して、如何に誠がひどいヤツなのか、如何にありもしないデマを公衆に触れまくるヤツなのか言ってほしい。某小沢一郎氏じゃないけど、あとは輿論の判断をみて進退を問えばよい。納得いく理由なら「誠っチャン、そらあかんわ」とも我々も慰められるし我慢もできる。

でも、今の状況は、

こんな理不尽なことがあってたまるか。誠っチャンの事を、闇から闇へ勝手に葬られてたまるか。

に尽きます。とにかく一部を除いて、関係者が訳知り顔で口を閉ざし我々が放置される状況は堪えられない。できればこのような署名活用に協力をおねがいしたいと思う次第。ふたつめのものはかなりハードルが高く設定しているのでこちらもお願いしたいと思う次第。

裏で圧力をかけて表に出てこないやり方は絶対に許さない。理由がはっきりしているならばこっちも納得する。だからきちんと白黒つけた説明が聴きたい。誠っチャンを追い込んだ側は一方的に関係筋に詫びを入れさせる真似をするくらいなら、堂々と表に出てきて輿論に語ってほしい。

語れないなら、堂々と(深夜にこっそりかもしれんが(^^ゞ)輿論に芸風をまっとうする誠っチャンの活動を「停める」資格はないと思うぞ。

2009-03-16

サイキック青年団『最期の放送』

「オリコン」にすっぱ抜かれて、2月末に飛び込んできたサイキック21年の終幕劇。
結局、事実上最後の放送になりそうな雰囲気だったということで「誠のサイキック青年団」8日のストリーミング放送を聴きました。
聴いたのは15日でナイトスクープ・ゴールデンを見ずに大慌てでストリーミング。おおよその内容はコチラを参照ください。

放送中に誠っチャンが感極まって泣いているのに、ぐっと来ました。
今回の突然の番組終了に関連して企画した別イベントさえ封印せなあかん無念さと、それをリスナーにその訳を話せない無念の気持ちが伝わるやるせないものでした。

で、それを浅田美代子の「わたしの宵待草」とそれを枕にしたネタで、重いスタジオの空気を立て直した竹内さん。
誠っチャンと竹内さんのコンビネーションを感じさせる場面でした。これぞ21年続いたサイキックの真骨頂。
但し、こんなところで発揮せなあかんところがせつない。

平野くんが入ってサイキックらしいネタが連発された後で、後半は王道?ならばD萬板井さんですけど無理なので、ちわきまゆみさん登場。
サイキックが始まった頃に、ちわき&竹内という今では想像できないコンビでラジオやっていたので、まあ最後はちわきさんがふさわしいかな。
古株リスナーとしては、ひどく?自然に時間が過ぎていった後半。この辺の感じに自然に聴けるお年ごろなんですよね。
気がつけばコニー・アイランド・ベイビー。

そして、誠っチャン、竹内さん、ちわき嬢のお三人さんの名乗りのあとで「また来週」とならずに「802に出してぇな」で終幕。
まあ、はじまりは空いてる時間の片隅で始まったサイキックの終幕にふさわしい静かなエンディングだったと思う。
あと3回あるのかどうかわからない(打ち切り?)けど、これ以上何を言うのかというくらいサイキックらしい終わり方でした。

まずは、おつかれさんです。ほとぼりさめてからのリスタートをお待ちしてます。

※ちなみに私事ですが、いまのヨメサンとの出会いはサイキックでした。
そのヨメさんと感慨深く濃い口トークで「なぜおわらなあかんのか」を語り合うのも何ですが。


追伸
この日の深夜26時と共に、「8日の放送で終了」のお詫びの放送が流れ、ウェブページも文章だけに変わってこれまでのページは削除されました。予告なしで繰り上げで打ち切り。4月改編まで穴埋めなしという、放送局としてはありえない「異例」の打ち切り方で20年間のサイキックは無理やり終了させられてしまいました。あらためて、8日分の収録で既にその結論で行われていたのかと思うと、今日で終わりと言えない理不尽な状況下で、「最期の放送」を静かに淡々と締めくくったお三人さんのトークと現場の「最期の放送」に戦慄が走る思いです。

ABCの対応うんぬんよりも局外からの想像以上の圧力がかかったんだなと想像させるに十分な、「なんでやねん!」といたたまれない壮絶な終わり方になりましたですね。しかしその中での『最期の放送』は前代未聞の「処刑」劇の2時間前までしっかりと聴き遂げました。こんな終わらされ方をされた長寿番組があったことを絶対に伝えていこうと心に誓うものになりましたですね。

2009-02-07

おけいはんの旅

P1000589 P1000622 P1000634 7−8日は研究会で上洛してました。そのついでにおけいはんの旅をしてきました。


7日は早朝から、超特急つやま号で梅田まで。JR西のシートはパソコンも打てるほどゆったりなのに対して神姫バスのシートはひじ掛けもなくて狭くてキツイ(ノ_<)。超特急なら九州の高速バスを見習ってほしいもの。
しかし、空いていて30分早く梅田到着。御堂筋線で淀屋橋、京都行くならモーツァルトとおけいはん。石清水八幡宮のお膝元、八幡市駅まで乗りました。

京阪電車はおおむかし、ボクが京近美に展覧会を観に行くときに三条まで乗ってた電車(帰りは阪急)。
今の京阪電車は中之島新線ができて、淀屋橋からと中之島からのダイヤに変更。その上、京都の駅名も一部変更。変更されてはじめてだったのでややこしくないかと思いましたが案外スムーズでした。車窓はずいぶん変わりましたって、住宅建てすぎ。
淀屋橋のジューススタンドでミックスジュースを飲む。関西ではあたりまえだなミックスジュース、チェーン展開してるとこです。

八幡市駅からケーブルで石清水八幡宮を見学。高良神社じゃなくてちゃんと上まで行きました。帰りは歩いて護国寺跡など廃仏令で退去した寺院跡を散策しながら下山。彼らが宿坊として布教活動したというのにねぇ(^^ゞ
麓の頓宮の近くには巨大な五輪塔があります。見ての通りのデカさです。

それから、淀駅へ移動。京都競馬場最寄り駅で有名ですが、駅の前に淀城跡があります。駅のホームから石垣を観ることができますが、まもなく高架になるので駅からの眺めは見納めかも。但し上から俯瞰できるようになるかも知れません。主郭部と天守台が残っています。ちょっとしたスポットです。城好き以外は行っても「?」と思うでしょうな。

そして、最後は中書島駅で降りてかつての京都の外港、伏見の町。北上して、かの寺田屋まで行って外を見てから、かつての伏見城の大手町筋を東へ歩いて近鉄桃山御陵前駅までウロウロ。龍馬伝もあるのでなんだかんだでまたはやりのスポットになるでしょう。龍馬ブームは何度も波があります。今回はじめて(!)伏見は降りてみましたが案外面白い。もっと下調べして歩いてみようと思います。

てなことで。案外、関西歩きをしたことの少ない自分としては、歴史系に近しくなっているのに関西の名所巡りはほとんどしたことのないという状態。ちょうどよいたぬき旅でした。

さて、ここからはキンテツの旅(^^ゞ

近鉄で東寺の旅

P1000667桃山御陵前駅からは近鉄京都線で東寺駅まで。お目当ては一般公開の東寺観智院。

近鉄は京阪と違ってやっぱり「地味」(^^ゞ。でも、沿線に奈良・吉野・伊勢を抱える近鉄は昔から大和路や歴史・芸術文化への造詣は深いことは有名。大和文華館などかつてのオーナーが積極的に推進したものです。
阪急のタカラヅカ、南海の高野山・和歌浦などなど、芸術文化から球団・レジャーまで幅広い文化事業によるイメージ戦略、乗客につなげる戦略はかつての関西私鉄の王道路線でした。
観光庁などでJRなどが推進している「ローカル観光政策」もののルーツです。

今と違うのは、オーナーが古美術好きなどもあって歴史遺産や寺社めぐり、古美術ミュージアムなどを「ブランドイメージ」として大事にしたことですね。もちろんただのお大尽の趣味ではなくて企業戦略や沿線投資とリンクしたもの。そんな企業活動としての文化事業とブランド力を吹っ飛ばしたのが、モータリゼーションとJRの民営化による叩き合いな価格破壊競争とおトクだらけの沿線案内情報でしたね(愚)。

とちゅう、京都市営地下鉄と接続する竹田(たけだ)駅を通過。
豊後竹田(たけた)とよく混同してお問合せがある竹田(たけだ)駅 はココだそうです。

そして、東寺駅に到着。観智院を見学してちょっと散財(^^ゞ
それから、東寺の定番と言えば五重塔ですが、そちらにはいかず無料(^^ゞの大師堂へ回りました。

大師堂の建物は何度も改修が加わっていますが、江戸後期の考証学的見地が加わった教科書的「寝殿造スタイル」になっていて、かえって原形がみれる面白いサンプルとなっています。
なかなか建築史の教科書みたいないい建物でした。東寺も案内つきで回ると日本の古建築を知るにはかなり面白いところです。

2009-01-02

初詣で

P1000468P1000469_2 1日は地元の南近義神社に初詣でしてきました。
厄年がらみがありましたので、新年に家内安全と厄払いをしてもらいました。ちょっと奮発(・ω・)/

で。2日はわが家で毎年恒例だった、生駒聖天宝山寺に初詣で。
不動明王と聖天(歓喜天)を祀る宝山寺は、大阪では商売の神様で親しまれています。
わが家は昔から2日にお参りしています。
拝んで、線香焚いて、煙をかぶって、福財布もらって、……そして、おみくじ。
今回行ったみんなが、そろって

「凶」(^^ゞ


厄をおみくじに封印して、括ってきましたさ(笑)
これも、たぶん、厄払い(^^ゞ

それで、草もち食べて、出店で食べるのがいつものコース。今年も家内安全ですね。

2008-10-11

だんじり

実家に帰省して、母の還暦祝いをしてきました。

で、ちょうど11・12日はだんじりまつりでしたので見物。観るより引く方がはるかに楽しい。体育の日の連休にあわせて堺以南の泉州地域では、宮さんを持っている村々はみんなだんじりまつりをする。宮入りする神社は古くからの神社が多くて、だいたい熊野街道沿い(JR阪和線界隈)の山手にある。そして、宮入りする宮さんを持たない集落もあって、そこではだんじりまつりはしてないので必ずしもだんじり一色というわけでもない。

町では、貝塚寺内町は太鼓台を引く「ふとん太鼓」をする。そして、有名な岸和田城下町のだんじりは岸和田城(岸城神社)に宮入りするんですけど、これは城下町のまつりなので敬老の日の連休にする。

泉州のだんじりは○ンキーのはいったニイサンだけではなくネーサンたちも子供らも綱を引っ張る。
かっこいいアンちゃんをネーサンが見守るなんて図式はないので、取材される方々は演出にはご注意を(^^ゞ

実家は貝塚市にある南近義神社に宮入りする五ヶ村のひとつ。左は地蔵堂、右は窪田のだんじり。有名な岸和田城下町ほど日頃訓練しているわけではないので派手ではないのですが、まあええ具合にシンプルです。

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