2010年8月29日 (日)

月刊文化財バックナンバー。

文化庁文化財部監修の『月刊文化財』
第一法規株式会社から刊行されているけど、ほとんど文化財行政の機関誌です。
ぎょうせいから刊行されている『文化庁月報』もありますがあちらは芸術文化・博物館も含めて文化庁全体のこと、
こちらは文化財行政オンリー。
外務省の外交フォーラムは仕分けされたようですがこちらはしっかりと根付いています。

第一法規のページでは、
わが国の指定文化財を中心に、概念の変遷や学説の動向、国内外の豊富な事例紹介等文化財に関わるあらゆるテーマを、
各分野の第一人者の解説、多くの写真とともに取り上げる唯一の文化財総合月刊雑誌。

とあります。

だいたい文化財行政の仕事場では購読してたりするものですが、
当方は文化財の現場に居ませんでしたし、国博が近くにあるわけでもなかったのでなかなか入手する機会がなかったのですが、
現場でも近くの書店から注文しているのだろうから、と思って取り寄せできるかと尋ねてみたところ、
OKだったので取り寄せてみました。
1週間ちょっとで到着。ローカルな事務用品系書店は田舎の研究者にとっては本当に便利です。
歴史まちづくり法や伝建、保存修理の観点がイマイチ理解できてなかったのでそれに関連する号を注文。
この辺を足がかりに、不動産と税制に関する知識を融合させていけば実践的な文化財のまちづくり理論やマネジメントを学べることでしょう。
文化財のマネジメントはアートやリノベーションの現場などに比べればまだまだ後手ですので基礎を押えておきたいもの。
あとは平城京遷都と唐招提寺。これは建築史的関心。こちらもしっかり仕込まないと。

日々、コレ勉強です。
問題はどこで活用するかだな(^^ゞ

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2010年7月 4日 (日)

アートと歴史の出会い、まちとアートの出会いについて語りました。

3日は雨天の中、2週連続して福岡へ遠征。
先週は福史連大会にて『福岡県の城郭』について報告しましたが、
今回はアートサポートふくおかにて去年やった「テラマチあります」についてこっとんのTさんと一緒に報告です。

連続講座2010 アート でつなぐ人とまち」第4講「まちとアート・大分県竹田編」です。
アートサポート福岡には、2008年にリサーチを兼ねて連続講座2008 アートでつなぐ人とまち」を受講したご縁です。
それでホントに2009年にアートプログラムをやった事例と言うことでお招きいただきました。ありがたいことです。


内容は
『この回の講師は「連続講座」受講生OB&OG。お2人は城下町・大分県竹田でアートを通じたさまざま出会いやアーティストを招聘するプログラムを提案する 実験を計画。2009年度、アサヒビールが支援するアサヒ・アート・フェスティバルに採択されました。「歴史の道アートイノベーション実験『アートと歴史 の出会うまち<テラマチ>あります。』」の様子と竹田をアートで盛り上げる仕掛け人としての思いをうかがいます。』

ということで1時間半を2人で分担して報告&質疑応答。

単にこんなことしました。という報告では意味がありませんので、2つの力点を置いてそれぞれ担当として報告しました。
ボクの方からは、歴史的遺産を残すまちにおいて「歴史と文化のエコミュージアム」を展開する上で、
「現在」をテーマとするアートとの出会いをなぜ必要と考えたのか?を話すことに力点を置きました。これはボクの担当。
「過去」=歴史(歴史的文脈) と 「現在・未来」=アート がただ出会ってアートが過去のモチーフを焼き直すのでなく、

「過去」=歴史(歴史的文脈)と「現在・未来」=アートの出会いから、過去から現在・未来へ、現在・未来から過去へ行き来することで、
過去だけでない現在の生活文化に新たな視点を提示できるのではと言う見込みを考えて企画したことなどを報告しました。
そして、今回の企画をなり立たせる背景にあるギャラリーやデザイン活動の面から話すことは
デザインディレクターをされているTさんから。
テラマチ企画はこれまで地域の中で積み上げられてきたギャラリー活動やアートプログラムの積立てを基盤に、
既存の施設やリノベーション事業の成果を援用することで成り立っていましたからこの組み合わせとなりました。

これらの報告を通して、まちとアートの出会いを生み出す場において、潜在的に地域の人たちが持っている創造性とコミットし、
さまざまな回路から同時並行的にアプローチを重ねることに意味があるという「特徴」が少しは出せたかなと思う次第。
自然と歴史と文化が絡み合う上質の環境を持つ希有な地域に住んでいますが、それを育んだのは市井を生きる人たちです。
単に「いいものだから」と外から持ち込んで植えてもしばらくすれば枯れてしまうでしょう。
過去の歴史遺産の中から文脈を適確に読みこなす読解力と、その中から本質を見出す着眼点の精度のよさ、が必要です。
今回の企画ではテキストを読みこなす方はできるのですが、
本質を見出す着眼点のよさはボクにはないので(^^ゞ、随分と助けていただいたわけです(企画力も多分に(^^ゞ)。

しばらく振り返る機会がなかったので、今回考える機会を与え下さったアートサポートふくおかの古賀さんには本当に感謝しています!
引き続き、まちとアートの出会い、アートと歴史の出会いについて考えていこうと思っています。

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2010年5月26日 (水)

渋さ知らズ!@ベップオンガク

仕事を終えて、ひとっ飛び。
行ってきました別府の盛り場北浜通りにある、元すとりっぷなA級別府劇場こと別府永久劇場。
アートNPOのBEPPU PROJECTが進めるPlatformプログラムによるまちなかリノベーションスペースです。
この夜は、そんな別府永久劇場がクアトロみたいなライブハウスになった、渋さ知らズ!のライブ。
福岡居たときから行きたかった、渋さ知らズ!のライブ。
まさかBEPPUで、こんなロケーションで観れるとは。ベップオンガクありがとう!


やっぱり素晴らしいライブでした、渋さ知らズ!オーケストラ。
設備は悪くても最高のロケーションで、お約束に花道と回転舞台も使っての
演劇空間&ビックバンドごちゃまぜライブのような、それでいてとてもエロティックで舞踏でアートな2時間のライブ。
BEPPUならでは!な仕様の渋さ知らズ!のライブ。
当日は完売。来た人は最高の時間を共有できたはず。
2時間弱ぶっ通しで音楽のシャワーと舞踏が入り交じる、酸欠すとりっぷ劇場ライブハウスとなりました。
こちらも負けずに2時間ぶっ通しで飛んだり跳ねたり。。。間違いなく筋肉痛だ(^^ゞ

この空間が開幕後は狂気乱舞の舞台となった別府永久劇場。真ん中の花道は現役時代はすとりっぷ(^^ゞ
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2010年5月25日 (火)

「渋さ知らズ 温泉大作戦・別府編」

久々にアートネタです。

3月に、まだ○芸職だった頃(^^ゞに、アートネットワークで呼ばれて案内していただいたストリップ劇場だった旧A級別府劇場。
BEPPU PROJECTのplatformプログラムのひとつとして、みかんぐみが絡むという大分ネイティブではありえないだろう展開で、
その名も「別府永久劇場」として生まれ変わりました。
そんな元ストリップ劇場(もちろん円形舞台あり)で、あの渋さ知らズが大分、別府に上陸。
これはスゴイことです!オオイタの若い子はぜったいに行け、金を惜しむな、後悔するぞ(^^ゞ
「現代芸術フェスティバル」のコンヨク世界な別府だからこそ実現したと思う「最高のロケーション」でのライブが期待されますね。

渋さ知らズ 温泉大作戦・別府 編
永久劇場(旧A級別府劇場:別府市北浜1丁目1- 12)
2010年5月26日(水)
開場:18時30分 / 開演:19時30分
前売:¥3000 / 当日:¥4000(全席自由)
主催:宇宙図書館
チケット取り扱い:ReNTReC.(別府タワー4F)他
 

べっぷろのサイトが再構築中のようですので、コチラのウェブログが参考になるかも。
2008年にレイハラカミを引っ張ってくるなど数々の奇跡を起こすベップオンガクにつながるプログラムの様子。
うーん、行きたいけど、厳しいかな。ロケーション的には仕事帰りオヤジスタイルで行くだろう、じぶん(^^ゞ。

Akyu

2010年5月 2日 (日)

山名氏の城と戦い

津山帰省のついでに、兵庫県立考古博物館の『山名氏の城と戦い』に寄ってきました。
天気も良く土山駅から別府鉄道の廃線跡を歩いて20分。博物館に着きました。
考古博物館は2007年に開館した新しいミュージアム。発掘体験展示室や体験学習室が館内に組み込まれ、
様々な参加体験プログラムが実施されている今風のミュージアムでした。
その一角、特別展示室を使っての『山名氏の城と戦い』は最近の但馬地域の調査成果が出ていて興味深く拝見。
いきなり東寺百合文書の山名宗全書状が出てましたが、大半は考古資料の出土資料が中心。考古楽ボランティアによる城跡模型もgood。
その他、西尾孝昌さんの縄張り図が多数パネルになっていました。
この前も言及したように但馬の城郭はかなり興味深いので、最近の成果を丹念に見て回りました。
図録も1,000円としてはボリュームもあり、基本テキストとしては便利な内容となっていましたのでゲットしました。
本チャンのミュージアムはほとんど古代以前で占められていますが、歴史考古学の城館遺跡を扱う特別展は要チェックです。


いい勉強になりました。

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2010年4月11日 (日)

今日はボランティアガイド。

3月の末にわたしをご指名で「岡城跡を案内して下さい」と北九州からツアーの方に依頼を受けました。
詳しい方にお願いしたいと言うことでしたのでわたしの方にお鉢が廻ってきた次第。
日曜日の依頼だったのですが、幸いなことにちょうど4月からカレンダー通りの生活になった(^^ゞので、
ボランティアガイド委員会に登録する形で引き受けることにしました。

昼からご年配の方50名ほど案内して岡城跡を1時間20分程度。
大手門→仕切門→太鼓櫓門→二ノ丸→本丸→覚左衛門屋敷跡→近戸門という流れ。
ゆっくりじっくりでよいと言うことでしたので贅沢コースで案内しました。
一応、堅固なお城なので足元の悪いところ心配しながら案内しましたが、好評でした(^^ゞ。
大手門は手すりがあるからよいのですが、近戸門は手すりがないので滑って骨折でもしたら賠償モノですよとご教示賜る。
まことにその通り。実際のガイドプログラムは聴き手の体力に合わせて内容をチョイスして絞らないといけないし、
お客さんの「生の声」を直接聴けて何かと勉強になる、よいものです。

ガイドツアープログラムは2007年春に一度企画を組み立て事がありますが、前の職場はなかなか動く機会に恵まれず。
その後も、お誘いいただいた事業でも横の関係からガイドプログラムづくりなどに積極的な関わりができないもどかしさがありました。
しかし、ようやくボランティアガイドという立場で土日のガイドツアープログラムを試すことができました。
とはいえ、この日も午前中は別の要件で下調べしてましたし平日は一般事務職の勤務がございますのでいつもというわけには参りません。
でも、うまく予定がかみあえば、「上質?なガイドツアープログラム」で対応できるでしょう。乞うご期待。
休日向け岡城跡ガイドツアーとまちあるきツアーは、いずれボランティアガイドで企画してもらいましょう(^^ゞ

来週17日は津山市の生涯学習講座で荒神山城トコトンガイドします。晴れることを祈ってて下さい。

2010年4月 3日 (土)

津山城跡の桜、津山さくらまつり。

城跡と夜桜のコントラストは抜群。
外桝形虎口が連発で天守台から高石垣が連なる城跡も、それを彩る桜の本数も規模が違います。
ここは観光協会が入城管理しており入場料は210円なり。29人まで一括注文可能という券売機がありました。桜を観るなら美作津山城跡こと鶴山公園は格別です。
この日はヨメさんとぶらぶら歩いて楽しみました。露店は外国の方がやっているドネルケバブが美味しかった。

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2010年4月 1日 (木)

日曜版のごあいさつ。

故あって野に放っていただいたので、4月から10年ぶりにカレンダー通りの生活に戻りました。よってタイトルも日曜版。
一般事務をやってますので、私へのご連絡はご注意下さい。
特に直電はこちらも応対に困りますのでお控えを。郵便も前の仕事場に送っても差し障りはないでしょうが時間がかかるでしょう。自宅でOKです(^^ゞ
メールと携帯電話は可能ですが、即座に対応できませんのであしからずご了承下さい。

と言った具合に環境は変わりますが、幸いなことに、私の研究領域・城館史料学はアカデミー一辺倒でない民間学から創成された学問領域。
元々大学やハコ芸とは縁のない日曜研究者たちで培われてきた研究領域でしたので、自分の研究スタイルとしてはあまり変わらない。
城郭跡は文献史料や美術作品のように閲覧申請などはいらない(土地の方のご理解をいただければ)のが、城郭研究の利点のひとつ。
家族の理解あってこそですし、カレンダー通りの休みは家庭生活との両立も可能になる。やっと明るい家庭生活もできます。
何よりも、カレンダー通りの休日が普通に休めるのはありがたい。
月曜休み+αでは、公的機関の訪問から研究会まで何かと予定が組めず不便でしたし、仕事を介した交流も広げようがなかった。
その上、1日づつ細切れに休むのでは日常生活と調査や研究が細切れにされてしまうのも頭の痛いことでした。

そもそも「学芸員」という肩書きは、博物館法ではハコあってのものなのは文化庁の研修以来常に意識していたこと。
すでに旧帝大な大学機関から自律した研究者の証しである学位(甲)を取得済みなので、研究する上での肩書きも困らない。
一応「元学芸員」さんですから資料の取扱い経験も問題ありませんし、近年はオンライン上のデータベースも充実してくるなどハコ外での不自由さも減少しつつあります。
とりあえずは、10年前も使っていた城郭談話会会員を使う予定。とは言え、普段の仕事がたまたま社会教育施設でないだけで、
稼業に支障のない範囲で分限をわきまえた上で、大学機関からいただいた学位に見合う社会貢献に勤めることは社会に対する当然の責務です。

と前口上をした上で、休日を利用しながらいつも通りに「外から目線」で城館史料学の研究など拙ラボにて取り組んで参ります。
この機会にしばらく充電し、がんばって成果を公表しつつこれからも社会に貢献していく所存です。
日頃は拙ラボをご覧戴いているみなさま、変わらぬご愛顧とご支援、そしてご鞭撻のほどよろしくお願いします(._.)オジギ。

追伸:各方面から励ましのお言葉、ありがとうございます! 外からのオファーはもちろん歓迎です。

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2010年3月26日 (金)

まずは等伯。

カレンダー通りの休日になるので、博物館・美術館の業務外の一般スペースはけっこう行きやすくなります。
これまでも大手のミュージアムには関係者やご招待的お仕事で行くことはまずありえなかった(あったらこわい)ので、
休みをお願いして行くよりも、休日にチョイスできる方が融通が利いて良いのかもしれません(客の多さを除けば)。。

ということで、京博の長谷川等伯展は朝駆けで攻めてみようかな? CCAもご無沙汰ですし。。
そのうち充電できて企画欲がわくわくと湧くかも知れないけど、その時はミュージアムかべっぷろのボランティアで加勢しようかと思っています(^^ゞ

没後400年特別展覧会・長谷川等伯 京都国立博物館

2010年3月16日 (火)

BEPPU PROJECT2010、車座会議。

去年の4-6月に全国を「アッ」と言わせた『混浴温泉世界』が、まちをアートが変える「非日常」的なアートフェスティバルとするなら、
今回のBEPPU PROJECT2010は、アートが当たり前のようにまちに広がる「日常」的なプログラムの集積のような感じ。
共通するのはどちらも行ってみないとわからないし、コンタクトをとらなければ自分たちの日常からは何やっているのかもよくみえてこない。
でも、好奇心とアクセスがあれば、違う世界を知ることができるのも共通するところ。

そんなアートプログラムをさまざまなかたちで展開するBEPPU PROJECT。その真骨頂は、大掛かりな「混浴温泉世界」よりも、
いろんなプログラムが重なりながら今開催している「BEPPU PROJECT2010」の方だと思う。

『BEPPU PROJECT2010』は3月6日から22日まで開催中。
楽しみ方は、http://beppuproject2010.wordpress.com/enjoy/
プログラムのカレンダーは、http://beppuproject2010.files.wordpress.com/2010/02/carender1003151.jpg
ポスターよりもこのカレンダーを観た方がわかりやすい(^^ゞ
とりあえず別府駅界隈へGO!

Web


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2009年11月16日 (月)

16日もまたCREAMでトーク。

13日のヨコハマ国際映像祭でのトークはあまり音声が取れていなかったようです。
まあ、馴れないこととは言え準備不足で実にお恥ずかしい限り。
申し訳ないことです。

16日にあらためてじっくり
ヨコハマ国際映像祭を観てきました(途中から近代建築写真撮影に代わっていたのはナイショだ)が、最後にラボスペースに寄りましたら、今度は生creamの裏creamにつかまりました。
裏CREAM大阪の女と男のお城トーーーク
の方はまだ聴きとりやすいので、まあ25分程度、どうぞ。

何しているのやら。。。
でも、「お城屋さんのトーク」か「歴史屋さんのまち歩きトーク」であちこちのアート系で何かできそうですかね?(^^ゞ

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2009年11月13日 (金)

13日はヨコハマ国際映像祭でライブしました。

ということで、13日に横浜みなとみらいの新港ピアのラボスペースで、城マニアのトーク&レクチャーイベント「痕跡から人の営みを読み解く方法」と題したプログラムをやってきました。お題は城マニアですがマニアなことではなく、城跡を研究する方法論を語る内容です。
アートラボ・オーバの蔭山ヅルさんと鈴木クリさんが関わられているラボスペースにセッティングされたスペースで行いました。

スライドレクチャーと思っていましたが、当日に紆余曲折がありまして打ち合わせもほとんどないトーク形式でやりました。
おまけに、ウェブでの生放送&チャットのやりとりという国際映像祭ならではの双方向型ライブとなりました。
なかなか楽しめたし盛り上がりましたが、そのせいもあってちょっと脱線気味だったかなと後悔してます(^^ゞ。
そんな映像がウェブ上に流れたのかと思うとかなり憂鬱。。。クレームなしですよ(ノ_<)。
ちなみに、内容は座学形式を止めてかなり一般向けに平易に説明することにしました。なので、玄人向けではなかったと思います。

ヨコハマ国際映像祭という現代アート、しかもメディア作品という一番敷居の高そうな企画のど真ん中にアナログなボクの歴史系の研究世界を語るという試みはなかなか新鮮です。横浜トリエンナーレの会場ともなった場所で語られる城跡から当時の社会を読み解く方法論を語りました。なかなか感慨深し。
とは言え、アート系でも歴史系でもはずれた企画の特徴故に、もちろん一般聴衆は少ないわけです。まあ当日は氷雨の天気でしたし。
その代わり、お城ということでウェブ上でチャットで拾って下さった方々が多数。
やっている間に、いろいろとライブで質問が来たりコメントが重ねられたりで、かなり面白い経験を楽しめました。
たまに、ツボを押えた難しい質問も出て、あまりのタイミングに困ったりしましたが何とかこなしました。

ただ、やっぱり緊張していることもありしゃべり方が早口になり、落ち着きがなかっただろうなと後悔してます。
事前にはゆっくりしゃべることを心がけようと思いましたが、すっかり忘れていました。
なかなか治らないクセでお恥ずかしい限りでした。たぶん映像は見るに堪えないだろうな、自分(^^ゞ

今回はまったく勝手が予想できなかったのでありあわせのスライドを交えてこなしましたが、
また機会があるならば(あるのか!)、その辺の反省を活かして図版を多く用意してアドリブで語れるように準備して臨みたいと思います。


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2009年10月26日 (月)

おーぎ、小城。

25日は午後からの糸島前原での用事の前に佐賀の小城に寄ってました。
小城市の歴史資料館で
知人のO君が絡んでいる「中世小城の歴史・文化と肥前千葉氏」展があったのと、駅前のぎおぎおでこちらは去年ご縁の熊田みどり嬢の絡んでる「小さなお城の3人展」が目当て。
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先に9時から開館の小城市立歴史資料館&中井梧竹記念館で、「中世小城の歴史・文化と肥前千葉氏」展をみる。

同程度の自治体で、当たり前にちゃんとした設備で、当たり前に業者に発注して作り込んだ常設展があり、当たり前に大学連携の自主事業が組める複合型歴史資料館をみると、気分はじっと我が手をみつめる、なり。
展覧会そのものは小さいけれども、「持たざる者」からすれば普通のものでもうらあましい限り。てな感想は別に。

さて、小さなお城の3人展、秋月芸術祭でDMもらったのに持っていくのを忘れる大失態。あちこち迷って何とか駅前らしいということがわかったので唐津線の小城駅へ。
小城駅は大正6年の「どこかなつかしい」駅舎。まちはずれにある停車場然とした感じが往時の国鉄駅を彷彿とさせる。
そのすぐ近くに、赤レンガデコレーションした古い倉庫をリフォームした雑貨屋さん「ぎおぎお」がありました。
倉庫の中は木材で壁面を加工していて、ホントにいいスペースです。ここに3人の作品がうまく配置されてました。

オープンの11時より30分前に到着。みどり嬢に再会。
さらに、アングラさがキテる感じでした。相変わらず足型造形よいです。パーカッションにも鉢植えにもなっていました。
映像作品も写真で撮ったパフォーマンスもよい味を出しています。
もちろん本人のキャラクターもよい味を出しています。
足型は夏の大赤字さえなければひとつ所望したいところでしたが、某所から怒られそうなのでデザインのてぬぐいで我慢する。
抹茶をいただき、大変恐縮。ありがとうございました。
11月1日まで。駅を目指していくと良い。

11時半過ぎにお暇。福岡から田舎を求めるレジャー客でごった返す三瀬越えを逆コースで1時間半で糸島まで行きましたさ。

2009年9月27日 (日)

出雲街道沿いの津山城西界隈。

24日の夕方に豊後竹田駅を出発して、深夜に津山駅に到着。
25日は1日中、頼まれ調査事業の下打合せがありました。9時45分に津山駅集合。

で、朝からヨメサンは出勤していきましたので津山駅に行く前に奴通りより西側の城西界隈をぶらぶらしてきました。
徳守神社と森家の菩提寺本源寺、新しくできた城西浪漫館(旧中島病院)までテクテク。
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こういうのを「歴史的町並み」というんですよ、と竹田のひとというか九州のひとに申したいような、本格的な町並みが続く出雲街道沿いの各都市。九州ではなかなかお目にかかりませんが、関西や中国地方ではこの程度の町並みはざらにあります。旧街道沿いで観光化されてないところでもけっこう残っているところ多し。もっとも、津山でもアップ&ダウンな経済状況であちこち空き地になったりアパートになったりしていますが割と残っている方です。勝山はもっと残りのよい町並みがあります(^^ゞ。

関西や中国地方でもようやく単なる外観復元に留まらない町並み整備に行政が本腰を入れはじめてきましたが、津山市でも歴史的まちづくり法に去年度申請して急ピッチで整備が進みつつあります。
市街地では電柱地中化工事もはじまった様子。
歩いていると10月4日には城西まるごと博物館なる企画のチラシが貼ってあったりして竹田が10年くらい前から言い出している取組みが違うところで広がっているなあと実感。
津山の場合、まるごと博物館というカタチで攻めるのに十分適した財産を持っていると思います。
美作藩18万石・津山藩10万石の城下町だけあって城西・城東にいいものをそろえています。美作全体なら出雲街道がひとつのキーになるでしょう。
ただ、まだまだ解説板や標柱などの目印が未整備です。できるとボクのような一見さんも安心して歩くことができます。
もうひとつ歴史系の方々に案外知られていない。学術的な面と同時に、自前の旅行商品づくりなどツーリズムに如何に乗せるかのソフトづくりが課題でしょう。


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なんて考えながらテクテク。その城西を大きく真っ二つにしている奴通りから福渡町へ入り、だんじり小屋をみながら津山の総鎮守の徳守神社まで。
だんじりは足回りは近代化されているので泉州・河内のだんじりのような荒っぽさはなさそうで神輿が車に乗ったようなカタチだとか。いつあるんでしょうか。
神社の社殿は寛文4年に2代藩主の森長継が改築させたものとか。江戸時代らしく檜皮葺きなので神社なんですけど屋根の組物などはお寺のようです。
中山造のすばらしい建築です。朝の光で浮かび上がる建物をしばし堪能。

長継は森忠政の娘が有力支族の関氏に嫁いで生まれた外孫ながら忠政の子が早死にして2代藩主となった人物。
3代長武に家督継承後も89才まで生きて、4代長成から5代衆利の改易まで立ち会うことになった数奇な運命をたどります。
衆利除封後は長継の隠居領2万石で森家の名跡が継承され、備中西江原から播磨赤穂へ転封となった。なので赤穂の大石神社になぜか森家の史料がワンサカあるという案配。
そんな森家と関家の関係などを軸に、忠政と長継を調べてみるとなかなか面白いような気がする。

そこから森家の菩提寺本源寺まで歩く。
寺門が現在の寺の敷地より手前の出雲街道側にあり往時の境内の広さをうかがえました。なるほど美作一国大名の菩提寺です。
森家代々の墓は鍵がかかっていて入れず。ウラから塀越しにのぞいてきました。やはり近世初期の墓石はデカイです。
門の前で忠政にあやかって武運長久を祈ってきました。

少しはご利益あるかも。。。

それから城西浪漫館(中島病院洋館)に寄ってタイムアップ。大慌てで津山駅まで歩いていきました。
作州民芸館などの洋館も多く遺すところが近代津山の大きさをうかがわせます。その辺と寺町界隈は次の機会にします。

2009年9月 4日 (金)

歴史散歩シリーズ

自分で調べたいことがらを、あなたには障らせられない。既に調べているえらい方居るから聴きなさい、と言われるような倒錯した世界から解放された後、本屋に注文していた山川出版社の『歴史散歩シリーズ』を購入しました。

買った動機は極めて単純なことです。
自分で言うのも何ですが、一仕事を終えて改めて降り買ってみると、城跡には熱心に通うものの地域の歴史文化財は食わず嫌いをしていたりして案外行ってないなとつくづく反省。せっかく大枚払ってあちこちたぬき旅をしながら、城跡はいいとしてもそれ以外に「ここは○○で有名な場所」を案外知らないことでずいぶん損してきたことに気付きました。
また、関西で18年居ながらほとんど身近な史跡をみていないことに気付いて、もったいない気分がさらに膨れ上がりました。

しかしながら安易なガイドブックではイマイチなので、何かいいものがないかと思っていたら、ちょうど『大分県の歴史散歩』が目に付いた次第。
都道府県別の歴史散歩シリーズが新版で出てましたので主なところを仕入れることにしました。
とりあえずは、我が故郷関西の新版『大阪府の歴史散歩』上下を購入。引き続いてヨメの故郷岡山県と第2の故郷福岡県を買うことにしました。引き続いて兵庫県と広島県、そして大分県を仕入れようと思っています。
自分が歩きそうな場所を中心にチョイスしてみました。

最初に注文していた大阪府2冊が届きました。
歴史好きな方には十分使えるガイドブックです。
1冊1200円+税。オススメです。


あれこれ開きながら読みふけっていますが、名前は知っていてもこんな場所なのかと知らないことばかり。ホントにはずかしい。
「遺跡・遺構こそ第一」をスローガンにしようとしているのに、まさに灯台下暗し。
さあ、千里の道も一歩から。歴史散歩を片手にあちこち「現場」を歩いていきたいと思います。

2009年9月 2日 (水)

学芸的な段取り作業の日。

2日はオフをとって、滞っていたまちなか展覧会「テラマチミュージアム」の段取りを整える作業を行った。それと9月からの仕込み。
何だか非合法的活動?のようである。まあ、仕方ないんですけど。

予想はしていたけど、実際にやると外での展覧会やプログラムの段取りはかなり大変。難しいと言うより歩いて稼ぐ感あり。時間調整で細かなミーティングができないのがあちこちでボロとなって出てくるのが悩ましい。それをすぐにメンテできないのも悩ましい。
でも、学んだことは歩いてまわり段取りを積み重ねること、それが外での企画を支えるコミュニケーションと信用を生み出す基礎作業。
おそらく、こうした周囲とのコミュニケーションをとる足で稼ぐ作業が限定されるのが、ミュージアム系ヤカタ業の悩みの源泉にあるとあらためて思った次第。

とあれ、この日の前日夜から9月分のテラマチミュージアムとぶっちゃけトークの告知チラシを用意して、満を持して朝から貼り出しに廻った。
会場を提供していただいている寺町の廉太郎通り界隈から八幡川横丁、上町などの方々にも挨拶回りを行う。
あと、20日間お世話になります、と。
この日はお休みで敵わなかったところは別の日に出向く予定です。
廉太郎通り空き家の街角ギャラリーでは、電源トラブルも応急処置。さふらんごはんで昼食をとりながらごあいさつ。

段取りに関しては選挙活動に近いかも知れない。実際に歩いて廻ることが大事と思う。自分がうまくできているかは全く心もとないけれども手応えとしては事務所で座っている暇があれば考えてから歩けが正しいように感じている。あらためて別府の現代芸術フェスティバルって大変なことだったんだなあとその数百分の1スケールをなんとかやりくり、扱いながら実感する(^^ゞ

午後からは広報活動。
久住へ行ってケーブルテレビのスタジオ出演。
はじめてでドキドキしながら、ナビゲーターの方のおしゃべりに乗せられて?リハと思い込んで気軽に話したら「本番収録」でした(^^ゞ
うまくはめられました(^^ゞ。というか単純な思い込み。。。。でもおかげでナチュラルにしゃべれたと思います。さすがプロですね。ありがとうございました!
それから長湯方面にチラシまきをしてから竹田へ戻りました。


このように、今回の企画は、自分的には「ヤカタでやれないなら、自分がフィールドにアプローチしてやってみよう」というところから始めていますので、段取りから広報まで未知数の領域でいい経験になっています。とは言え、読めないことも多く実際の集客などの面で悩ましいことも多々ありまして、コミュニケーションの難しさやマネジメントの経験値のなさを何とかやりくりして運営してます。
あと20日間。大型連休に向けて「テラマチあります。」
ヨチヨチ歩きのアートフェスですが、何かやってるなあという感じで、歴史の道がアートストリートとなる秋の竹田をお楽しみください。

2009年6月13日 (土)

CCA北九州の市民美術大学と講演録。

混浴温泉世界でウハウハしてましたら、去年足しげく通ったCCA北九州の市民美術大学の今年の講座について触れていませんでした(..ゞアセ
今年前期のテーマは、「美術(文化)と社会」だそうです。
こんなラインアップです。
ちょっと今回はコンヨクに通ってたこともあり前期は行けそうになさそうな雰囲気です。。。初回は結局行けずじまいで、最終回を予約していたのですが微妙。。。ですみません(..ゞアセ。後期に予定を合わせよう。。。

ちなみに去年の市民美術大学の講演録が書籍になっています。特価1,000円だそうです。
詳細は、コチラ
どっかの珍獣さんが2回ほど絡んでいますが気にしないように(..ゞアセ。
それはともかく、読みごたえアリです。けっこう突っ込んだ話になっています。

あと、ベイビーマルクスなどの去年のCCA北九州のプロジェクトから、アートブックがナディッフだけでなく直接購入できるようになったそうです。朗報!ぜひアートブックも。

2009年6月 1日 (月)

井上雄彦 最後のマンガ展@CAMK 行ってきました。

朝6時41分発のディーゼル鈍行列車で行ってきました、阿蘇越えて久々の熊本市現代美術館詣で。
「井上雄彦最後のマンガ展」をみてきました。

いやあ、よすぎ。
ひとつだけはっきり言えるのは、漫画ミュージアムなんてつまらん施設は絶対にいらんぞ。
だって、これが日本のネイティブアートのひとつの手法として昇華してしまっているんだから。いまさら原画展とかいらんでしょう。美術館が扱うひとつのジャンルでいいじゃないかって思うから。
というくらいに漫画の文法を用いてきちんとファインアートに昇華しきったすばらしいインスタレーション。これで漫画を伝える方法論は根底から見直しを要求されるだろう。漫画の枠組みが美術館の中に空間として組み立てられたことでボクらはひとりひとりが漫画を読みふける個人個人の読書体験が再現されながら観賞できることを証明してくれたわけで、だとするとわざわざ漫画ミュージアムなんてこしらえて漫画の原画を並べてどうしたいの?って聞きかえしたくなるもの。ライブラリーにしても読書するしかないよね。映像にしたらアニメーションになってしまう。

たぶん、展覧会や絵の評価はいろいろあるだろうけど、いちばん強く感じたのは、
それ以前の近世社会で培われた「市井のアート」(北斎漫画や書画会など)が100年ほど前に国策ベースの美術史からはずされていたものが、こうしたインスタレーションを通してようやく本来の美術史の文脈に復帰できた瞬間に立ち会えたことのよろこび。
それが普通の美術館ではなくて、生人形など美術や美術館などの近代の枠組みに対するアンチテーゼ「反近代の逆襲」を常にテーマにしてきたCAMKであったことがなおさら。同時に、ともすれば集客力や「話題性」が先行しやすいこの展覧会を引き受けてもなお自分たちの色で染め上げることのできるCAMKの強靭かつ柔軟な「人間の家」の力強さに感じ入る次第。
たぶん他の会場の巡回展ではここまで水準の高い展示空間は演出できないだろう。それをみれたことも大きな幸せ。

たぶん憶測だけど、漫画って最近もてはやされているけど独立した新しいジャンルではないと思う。もともと雑多な市井のアートがいわゆる「美術」から外れたけれども、ポンチ絵や挿し絵などから漫画へ形を変えて生き延びてきたものじゃないのかな。それが漫画の枠組みから飛び出して墨絵のテクニックだけでなく立体感と空間に立ち上げる近代的テクニックを十分に消化して新たなステップへ進化したんじゃないのかなと思ったりする。後半の絵をみるにつけて、江戸時代から明治頃の「画家」から外れていった「絵師(絵かき)」の流れを思い返して思わず目頭が熱くなりましたさ。

100年の時空を超えてようやく我が国のネイティブなアートが還ってきたという感を強くしました。井上氏により大きな扉が開かれた感じ。

もっとも、ボクは井上雄彦さんも詳しく抑えてないし、バガボンドも読んでないわけですけど、何の予備知識もなしに墨絵と漫画の文法を駆使したインスタレーションに十分堪能した次第です。ホントにいい展覧会でした。それにしても墨絵の表現を独自に高めて描ききった井上雄彦氏のエネルギーに、江戸時代の「絵かき」に通じる底知れぬ突き動かされるようなエネルギーと同じものを感じました。

それにしても、CAMKに行くといつもワクワクして後ろから背中を押してもらうような感覚になる。それは南嶌さんが館長の時から今も変わらず。他のミュージアムでは絶対に感じられない何とも言えない高揚感をいつも感じる不思議なミュージアムです。熊本と言い、別府と言い、ローカルな2両ワンマン鈍行ディーゼル列車で行った先に「世界」があるってすごくない(^^ゞ

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2009年3月28日 (土)

CCA北九州の公開レクチャーとオープンスタジオ。

P1150254 ということで、おだやかな年度末。
北キューのCCA北九州のリサーチプログラムの公開レクチャーに参加してきました。
ソニック乗って黒崎経由で八幡まで。

今回は、マサチューセッツ工科大学(MIT)建築学部ヴィジュアル・アーツ・プログラムのディレクターであり、准教授でもあるウテ・メタ・バウアーさんのレクチャー。ドクメンタのキュレーターによるレクチャーを聴くのはとても刺激的なことです。というか並みの大学でもありえんのを聴講、列車代も安いもんだ。
まっとうな芸術大学もなく、まっとうな建築学部も少なく、まっとうなミュージアムも少ない九州でもったいないこと。
とは言え、これはリサーチプログラムの一環のレクチャーを一般向けに公開したものだそうです。なので、かなり難解。

本来なら、今回ビデオスクリーニングとなったジョーン=ジョナスさんが来日してCCAで製作するスケジュールと合う予定だったそうですが、体調を崩されたとかで来日できなかったとのこと。残念。バウアーさんのレクチャーは、昨今、フェミニズムについて触れた展覧会や回顧展が世界的に行われていることを前段で紹介された上で、「演劇性」=theateri
calityから検証するという現在取り組まれている研究内容をプレゼンするもの。。と言ってもその手の予備知識の疎い我々は英語の逐語訳をききながら悪戦苦闘。
 あとで録音を聞き直してみよう(..ゞアセ。

終わってからは、CCA北九州のリサーチプログラムのしめをかざるオープンスタジオのオープニング&レセプションに参加。
11月にお伺いしてから4ヶ月後、受講生によるオープンスタジオを楽しませていただきました。
各ブースの受講生のインスタレーションを拝見した他、《ghost》というダンサーと投写される映像を組み合わせたパフォーマンスを実際に目の前で実演するパフォーマンスもありました
(見とれてて写真撮らなかった)。オープンスタジオは行った甲斐がありました。

作品のコンセプトは作家の個人的な考え方など本人に聴かないと読み解くのが難しいときがあります。とはいえまともに英語でコミュニケーションの取れないお城屋さんとしてはこれまた難しいこと(..ゞアセ
なので、展示をみながら「謎解きのヒント」としてどうやってこしらえたかを考えるようにしてます。
それにしても、前々からなんとなく思うのですがCCA北九州でみるような海外のアートシーンで活動されるアーティストの作品と、国内でアーティストとして活動される方の作品って、作品を成り立たせているアートの認識が根底から違うような気がしてなりません。


とあれ、今年度の最大の収穫は、このCCA北九州を知ったこと。AAFにBEPPUにCCAと実にいいタイミングでした。
遠隔地からですが、これでひと通りCCA北九州のプログラムを見学することができました。
来年も通って、今日のアートの見方をもう少し掘り下げてみようと思いました。

北キューにはじまり、北キューにおわる2008年度。入り口と出口では全然違いましたけど、人間、万事塞翁が馬。

2009年3月20日 (金)

屋外彫刻メンテナンスで、竹田に来ていただきました。

P1000853P1000925 P1000924 別府のコンヨクなみなさんを竹田にお招きできた余韻もさめやらぬ翌20日は、今度は大分から、大分大学教育福祉科学部の田中修二研究室で行っている屋外彫刻メンテナンス事業を竹田にお招きしました。市庁舎前の朝倉文夫《翼(翼に続け)》を実際にメンテナンスする学習会を開催しました。

田中先生には去年の8月に竹田の屋外彫刻マップをつくったタイミングで
岡の里文人講座で来ていただき、みなさんに屋外彫刻に関心を持っていただく機会をつくっていただいたのですが、今回も田中先生のご協力で大分大学活き2プロジェクト〜美しい彫刻のある街づくりプロジェクト」を実施した同研究室院生の篠崎未来さんの取組みを竹田に紹介する機会ができました。
2006年11月のアートマネジメント学会大分大会でこの取組みのプレゼンを聴いて「竹田にも呼びたいな」と思ってから2年ちょっと経てようやく実現。昨日のコンヨクレクに続きこれまた実に感慨深いこと。ホントは一昨年にでもと思っていましたが、紆余曲折あって岡の里で実施になったのはご愛嬌(^^ゞ
今回はやはり年度末ですので参加者はかなり限定されました(^^ゞが、天気も恵まれ、朝倉文夫記念館からもご参加いただき充実した学習会になりました。実際の作業を一部始終参加しながら学ぶことができました。写真もたくさん撮りました。

P1000938_2長年の風雨にさらされた野外彫刻を、現状維持の中で如何にベストな状態にもっていくのか。その作業は専門な方からの指導で行っていただかないといけません。説明を受けつつ実際の作業をお手伝いしながら取扱いを学んでいきます。
まずは現状を確認し、その後で汚れや鳥の糞(これが大敵!)を落とすために入念に洗浄を行ったのちに乾燥。そして、蜜蝋のワックスを浸透させるように入念に何層も塗布していきます。
バーナーであぶるなどするとワックスが浸透してなじんできます。
最後に光沢調整などをして写真のように見事にきれいになりました。
一度、コーティングを施すと、後は1年1回程度の洗浄&ワックス塗布なら市民ボランティアでできるんだそうです。岡の里でやりますか?

竹田市内には、大分市で上田元市長がマリンパレス社長時代から多くの彫刻作品を設置したのと同じく、旧竹田市佐久間元市長のときに関東の竹田出身者を中心に渡辺長男・朝倉文夫らの多くの彫刻作品が設置されたと聴きます。
田中先生がレクチャーで触れたように、屋外彫刻は美術館に行かなくてもアートに親しむことのできるものであると共に歴史的モニュメントでもあります。市内に設置された彫刻作品は、アートと歴史の出会うまち竹田には欠かせないモニュメントであり美術作品です。アートとしての彫刻・モニュメントとしての彫刻のメンテナンスを通して、アートと歴史の出会う、まちぜんたいがミュージアムを広めることが期待されます。

とあれ、百聞は一見。メンテナンスされた彫刻をぜひ市庁舎前へ来てみて下さい。びっくりしますよ(^^ゞ

2009年3月 5日 (木)

3月の岡の里、アートミーツ@創生館

彷徨の学芸屋なボクも参加している竹田市のまちづくり組織、岡の里事業実行委員会のアートミーツ@創生館では、3月に2つアートレクチャーを開催します。
大分市と別府市でのアートな取り組みを竹田市に紹介するホットな企画です。
概要は、岡の里からblog http://okanosato.exblog.jp/ で。

アートレクチャー・まちとアートの出会うとき

「アートフェスとまちづくり、混浴温泉世界への誘い」
日時:3月19日(木曜日)19時〜  場所:竹田市寺町の御客屋敷 会費無料
講師:山出淳也さん(混浴温泉世界プロデューサー、BEPPU PROJECT代表)
ゲスト:芹沢高志さん(混浴温泉世界ディレクター)


4月に別府市で開催される別府現代芸術フェスティバル2009「混浴温泉世界」についての説明と、現代芸術がまちとどのように関係するのか、その最前線の取り組みについてお話しいただける予定です。芹沢さんも来ていただけるのでかなりドキドキなレクチャーです!ちゃんと対応できるだろうかかなり不安。。。(..ゞアセ
直接お話の聴けるまたとない機会ですので、竹田市近辺のアート好きはぜひ来て下さい。
※芹沢高志さんは→長文ですけどこのような方です。

そして、翌日は。

「野外彫刻メンテナンス学習会」
日時:3月20日(金曜日)10時〜16時  
場所:竹田市役所市庁舎前広場の朝倉文夫作《翼に続け》
(調整中)
会費 500円 雨天の場合は21日に延期、お問合せは竹田創生館 0974-62-4100 までお願いします。
大分大学が大分市と行っている、きれいな彫刻のある街づくりプロジェクトを行っている大分大学教育福祉科学部の田中修二研究室のご協力で、田中先生とメンテナンスを担当されている篠崎未来さん(大分大学大学院)に直接竹田に来ていただいてメンテナンス作業をして下さいます。
野外彫刻メンテナンス作業を実際に行いながら、まちの野外彫刻について考えてみませんか?という企画です。
これも、またとない機会ですので、ぜひとも来て下さい。見違えるように変わりますよ!

2つとも、時期的に年度末にあたっていて、関係筋には大変申し訳ない次第ですが、この時期しか実現できない内容になっています。
大変お忙しいとは思いますが、なかなかあり得ない企画ですので、よろしくご参加下さい。

2009年3月 4日 (水)

ベイビーマルクス@CCA北九州

P1000832 2月のとある平日に八幡のCCA北九州まで遠征。
ペドロ=レイエスのBABY MARXをみてきました。

ペドロ=レイエスさんはリサーチプログラム教授としてCCA北九州に12月〜1月まで滞在。横浜トリエンナーレ2008の作品が北九州バージョンでインスタレーションされてました。

みた瞬間、ひざを崩して屈服(^^ゞ
ひょうたん島でおなじみのニッポンのパペット技術が、こんなシュールでポップなアートに使われるなんて。。。まいった。

ニッポン人でもこのテクニックをアニメーション的ゆるネタや私小説的ネタでつくれるかも知れない。でもそんなナイーブな世界は実にくだらない。
この作品のように、20世紀の政治経済学がもたらしたあれやこれやといった歴史的事象をこうしたカタチで、一見「笑えた」で片づけられそうなテイストでアートとして表現するってことは、歴史とアートが乖離しているニッポン人にはぜ。。。ったいできない芸当、のが悔しい。そんな作品でした。
その映像、予告編作品はコチラ

なるほど、優れた現代アートは如何に「文脈」をわかっているかにつきる、というのはこのことかと思った次第です。

それにしても、九州でいつ行っても何かしらのワクワクするような衝撃を受けるのは、BEPPUとCCAとCAMKですね。田舎に居ても、少し出かければ「世界」に出会える幸せ、しみじみします。

2009年2月22日 (日)

荒城の月から春の隅田川

P1000701 P100071121日、22日は荒城の月のある城下町竹田でのアートプログラム企画をひっさげて、行ってきました春の浅草、隅田川。。。

あとで考えてみれば、荒城の月と春でつながる瀧廉太郎に導かれるような週末でした。でも音楽じゃなくてアートのことでの仕事です。岡の里事業の企画をAAF2009の26組のひとつとしてプレゼンし、ミーティングに参加した次第です。

会場は、浅草のアサヒアートスクエア。建築学科出身としては、あのフィリップ=スタルク氏デザインのアサヒアートスクエアの中へ行けるとは思っていませんでした。

プレゼンは5分。大分で地域の歴史に密着して……としゃべる人が関西弁(^^ゞ
という説得力ない展開で、すみません(ノ_<)。なんとかこなしてきました。

参加26団体は本当に梁山泊のよう。このような全国レベルの方々が一堂に集まる場所に参加した経験と言えは、3-4年前に京都で参加した文化庁研修会以来のことです。あのときはお仕事の肩書きで相手のセレブさにあんぐりでしたが、今回は岡の里の会員で、少しは近い土俵でやれそうです(^^ゞ 

プレゼンとディスカッション&ミーティング、そして懇親会の2日間。それにしても見知らぬ方ばかりでホント慣れない場所でどう振る舞ってよいものやら戸惑うばかり(二次会で『荒城の月』が出てきた展開には戸惑って(..ゞアセ)でしたが、濃密な2日間&懇親会で、多彩なアートなみなさんとOH!きな世界を知ることができて、またひとつ視野が広がりました。いろいろな方々にごあいさつはできました。ありがたいことです。
とりあえず、いっぱいいっぱいなので消化してから。。。まあ人見知りしやすいあんまり社交的じゃない人なのでいっぱいいっぱいなのです。
少なくとも、次回は『荒城の月』と『花』が流れたら飛んでいけるようにしておきます(^^ゞ

いろんな方から竹田に訪れてみたいと言われました。しっかり準備してささやかながらちいさなアートプログラムをきちんと実行できるよう努力しないといけませんね(..ゞアセ。責任重大ですが、各地のアートなネットワークと同じ土俵で仕事ができる機会なんてまたとない。この機会を活かせるよう努力したいと思いました。

2009年2月20日 (金)

岡の里事業実行委員会、ミーツ・アート

週末は、東京隅田川まで行って参ります。
助成を頂くアサヒ・アート・フェスティバルからのご招待で、岡の里事業実行委員会(音でます)「アートミーツ@創生館」で今年開催予定の「歴史の道《テラマチ》アートイノベーション実験」のプレゼンしてきます。
岡の里事業で、城下町竹田の寺町界隈を使っての歴史とアートの出会うまちのちいさなアートイベントを実施します。

あちこちのアートNPOさんにまじって、岡の里事業実行委員会の会員として全国区の交流をしてきます、どきどき。
岡の里事業実行委員会も全国区「再」デビューです。
20年前にたちあげた皆さん、「岡の里」はまだまだ色あせていませんよ。しっかり竹田をPRしてきます(・ω・)ノ


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2009年2月 1日 (日)

小さなまちのOH!きな世界

今日は、「テラマチあります」のあれこれ企画案の打ち合わせ。
なかなか、グー、(b^-゜)good!なアイデアがあれこれ出てきていい感じでした。
と言っても、落ちついてからの仕上げが肝心。。。

小さなまちが外のワールドとつながるためのOH!きな一歩。何とかうまく進みそうです。
とりあえず2月下旬には、トーキョーへ持っていかないといけません(..ゞアセ

まあ、3年越しのプロジェクトですけど、当初とは違うカタチで進んでいるのが実に感慨深い。

2009年1月31日 (土)

小さな学校で、大きな歴史のレクチャー

30日はお仕事の延長で、某小学校に出講して45分×2コマの社会科で歴史のお話してきました。
今まで一番「若い」人たちにおしゃべりしましたね(^^ゞ
6年生の社会科の教科書を仕入れて(これが面白い)、入念な準備。使えることばがわかりませんから。

小さな小学校の6年生は10人にも満たない。
しかし、周りは古代以来の地名を伝え、南北朝時代以来の歴史が風景や記憶として続いてきた村落。
500年前の古文書に出てくる地名が子供たちの住む地名として今でも残る、これ以上の教材はありません。
それを伝える、気付かせる、その日から周りの風景が違ってみえたらよいなあという試み。
大人相手でも使える資料を用意しましたが、6年生だとうまく翻訳すれば十分使えますね(^^ゞ

そんな試みには10人くらいのクラスが最適。
昔、教員のOBさんが全科研ポピーとかを使って小さな塾を開いていたような規模。まあ、寺小屋規模というか。
都会の20−30人クラスではできない濃密な「レクチャー」でした。
小さな学校の方が実はマンツーマンで先端的な教育なのかも?

後半は、事前に依頼をお願いしていた近くの旧家を訪問。ホンモノの資料に子供たちはびっくり。
そして家の歴史を語る古老の話しをじっくり聴いてました。
私の拙いレクチャーはいざ知らず、対話とホンモノの強さを知った興味深いレクチャーでした。


まあ、ボクも経験不足な面もあり、時間配分やどこまで伝わったか冷や汗(..ゞアセ ものでしたがいい経験になりました。
今後の糧にしたいですし、プログラムとしてうまくいくよう工夫したいものです。

なお、今回、使わせていただいた成果は別府大学飯沼研究室の環境歴史学に基づく大野川上流域の調査報告書。
以前に竹田市から豊後大野市にかけて何箇所かで地名、水利慣行などの聴取り調査などから中世的景観を復元した成果です。
学生を引連れての研究室単独の調査だったので、ホントはボクも関わりたかったのですが仕事もあってできなかったもの。報告書はいただけましたけど。

竹田市のその筋でも、中山間地域の歴史的景観を調べた別府大学の調査成果は知られていないのですが実に有益な成果です。
なかなか活用する機会がなかった中で、今回の小学校からのオファーがあったので小学生のテキストに活用させていただきました。
地名はホントに地域理解には最適の教材でした!

こういうかたちで学生を引連れて組織的に関わっていただく大学研究室の調査とはいいおつき合いをしたいものです(^^ゞ

2009年1月19日 (月)

プラットフォーム

BEPPU PROJECTが関わっている事業の中でも、これはスゴイと思っているのがPlatform。
17日の午前中は、その見学会に参加してきました。
商店街の空き店舗を廉価で提供していただき、最低限のコストでリフォームして提供する
中心市街地リノベーション構想「platform制作事業」
現在、稼働しているのが4箇所。計画進行中が3箇所。これからの予定箇所も含めて見学。
これこそ、国際芸術フェスティバルを含めて、多彩な活動の「こうさてん」あるいは「媒介者」たる、BEPPU PROJECTの真骨頂と思っています。

流川通りにあるPlatformは、8月-9月に貸間2008の会場のひとつでしたが、そのときのラクテンチはまちなかの高齢者を対象とした介護などの情報を扱うおしゃれなカフェに変身していました。大分大学との連携事業で経営を委託しているとのこと。
さっそく名刺交換してきました。こういう事例はたけたに持ち帰りたいですね(同じ大分大学でもこういったところと連携したいものです)。

今回の「こうさてん」会場となったPlatformは、ひとつはダンススタジオ、向こう隣りは3世代交流型ステーションへ変わるとのこと。スタジオと交流拠点が道を挟んで向かい合う連動するあり方も、単なるチャレンジショップでないPlatformのあり方。
これを媒介にして既存の店舗をまきこんで人の流れができることがねらいとみえます。
他におそろしく渋い長屋を耐震設計の見直しからリフォームして、「コンヨク」のアーティストレジデンスに活用するものも案内していただきました。こういった仕組みづくりは多いに参考になります。

そもそも、地方都市や商店街のリフォームで一番問題なのは「塩漬け」になった不動産をどうやって借り受けてどうやってリノベーション するか、それを誰が担ってどう企画するかにつきるからです。実に大変です。この仕組みを読んで提案できないと、あちこちで失敗したチャレンジショップ事業 ができてしまいます。それを新たな店舗を入れるとか、空いているスペースを何かギャラリーにとか、シャッターにアートをとか言う発想とは異なる「思想」でみせているからこそ、platformがスゴイわけです。

空き店舗を借り受けて、Platformをこしらえ、そこで行う企画をアートカウンシルなどから持ち込み「空間」で演じて魅せる、そして、次の利用者へその空間の橋渡しをする、そうした役割にアートの世界が関与する、こういった創造の仕組みを担うことも、アートNPOの社会的地位を得るために欠かせない役割と痛感した次第です。
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エコのはじまり

P1000050 19日は休日といってもいろんな打ち合わせ各種。オンもオフもありません(^^ゞ

朝から「テラマチ」の打ち合わせ。「テラマチあります」7-9月へ向けて煮詰めていきます。
まずは2月の第1ラウンドまでにあれこれと。
そんでもって、午後から某定例会にて「テラマチやります。よろしく。」とアナウンスしてきました。

食とツーリズムのイノベーションが続くこのまちに、アート&ヒストリーな「エコ」もつながっていけるか試される気持ち。どきどき(´・ω・`)


 

2009年1月16日 (金)

アート・ミーツ・タケタン

ということで、過日の吉報は、アート・ミーツ・タケタン。
かつて、まちおこし事業で名を馳せた岡の里事業、アートイノベーション実験プログラムで久々の全国区に登場です(・ω・)ノ

仕事よりも仕事な、これからのたけたのためのプロジェクトです。ホント、理解のある会長に恵まれててよかった、よね。

3年越しの第1歩が実現。応募を勧めていただいたベップには足を向けて寝ることができません。
さあ、これから大変、大変。
まずはプランを固めないと(..ゞアセ


ちなみに、2009年の九州はアートシーンがあれこれ。
4月〜6月は別府でBEPPU PROJECTによるアートフェスティバル『コンヨク』が開催。オーイタ界隈では今や「伝説」?の2002年の『アート循環系サイト』以来のアートフェス、必見。
混浴
blog http://mbw2009.beppuproject.com/  混浴婦人部blog http://konyokufujin.blogspot.com/

で、10月には北キューで北九州国際ビエンナーレ、テーマは「移民」。CCAがある北キュー、これも必見。
KBサポーターブログ http://kbsupport.a-i-k.jp/

そんな九州の片隅に、たけたも参加。。。となるんでしょうか?


2008年12月 6日 (土)

岡の里円卓会議に参加しました。

P1000084 岡の里実行委員会20周年を記念して、開かれた岡の里円卓会議。
たけた創生館で25名の参加者を招いて行われました。

岡の里事業実行委員会は1988年に、竹下内閣でのふるさと創生事業から立ち上げられたまちづくり組織。地域資源の掘り起こしと様々な実践を伴う活用策の研究を柱とした、当時として画期的なまちおこし事業です。リサイクル、ビオトープ、地域季刊誌『からんころん』の刊行、商家展、まちづくりシンポなどなど、たけた創生館を拠点に幅広い活動を行いました。現在h、紆余曲折を経て規模は縮小していますが、そのDNAは現在の竹田市のあちこちの活動に「浸透」しています。
エコミュージアムの概念もこの会でかなり早い段階から出していて竹田市の総合計画にも掲載されています。今回はこれまでの活動を確認しつつ、今なお生きる「コンセプト」から新たな活動を組み上げようと言う試み。そのはじまりでもあります。

中身は、岡の里事業のこれまでのあゆみとこれからの方向性がメイン。前半は、岡の里事業実行委員会の会員による「自然観察会と久住高原の植物」「生態系保存による圃場整備と地域のとりくみ」「経済活性化事業推進室の取り組み」の各報告と、後半はお招きした大分県立芸術文化短期大学名誉教授の貞包先生と、日本文理大学教授の島岡先生と共に、
エコミュージアムという切り口から議論しました。

僭越ながら、後半の司会を担当。
会員の活動報告を受けて1時間弱の議論でした。みなさん話し出すと長い(それだけ語りたいということ!)のでまとめるのに四苦八苦しましたが何とかまとめることができました。たけた(新竹田市)に関わるみなさんの熱意が交わされる場になりました。
この熱意をうまく方向性をつけてゆるやかなネットワークの中で、多様な活動に結びつけられるか?を確認する場になりました。

会は現在第一線の年長者が中心になりましたが、30〜40代に広げていくことも課題。
その30代による拙い進行でしたが、いい勉強になりました。

今後、エコミュージアムをキーワードにいろいろな活動を包摂する受け皿となる事業をあれこれ考えてみます。

2008年11月29日 (土)

総合デザイン@竹田と、エルメス@CCA北九州のレクチャーを聴く週末。

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今回はかなり大忙しの中でなんとか時間を割いてのレクチャーを聴講した週末。

金曜日に竹田市城原で総合デザインのレクチャーとディスカッション、そして土曜日はソニックでヤハタへ遠征してCCA北九州で開催している企業とアートをテーマにした市民美術大学の第3講。今回はエルメスジャポン藤本幸三さんによる「ファッション業界と現代美術、エルメスの考え方」です。

いずれも、技術(職人、マイスター的存在)に裏付けられた商品とコミュニケーションといい空間デザインから生まれるブランドイメージ、それを貫くコンセプトが根っこにあることを語る意味では、次元は異なれど共通したレクチャーでした。

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2008年11月22日 (土)

CCA北九州の市民美術大学に行く

P1000057 P1000060 たぶん、このレクチャーで一番の遠隔地参加だと思う、CCA北九州の市民美術大学のレクチャーに夫婦同伴で参加してきました。
朝日新聞の事業部で長年美術展覧会を企画・プロデュース、開催されてきた帯金章朗さんの「新聞社事業部と美術展:歴史と今後の展望」を聴いてきました。

前々からぜひとも聴きたいと思っていた新聞社事業部による美術展のあれこれでしたので、興味深く拝聴してきました。
帯金さんは東京出身で、もとは福岡市美術館学芸員で現代美術を中心にご担当だったそうです。実家の東京に戻らなければいけないことで朝日新聞社事業部に転身されたそうです。とは言え、事業部に学芸畑の方は案外少ないんだとか。ホント事業部企画のメリットからデメリット、昨今の状況まで惜しみなく語られた内容の濃い1時間半でした。

質問は、つっこんだ話しはできませんでした(あたりまえか?)が、とてもいろいろ聴けて満足だった部分と、聴きたいけどつっこんだことは聴きにくいなあというもやもや感半々な気分でした。新聞社事業部企画と美術館とのマッチングはどういった機会で行われるのですか?という質問をしたのですけど、微妙に舌足らずだったなあと。。。(ノ_<)。

それにしても、前々から不思議だったんですよ、新聞社企画の美術展。いったいどういうつながりで巡回系美術展の内容が選ばれていくのかってこと。わかりやすい例でいくと、美学でも著名な森鴎外ゆかりの都市のアニバーサリー企画が、なぜ漱石の熊本を舞台にした小説に出てくることで有名な画家の作品展覧会なの?とか(^^ゞ。何かしらのねらいがあるのならわかるのですけど「わたしの趣味です」ってわけでもないでしょうに実に謎です。逆に、同時期の熊本はシャガールなの?でもありましたし(あそこは大昔シャガールのリトグラフ展とかしてるからかなあ)(^^ゞ。んでもって、なぜ、大分はブラマンクなの?とかいろいろあります。気になると気になります。。。それとも、いいものを観れるなら満足ですか。ボクも以前はそうでしたけど。。。ただ、大衆化と啓蒙が進んだ今日では、「名品展です」切り口は泰西名画を追いかけるばかりになり、いずれキラーコンテンツも枯渇し厭きられてくるような気もしてます。

丁寧な回答をいただいたのですが、やはり外部の者には謎は謎のまま(^^ゞ。。。せまい業界なんだそうで、企画する側の事業部と各館の学芸さんとの日頃のネットワークなどから数年前から準備されていくそうです。ポシャる企画も多いのだそうですけど、その中にいないと、決まっていく中身は「まだ伏せている段階」っぽくてつかみにくい感じがしました。

もちろん、進めている最中は伏せておく面もあるでしょうが、フタを開けたら、「公立」の企画の場合は、なにかしらの「なるほどこの展覧会は、やるだけの意義がある」的な理由が知りたいものです。その辺じゃないのかなあ、舶来モノや名品で大衆に啓蒙が通用した時代にできた公立美術館が今や軒並み予算カットの憂き目にあっている理由って。前は「文化施設は必要だ」で納得されていた部分が段々通用しなくなっている。ならば如何にこれだけの経費をかける意義を具体的に説明する積み重ねを行う必要がありませんか?。。と雑感めいた感想。でも、こうした内輪の話しが聴ける市民美術大学ってそうそうないです。そうした企画を立てるのはさすが現代美術センターCCA北九州!ってのが意義じゃないのかな。


さて、レクチャーが終わってからは隣のジムスタジオでの尾倉ギャラリーで、CCAのリサーチプログラム受講生のアーティストたちによる展覧会企画のオープニングレセプションに参加してきました。やっぱり英語は必須ですね。。。痛感しました(^^ゞ 

こちらはいいの?と聴かれそうですけど、「今の世界のアートシーンにつながるプログラムが八幡にあるってすばらしいことじゃない。」って言えば、過去の名品展よりは都市政策としても文化政策としてもはるかに説得力がありますでしょう。

この日は、翌日大分でバモる鹿サポのヨメさんと楽しみ、ふけた後は八幡で韓国料理。なかなかおもしろい「いい夫婦」の日でした。

2008年11月17日 (月)

申請書。

本日、鐘は無事に旅立ちました。実に興味深い現場でした。

さて。ハコよりエコのお話。
12日の夜に「出してみたらいいですよ」の一言に背中を押されて、なんとなく抱いていたアイデアを竹楽の合間にウェブメールでファイルをやり取りしながらディスカッションをして、急きょ企画書にまとめて本日無事に提出。
テーマは、「アートと歴史の出会うまち」ちょっとエコミュージアムなテイスト。
と言いながら、たぶんに、ローカルな土壌でさまざまなジャンルに生きるボクタチとアーティストの出会いを求めているのでしょう。

さてさて、1枚の紙が世界につながる糸となるのか、はたまた、クモの糸となるのでしょうか。

それにしても、1年前に悪戦苦闘して出せなかった企画申請書を、1年後にこんなカタチで出すとは思いませんでした。この1年はつまらぬ軛から解放され、井戸から抜け出した蛙のような気分です。無駄ではないけど本当に遠回りでした。

2008年11月13日 (木)

まちとアートの出会うとき、KUJU meets BEPPU PROJECT

081112_1918000112日はまちとアートの出会うとき@久住。
先週の城下町竹田とはうって変わって、九州のてっぺん、空と台地とパノラマ(夜なので満月の夜空)の久住高原のど真ん中カフェBoiBoiをお借りして開催しました。
先週に続いて、BEPPU PROJECTの山出淳也さんを講師にお招きして、BEPPU PROJECTについてと久住に合わせて越後妻有トリエンナーレのお話を用意していただきました。本当にご多忙の中、ありがとうございました。

たけたの人が多く来られた先週とは趣きが変わり、あちこち往来する人が「九州のてっぺん」で集うような会になりました。
もうちょっと久住の人にきてもらいたい内容だっただけに惜しいところですが、なかなか点在する人たちをお招きするのはむずかしいことがわかりました。でも重要な一歩。

だいたい1時間半強くらい熱の入ったお話をいただいた後、これまたみなさんからつっこんだ質問のやりとりの時間が30分強。それでレクチャーとしてはおしまい。。。の後で、さらに1時間半くらい山出さんとみなさんでつっこんだオフトークをするという、かなり濃い内容になりました。
アートでまちおこしをするのではなく、アート、アーティストを介してさまざまなことを行うこと、そのための仕組みを組み立てていくことが、結果としてまちの営みとなることの意味が、さまざまに企てが得意なたけたの人に伝われば言うことはありません。

本当に、山出さんをはじめ、みなさんご多忙の中、時間を割いていただき感謝する次第です。そして、会場を提供いただいたボイボイのマスターもありがとうございました。

とても濃密な「九州のてっぺん」での一夜でした。

2008年11月 5日 (水)

まちとアートの出会うとき、TAKETA meets BEPPU PROJECT

P1000010 5日は岡の里事業の「アートミーツ@創生館」で、たけたにBEPPU PROJECTの山出淳也さんを講師にお招きして御客屋敷でアートレクチャーを開きました。

なづけて「まちとアートの出会うとき」
平日の夜のたけたで、正直2〜3人くらいだったらどうしようとドキドキものでしたが、年齢層も若い15名の参加者に来ていただきました。
みなさん、ありがとうございました♪
そして口コミよろしくお願いします(^^ゞ

たけたの感性ある、まちづくりに参加されている人たちに、九州でも数少ないアートワールドにつながっているNPOを運営し、アートを介したさまざまなプロジェクトを実践するアーティスト山出淳也さんに会っていただきたかったのがこの企画のポイント。

単にアートイベントをする、支援する受け皿のNPOならあるけれども、文化政策や建築学的視点に立って社会・経済的しくみをつくることと、さまざまなアートプロジェクトを進めることが両輪となった活動をする点て特徴的なBEPPU PROJECTの「しくみと考え方とリノベーション」を知っていただきたかったし、アートがまちに関わることの実際を感じてもらいたかった、そして、BEPPU PROJECTを体感してみよう、何かアートを交えた企画の運営や資金調達などで情報交換してみようででも、BEPPU PROJECTを介して、向こうに参加する&こちらにお招きするなど、みなさんと山出さんの出会いを介して網の目のような都市間ネットワークができるきっかけづくりになればと思って企画した次第。

拙い司会でしたが、少しはきっかけづくりにお役に立てたかも。。。「まちの彫刻を知る・まなぶ」レクチャーに続いて久々に「学芸員」っぽい仕事したなあ(^^ゞ
何より、ハードワークの中たけたまで往来していただいた山出さんと坂本さんには、本当にありがとうございました。来週は天空の久住高原のど真ん中ですが、よろしくお願いします。

今回聞き逃しても、来週も19時から久住のCaféボイボイでやります。基本はBEPPU PROJECTの活動について。ですので、聞き逃した方ももう一度復習を兼ねてでも、ぜひ。。

2008年10月19日 (日)

まちとアートの出会うとき、TAKETA&KUJU meets BEPPU PROJECT

☆☆お知らせ! まちとアートの出会うとき@竹田&久住 開催します!☆☆

◎まちとアートの出会うとき@竹田 無事終了しました!
日時は11月5日(水曜日)の19時から、場所は竹田(寺町)の御客屋敷
講師;NPO法人「BEPPU PROJECT」代表理事 山出淳也 氏

◎まちとアートの出会うとき@久住 無事終了しました!
日時は11月12日(水曜日)の19時から、場所は久住高原の花公園そばのカフェBoiBoiです!
講師;NPO法人「BEPPU PROJECT」代表理事 山出淳也 氏


岡の里事業実行委員会の「アートミーツ@創生館」事業の一環として、別府市を拠点にグローバルな活動を展開するNPO法人の「BEPPU PROJECT」の代表理事の、山出淳也さんを竹田と久住にお招きしてアートレクチャーを開きます。

内容は来年4月に開催する国際芸術フェスティバルへ進むBEPPU PROJECTのこと、そしてまちとアートの出会い、アートNPOの可能性についてレクチャーしていただく予定です。多分こんな感じの何パーセントかを。

歴史と文化が前面に出る城下町「竹田」と、自然と文化が前面に出る「久住」高原という異なるフィールドを持つ多面的 な文化環境を持つ竹田市にて、TAKETA&KUJU meets BEPPU PROJECTの場を設けて、それぞれのフィールドでまちづくりとアートの関わり、まちとアートの出会いについて考えるきっかけとなるレクチャーを予定しています。かなり刺激的ですよ。

まちづくりやアートに興味や関心のあるみなさん、ふるってご参加ください(・ω・)ノ

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2008年10月18日 (土)

「BankART」をソルパセオで聴く午後。

P1150099 18日は昼から BEPPU PROJECTのplatformであったレクチャーに行ってきました。場所はplatform1(写真は8月のとき、念のため。)

横浜市のBankART1929で 活躍される池田修氏のプレゼンを聴けたのはとてもよかったです。横浜まで行かないとわからないことがコチラで学べるなんてありがたいことです。池田さんは 粉浜の出身、恐れ多くもボクは二色浜。同じ南海沿線でした(^^ゞ 上ずった質問で恐縮でしたがとても勉強になりました。福岡でも感じましたが規模は違え ど問題はいっしょということ。

いよいよ、4月の国際芸術フェスティバルに向けてスタートするようですが、それにしても別府のソルパセオ商店街にそうそうたる方々が居られるってすごくない?早く懸案を片づけて温泉に入りに行きたいものです。
本当にBEPPU PROJECTとCCA北九州は、九州に居ながらにして現代のアート事情を伝えてくださり、本当にありがたいことです。そこに息さえすれば持って帰ることができる。横浜とか現場まで行くに越したことはないけど、評論家や業界人ではないので自腹でいけるものではないので、一般人としてはありがたいことです。それにしても、横浜行きたい。。。けど無理だなあ。。せめて本買わないと(ノ_<)。

10月半ばからは、アタマを集中させるためにホントに缶詰め状態にして本業の追い込み作業をしてます(何せセレッソの試合もキャンセルだよ、ありえない。)けど、その合間をぬって別府へ。
ヘロヘロなので車を運転するとキケン?を感じて列車で行きました。基本的には都会的「公共交通を利用する」人、なので大分と言う地の利ながら団塊以上の年寄り並みに列車に乗るのは苦にならない。
何せ眠ることができるし(^^ゞ 

やっぱり、列車がいいですよ。

2008年10月11日 (土)

日名子実三展に寄ってきました。

P1150585 10日は午後にタケタから津山へ帰り、実家へ帰省し、京都の日本史研究会へ行くついでに、大分駅から牧駅へ寄り道して、大分県立芸術会館の彫刻家の「日名子実三展」を拝見。
←の牧駅からは歩いて5分と意外に近い「芸館」こと大分県立芸術会館。
まさかそんな道中の寄り道とは思わなかったでしょう(謎)

彫刻家日名子実三は臼杵の人。とっても建築的でドイツやイタリアっぽい(印象だけで申してます。素人のざれ言です(^^ゞ)モダニズムな人なので、スポーツ芸術やモニュメントへ舵を取ったのも納得。
1935年くらいまでの彫刻は泣きがはいるくらいに、躍動感と動きが彫刻で表現されていてすごく観ていて楽しい。
でも時局が硬直化するにつれてこの時期に欧州でも盛んになってくる国家主義的スタイル(ファシズム、反ファシズム関係なくそういう感じになる)のモニュメント彫刻の日本版を表に出してくると、何か観てる方が「腰が引けてくる」感じになるのが不思議。

なんでしょうねぇ。この感覚。モダニズムが突進していった先にあったものを観ちゃったという感じ?
35年くらいまでの彫刻のモダニズムな躍動感を考えると、同時代に生きた人たちにとっては何の疑問もなく突き進んでいったと思うのですけど、後世のわたしなんかが観るとホントに「?」な突っ走り方なんですよね。欧州の芸術をみてその社会的意味を理解できたが故の悲劇かな?

とあれ、ヒナゴテンはいい展覧会でした。
この展覧会にあわせて刊行された広田肇一氏の『日名子実三の世界』も買いました(・ω・)ノ

2008年10月 8日 (水)

CCA北九州の市民美術大学、美術講座

P1150254 北九州市が運営する、九州では希有な、横浜トリエンナーレとも世界のアートワールドともつながる現代美術センター「CCA北九州」で、11月から、市民美術大学の美術講座(後期)が開催されます。先月行ったときにチラシをいただいてきたのでお知らせしますね。

上半期の前期講座では、講師に日本を代表する美術館で活躍してきた5人の美術館館長そしてキュレーターの方々をお迎えして、美術館の過去、現在、未来にわたり考えるという豪華なラインナップでした。世田谷美術館の酒井忠康氏と前CAMKの南嶌宏氏の2回行きましたが、ホントは5回とも行きたかった内容でした。
下半期は企業とアートの関わりから11月〜12月で行われます。今回もふつうの「美術館講座」では考えられないような「野心的」なラインナップ。森美術館しかり、美術展のホントの主役新聞社事業部しかり、エルメスやドイツ銀行などの外資系企業に、文化事業では伝統ある資生堂と、立て続けにレクチャーがあるんですから、全部聴かないわけにはいかない「えりすぐりの美術講座」です(・ω・)ノ。

概要は以下の通りです。

○11月8日(土) 森ビル株式会社 高橋信也 氏
「文化都心六本木ヒルズと森美術館」
○11月22日(土) 朝日新聞社 帯金章朗 氏
「新聞社事業部と美術展:歴史と今後の展望」
○11月29日(土) エルメスジャポン株式会社 藤本幸三 氏 
「ファッション業界と現代美術、エルメスの考え方」
○12月6日(土) 資生堂 一橋忠 氏
「資生堂の歴史と企業文化」
○12月13日(土) ドイツ証券株式会社 安立聖子 氏
「ドイツ銀行グループの文化戦略:コンセプトは・Art at Wrok(職場にアートを・」

* モデュレーター: 中村信夫(現代美術センター・CCA北九州ディレクター)
* 開催時間は、いずれも15:00-17:00

会 場  現代美術センター・CCA北九州
北九州市八幡東区尾倉2-6-1(九州国際大学文化交流センター 1F 多目的ホール)

申込・お問い合わせ:
開始:平成20年9月22日(月)
締切:平成20年10月24日(金)
*申し込みが定員に達し入場をお断りする場合は後日連絡します。

〒805-0059 北九州市八幡東区尾倉2-6-1 3F
現代美術センター・CCA北九州 「市民美術大学 美術講座」係
電話: 093-663-1615 FAX: 093-663-1610 Eメール: mail@cca-kitakyushu.org

とのこと。わたしも上半期に2回行きましたので、北九州市民でなくても大丈夫です(^^ゞ
人気があるので残りわずかなようです。おはやめにメールで。

公式のリリースはコチラ、ホームページはコチラコチラ。メールニュースの申し込みはコチラ

ボクも22日の「新聞社事業部と美術展」は絶対に行きます!楽しみです。これに合わせてリサーチプログラムの受講生による展示も22日がオープニングなので、これも楽しみ。

2008年10月 7日 (火)

まちとアートの出会うとき@竹田&久住、やります!

ということで、8月の「岡の里文人講座、渡邊長男と朝倉文夫の彫刻」に続いて「アート・ミーツ@創生館」企画をやります。

「アート・ミーツ@創生館」はあちこちで展開されているまちとアートの出会いを、竹田市にも持ち込みたいという企画。
単なるアートイベントを誘致したいと言うものではなく、みなさんであちこちの現代の作家さんのアートを親しむ環境と、そしてまちのイノベーションとして「創造」の手法と方法論を取り込み、たけたとあちこち、できれば世界と網の目のようにつながるためのツールとして使いこなす環境をつくることにあります。

かつては「岡の里」という大きなムーブメントを起こしたものの、まちおこしイベント誘致に疲弊してきた竹田市で、自分たちから事業展開できるような「自主自律」と「よこつながり」のステーションをつくるのを目標にして今年からやりはじめた企画。


その一環として、たけたでアートの実践について話しをいただこう。たけたに来てもらおうということで、ひとつ大きな風を吹き込もうということで岡の里事業実行委員会「アート・ミーツ@創生館」と竹田研究所で組んでアートレクチャーをやります。

講師に、別府市を拠点にグローバルな活動を展開するNPO法人の「BEPPU PROJECT」の代表理事の、山出淳也さんをお招きしてのレクチャーを開きます。

◎まちとアートの出会うとき@竹田
日時は11月5日(水曜日)の19時から、場所は竹田(寺町)の御客屋敷です (これは決定)
こちらは、城下町や商店街の中で、まちとアートとの出会いを考えるのがテーマ。

◎まちとアートの出会うとき@久住

日時は11月12日(水曜日)の19時から、場所は現在調整中(ノ_<)。です。
こちらは、まちと高原と自然の中で、まちとアートの出会いを考えるのがテーマ。

竹楽の前に、竹楽からつながることを考えていくレクチャー企画。みなさん、ぜひいらして下さい。
竹田市ではこれまでにない刺激的な内容でやりたいと思っています。

詳細は追って。


2008年9月23日 (火)

福岡日和、その2 熊田みどり展@WALD

昼から出かける。
18年近く福岡界隈に居てて、今ごろになってはじめて千代町のモダンアートバンク、ヴァルトに行く。。。(..ゞアセ
もう既に7月にラストなエキシビジョンをやっていてまもなく店じまいする伝統あるギャラリースペース。
お話をいろいろ伺いました。ギャラリーのこととか。

で、1週間ぶりにお会いするって・・・その
ヴァルトで個展を開いた、熊田みどり展の初日に訪問。

2005年に大名のキッズギャラリーで初個展のときに福岡沖地震に遭遇して展示がめちゃめちゃになったという希有な体験をした彼女のリベンジも兼ねた展覧会なんだそうですが、宮崎系南キューの人らしい想像力と創造力はたいしたもの、と感心することしきりな空間。

ちょうど取材を受けていて、本人は陶芸家かそういったカテゴリーに入らないのがなんとも。。なことを言ってたようですが、多分にアーティスト熊田みどりさんの表現する世界をあれこれの材料を使って生み出すんですから、何でつくるかよりも何をこしらえたかが大事な気がしました。それほどにアーティストとしての創造力と想像力とそこから生まれるカタチと「世界」には感銘を受けましたですよ。多分、あとは誰かがコトバでそれを「批評」すれば良いような気がしました。

とても作品は気に入りました。あれこれ話しましたが、ホント、素焼きの「足」はいいカタチとバランスと味を出してました。

ということで、パチリ。展覧会は29日まで。本人のサイトはこちら 

 P1150442P1150454

 








一応、本人の了解済み(・ω・)/

 

ギャラリーを後にして、それから桜の園で蜂とたわむれる修羅場をひとつくぐり抜けて、ふたたび館詰め(ノ_<)

2008年9月22日 (月)

福岡日和、その1 企業とアートの出会い@北キュー

22日は、午後から車を飛ばして福岡へ。
吉塚駅前に車を停めてから、快速列車で小倉へ。北キューの「企業とアートの出会い」のシンポジウムを拝聴。
見逃していたリバーウォーク内のアートギャラリーの作品を時間までみる。偶然、先週秋月でお会いしたKさんに1週間ぶりのご対面(^^ゞ。作品を案内していただきました。
機会がありましたら、またお会いましょう。作品楽しみにしてます。


18時30分から北九州芸術劇場小ホールにて、シンポジウムを拝聴。この日は麻生総裁誕生のニュースと重なったので北キュー企業系な方々は出足が遅かったご様子。

パネラーのひとり、資生堂企業文化部の樋口昌樹氏のコメントが印象的。企業としてアートに携わる意味付けや何をメリットとして関わるのかを常に問われる環境を説明しながら、企業的な世界でのアートの組み立てと、公的機関でのアートの組み立て方の相違点を言われていたことは興味深く拝聴。
シンポジウムはあと30分あると面白かったかも。先日自分が「街じゅうアート」で感じたことが目の前で議論されていて収穫多し。

また、日産九州の方が申していた自動車塔が時間経過と共にサビが出てくるのは企業人としてショックな出来事というコメントが、企業文化とアートとの対話をしておく必要性を浮かび上がらせていました。そして、このコメントをネガティブな印象に留めておくことなく、この展覧会において、時間をかけた対話とより密接なコラボレーションの必要性を今後の発展させるための課題として提示しておきたいという意図から、建設的な問題提起として取り上げられていたのが印象的。

その意味では、なるほどこの展覧会はもっと運営側の意図とコンセプト、事業体のあり方を発展させることで単なるコラボ以上の2乗・3乗的な展開が期待できるんだろうと思いました。スポーツ選手を企業が雇用してクラブを支援するように、アーティストが企業内に長期間レジデンスしてそこの機械を用いて制作する企てなどいいのかな?と素人的に思うところ。


会が終わって、大慌てでアンケートを書いて引き揚げる。ニュース記事はコレ
博多に戻ってから、館詰め作業。

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2008年9月16日 (火)

横浜トリエンナーレの写真

ということで、CCA北九州のウェブログに今年の横浜トリエンナーレの写真がいっぱいアップされています。
http://blogs.yahoo.co.jp/cca_kitakyushu

全然ちがうなあ。。。
盛り上がる時間を共有できて、うらあましい〜(`・ω・´)。

2008年9月14日 (日)

日帰り秋月芸術祭2008

14日は休みだったので、よめさんが出品している秋月芸術祭を拝みに昼から出かけました。
「よめさんが九州来てるのに放置するのはなんとかやら」で気軽に思っていたら、連休の中日であることを忘れていてかなりトロトロ運転に悩まされて秋月まで。。。

杖立狭すぎ。なんとかしろ、大分県σ(-o-)
で、大分道は取締りまつり。日田〜杷木間だけ80キロ制限にして狩人たちは収入アップに入れ食い状態の様子。公務員はルールも自在でいいなあ。。。
それを横目に朝倉から旧甘木市までバイパスを通って秋月へ。。。と思いきや、新しいバイパスがバイパスにならない先導車両数珠繋ぎ状態が地平線の彼方まで続く。。。さすが、久留米ナンバーとあらためて感銘を受ける。道路特定財源でせっかく造った道も意味のないのが田舎の風景。

で、ようやく秋月。
秋月芸術祭を堪能。趣味から美大卒の方、作家さんまで混在な出品者の「芸術祭」の割には、若いアーティストさんが意外に多かった。
意外に大分や北キューの人が居たりする。
当たり前だが、若いアーティストは製作費の捻出が大変だ。若手支援とか言いながら意外にスポンサードが弱い。どっかの美術館とかアートセンターとか買い上げるつもりで製作費込みのレジデンスしたって下さい。
で、某黄色のワンワンTシャツを着ていったのでネタにされる。 さすがCCAブランド。

考えてみれば盆明け4週連続何かしらアートなところへ行っている。さすがに、ちょっと重なりすぎ 。。。(..ゞアセ
ちなみによめさんは、いわゆるアーティストではない。念のため。

話した若いアーティストさんの作品を載せておきますね。


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2008年9月 9日 (火)

北キューアート巡礼、その2「街じゅうアート、ものづくり・ものアート」

八幡のCCA北九州でじっくりお話をお伺いしたこともあって、「街じゅうアート」の小倉への足は西鉄バスを使いました。
アップダウンの激しい八幡(旧筑前国)から国境の大蔵を越えて旧豊前国の小倉側へ、七条から到津公園をすぎて小倉まで280円。
久々ですねぇ。旧電車通り。Mくんは元気かな?

それでリバーウォークにたどり着いたのは夕刻頃。ちょっと観るのにはツライ。丘の上の北キュー美分館に向かい合うように位置する芸術劇場ギャラリー会場は時間切れで閉まってました(ノ_<)。ので、もう一回出直すことにしますσ(^_^)


シンプルな感想としては、現代のアーティストに不可欠な、難解な注文に材料や技術を調達できる、フトコロの深い技術集積豊かな企業が集中する北九州市は、現代の作家さんにはもってこいの環境なのねと思う次第。その意味では「街じゅうアート」は企業とアートのコラボとしては好企画と思いました。関連企画もまとまっていてゲストキュレーターさんをお迎えした効果かなと思う次第。じっくりみるにつkて面白さが出てくる展覧会。夕方すぎたのでもう一度日中にせめてみたい。

難を言えば、解説が美術館など「常連さん」が来るところではない一般ピープル相手では、文体が固くて抽象すぎるような気がしました。アーティストの雰囲気や制作の様子などが伝わるような簡潔なコトバや映像などがあると良いのかなあ?腰のはいったテキストは別にアートブックなどであるとしっかり読めてよいので使い分けたらいいと思いました。
キュレーターズリポートがウェブであると予習も出来るし、ライブではアーティストの顔がみえるアーティストトークがあるとよかったと思いますし、ぜひ聴きたいです。また、商工業だけでなく情報産業とのコラボを合わせて作品解説などのポッドキャストなどもこれからiPhone時代としてはこういっためぐり歩くアートには必須になるかもしれませんね。イヤホンやウェブブラウズで探りながら楽しむ方が商業施設などを歩く一般ピープルには向いているかも。。。(8日にはウェブに情報が出そろって公開されていました)


ちなみに、個人的な印象ではいくつかの作品の感じ(特に素材系)が時代的に「周回遅れ」って感じもしました。この周回遅れっぽさがアートイベント化の流れに対する味かもしれないし、とは言え、「今ごろコレ?」という感もしないわけではない。モノづくり・ものアートというテーマに引っ張られているのかな?でも、ものアートでもしっかり今の時代に決めているもののあるので、その辺は「今」の考え方の違いかもしれません。 また、技術や素材、場所を提供する企業の方にも企業文化という文脈があるので、制作にそうした文脈への目配せがあるとより「北キュー」らしさが出せるのかな。。。。とシロート談義で勝手なことばかり(^^ゞ

とあれ、美術館と違い場所がどうしても制約されるので、アーティストさんや見せる側は一苦労と思います。
その分、キャプションも別の技法で、さまざまな媒体技法を組み合せて一般ピープルに立ち止まらせる(或いはそうさせない?)仕掛けがいるのかなと思いつつ、夕暮れ時でちょっと観る分には不向きな中を歩いて廻りました。
現在は、ウェブであらかじめ予習ができるので、予習していくと良いです。http://www.sohkai.or.jp/info_0809.html
下旬に再訪する時は予習して行くとしましょう。


一応、ネタバレしない程度。でもインパクト勝負でリバーウォークのど真ん中に屹立する《自動車塔》http://www.paw.hi-ho.ne.jp/kokufu/をどうぞ。6日(土)にリバーウォークの方々やアーティスト・関係者を招きオープニングした場所です。ちょっと、スケールアウトさせすぎかな(..ゞアセ

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2008年9月 8日 (月)

北キューアート巡礼、その1「CCA北九州、訪問」

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8日は、午後からCCA北九州のビデオスクリーニングと小倉界隈の「街じゅうアート」に寄ってきました。

まずはCCA北九州のリポート。あらかじめ行くのをお約束していましたので、お城屋さんですけどご厚意で中を案内してもらいました。ちょっとした先進地研修になりました。

旧尾倉小学校敷地&体育館のリフォームと九州国際大学のオフィス間借りという、新築部分がない借り物ハードの中に、我が国に他に例をみない世界的にも高い水準と選抜基準(ルール)を持つ現代美術に関するラボ&スクールというオリジナルプログラムのCCA北九州が運営されているのは、オドロキ以外の何ものでもないです。見せていただいたので紹介しておきますね。自分の見聞なので聞き間違えているところがあるかもしれませんので、あしからず。

CCA北九州は現代美術に関する実験・調査研究・学習のための施設としてプログラムが組み立てられています。いわゆる美術館とかアートセンターとかアートギャラリーと言う性格よりも、オフィスと研究発表のためのギャラリー、制作のためのスタジオから構成された大学の研究機関みたいな感じです。なので、ギャラリーと思ってはじめて訪問すると戸惑うわけです(^^ゞ

冒頭に紹介したこの「借り物のチープなスペース」に、単なる流行のアーティストじゃなくて世界的な美術史的文脈や潮流を踏まえて活動するバックグランドを持つ人がディレクターにより選ばれて、1ヶ月単位で滞在する「教授」(滞在中に建物の3階にあるスクエアなプロジェクトギャラリーで新作を出すことがノルマとか)、1週間程度の滞在する「講師」として招聘するんだそうです。
で、受講生も審査を受けて受講するのですけどほとんど自腹でレジデンスし小学校の体育館をリフォームしただけのジムスタジオのブースをもらって研究と学習に勤しみます。「教授」「講師」とディスカッションしながら展覧会を通して制作・研究活動を学んでいく、まさにアートの「虎の穴」。実際、制作現場に関わりながらでないとこの世界のテクニックは学習できないので重要なこと。
その舞台となるジムスタジオも見学させてもらいましたけど、体育館と言う広いスペースを仕切った合理的かつフリーな空間。昔、建築学科で設計に勤しんだ24時間研究室のラボみたいにノルマはあるけど自由なスペース(何の設備もないんだけど)。。。みかんぐみの曽我部さんデザインの机とインテリア?がありましたヨ。

そして、それを支えるライブラリーは、70年代以降の世界(欧米軸だけど)の現代美術に関する書籍の池飛コレクションを軸とした書籍群とビデオアートなどの映像資料が多数。日本では大学にもないであろう質の高い現代美術ライブラリーがなぜか北キューにある。
なので、北キューが支援を止めたらウチにほしいというオファーが欧州方面からあるんだそうです。

運営の基本は、すべてにおいてハードやイベントにお金をかけない分、ソフトのネットワークをつくることに重点を置いた活動、アートギャラリーよりもスクール、新たな表現を生み出す実験・研究機関である面を重視してプログラムや運営方針を組み立ててきたとのこと。なので、昨今のお金のあるアートセンターばりの有名どころをアゴア シつきで呼ぶような派手な活動も、PRも、メディアの露出も、地元還元?にもほとんど絡まず、プロジェクトギャラリーにて新たな表現を模索する営みを積み重ねてきた結果が今のカタチとなったとのことです。なので、ほとんど紹介されない知る人ぞ知る現代美術センターなんだそうです。

この10年の間に、プロジェクトギャラリーで「教授」の方々による新作は70余り。ギャラリープロジェクトを同時にプレゼンスすれば、10年の世界的な「現代の美術」をコレクションし成長し続ける「北キュー現代美術館」が出来てしまいます。海外のどこかの方、出資しません?
そんなお話を聴いているうちに、段々とイメージできなくなってポカンとしてくるわけですけど、ちょっと外をみると皿倉山やごくふつうの北キューのチープな風景。その一角に「セカイ」の窓があるってのも変な感じ。それをさらっとあちこちのアーティストの名をさらっと語ってくださった方も学芸とかの専門職ではないところがまた変な感じ。それを聴くボクもアートと直接絡まない身分ですが。。。(..ゞアセ

日本のアートシーンにもほとんど表に語られないけど、世界的に有名で海外からDMが毎日送られてくる市営の現代美術センターが八幡にあるってのがおそろしいことです。
公立美術館とかアートセンターとかあれこれ我が国にありますけれども、それらのことがホントに「どうでもよい」ガラパゴスなことに過ぎない思ってしまうくらいに、多分これが世界的に同時進行している「現代の美術」と直結しているシチュエーションがCCA北九州に蓄積されていることと、そうした「館」的施設とはまったく違う価値基準で八幡にこそっとあって「館」よりはるかに世界的な活動と直結しているというのは、ちょっと身震いする思いでした。

しばし書籍などを紹介してもらってお別れして小倉へ移動しました。とあれ、いい出会いになりました。多分、仕事では何の絡みもないだろうけど(..ゞアセ。うーん、自分が不勉強な井の中の蛙だと思い知らされました。人生いくらあっても足りないけど少しでも自分の得意分野で精進しようと思うのでした。

9月からレジデンスが始まるそうです。そして年度後半にはプロジェクトギャラリーの展覧会やディスカッションが公開されるとのこと。ウェブログをチェックしておきましょう。
 

2008年9月 6日 (土)

9月は「街じゅうアート」

9月は何だかいろいろ仕事がありますが、どこかの○凶よろしく「なれあいと長いものには巻かれない」の自主独立の精神で取り組み、それ以外はずっと9月末までお城のアタマで執筆と仕上げをしています。10月までに執筆を終える予定ですので動きません。。。打合せで福岡に行くでしょうけど。。。

けど、9月は暇みて、コレとCCA北九州のビデオスクリーニングには2日だけ割いて行ってきます(^^ゞ

<6日から小倉北「街じゅうアート」展>
街じゅうアートin北九州:開幕 企業提供「もの」「技術」で創作
これは、街じゅうビエンナーレな企画らしいんですけど、22日に企業とアートの関わりを考えるシンポジウムもあって実に楽しみ。この展覧会は単に北九州での企画に留まらず、いろんな意味で「九州力」の現在を計る物差しだと思っています。楽しみです。

去年はアートスケープで批評的には芳しくなかったこの展覧会、本年はゲストキュレーターを迎えてどのように深化したのか、その場に行って考えるフィールドワーク的に必見な展覧会と思います。
月曜でも行けるのがありがたい、というか月曜しか行けない (・ω・)。

そんなことで、丘の下でゆるっと珍獣さんはフィールドをアレコレ観察しようと思っています。その辺の成果をたけたに持ち帰って下半期の準備にします。

もうひとつは福岡市博物館の「黒田武士の世界」。。。なんでそれとコレと両立するのか、お前は(..ゞアセ

2008年8月31日 (日)

夕方のダルヴィーダ

30日は夕暮れに久住高原のギャラリー、ダルヴィーダに久々に立ち寄ることが出来ました。
ル・コルビジュエ展の図録を持参してのよもやま話と、BEPPU PROJECTCCA北九州など近郊のみてきたアートの話をあれこれ話しました。

その中で一般論として感じる部分として、アートをしたり企画するアーティストさんが、アートイベントなどで土地の記憶とかコンセプトで言う割には、その地の歴史的文脈を感覚ばかり表面をなで回すだけに終わっていて、本当の根っこをつかまない歴史的理解の浅さが本当に不思議なんです。
CAMKとかに来るヨソの国のアーティストさんはもっと哲学的だったり何らかのロジックを以てピントをしぼっておおづかみに掴もうとしますが、そういった裏付けの緻密さが感じられないのが不思議なんです。。。


そんなことを、土地や風土を感じる場所であり、この地に古くから人が生活を積み上げてきたことを知るロケーションを感じる場所に建てられたアートスペースの「ダルヴィーダ」にて、西日が沈む高原でのゆったりとした会話を楽しませていただきました。
たけたや久住高原などは、風土や気候に規定された土地性と、その上で暮らしてきた人間の移り変わりが蓄積した歴史性の上に感性のアートが乗っけられると思うのですけどね。。。残念ながら今の都市では土地性や歴史性が感じにくくあります。ウンチクばかり語って大局をみない歴史学者の怠慢でもあるのですけど。。。。

夕暮れの忙しい中で、話し相手になっていただき本当にありがとうございました。楽しい時間を過ごさせていただきました(^^ゞ。

2008年8月30日 (土)

岡の里文人講座「まちの彫刻を知る、まなぶ」

今年の岡の里文人講座は、これまで出会った方々をたけたに巻き込むことも考えて一会員として企画協力しています。
ちょうど岡の里事業で彫刻マップを作成するとのことでしたので、郷土の先哲
として、渡辺長男と朝倉文夫という竹田ゆかりの彫刻(ホントは彫塑)兄弟をテーマにレクチャーの企画協力をしました。

内容は下記の通りです。文字通りご専門の方をお招きして「まちの彫刻を知る、まなぶ」講座です。
野外の彫刻(ホントは彫塑)も地域の財産として目を向けようということと、
野外の彫刻(彫塑)も展示するエコミュージアム的視点を持とうというねらいがあります。

講師の先生には、日本の近代彫刻史がご専門の田中修二先生をお招きいたします。
多摩市での渡辺長男展に企画協力された田中先生のお話ですので、またとない彫刻(ホントは彫塑)を知る機会です。

先生からレジュメもいただき事務局のご尽力で用意も万端整いました。8月30日の14時が楽しみです。(・ω・)ノ

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ということで、文人講座は20名程の参加者に来ていただき、無事に終わることが出来ました。朝倉文夫記念館からもご来場いただき感謝する次第です。そして、田中先生のレクチャーは「彫刻を知る、まなぶ」のテーマにぴったりの内容で、渡邊長男と朝倉文夫の近代彫刻での位置付けや彫刻研究のあれこれを幅広く教えていただく内容でした。本当にありがとうございました。

たけたですので、数字的には20〜30名来てくださればありがたい。と思っていましたのでおおかた予想通り。とは言え、いいお話でしたのでもう一押し集まるとよかったなあというところで広報のやり方をもうちょっと手直しすることが反省点。

自分としては近代彫刻の流れやその中での渡邊長男の位置付け、朝倉文夫の位置付けを学ぶことが出来、おおよそのアウトラインを頭の中に引くことが出来たのが収穫でした。やっぱり直接レクチャーを受ける機会がないと理解するのは全然違いますものね。

たけたの中に渡邊長男を朝倉文夫の彫刻があることの意味付けを行う第一歩を踏めたことは満足、野外の彫刻はまちのモ ニュメントでありランドマーク。そのランドマークに関心を持ってもらうことでまちをじぶんたちのものと感じること、じぶんたちのまちにアートがあることを 知ってもらう・楽しんでもらうことが本プログラムが本当のねらい。

次につなげるよう深めていく準備を進めていきますね(・ω・)ノ

2008年8月27日 (水)

「なぜ、なんですか?」

今日は70名もの学生さんに仕事場は占拠されてました(^^ゞ
会場をみて「……はなぜこうなっているのですか?」と質問攻めにあってしどろもどろ。。。

まあ、今が一番底な状態ですからね。学生さんにはツッコミどころ満載な空間でした(^^ゞ

とはいえ、満身創痍の傷をいやす充電中の身にはいい勉強になりました。
なぜなら、研究者というのはなぜ?と問うのが本性のようなもの。
当たり前のこととして受け入れてしまうことがもっともいけないことです。

また、ひとつ往年の視線を取り戻したような気がします。

2008年8月24日 (日)

ぐるっと九州。

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2日間で、福岡と別府のBeppu projectに行ってきました。
セミナーやイベントでいろんな人にお会いできました。

相変わらず福岡は建築学科的世界で居た10年前と同じだなあと思ってみたり、熊本の方面にもごあいさつしたり、北キューの方とお話したり。。。別府の方でも大宰府の人たちや別府のいろいろな方にお会いできました。
岡の里での「アートミーツ@」にはつながるけど、直接のお仕事には結びつかないのが悩みの種。
とりあえず「研究用」の名刺をこしらえたのでそれをお渡しする。

あれこれセミナーを聴きながら思ったことは、福岡のその筋の方々には、地場の空気に距離を置くのはよいけど、あまり地域の歴史的文脈を考えずに、クリエイティブとかアートとかレジデンスとか外の「いいもの」を持ち込もうとするコスモポリタン的「根っこのなさ」と言うか、善かれあしかれ福博だったり福北だったりの近現代の歴史的風土を踏まえず議論しているよう映る。その辺が10年前の建築学系セミナーで聴いてた印象とだぶって妙に懐かしさを感じた次第。ベタな表現をすると、いい意味で「芋っぽい」地に足着いた人間がわかってて演じる「トカイがそうならオレタチはこうだ」的なスタイルが薄味になっているんだろうと思う。

ただでさえ、夜郎自大な田吾作は九州各県には多く棲息していて弱りものなのに、それを突破するフロントランナーがヨソのいいものをキーワードで語る「出羽守」にはまり込むのは困りもの。最終的にはその辺があれこれあっても閉塞的な理由なのかもしれない。また、同じいいものなら関東より近いソウルや釜山・光州などの近隣のネタが取捨選択にないのも「アジアの玄関」としてはどうかと。

この夏はアートで旅しようがあちこちの雑誌に載っていたのだけど、面白いことに、首都圏&飛行機で関係者が日帰りできるスポットが大半。ボクのもうひとつのウロチョロ界隈にある大原美術館や奈義町美術館より西のスポットがほとんど紹介されていなかった。この辺に東京に集まって居られるアート関係筋による地域イメージがみえてておもしろい。所詮彼らにとって九州は田吾作ワールド、「アジアの玄関」ならぬ「母屋の前の玄関に敷いてる足ふきマット」なんでしょう。それだけに九州のアートなフロントランナーは彼らを突き上げるくらいのものを用意しつつ、わかっていて演じる必要があるんだろうと思う。

そういったある種の、地に足がつかない不安定さから離れるためにたけたに来る選択をしたところがあるのだけど、あらためてたけたでその感覚を抱いた意味を学んだこともあってか、さらにそういう感覚をあらためて感じたのは成長の証しかな?とも思う。また、福岡に対しても「ヨソモノの視点」が身に付いたのかとも思う。とあれ、福岡の最前線の議論に自分たちの活動する都市の原形と風土を知り、自らの立ち位置を考える視点で何かお役に立てられないかな。。。。我が身の無力さに歯がゆさを感じる。

その一方で、別府公会堂のイベントでは、APUの学生たちのバイタリティあふれる姿に舌を巻く。ゆとり教育で育った今の大学生はさまざまなプログラムへの食らいつき方にすごい生命力と実践力を感じました。こちらはテクニックは福岡に比べればはるかに劣るし学園祭のようなテイストはおせじにも評論家的尺度ではダメダメ扱いされるんだろう。けど、
とてもクールで「芋っぽい」APUの子たちには、他がそうならオレタチはこうだ的なスピリッツが感じられて好感を持つ。こういったテイストの子たちが十全に動く場所をこしらえることが九州のような「足ふきマット」扱いされている地域のフロントランナーの役目なんだと思う次第。
ついでに、はじめてコンテンポラリーダンスの意味がちょっと理解できたような気がする。7日間でダンスするプログラムはみたかった。とりあえず、ゆとり教育バンザイ!Beppu project、バンザイ!

4ー6月に北キューへ、7ー8月は福岡へ。ひと通り往年のネットワークを復旧させる旅は一段落。


で、その用事の合間に宿舎で列車で原稿をまとめる作業は続く。
いよいよ追い込みの9月。立ち返る場所を確認して、これからが勝負です。

2008年8月13日 (水)

デザインの必要性

ちと遅いが、ポスターデザインの打ち合わせが佳境。
携帯メールでやりとりし、メールでファイルをいただき検討し、また携帯メールでやりとりして打ち合わせ。
初稿のいいデザインの雰囲気に、四稿目でようやくいい感じに肉付けされたものが届く。
たけたにあって、デザインの仕様についてディスカッションし、いいデザインを用意してくれる環境にあることはありがたい。

手作りでやればコストがかからずよいという意見もあるが、それは間違い。

ひとつのプロジェクトをあげるときに、ポスターデザインを決めるのは単にポスターをイラレでつくるだけに非らず。
ポスターは外部へのこちらのポリシーをお知らせする媒体でもあるし、ポスターのデザインは、小物につけてポイントとするデザインも、統一感のある配色の決定も、懸垂幕などの看板モノに使うデザインまですべて決まるトータルデザインをすることにつながります。

この他、パンフレットであっても、単なるペーパーデザインじゃなくて、そこには今後統一して用いるロゴから色合い、イメージまで、どういったイメージで何を提供するのか何を売りにするのかをトータルで考えてデザインすることにつながります。

だからprofessionalに投資するんです。手作りうんぬんはそうしたデザインワークを素人技でできると思う「井の中の蛙」のセリフだと思います。デザインを1回きりの消耗品と思うからそういった発想が生まれるのです。アマチュアの3割打者じゃダメなんです。
そんなものを個人の手作業でやる方が「安物買いの銭失い」で何もしないのといっしょ。いやそれ以上にマイナスイメージをもたらすだけ。
1回きりと言う考え方を見透かされて請け負われた世の中の公共機関系のポスターのまずさをみればわかること。

だから、この仕事をしてきて、こちらのポリシーをわかっていただき、思わぬものを用意してくださる引き出しの多いデザイナーに出会うことが本当に幸せなことだと思う次第。ましてやデザインのマーケットがないと思われているたけたにあってはなおさらのこと。

こうした出会いも、ボクの仕事の枠外でのネタ拾いから生まれたもの。
常にあちこちに顔を出すのは、仕事のためのネットワークを築くため。必要性を感じているから見つけることができる、そしてデザインをみて使える、頼みたいと思うだけの自分で責任を背負う感性が必要。もちろん仕様をちゃんと出せないと意味がない。

今回のポスターも首尾は上々。歴史系に多い手作り感たっぷりのポスターとの違いをみせてくれることでしょう。

2008年8月 6日 (水)

「渡辺長男と朝倉文夫の彫刻」

たけたの伝統あるまちづくり組織の「岡の里事業実行委員会」に参加しています。
以前はなかなか仕事とバッティングしていたので思うような企画を立てられなくて困っていましたが、今年になってようやく解放されたので8年間のノウハウを活かして「学芸屋」として「学芸仕事の市民への還元」をテーマに企画を立てていきたいと思っています。

今のまちづくり組織に足りないのは、公的機関で培われた「学芸仕事のノウハウ」です。これとシビアな現実の工夫とのやりとりから手弁当式の企画運営に少しはお役に立てる媒介くらいにはなるかという試み。
以前に実施した「岡の里城郭史講座」はそのプロトタイプモデル。この「岡の里○○講座」と「アートミーツ@創生館」を軸に
学芸仕事は館の中だけのものではない「学芸仕事の館からの解放」と「学芸仕事の市民への還元」を考えていきます。

今年の「あおぞら学芸業務」の第一弾は、岡の里文人講座の企画のお手伝い。
ちょうど岡の里事業の別の企画で、渡邊長男と朝倉文夫の彫塑家兄弟の作品マップを作成するとのことでしたので、それと文人講座のコラボレーション企画を提案しました。
文人講座は、郷土の先哲
を「文人」として紹介する企画。そこで、渡邊長男と朝倉文夫という竹田ゆかりの彫刻(ホントは彫塑)兄弟をテーマに専門家の先生をお招きした本格的な講座を考えました。

講師の先生として、アートマネジメント学会九州支部でお会いした大分大学准教授の田中修二先生にお願いしました。田中先生は
日本の近代彫刻史がご専門で多摩市で行われた「渡邊長男展」に企画協力されるなど第一線でご活躍されています。アートマネジメント学会でお会いした際に渡邊長男はもっと取り上げてしかるべき彫塑家と教えていただいたこともあり、今回の市民活動の取り組みにこれ以上最適な講師の先生はおられないと思いお願いいたしました。
また、田中先生の研究室は大分市で野外彫刻のメンテナンスの取り組みもされています。竹田市にも二人の作品が野外彫刻として残っています。先生のお話と取り組みを聴いていただくことで地元の方々に野外の彫刻(ホントは彫塑)を地域の財産として目を向けていただければ、また野外の彫刻(彫塑)も展示作品であるという、エコミュージアム的視点を持っていただこうというねらいがあります。

彫刻メンテナンスの機運が生まれて岡の里事業がその受け皿になれば言うことはありません。

今回、先生にご快諾いただけたのも先哲ゆかりの地である竹田市の文化的風土とブランドあってのことと思っています。そうした環境を活かしつつ、岡の里事業と言うプラットフォームを用いて、意欲のある地域の市民と第一線で活躍される先生との出会いの場を重ねることで、本当に100年先を見据えた文化事業の基盤がつくることができると思います。
とあれ、日頃風景として見慣れた彫刻作品を見る目が変わるこの企画。
朝倉文夫はもちろん、多摩市での渡邊長男展に企画協力された田中先生のお話ですので、またとない彫刻(ホントは彫塑)を知る機会です。ふるってご参加下さい(・ω・)ノ

ちなみに、案内チラシはAppleのpagesというiWorkのソフトでつくりました。
縦書きができないのが難点ですがイラレいらずでホント便利。

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2008年7月30日 (水)

まちのブランド力・文化力。

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最近面白かったのは。
別府でお会いしたクールな現代アートユニットの「チャン・ヨンへ重工業」の作品をウェブでみたら、BGMがジャズアレンジな『荒城の月』だったこと。
http://www.yhchang.com/ でNIPPONをクリック!(音出るよ)。ちなみにAOMORI AMORI(アオモリ・アモーリ)もgoodです。
なんてこった。予習していれば本人たちに「荒城の月のまちから来た」と言えたのに、残念。

そんで、行けなかったんだけど週末にCCA北九州であったしろくまさんな『24時間映画祭』のみくしのリアルタイム実況みてたら、チームのひとつに「守り神」で姫だるまの写った写真がアップされてて大笑い。
なんてこった。そんなアイテムなのか、あいつは。
高崎だるまとお見合いしただけじゃなかったのか。

コンテンポラリーな人たちにもアイテムが愛される、たけたって看板はなかなかにつかえるもんだとあらためて実感しました。
いろいろ集めて、ネタに遊んでみようかと思いました。

で、そのCCAのTシャツ届きました。なかなかプリティ。

ちょっとニューウェーブ入ってない?と北キューの方に尋ねてみたら、向こうでもニューウェーブの応援に使えるねって。(^^ゞ
この色、世界に冠たる現代アートセンター、CCA北九州のカラーのようです。
北キューの方は着こなして「レトロからコンテンポラリーまで突っ走るクリエイティブ・シティ」で。

ちなみに、明治(門司港駅前)から近代(折尾駅前・戸畑駅前)を経てモダニズムと近未来(八幡駅前・小倉駅前)までそろっている大都市ってそうそうないです。産業革命から情報革命まで都市はイノベーションを続けているところってそうそうない。

20世紀初頭のテクノロ ジーが鉄鋼(なかなか質のいいのができるのには時間かかったみたいだけどね)で、21世紀初頭のテクノロジーは空間デザインとアートとそれを支えるインターネットやウェラブルな技術体系(うまい表現が思いつかない)かな。両方を見据えて都市の文脈を読んだプレゼン&コーディネートできるとおもしろいプレゼンのできる都市だと思うんだけどね。

2008年6月30日 (月)

人間の家

P113086328日の夜は、CCA北九州の市民美術大学の講座レクチャーに小倉まで。

長年「あこがれ」だったM氏って伏せなくてもいいか。南嶌前CAMK館長のレクチャーを聴いた。
(違うジャンルの世界なので、こういう機会でもない限りまず直接お話することはないもんなあ。。。)

熊本の「人間の家」でもそうでしたけど、この方のお話を聴くとなぜかワクワクしてしまう。
そして、いろんなアイデアが湧いてくるのは、本当に不思議なことです。

なぜ、CAMKの最後の展覧会でシーナ&ロケッツライブだったのかもわかりました(^^ゞで、この日の決め文句は「正直なところ、どうでもいいよね」でした(^^ゞ なるほど。

はじめて質問して直接お話することができて本当に満足でした。
とは言え、かなり舞い上がってたので「変な人」だったかも(..ゞアセ

偶然知りえた今回のレクチャーですが、そこの扉は開かれていました。次の一歩を踏み出すことが出来るのでしょうかしらん。
とりあえず、3ヶ月にわたるアートのピクニックは一段落。お城の世界に戻ります。

2008年6月29日 (日)

筑豊に直方谷尾美術館を訪ねる

※別記事を若干変更して載せています。

筑豊直方を行く 筑豊直方を行く

28日は生まれてはじめて直方市へ行った。
大分からソニックで折尾へ。国鉄時代の駅の空気が充満する歴史的価値の高い折尾駅の階段を降りてから筑豊線に乗り換え。
乗ってから気づいたんだけども、筑豊線って「筑前」は走るが「豊前」は走っていない。よって「筑豊」ではないんだね(笑)。そんなことを思いながら遠賀川沿いにかつては石炭を運んだ鉄路を経て直方へ。

直方駅から商店街を歩きしばらく行くと、直方谷尾美術館が今日の目的地。
建物は直方藩の殿町筋にある昭和初期の医院。それを明治屋産業のオーナー故谷尾欣也氏が購入して1992年に私立の美術館にしたそうな。谷尾氏の没後、遺族により
コレクションと共に2000年に直方市に寄贈され、改修を受けて2001年4月に開館したそうです。レトロな医院&茶室の隣に展覧会も十分できる新館がくっついた構成です。

谷尾氏は1997年に福岡銀行直方南支店だった町中の赤煉瓦旧十七銀行も購入して今の「アートスペース谷尾」にしたとのこと。
そして、2つとも市に寄贈したそうな。
こういう資産家というか篤志家がいて残してくれるのは市の財産ですな。うらやましい限り。

今回は、新館で開催中の鉄のインスタレーション作家阿部守さんの作品展「阿部守展、鉄の詩」を観てきました。
ギャラリースペースのインスタレーションは静寂かつ迫力があり、茶室に置かれた小品は小さいながらも存在感のあるものでした。

筑豊直方は石炭のイメージがあったけど鉄工所で有名なとこらしい。かつての石炭から産業転換を果たし今は北九州地域の自動車産業を支えているそうです。
そうした地域の特徴を喚起させる意味もあって鉄のインスタレーションで活躍されている阿部守さんの展覧会が企画されたようです。アートは「現代」を知るために、歴史的なことや現在につながる側面を引っ張り出す役割でもあることを教わりました。いい緊張感のある展覧会でした。いい勉強になりました。

2008年6月26日 (木)

八幡とCCA北九州を訪ねて

※別記事を若干変更して載せています。

学生時代は福岡からちょくちょく出かけていたにも関わらず全く知らなかった現代美術センターCCA北九州(ウェブログはこちら

とある奇縁で北九州市のアートシーンに触れる機会があって、その場で紹介されたことでたまたまを知った次第。機会をみて実際に現場を見てみようと思っていたので、以前に紹介した「ギルバート&ジョージ 秘密のファイル」が平日しかやってないのを、わざわざ休みをとって行ってきた。
福岡で用事を済ませて吉塚駅の駐車場に停めてから快速に乗って新日鉄のあるJR八幡駅前へ。

八幡駅にはじめて降りたけど、ここまで「モダニズム都市」だったとは思わなかった。
駅から降りる外国籍の人や遠方から来た学生とおぼしめき人たちを見かける。本当に「未来都市ヤハタ」
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思うに、北九州市って主要な駅それぞれに顔が違う。小倉駅と八幡駅は間違いなく「近未来都市」ですよ。これってかなり個性なことですよ。今とその下層に潜む「過去」を切り取るのにこれ程おいしい都市はないです。

で、
歩いて5分。敷地の仕切りのない街に溶け込んだ大学、九州国際大学の一角の社会文化研究所の3階にCCA北九州はありました。既存の施設を間借りするかたちでスタジオやメインの研究・学習棟などが周りの雰囲気に溶け込んで?手入れが悪くチョットすさんだ感じがキタキューらしい。メインの建物は大学の研究棟といった感じ。あんまり人の気配がない。
建物の3階がオフィスやライブラリー、そしてギャラリースペース。

ギャラリースペースにはビデオプロジェクターがあって35分の「ギルバート&ジョージ 秘密のファイル」をただ上映し続けていた。
ビデオは二回繰り返しみて満足、満足。示唆に富んだ内容でお腹いっぱいでした。はるばる来た甲斐がありました。

終わってから、パンフレットや書籍を物色。
アーティストが来日してキュレーターの研究生たちが関わりながら展覧会を企画し制作したアーティストブックが書棚に並んでいたのを読む。
とてもクールでしゃれているし訴えるものが強いしとても練られたつくり。カタログと言う概念に凝り固まっていたオツムを解きほぐしてくれました。
「現代美術」はまさに今そのものであり、アーティストは素晴らしい人文学者であることを知りました。

で、どこで手に入りますか?と尋ねると紙を持ってきて「ナディッフ」に注文してくれと言うことでした(笑)
ナディッフのページを見ても出ていない(ノ_・。)し、名古屋以東にしか店がない。
さてさて。どうしたものでしょう?自分でチョイスしてみますけど、どうやって注文しよう??
できれば、北九州市のどこかか、せめて福岡のアルティアム辺りで取り扱ってもらえないでしょうか。。。アーティストブックの面白さは九州のアート好きな人に十分通じると思うけどなあ。それとも販売先がなくなったのかその辺はわかりませんが入手したいところ。

それにしても、こんな研究機関というか学校というかギャラリーというか……な世界的な現代美術センターが「公立」ってのがすごいわぁ。
福岡に居たのに知らなかったのが惜しい気分です。世界的なアートの世界ではキタキューは有名なんだそうです。世界の名作を金を出して一時呼ぶのもよいけど、今のアーティストを呼んでメイドイン「世界のキタキュー」を作った方が100年後を見据えたらいい投資になるはず。100年前も二次産業のたまもの鉄鋼をこしらえて国家百年の計を築いたとこだからわかるはずですよ。
97年に設立された時の記事はこちら

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2008年6月10日 (火)

ブリティッシュ・アートのいざない

6月は北九州市八幡のCCAへ行こう!

ヴィデオ・スクリーニング 1 | ギルバート&ジョージの秘密のファイル
CCA北九州プロジェクト・ギャラリー
2008年6月9日(月)-7月18日(金)
月曜日-金曜日 午前10時-午後5時 土日祝休

ギルバート&ジョージを知らない人は、こちらを参照。2007年のテートモダンの展覧会はこちら
わかる人には、今、八幡でギルバート&ジョージかわかるはず。

コンテンポラリーアートは、「現代」ではなく、その都市の「今」を語るためにあるのです。
いいものみるなら、その国を代表する「今」を楽しまないといけないでしょう。
うーん、一目みて、うたごころのツボにはまりましたです、見事なチョイスです。

それだけに、土日祝休なのが惜しいけど何とかならないかしら?

2008年5月22日 (木)

「沖縄文化の軌跡」

沖縄
週末に沖縄の沖縄県立博物館・美術館で買った美術館開館記念展「沖縄文化の軌跡1872-2007」の図録。
美術館問題として、気がつけば博物館に併設された美術館となり運営形態からスタッフの体制までかなり問題を持った中での船出だったようです。

 

こと図録を見る限りでは、沖縄の近代以降現代までの文化全般を扱った画期的な展覧会だったようで、図録の分量はハンパではないです。
これで、3000円+税。安すぎます。
何はなくてもたたき台。

2008年5月19日 (月)

沖縄を歩く&沖縄県立美術館

てなことで。
週末は沖縄のティーダにかんかんにあてられて日焼けして参りました。
ディープな沖縄を堪能してきました。うーむ、まさに小熊英二の『<民主>と<愛国>
』を肌で感じてきましたよ(謎)
ゆいレールも乗ったし、沖縄県立博物館・美術館那覇市立歴史博物館もきちんと行ってきましたですよ。(・ω・)/ワーイ
でも南山のグスクは週明けの台風の雨で行けませんでしたよ(ノ_・。)

で、沖縄史研究の書籍をちらっとだけみてみましたが、沖縄を研究する地元の蓄積は先の戦争で吹っ飛ばされ失われた破片を拾い集めるがごとくすばらしい研究本や「沖縄本」の蓄積がありますけれども、学術本や『中山世譜』などの基礎資料集成が市販されていないのが意外でした。探せていないのかな?それとも研究をまとめるにもまとまった史料が本当にないのかもしれません。かつての王府に地下司令部を造って日米で戦闘したんですからむべもなし。。。京都・奈良が戦場になるようなものですから。。。どうしようもありません。

首里図の画像データなどはありましたけれども、本腰入れてグスク調べて琉球王朝を探ってみたいと思ったけれども、無理かな。

その沖縄県立美術館、もともとは単体の現代美術館で建てるはずだったとか。それが、首里にあった博物館の移転に併設されるかたちで実現したものだそうです。

場所は那覇に隣接した米軍の住宅地の返還を受けて再開発中の「新都心」おもろまち。博物館・美術館前の交差点の名前が博物館前とあるように、美術館より博物館が主のような認識のようです。
うーん、すみませんねぇ。
おそらく、文化庁直結でハコモノ補助金をもらえる文化財行政の「政治力」がこれまで蓄積を重ねてきた博物館を優先させたので、県民悲願の美術館構想にしわ寄せをかける結果になり。。。行政的には「美術館」は歴史・考古の「博物館」より弱いのです。。。

時間がなかったのでタクシーで前つけてもらってひとめみてその白い塊にはびっくりshock
一応、グスクをモチーフにしたらしいけど、バイパス沿いにあるパチンコ屋か!と思うくらい 真っ白なエセオリエント風なデザインでした(ノ_・。)。。。
暑 さ対策かわかりませんがガラス張りよりマシですがどうみてもグスクではありません。しかも 沖縄の雨で確実に数年後にはいい感じに汚れること間違いなし。パンチングメタルっぽい穴ぼこも沖縄の庁舎ではよくあるデザイン文法をお洒落にアレンジした 感じ。。。うーん、他の庁舎とかホントにグスクみてないやろ?(ちなみに沖縄のコンクリ・モルタル建物は米軍の影響なんだとか。道理で韓国などに近いと思 いました)。

外観の文脈はひどいしエントランスや庭は無駄に広いし。。。その分、美術館に回したれよと言う感じでした。

館内もきれいにホワイトキューブで、展示室も真っ白。
展示室の巡視スタッフの方に「きもちわるくなりませんか?」と尋ねると「慣れました」とのこと。
「すんませんね、建築家が妙なデザインして」と申しておきました(..ゞアセ
大阪の地下街ホワイティうめだでもそうですけど、正直なところ戸惑いやすいんですよ。真っ白は。

内地の大手業者がピンハネする「公共事業」何かよりも、戦災でめ ちゃめちゃに首里にあった郷土資料館ごと丸焼けにして全島で文化遺産を破壊した償いで、九州も語れないへなちょこ九博よりも「ミュージアム琉球」を建てて運営を委ねた方がよっぽど沖縄のためによかったと思いますよ。
それを県立施設で指定管理者制度を入れて運営しているので、県民の1/3が来ないと採算割れするらしい博物館、美術館。
豪勢にハイビジョンはこものと画面タッチ型案内装置をふんだんに用いた博物館に維持経費や予算を吸い上げられながら、博物館よりウケる展覧会企画や巡回展 をこなして運営費を貢ぐけど「派手な展覧会に金かけて」と言われるような「浪費癖で稼ぎの少ない夫を内職で支える妻」のような美術館が見えてきそうな予 感。。。

で、ちょうど初日の「情熱と戦争の狭間で」はその巡視スタッフの方に勧められて閉館ギリギリで足を伸ばしました。 無言館の作品メインかと思いきや実は二部構成。
この展覧会に限っては無言館の戦没画学生「なんか」よりも、二部構成の二部でしか紹介する機会が得られなかった沖縄戦を経て戦後沖縄で創作 活動を続けた作家たちを紹介したいと言う学芸の方々の「無言」の想いと、戦場となった故郷を抱きしめて作家たちの再出発した戦後の方がはるかに重みがあったのも事実。展覧会ポスターも図録も少ない予算で組んだと思いますがとてもいいものです。

しかし、ようやく沖縄の今を扱う文化施設ができたことは大事で、ぜひとも苦境を乗り切ってほしいと思います。ということで二部構成の二部中心で構成した思いのこもった図録と開館図録を買いましたです。
沖縄の美術史をおさえてみたいと思った次第。

2008年4月14日 (月)

久々に行ってみた、小倉。

0414001 月曜日に小倉にて、創を考える会北九州というNPOさんの「創造談義」があって、「街の文化力を考える」というテーマでシンポジウムがあるということをFUKUOKAアートBBSでみたので、ちょうど月曜なら都合が良いと応募した次第。

お目当ては、講演される福岡県美の川浪千鶴さん。県美の学芸課長(4月から普及課長)として福岡の美術館やアートの世界ではいろいろと企画を打っておられる方ですけど、当方には全く接点がないところでしたので聴いてみたいなと思った次第。
10年近く福岡から離れてアートな情報過疎の竹田市にいるのもあってあれこれ訛ってきたので、去年からのリハビリを兼ねて動いてみたわけでもある。
18時から21時までの会でしたので、帰りは別府で一泊しましたが本当に久々に福北方面の空気に触れた充実した時間でした。
 

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2007年11月 5日 (月)

九州街道ものがたりに出ました。

お仕事で、11月4日オンエアーのKBCの九州街道ものがたりに出演しました。
小河一敏について何ですけど、ほとんど何も知らないわたしがしゃべってよかったのかなあ?
にわか勉強でやりましたけれども、陽明学のことはちょうど田能村直入をやっていたこともあり大塩平八郎を絡めて口を滑らせたので、そのまま陽明学=大塩→田能村竹田→角田九華→小河一敏ってな具合で番組ができあがってました(笑)

あらためて自分の声を聴いてみると、自分の頭蓋骨で聴いている声と全然違います。
声高いし、軽いというか人をおちょくっているようにしか聴こえへんなあ。。。今更治せないし困ったものです。

とあれ、おかげさまで、あの、似てないモノマネで有名な(>ω<)\バキッ☆、ミュージックソンでKBC内のエレベーターでヨメサンとご一緒したことのある、あの奥田智子アナのナレーションと共演でき、わたしは果報者です。
なんてネタをパオーンに送ろうかと思う今日この頃です。

ちなみに今年の正月アタマは、故鈴木ヒロミツさんと岡城の上で共演しましたさ。こちらはテレQ。
いらんこと言いの学芸さんですので、お仕事依頼カモーン。でお待ちしております(笑)

2007年10月31日 (水)

搬入の朝

朝から田能村直入の作品を借用に、大分市美術館に出張。
9時に着くとあちらの方々が出勤されてくる中でごあいさつ。

なぜか、不思議なことにアート系のみなさんが私に「お城のこと」を聴いてくるのです。
一応、アートのお仕事なんですけど(^_^;;; 、アートな方々が口をそろえてお城の話題を振ってくるのは「?」な気分でした。

で、その日の午後にわかったのだけれども大分合同新聞に遅まきながら佐伯市での栂牟礼城シンポの記事と写真が出ていたようです。
壇上にいる私はカメラ目線でしっかり写ってました(笑)

なーるほど、これでわたしの本業が城郭研究者であることがわかって、私にいろいろ聴いてきたのですね。
竹田市内では研究者私も、ちょっとは大分県下で城郭研究者であることが認知されたかな??
地域版記事ですけど、栂牟礼城の国指定史跡を推進するシンポに、国指定史跡として城郭遺構を位置づけする立場の「専門家」として、肩書き付きで出ていたのは「外部評価」としては実にありがたいことで、佐伯市教委さんには感謝する次第。

それにしても、この日朝刊でこの記事をみていたみなさんは、写真で出ている城郭研究の専門家が、まさかその日の朝に美術作品を借りに行ってるとは思わないだろうな(大笑)。

まあアートの仕事は目処が立ってきたので、もうひとつの軸、歴史の方に力点を置こうと思う月末でした。

2007年10月19日 (金)

田能村直入について

Tyokunyu 稼業のお仕事で、竹田出身の文人・南画家、田能村直入について短い文章をまとめました。
短い準備期間で幕末明治の転換期に生きた94才の人生を書くのは無理でしたが、作品図版な方はお願いして取り組んだ分少しは整理できたかなと思います。
自腹での京都(取材を頼みました)・大阪・堺・丹波・出雲を旅して取材してきましたので、あれこれ並べることが出来ました。
写真はサポートしてくれた方の個人蔵(笑)
こういうのを古書店で買ってくる辺りがプロです。

とあれ、近年、誰も田能村直入に関してまとまった考察を加えていないので何とかサマになりましたが、わたしは美術史な分野は無理なので「歴史屋の叙述でいくぞ」でやりました。誰か扱ってあげてください、ホント。

さてさて、絞め切り間に合うかな?

2007年6月 5日 (火)

博物館への遠い道〜博物館相当施設に登録〜

博物館相当施設じゃなかったことが判明した歴史資料館。
4月に大慌てで書類を作成して県に申請。
そして1ヶ月の審査でめでたく5月28日に博物館相当施設に登録されましたヽ( ´∀`)人(´∀` )ノ
うーん、速い。スピード審査だ(笑)
まぁ、実績あるので施設面での心配がありましたが無事にクリアしました。
よしっ、これで晴れて助成事業の申請ができるぞ♪

第一目標は、市費単独依存財政からの脱却です。複数の財源を確保しないと合理化の対象になってしまいます。複数の財源を絡めながら事業展開を進めていかねばなりません。

そして、玉子とニワトリな関係なのですが、第二目標として、助成事業を受けるには安定した人財の確保が欠かせません。
文化庁から「事務方と学芸方を1人ずついるのが望ましい」ということでしたが、ウチはヒラがひとり職場で嘱託スタッフをまわしている現場。。。(´・ω・`)ショボーン その状況から脱却しないとなりません。
脱「劇団ひとり」じゃなくて、脱ひとり学芸部。
普通の資料館なら歴史は考古などの埋文担当課に組み込まれてしまうのがオチですが、ここには美術史に輝く文人画家田能村竹田さんがいます。また、美術館関係は独特の慣習がある部門ですからそうそう素人技では対処が難しいものです。
ここに、歴史&美術史の二人三脚制の可能性がわずかばかりあります。定員減の波の中、ヨソから奪ってでも二枠を確保しないといけません。わずかでもあるならば、その目標に向けてひとつひとつ前を向いて進むのです。

博物館相当施設登録と言うのは、劇的な変化を伴うものではありません。しかしながら、明確な目標意思をもって取り組むならば、静かに変化していくきっかけになると思っています。

2007年3月10日 (土)

BEPPU PROJCT 山出淳也さんの講演を聴いてきました

P1070100_2 てなことで、予告通りにJAAM九州部会の研究会に出かけてきました。
BEPPU PROJECT(ベッププロジェクト、以下「BP」)代表の山出淳也さんによる
「BP」についてのお話を伺う絶好の機会です、行かないはずがありません。

最近は都市部に出るのに可能な限り車に乗らないスタイルを採っているので、大分へは豊肥線。
往復2500円で、90分×2の移動オフィスが得られます。揺れがあるので文字は書けませんが、読書もレポート入力も寝ることだってできます。呑んでも乗れます(笑)

で、列車内ではiPodshuffleで曲を聴きながら、喜々としてPowerBookでレポート入力。
文化庁芸術拠点形成事業に、無謀?にも申し込みするので事前説明会にもっていくたたき台を制作しました。
学芸員2名の萬鉄五郎美術館でもこれだけのモノができます!と京都で説明を受けたこの事業。さて学芸員1名+αな我等が館でも受託できますのやら。

そんなこんなで大分駅に着いてバスで上野まで行って芸短到着。
しかし、聴衆は少なく春休みもあってか学生が少ない!!!どういうことでしょう。
生のアートマネジメントの現場にあるアーティストに直接聴く機会なんてそうそうないのに、もったいない。
正直、JAAM九州部会ではじめてじゃないかな?現場最前線な方のお話って。。。

山出さんのお話は文字通りアートマネジメントの現場そのもの。
MacBookでKeynoteで作成したスライドで
、別府市の考察から、なぜ「BP」を行うのか、何を目指すのか、そして05年・06年と何を積み重ねて07年、そして08年の国際芸術フェスティバルへ向うのか、その後に何を見据えているのか。。。その上で現在進行中のプロジェクト案内も含めて、60分程度の時間に凝縮させた濃密なプレゼンでした。

興味深かった点をいくつか挙げると、
まず。別府市についての考察。12万人があの狭い斜面の都市域の中に凝縮している都市が他にあるか?湯けむりのたなびく都市が他にあるのかと常々思っていたのですが、「湯けむり」(地質学+地理学)「移民文化」(歴史的文化的特徴)「混浴(人々が入って共有する出入りする場所)」(理念的特徴)で捉える視点を設定されていました。海外で活動される方らしく、切り口がロジカルでクールです。

そして、文化芸術の鑑賞機会の充実(多分、啓蒙)→文化による交流の推進(多分、コミュニケーションの形成です)→文化を支える人づくり(多分、サスティナブルな環境育成と思います)という流れをプロジェクトの軸に据えていること。そしてアートを経済事業と捉えるクリエイティブインダストリー(創造産業)と位置付けて概念の啓蒙・普及とマーケット創出を意識される発言が印象的でした。

大分では2002年のワールドカップ&Jリーグのようなトップダウン的スポーツ政策があったけど、それと同じようなスケール相当の事業を08年向けて別府で裾野から行おうというのはスゴイこと。
02年のような政策レベル以外の地域レベルで、この水準の視点からアートを捉えている人は稀少ではないでしょうか。02年には大分市美がアート循環系サイトという希有なアートフェスを敢行したものの受入れられなかったように、山出さんの視座を共有する人が大分県内にどれだけいるのかと思うと憂鬱ですが、わたしを含めて08年をどう感じ、何ができるかワクワクする気持ちを持てるかが問われているような気がしました。

とあれ、最近、ようやく?高城剛氏の本を読んだこともあって非常にすんなり受入れられるタイミングだったのもあって非常に興味深く拝聴できました。

フランスのナント市では市庁レベルから文化政策が産業育成策として進めて産業転換を果たしたことを紹介していましたが、そのキーマンを別府市に呼ぼうと進めているフットワークの軽さにも驚き。秋のシンポジウムが楽しみです。スピードと次の一手を見据えた事業展開は大いに参考になりました。○○年までにこれをすると近い未来を掲げて衆目を集め、自分には○×年にはこれをできるようになる、とステップを明確に自分に課して動く姿勢も学ぶところが多いです。

「BP」の詳細はホームページをみていただくとして、活動を「自分たちのための文化をこの場所でなければ意味がない方法によって実現しようとする活動の総称」と定義づけている点はアートイベントと化する現在の文化事業に対する「BP」なりの独自性の意識づけになっているような気がします。こうした視点を用意できる山出さんは大分県では本当に希有な人に思えます。希有に思えることが大分県の問題としても。

最後に「BP」そのものがアートである何かと何かをつなげて新たな価値を創る創るのは出会う場所であると位置付けて締めくくられていましたが、「BP」そのものが山出さんの別府市民いや大分県民をまきこんだワークショップ、すなわち取引の場(マーケット)を創る足がかりと啓蒙・地ならしのためのワークショップであると感じさせるものでした。

質問で伺ったのですが、08年までが第一章とし、その後に第二次を見据えて活動されている「勘」のするどさは、大分県内にとんと聴かないレベル故に、うならされるものがありました。

あと幾つか質問したのですが、面白いのは資金調達で米英のカウンシルなどの助成は受けやすいけれども、一番難しいのが大分県・別府市ということと、文化予算ではなく観光事業の助成で得ることが大分県や別府市からの資金調達の足がかりになったという点。

思えば、文化予算は教育委員会では「教育予算」になるので、アート事業などのイベント性のあるものとしてはつけにくい性質を持っている。むしろ観光やトップダウンのまちおこし事業・地域振興事業として予算からの方が手厚くつくのは案外知られていない。企業メセナも同様。
その意味では、行政との関わりもアートは常に教育委員会な「教育予算」から獲ることを自明としてきたけど、本当はクリエイティブインダストリーを前面に打ち出し、産業育成から市長部局の「事業予算」をねらう姿勢をみせた方が賢明なのかと再確認できました。

今回のお話では、クリエイティブ・インダストリーを地域の産業政策として取り込むべき時期に来ていること。それを地域性に則してどう普及させるべきかは工夫が問われること等学ぶことが多く、自分が現時点で考えていることがどんな位置にあるのかがわかって大きな収穫がありました。
自分の課題は如何に行動と結びつけられるか?議論はどうしても抽象的なものになります。実際の活動と関わることで善かれ悪しかれさらに学ぶ視点は深まるような気がしました。

いずれにしても2008年の
「BP」は2002年のワールドカップと同等くらいに要注目ですよ、県内のアート関係者のみなさん。九州をクリエイティブ・アイランドとするためにも、この波に参加して乗り遅れないように、急いで急いで。
とはいえ、一番乗り遅れそうなのが、行政とメディア。それと博物館行政な気がするけども。。。

2007年2月14日 (水)

3月10日の日本アートマネジメント学会九州部会研究会。

大分を拠点としている日本アートマネジメント学会(JAAM)九州部会が開催する第7回研究会の案内が来ました。
3月10日(土)13時30分から、大分県立芸術文化短期大学(人文棟101教室)。
内容は、「アーティスト・イニシアティヴにおけるアートマネジメント」
講師は別府で現在進行中のアートプログラム、BEPPU PROJECT代表の山出淳也さん。

去年の秋にJAAMの大分大会とBEPPU PROJECT06がちょうど重なっていて、そのときはすれ違いだったわけですけど、今回ようやく「出会い」となりそう。

うーん、実にドキドキな内容です。ナマのお話を聴いてみたいことしきりですから。

2007年1月12日 (金)

京都アートツアー〜三条通あれこれ〜

P1040080P1060646 博物館を観た後は、市バスで河原町三条へ。
河原町三条で京都特派員と待ち合わせて、河原町〜三条通界隈のサブカル名所とオシャレなアートカフェをいくつか案内してもらいました。そのひとつneutronで食事を楽しみました。

三条通は三条大橋から河原町通から烏丸通辺りまでがレトロな近代建築が並んでいて、その中は改装されてブティックやお店、カフェなどが並んでいるオシャレな通りとなっている。20年前から三条通にあるタンタンショップははずせない。去年に続きカレンダーを買いましたさ。

案内してもらったneutronは、烏丸通を越えたところにある高い天井とギャラリー(舞台みたいだったけど)、そしてオシャレなアート系カフェが楽しめるお店でした。アートを紹介しそこに集まるアーティストをネットワークを持たせそして食事を用意する。そんな複合的な営業形態。こんなのが九州にないのが頭痛の種。
そこで耽美について語る語る語る(笑)

P1060642三条通は烏丸から河原町まではレトロな近代建築が残されてお店やカフェになっている一方で、かつて京阪京津線が走っていた三条京阪から東山界隈では高齢者の住んでた家屋や町家が解体され小規模マンションが建て替わる風景。。。

前近代以来の流れを受ける和風木造建築は「良きもの」としてもオシャレでなく世代交代と共に経済的にはマンション的建造物にリプレイスされる一方で、近代以後のレトロな煉瓦調建築はオシャレであり「良きもの」として経済的にペイできるコンテンツとして残される。その中で演出されるのは近代和風テイストな内装世界。これを和風と思う人たち。。。というなんとも倒錯した世界にある京都でした。

京都アートツアー〜近代以前と以後をめぐる〜

P1060641 京都駅前で、京都市バスの500円チケットを買って岡崎公園まで。
岡崎公園の京都国立近代美術館の「揺らぐ近代〜日本画と洋画のはざまに〜」は明治からの日本画と洋画の悩ましい歴史を読み解く地味ながら意欲的企画。東近美&東京藝大と京近美の企画。もうひとつは七条三十三間堂前の京都国立博物館の「京都御所障壁画」。結果として前者で思いっきり時間をとってしまったのだけど、後者が夜間開館してたので、無事にハシゴできました(笑)

京都を旅するなら、市バスは欠かせません。けど京都は平たく碁盤の目なのでけっこうスイスイ歩けてしまいます。

二条と三条の間に位置する琵琶湖疏水前にある京都国立近代美術館での「揺らぐ近代」は狩野芳崖や高橋由一ら明治初期 の作品から戦前までの日本画と洋画の間の関連性について並べたもの。狩野芳崖の《悲母観音》などの日本美術史の明治辺りに出てきそうな「名画」を観まし た。維新後の新たな技術を吸収する彼らの背後にみえるのは維新で崩壊した公武のお抱え画師と町絵師の伝統。権威が失われ一気に無秩序かつ渾沌とした中での 模索が、現代の我々の眼にはキッチュな新鮮さとなって映る皮肉。
本当にお腹いっぱいになるくらいに意欲的な作品群。でも、近世絵画の系譜が崩壊し た後に、その残滓さえも亡くなった後に出てくる官製教育を受けた世代による芸術が形作られた後では、日本画・洋画といった作品群がなんと魅力のない味気な いものに映ったのは以外でした。いい絵だけど「つまんない」と思えてしまう自分に驚き。

P1060644岡崎の琵琶湖疏水前から東山通りを下ること20分で、七条・三十三間堂の京都国立博物館であるのが、狩野芳崖や高橋由一たちからほんの30年程前の安政年間に、京都画壇の御用絵師・町絵師たちが描いた京都御所障壁画の展覧会。こちらは佐々木丞平館長直々の展覧会企画。
会場いっぱいに並ぶ狩野派・土佐派から円山四条派、町絵師の系譜までが一同に並ぶ近世社会に至るまで積み立ててきた伝統的絵画手法・技術の蓄積、ヘリテージが生み出す和漢混在の絵画世界。それはそれはスペクタクル!
こちらの方がワクワクさせてくれたのは何故なんだろう?失われたものの大きさが魅力として映ったのだろうか?

安政から明治維新までたった10数年。カタストロフが目前に迫っていた時代が封印された近世絵画の残照。本来「正統な日本美術史」の系譜となるはずの豊かなイメージの世界。
しかし、それは京都御所の建造物から離れた、近代国家のシンボル的な欧風(レトロ)建築の京博が会場。そこで近代国家以前の絵画で彩られた空間を再帰的に捉える体験は、なんとも収穫ある内容でした。

部屋の内装を要求されるテーマに沿って部屋の雰囲気・演出するために描くのはまさに「内 装業者」です。画家である前に技術者なんですよね。実用であり必要であり部屋の使い勝手と共にあわさって上手い画師が観るもの・利用する者に美しさを与え てくれるわけです。実用の美というと工芸品に注目されるばかりですが近世までの美術は絵画も全てが「実用の美」なんだってことをあらためて実感。
となると。。。近代以後の絵画って日本画だろうが洋画だろうが、室内装飾的な絵画の要求から切り離され職人的様相からも切り離された「画家」像を求めることを求められる存在。
部屋を装飾するわけでもなく何の役に立つわけでもなく。。。なんともわからない官製の「美」、後にはインテリ層の求める美の概念を追究することにひたすらまい進したというのが「画家」の姿。なんともおかしさと哀しさを以て訴えてくる気がする。

両館が意図したわけでもないだろうけど、近代以前・以後をハシゴする二つの展覧会が対比するものは、おそろしく深淵で d(>_< )Good!!な企画でした。

ところで、現在の京都御所の広い敷地の内、1/3が御所と大極殿だったそうで。それ以外は宮家と公家の邸宅が密集していた公家街だったことは、今回はじめて知りました。
天皇御所以外の五摂家など上流公家の邸宅は明治維新と共に解体されて、今の「清澄」な御所に書き換えられたという事実に驚愕する次第。
逆に江戸は、将軍徳川家の御殿をはじめとする幕府の建物が、天皇の「奠都」で解体された。
つ まり、明治維新というのは、公家邸宅・将軍邸宅などの近世上流文化の財産を、「復古」という名で破壊しその後にキッチュな近代日本をあつらえた破壊的革命 行為だったことに戦慄を覚える次第。それを実行した下級公家と薩長土肥の下級藩士たちの品性は今日の霞ヶ関官僚にまでつながる。。。わけだ。

それにしても、清朝皇帝の遺産を「故宮」として遺した中華文明に対する、我が国文化の何と軽いこと。公家も武家の文化遺産も遺されていない哀しさ。日本国内で「伝統」という言葉が何と軽いかを復古を標榜した明治維新の「国なおし」が証明するという歴史の皮肉。

2006年11月27日 (月)

大分と別府、アートとマネジメント(2)

P1060215P1060218 27日は別府市で行われているNPO別府プロジェクト(BEPPU PROJECT)による「ストリートプロジェクト06」を観に行きました。昼までに用事を済ませて横断特急で一路別府へ。
今回は、25日の日本アートマネジメント学会大会とかぶっていた全国アートNPOフォーラム別府も興味あったけれども、せめて‥‥一目どんな感じが観たいという思いもあったのです。誰に聞いてもよくわからないという2008年に国際アートフェスを開催するというBEPPU PROJECTの様子をみるのも楽しみに、弾丸別府ツアーというわけです。
ストリートプロジェクトの場所も、別府の調査宿泊の際には近くのビジネスを利用していたので竹瓦温泉へ行って適当なところで食事するのにウロウロした界隈なので土地勘はちょっとはあるところなのも幸い。

とは言え、別府市の一番ディープそうな歓楽街、竹瓦温泉周辺。
その路地に審査員が選定した、大分ゆかりのアーティスト藤崎友子さん・大木千波さん・平川渚さんの3人の作品が展示されるという構成。それぞれ興味ある作品を展示していました。


P1060211P1060243 P1060256

で、「路地」「ストリート」‥‥って?
この竹瓦温泉界隈はそこかしこの横丁に○俗営業のお店やバー・パチ ンコ屋があって客引きのお兄さんが昼間から路上に立っているようなとこなんですけど。そんな生で猥雑というかキョロキョロしているとさらわれそうな「濃 厚」な環境を歩くって‥‥そんな横丁って「路地」?どちらかといえば裏路地。
そこから離れて梅園通りの路地も、『三丁目の夕日』な時代ってこんな 界隈がいっぱいあったんだぞとうさんくさい消臭ノスタルジーな連中をひっぱたけるような、そこに住むひとの濃厚な生活空間が臭ってくるような場所なんです けど‥‥これも簡単に「路地」とか「ストリート」って言えるのかな?

田舎暮らしが長くて都会なピリピリ感を忘れてたわたしは、大阪でディープなところを歩く時の緊張感を思い出し、すっかり面食らってしまい作品鑑賞もとい作品探しどころではない。。。

体勢を建て直すためにたどりついた竹瓦温泉前の町家を改造したオンパクハウスには、
 宮島達男展 Counter Voice in the Earth」がやってました。一般の方に宮島作品よろしくカウントしてもらってゼロとなったら湯泥に顔を埋める、またそれを繰り返すものです。をを、いつの間にか東北芸術工科大学副学長になられている宮島さんのアートを拝めるとは思いませんでした。直島・熊本に続いて3回目。

これを観賞してゆるっとだべりつつ別府プロジェクトの資料漁りをしてから、ハウスに置いてあった藤崎友子さんが書かれた作品の案内図があったのでそれを片手に再び出発。
ひととおり作品を観て思ったのは、作品それぞれは作家の感覚が出ていて面白いと思うのだけれども、いかんせんどのオブジェもまったく横丁の人たちが積み上げてきた「トマソン」に取り込まれてしまい何とも感慨が起こらない。

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大分と別府、アートとマネジメント(1)

P1060197 11月25日は、大分県立芸術文化短期大学(芸短、以前は別府にあったとのこと)で日本アートマネジメント学会の第8回全国大会がありました。
アートマネジメントに関する学会は他にもあるようですが、九州では芸短の利光学長が同会の会長であるご縁で、福岡でも熊本でも鹿児島でもない大分に九州部会が2005年に立ち上がったところです。
学会はアートマネジメント国際会議の日本における対応組織としての役割も視野に入れたものとのこと。最初にお伺いしたときにそういったレクチャーを利光学長から受けました。(日本アートマネジメント学会設立趣意書

何だかよくわからない間にわたしも九州部会の会員になっていまして。
この日は全国大会が大分であるのもめずらしいので、午後から参加しました。1時半から三コマ×3室で研究報告があり、二コマ目から参加。4時半からシンポジウムが2時間半あり、最後は懇親会がありました。

とりあえず、全部参加してアート系の学会ってどんなものかな?と見学していました。
ホームページをみると前回の7回大会は横浜トリエンナーレ2005と重なるかたちでかなりの盛況だった様子。
それと比べると半日で分科会も3つというのは貧相。同学会の九州(大分ですけど)における裾野はまだまだ小さいということでしょう。
九州はいつも本州の周回遅れで潮流が起こる傾向があります。しかし、本来、九州には「九州派」などのオリジナルなポテンシャルを持っているので「本土の玄関マット」な意識を外す試みを念頭に将来性は有望に思えています。

で、大分がそうみえたのか、関東・関西の方々からするとわたしのようにローカルに生きる側の議論は「つまらない」ようにみえたようです。反応もいまいち。
わたしも全国城郭研究者セミナーなどで参加していると、本流の議論をじっくりやりたい一方でご新規さんのピントはずれな議論は横においといて。。。という気持ちはわからないでもないですけど。。。ね。

でもね。
創る人と、見る人・聴く人を結び付けるアート・マネジャー」の役割には、大都市での華やかなトリエンナーレもさることながら。。。いやいや10万人以上の地方都市(って実際はかなりつながっているところばかりだけども)や関東圏につながっている小都市のアートフェスもさることながら。。。地域の「お町」規模の5万未満の小規模都市にも可能性はあると思っている。

欧米の地域の中心地ってそんな規模だと思うのだけれども、メディアも情報もそれ程通らない小規模都市、それを抜きした理論づけなんてありえない‥‥と思うんだけど、発表者のほとんどは大きな地域の出来事が大半で小規模都市なんてイメージできないような印象を受けた(違うかもしれないけど)。

今回のシンポジウムのテーマは
「アートと『地方』社会 −パトロネージュの視点から−」でした。その意味ではこのテーマを実感するのにふさわしい場所だったように感じています。
わたしは、仕事上いろんな方々を拝見することができて満足。また先端の議論を消化するので手一杯。で、みなさんを振り向かせるような「手土産」を用意せねばと思う次第。

追伸:こんなわたしが一番刺激的だったのは、その場では聴けなかったのですけど懇親会の席で直接レクチャーいただいた花園大学の立岡浩氏の「欧州映像コンテンツ産業の公民協働プログラムとsustainable tourism」でした。学びの入り口を教えてくださりありがとうございました。

2006年11月23日 (木)

雨の九博と九歴

P1060128 仕事がてんやわんやな中、長居第2に遠征しようと思ったけれども所要があったので沙汰止みにして、久々に九博へ行ってきました。
九博開館一周年記念「海の神々〜捧げられた宝物〜」展の宗像大社の国宝がお目当て。
休日なので駐車場はほどよく満車。遠くにある民営?臨時駐車場に停めて延々と歩く。
ちなみに九博は1年で220万人集めたそうだ(゚O゚)!!ぼくもなんだかんだで5回も観てるしなぁ。。。

展覧会は、住吉大社・志賀海神社・宗像大社・金毘羅宮・大山祇神社・厳島神社・美保神社、そして九州内の神社(八幡古表神社の傀儡人形がありました)、中華世界の海神「媽祖」と沖縄の海神さま‥‥の資料が縦割りに並ぶ展示。○○神社秘宝展が4つくらいドッキングするかのようなてんこ盛りな構成でした。

沖ノ島宝物や大山祇神社奉納腹巻、平家納経などがゴロゴロしている空間というのは、ひたすらメインディッシュが並ぶといった感じで。。。こりゃ、マヒします(笑)。
これが九博ができた最大のメリットとは言え、平家納経は奈良博以来のご対面。矢部の濱ノ館出土品とは熊本以来の1ヶ月ぶり(笑)なんてあると「またみれるかな。」なんて不謹慎な気分になる(ホントは観れないと思うけど)。

なので、全部を隈無くみるのは集中力がもたないので、ひと通りメニュー表をみるように全体を歩いてみて、当たりをつけてからピンポイントで観る。暗いので細かいところが観にくいお年ごろ。仕方ないので今度来るときにはオペラグラスを用意しようと思った(「みゅーじあむしょっぷ」に置いてくれるとうれしい)
で、さすがに1年も経つと、開館展や沖縄展よりレイアウトはこなれてるなぁ。。という印象。でも相変わらず縦割りな展示構成をみてると名品主義が国博スタイルかと思えてくる。これはこれで芸風と思えるようになってきた。

で、相変わらず食うところが難点な九博だがオークラのレストラン横にオープンカフェができてた。雨とはいえ、オープンカフェというなら館の横の広大なスペースにパラソルな机とイスを用意してほしいところだ。オークラの方がストーブとイスという不憫な設備でグラムチャウダーをがんばっておられたので、「欧米では前のスペースにパラソルな机とイスでカフェですよ、って提案してくださいよ」と言ってみました。

ちなみに、館内のカフェは看板出してみたり焼き菓子ランキングしたりとがんばっているけど、相変わらずメニューが貧相だ。その理由は単純明解。ガラス張りの壁面故、或いは博物館内のオープンスペース故に厨房設備がないからだ。レストラン施設はそもそも狭いし厨房やバックヤードも貧弱そうに映る。
つまりは、オークラの不手際ではなくカフェやレストランなどの飲食設備系を考えてなかった?菊竹先生と、開館後に手直しをしない九博の仕様が問題と思う。オークラは厨房設備の弱く狭いめのレストラン等施設をやりくりしながら、リバレインのブランドシティよろしく奮闘している次第と思われて不憫である。

P1060133 メインディッシュてんこ盛りな展覧会で食傷気味になったので、文化交流展示室は止めにして福岡県埋蔵センター的施設な九州歴史資料館へ寄る。
エントランスから歩いて5分。九歴は九博より古いながらも、九博の入り口になり駐車場を召し上げられている不憫な施設(笑)。なので近々小郡市に移るらしいが、この施設は案外九博に「食傷気味」な方々にはちょうどよい、無料で福岡県の埋蔵資料や仏像・資料などを観ることが出来る施設なので、あった方がいいような気がする。しかも、解説ボランティアの方が近づいてワンツーマンで話してくださった。何度も解説しているおかげですごくわかりやすく教えてもらった。観世音寺の図録を購入。

10万人近い莫大な人数を呼び集める百貨店なマンモス博物館の側にある、小売店のような味わいもなかなかなものです。惜しむらくは九歴は展示に「お金がなくても心は錦」な仕込みが足りない。「お金はふんだんに使えるけどメリハリのない」九博と「お金がなくても心は錦」の可能性を持つ九歴の対照的なあり方は勉強になりましたです。

2006年11月12日 (日)

宇部ビエンナーレの旅

P1050857山口県民文化祭行事の一環で、宇部市にて第21回国民文化祭・やまぐち2006彫刻展 がありました。ので11日に遠征してきました。
これは伝統ある
宇部ビエンナーレ現代日本彫刻展」の特別版として企画されたものだそうで、宇部市は40年に及ぶ彫刻のまち宇部興産の企業城下町(というより、長州藩家老福原氏のお膝元)宇部市の文化振興課には彫刻係なるセクションがあって、最近彫刻推進室に昇格したという彫刻の街なんである。
そんなことを知らなかった門外漢なわたしは、宇部って彫刻展??と思いながら冷たい雨まじりの寒い一日を早朝豊後竹田駅からJRで乗りかえること5回。昼前に宇部新川に到着したのです。
煙突が迎える宇部の街、やはり産業都市瀬戸内の街です。
(追記:彫刻というと、かつての上田大分市長は遊歩公園などに多く彫刻を設置した人。宇部市も大分市も新産業都市とされた都市、工業社会に彫刻アートという時代でしょうか。ちなみにその時代性に誘発されたのか往時の佐久間竹田市長も彫刻設置を推進したおかげで、産業都市ならぬ田園?な竹田市にも朝倉文夫氏ほかの彫刻作品があります。)

P1050844P1050846 P1050840 ずっとウェブログからお誘いいただいた諏訪眞理子さんの「働きます」・ in progress 》は宇部興産にあった旧炭坑の門前に栄えた三炭町商店街での作品
三炭町商店街は、新天町〜銀天町と続く宇部市の商店街通りの一番西端。かつては栄えたものの、アーケードはまもなく解体されるところで商店街としてはすっかり年老いた空間。
彫刻展HPの紹介を引用すると、「
展覧会会期中、作者が三炭町商店街に滞在し、営業店舗を中心に活動を行うほか、三炭町で取材した内容を扱ったインスタレーションを展示します。」とのこと。
諏訪さんが三炭町商店街と向かい合って「働きます」という活動を行い、自身もウェブログで公開するというものです。

P1050839 P1050866 現場にたどりついたのは昼前。しばらく三炭町に滞在して、2時くらいから銀天町・新天町と商店街に並ぶ作品を追いかけて街を歩く。但し、この彫刻展本当に作品が多岐にわたり半日では観きれない。。。で、最後は和田千秋さん・中村海坂さんたちの《障碍の茶室Ⅳ坑道を抜けて》までたどりつくのが精一杯。それから戻ると、諏訪さんや先ほどの和田さんたちに食事までお誘いいただいた次第。
何か得した気分。。。
前の白丹もそうでしたけど、誘われるまま‥‥なんですよね。

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2006年9月11日 (月)

【広島県美】藤田嗣治展図録だけ買いました

藤田嗣治の展覧会が東京→京都→広島で開かれていますが、広島会場へ行く前に通販で図録だけ買いました。
最近は本当に図録入手が便利になりましヽ(゚∀゚ )ノ。
もともとこの人の展示は著作権保持者の関係でなかなか展示がままならなかったようです。今回の開催にこぎつけた関係者の努力は並々ならぬものがあったようです。


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2006年9月 4日 (月)

【大分市美】ボックスアート展を観ました

大分市美のボックスアート展を観ました。
田宮模型などのミリタリー系プラモデルのパッケージに描かれたイラストレーションを担ってきた小松崎茂氏などの「ボックスアート」を採り上げたものです。それと戦前に雑誌やイラストで広く流布した「戦争イメージ」を前段に据えて構成された内容になっていました。

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2006年9月 1日 (金)

太郎の思い出

P1040786 太郎といえば、岡本太郎。
写真のように別府駅前にも壁画がある。

この前、BTを読んでいて遅まきながら知った次第なんですけど、メキシコで眠っていた巨大壁画『明日の神話』が2003年に発見されたそうで、岡本太郎記念館などが中心になって発動した「明日の神話再生プロジェクト」で2005年日本に運ばれたそうです。愛媛県東温市で修理され、今年の7,8月に汐留にある日テレプラザで公開されたそうです。

この『明日の神話』の原画となる油彩画は川崎市岡本太郎美術館にありまして、岡本太郎が亡くなった年の1995年に広島市現代美術館で開催されていた『岡本太郎展』で観たことがあります。今思えばラッキーだったなぁと。。。

もちろん、横長のサイズの油彩画で展示室の中で一際目立つ迫力はさすがはタロウと思った記憶があります。この『明日の神話』とは、 岡本敏子さんの遺したコメントによると、ヒロシマの原爆と第五福竜丸被爆という時代背景を踏まえ、原爆の炸裂した瞬間を描いたものだそうです。詳細は売切 れのBT8月号を観てくださいな、で燃える骸骨?を中心にピカソの『ゲルニカ』(京近美でレプリカ観た)などに匹敵する(言いすぎか)の名作と思います。 原爆という死のシンボルかつモダニズムのたどり着いた果てとしての暗いイメージの中に「生命への信頼」を基礎とする躍動感を刻む難しい作業だったと思いま す(だからといってこれをみて暗いだけじゃないなんて言うのはどうかと思うけど、そこまで死のシンボルの重さが感じられない時代になったのだろうか?)。
おそらく汐留のホンモノの壁画は迫り来るものがあったと思います。本来メキシコに飾られる予定だったわけですがシケイロスら壁画運動の本場メキシコであっても十分ひけをとらなかっただろうと思います。

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2006年8月30日 (水)

【CAMK】『生人形と江戸の欲望』観ました

月曜日の朝イチの立ち合い用事が10時半頃には終わったので、熊本市現代美術館(CAMK)に豊肥線で出かけました。熊本の市街地は車で行くのがめんどくさいので鈍行で3時間かけて新水前寺まで往復します。

CAMKのお目当ては、『生人形と江戸の欲望』という展示。
生相撲人形はとてもステキ。見せ物として一世を風靡したつくりものの傑作です。
そうした生人形師の足跡を、幕末に盛んになった「悪所」のコスモロジーを媒介にインスタレーションした内容という印象です。もっとインスタレーションでやったら面白かったのにと思いました。
浮世絵・名所絵などの刷り物も多数展示されており、18禁コーナーがあったのには笑えましたが、夏休みでお子様やご婦人方が居られる中で暖簾をくぐるには勇気がいりました(笑)
とは言え、全体としてとてもいい空間でした。
あらかじめ、通販で図録を買っていたので、前回に買えなかった『生人形と松本喜三郎』の図録を買いました。

そして、G3ギャラリーでは、アーティストの真珠子さん(天草出身だそうな)のインスタがありました。これもなかなか。。。というかデジスタ系な最新のアーティストの仕事をオシャレな熊本で観ることが出来るのはCAMKのおかげ。

それから、帰りの列車までの時間潰しにオープンなライブラリーでゆっくり読書。BTの最新号は岡本太郎の『明日の神話』の修復&展示プロジェクトやアートイベントを旅する特集を読みました。他にも磯崎新氏の『福岡五輪プロジェクト』を読んで目がウロコだったりと、ここはいろいろな雑誌があって濃密な情報収集の場となりました。

熊本のど真ん中でテナントビルの3階〜5階を占めるとは言っても、月曜日ながら夏休みということもあってみんなが思い思いに寛ぐ「美術館」。こんなロケーションの館はいくつかありますけど、ここまでゆったりとみんながくつろげるスペースはおそらくCAMKくらいしかないと思います。何度も足を運ぶたびに「人間の家」を感じさせるスペースです。

帰りは上通りにある建築家葉祥栄設計のスペースにある紅蘭亭にて美味しい太平燕(タイピーエン)付きの中華定食を食べました。なかなか美味♪
それから市電で新水前寺駅へ移動。豊後竹田行きの鈍行列車で終点まで爆睡して帰りました。

2006年6月20日 (火)

【アジ美】ベトナム近代絵画展〜花と銃〜

Ajibi1_1 ドイツへ行く前に、博多で宿泊。
夕方に福岡アジア美術館(アジ美)で開催中の「ベトナム近代絵画展〜花と銃〜」に寄ってきました。
世界に誇る近現代アジア美術コレクションを持つ福岡アジア美術館ですけど、平日の夕方は来館者もまばら。展示が地味とはいえ、本当に面白い美術展に関心がないのはどうしたものか?九博よりもアジアな展示に行ってほしいですよ、みなさん。

で、
「ベトナム近代絵画展〜花と銃〜」
インドシナ半島のベトナム近代絵画。
1925年以降のインドシナ美術学校以降のフランス宗主国下のベトナム阮朝時代からフランスとの第1次独立戦争、米国との第2次ベトナム戦争までの、フランス宗主国下での近代化とその後の戦争状態を経て、統一後のドイモイ以前の停滞期までのおおよその流れがつかめます。

油彩画だけでなく、絹画とか漆画など独自の技法を用いた作品が数多くあり、近代のアジア美術の中で、近代日本絵画以外に、欧州の影響下で近代化の道筋を歩んだ地域として対比的にみるものとして、ベトナム近代絵画はおおよそ「美術史」の流れが読み取れる希有な地域という印象を受けました。また、日本における岩絵具による「膠画」とも言える日本画の対比としてベトナムでの漆画・絹画のあり方も本当に示唆に富みます。

ベトナム絵画の中心となる絹画・漆画の作品は本当に美しく、またプリミティブさと近代化での洗練さが良い具合にないまぜになった作品世界は、多様な近代アジア絵画の流れのひとつの潮流を教えてくれます。
そして、日本の美術なら「工芸」でカテゴライズされる分野が絵画としてファンアートとして捉えられる流れに思わずうなってしまいました。日本の美術にも元来「工芸」で漆の技法などこのようなジャンルがあったのに、近代化の中で美術になりそびれたわけで、その意味でも漆画や絹画のあり方は本当に学ぶべきところが大きいです。

おそらくこの展示が来館者が少ない要因には、「美術」としてベトナム近代絵画が認知されていないというか、ベトナムという認識がアートとして関心を持たないのか、作品が工芸的な色彩で捉えられているのではないかと思います。数日前の宇治山哲平の評価についても感じたのだけど、我が国で培われたアートの感覚では「近代絵画」と「工芸」の間には大きな区分けがあるのかなぁとも感じさせます。

また、戦後のホー=チミン率いる独立戦争時にも予想以上にプロパガンダ的な色彩はなく、ホー=チミン路線が左右問わず芸術に大きな影響を与えた統制型国家ではなく、アジア・中南米にみられた「大国に対抗する先述としての共産主義」であったことを確認させてくれます。本当にしなやかな表現が多い。でも第2次ベトナム戦争の中で次第に近代化(重武装化)していく様子、前近代的インドシナが次第に後景に退く様子も同時に展示されておりやはり学ぶところが大きくありました。

いずれにしても、近代日本美術に関心・興味ある人にとっては、このベトナム近代絵画展は図録ともどもいい展示でありいいサンプルだと思います。図録を買って郵送しようと思っていたら、アジ美の方にわざわざ封筒をいただいてしまいました。この場を借りてご厚意に感謝いたします(ノ´∀`*)テヘッ


さて、アジ美は近代アジア絵画のコレクションとネットワークをベースに、近代日本美術を相対化する「客の呼べない」展示を積極的にやってくれます。7月には福岡市美で「横山大観展」がありますが、アジ美版「日本の近代美術とアジア」をテーマに大々的なものをやってくれると面白いんじゃないかなと感じます。

というのも、福岡市はアジアの玄関口というキャッチフレーズがあって、現在東京都とオリンピック開催地でいろいろやっていますけど、アジ美の路線が今以上に広く定着していくには「アジアの中で九州とは何か?近代と近代以前に何が九州にあったのか?それを踏まえて九州を読み解きどう活動したらよいのか」を確認する作業を並立させながら近現代アジア美術コレクションを充実させていくのがいいのではないかなぁと感じました。
確かに福岡市が世界有数の近現代アジア美術コレクションを持っているのは誇るべき事業だと思う。でも同時に「なぜ、福岡なのか?なぜ、日本列島の九州島にある福岡なのか?」という位置づけがないと事業の中心部におそろしい「近代の空洞」が残りはしないか危惧します。
そうした危惧については、外縁部から次第に近代日本へ照準をしぼっていくスタンスがメッセージとして今後の展示に観ることができますので大丈夫な気がしますが、ぜひとも福岡市民は足を運んでこの「壮大な試み」に支援をお願いしたいところです。採算では語れない将来への投資ですから。


Shintentyo1とあれ、明日は上海。そしてパリからドイツのドルトムントへ‥‥
もし、福岡市が本当にオリンピックを誘致したかったら、ドイツのファンフェストのように、街でみんなが市庁舎前広場や天神駅の改札口?でビジョン観ながらパブリックビューイングしていろんな国々の人たちと騒げるような環境をつくったら間違いなく誘致できるだろう。
最初の一歩として、ソフトバンク絡みでいいから街中でホークス戦のパブリックビューイングネットワークをつくってごらん。アジアマンスな屋台広場とドッキングさせて‥‥。
屋台文化があるんだからできないことはないはず?スポーツを街中で誰彼なく観戦して騒げるような空気があれば、オリンピックは可能だと思うね 。お金とか市長のやり方とか言う前に、スポーツ観戦が街中に当たり前のようにある豊かな都市生活を再帰的に構築する方が先決と思う。

都市のセキュリティよりも、都市に多くのひとが集まる環境づくりに投資することがオリンピックへの近道だろう。できるかな?

2006年6月15日 (木)

【大分・芸館】宇治山哲平回顧展に行く

Art01 仕事で大分県立芸術会館に寄ったので、かねてから観たかった宇治山哲平回顧展を観た。
日田出身の画家宇治山哲平は、独特の抽象絵画を創造した全国区の作家活動以外にも後半生に大分県立芸術短期大学の学長をするなど美術教育にも深く関与したにも関わらず、意外にも大分県内の評価は知るひとは知っているが一般の認知度は高くない。
実のところ、お仕事で観る機会があったのだけど、「宙」や「万華」は本当に本当にステキだった。でも一般の受けは良くなくて日田市にあった宇治山哲平美術館も入館者が少なくあっさり休館してしまったくらい。
日田市って筑紫哲也氏を輩出した割には、隣があの洋画家を大量に輩出した筑後なのに、どうもアートに関心がないなぁ。。。

作品は抽象絵画が主流なのだが、気持ち良いくらいに美しい。そして、工芸出身だけに抽象的図像なのにテクステュアは肌触りを感じるくらい具象的?な作品。図版よりも生を干渉すると本当に素敵でワクワク感があって、抽象と具象がいい具合に混淆するステキな作品なんである。宇治山が大分に活動の拠点を移したことと、この抽象作品の工芸的なテクスチュアが写真図版ではなかなか実感できないためのようなのだが、宇治山作品を真っ正面から再評価してすくい上げる動きは大分県外ではあんまりなくていつしか「知られざる画家」のかたちになってしまっている。

今回、詳細な年譜が展示していたおかげで宇治山についておおよその流れをつかめた。戦前は工芸学校出身から版画作品でスタートし、戦後はいち早く福岡で朱貌社を結成し抽象的な油彩を多く発表した作家。国画会の中心的存在として香月泰男と双璧を成した画家だそうなのだけど、本当に観る機会は少ない。芸館で以前あった回顧展以外図録もなく、私自身単独の展示は観たことがなかったので本当にこの機会を楽しみにしていました。

その前に、宇治山哲平回顧展は今年の2月に東京都庭園美術館で独自の企画として開催された。「哲平が来た」なんて哲平呼ばわりなコピーをつけて首都圏で30年ぶりの大規模な展示会らしい。図録もあるのでぜひとも入手したいと思う。アールデコで有名な旧朝香宮邸での宇治山の抽象画。デザインとデザインがいい出会いをしただろうと思う。
てな具合にちょっとした再評価の気運もある宇治山哲平なのだけど、大分県では巡回されたわけでもなく、出光美術館の仙崖展と合わせて所蔵品を中心に再構成したに留まっている。もちろん図録もなくて東京都庭園美術館での展示図録の販売もなかった(´・ω・`)ショボーン 。

そんな悪い環境にも関わらず、芸館所蔵の宇治山作品をベースにでき得る限りの予算と展示会場で展開された宇治山ワールドが展示会場に充ち満ちていた。
ワンウォールを占拠する横長の巨大作品「弾む」は本当に圧倒された!静でもあり静でもなく、動でもあり動でもない独特のスケール感が長大なスペースに破綻なく構えられては鳥肌モノでどうしようもありません。遠くからは抽象的なデザイン的な図像が並ぶ姿を楽しみ、近づいてはそのテクスチュアの暖かさと厳しさを感じる。
本当にワクワクして本当に美しく、本当にいい作品なのをこの目で確認できたことがこの日の収穫。
本当に観る機会が限られている宇治山作品のスケールを体感できたのは本当にヨカッタ。

それにしても、いくら予算がないからって東京での取り組みようと対称的であまりに残念でならなかった。もっと手間と予算があれば東京と巡回展もできただろうに千載一遇のチャンスを見過ごさねばならないのは本当に残念でならない。

大分県は東京銀座にアンテナショップを出したが、そりゃ名産品やキャノンやダイハツも大事だろうけど、東京都庭園美術館でも採り上げられた大分県出身の全国区的作家の回顧展にもっと予算を回すべきだわ。ブランド戦略としてもイメージ戦略としても本当に大事だよ。宇治山展が東京都庭園美術館であったならそこでレセプションして、豊州大分県の豊かさな土壌をアピールしてこそ、広瀬淡窓の血統を引いたサラブレッドのすべき仕事だと思う。

とあれ、工業都市として成長した大分市にはキムラヤ画廊などを軸とした独特のアートシーンがあるのに、地道な努力をアートイベントとしてすくい上げる視点がトップにないのは本当に惜しいことだ。
何とか東京都庭園美術館宇治山哲平回顧展の図録を手に入れたい。

追伸:さっそく問い合わせてみたところ、なぜか売り切れとのこと。。。信じられないo(´^`)o 
2万人近く来場者があって、邪推してたけど県人会が押し寄せてというわけでもないらしいから、おそるべし首都圏‥‥orz


2006年5月28日 (日)

【九博】『うるまちゅら島琉球』展と舞台装置

さて、先だってかなり辛口(期待の裏返しです)な見通しを立てた「うるまちゅら島琉球」展
朝イチから出発して九博に行ってきました(^o^)/

個人的には琉球・沖縄史については、かれこれ4年前にグスクめぐりをして首里城界隈を楽しんだこともあって、「高等学校琉球・沖縄史」やおきなわ文庫の『首里城入門』や首里城研究会の「首里城研究」などを仕入れてました。首里城整備などで沖縄サミット前後の盛り上がりの後、どこまで琉球王国の研究が進んだのか興味深いと共に期待して伺いました。

で、見終わった感想としては、「で、結局琉球王国って何なのよ」というモヤモヤ感が残ってあんまり満足できなかった。
出展作品は逸品ぞろい。皮弁冠の王冠は展示会期をすぎててなかったけれどorz、青の「唐御衣装」があったし、「首里那覇港図屏風」があったのでガラスに貼付いて観てたら怒られた(:-P けれども、当時の王宮と首都、そして玄関口たる港の様子は見ごたえがあった。
しかしながら、そうした逸品が揃っているにも関わらず、それらの文物の舞台となった琉球王国や首里王府、首里城などの枠組みがまるで感じられなかったので、それぞれの逸品が宙ぶらりんといった印象が強い。

だから、一般的には「ふーん、オキナワってこんな感じなのね」で終わってしまうだろうな。と思った。
おまけに会場の外にはわしだショップ顔負けの物販コーナー炸裂で沖縄音楽鳴り響く様子だったので、展示よりも観光沖縄キャンペーンといった風情でまとめられてしまうのかな?といった印象を受ける。
その一方で、上記の関連書籍さえミュージアムショップになくて、もっと詳しく沖縄の歴史と文化に触れたい向きにはまるでフォローがないのは残念でした。

なんでこうなるかなぁ?
逸品ぞろいなのに、沖縄の工芸文化・芸術・食文化、そして首里城などの王宮文化など目一杯独自の文化体系が育まれた沖縄の魅力が全然伝わらないんです。
あれだけ首里城を中心に整備しその過程でいろいろな調査研究が進められたのに、そうした室内意匠や王宮の空間構成といった成果が全然展示に反映されていない。会場内にセットを組んで首里城の意匠や古写真を出して、ありし日の琉球王国の様子を出してほしかったし、戦災でモノクロ写真しかない歴代琉球王の御後絵をタペストリーで並べてほしかったし、もっと力強く琉球王国という枠組みをプレゼンテーションしてほしかった。
その舞台装置があって、それぞれの文物がそれぞれの位置を占め、そして観覧者がそれを把握できるというのが展示会というものじゃないでしょうか?

首里城や首里の旧市街で感じた、中華世界の一員としての琉球王国の空間イメージ。単なる中国の影響ではなく琉球王国のあり方から東アジアにあった中華世界の「雰囲気」が伝わってこそのアジアの玄関口(足ふきマット?)たる九州国立博物館じゃないんでしょうかね?
あれじゃ、単なるエキゾチズム観光沖縄キャンペーンですよ。それをいい意味で裏切ってこそ琉球・沖縄史の入門編たる太陽の王国を紹介する展示であり、彼我の再発見の場ひいては交流の場だと思います。

例えば、工芸品は王宮直営の貝擦奉行所があって多くの書画・工芸が生みだされたようですが、王府直営工房というかたちなんて日本国の幕藩制にはないですよ。だいたいがお雇いかご用達なんですから。それだけでも常設展示にある佐賀藩の藩営窯などとの対比で面白いテーマと思うのですが、シロート目には。

2004年に那覇市で故宮博物院にある琉球王国からの献上品の里帰り展があったそうな。
そんなスケール感こそ中華世界たるアジアの一員にふさわしい。九博よりは沖縄に実際に行っていろいろこの目で学びたいと思った次第です。

さいごに、城館研究者としては、
なぜグスクの模型がないのダヽ(`Д´)ノ
と言っておきたいけれども(笑)

Ugue 追伸 御後絵(おごえ)についてみてみたら、ちゃんと復元研究が進んでいて推定も含まれるもののカラーで復元を試みられた佐藤文彦氏の『遥かなる御後絵』が作品社から刊行されている。

あるやん。って感じですよ。なんでこうした成果も使わないのかな?

2006年5月 2日 (火)

デイリーアート2006搬入

Dailyart1 Dailyart4前日に研究会で参加していた別府市から久住・阿蘇を越えて九州道で霧島も越えて南国鹿児島に搬入で到着!
そして、一夜明けたメーデーの日を記念して?お休みとってる働きものなメンバーが搬入作業をしたデイリーアート2006。

鹿児島はムシムシした曇り空。でも、久々の搬入作業は本当に楽しかった。
ホールに講堂が加わり若干スペースに余裕が出来たので、作品に対して引きを十分にとれたレイアウトができました。わたしも仕事でいろいろレイアウトをしますが、今回は美術部時代のあれやこれやを思い出しながら、みんなと手を加えながら熟成していく過程を楽しみました。
これもリハビリ。出品しているメンバーの作品をみて創作意欲が湧くのもこれまたリハビリ(ノ´∀`*)テヘッ

Kyushu アホ画伯なわたしがつくった作品も出品。タイトルは阿蘇の砂を使って「九州島」。
タイトルのスケールは大きいのだけれども実物は小さい(´д`;
まわりが大きいのをたくさん用意してきていたので、もっと大きくすればヨカッタと製作時間をそれ程採っていない身もわきまえずに無念な気分です。。。
展示会は、搬入と合評と最終日前の打上げと搬出に参加するのが楽しいのだけれども、今回は平日になる1日に参加することを目指していたのでそれ以外は仕事なので行けないのが残念(´・ω・`)ショボーン
でも、搬入で久々に○美なみなさんに会えて、本当にうれしかったですヽ( ´∀`)人(´∀` )ノ。みなさんが居ることを体感することは自分がネットワークの中に生きていることを知ること。明日からまたやっていけるというものです。

で、2006ということは、次回もあるのかな?というところですが、今回の2006でストックをはき出した鴨美な方々も多数あるので、来年があるか心配(^^;)ですけど、今から備えてがんばりますわさ。


追記:2日の初日は50名以上の来客があったそうです。うれしい!

2006年4月26日 (水)

デイリーアート2006、リハビリのとまり木

Dailyart大昔から美術館に行くのが大好きなのだけど、高校・大学時代は美術部に在籍していた。高校のときに、今は亡き恩師が「きみは芸大行かないのだから好きに描くのがいい」と教えられたせいもありずーっと自己流であれこれ描いたものです。クロッキーによるデッサン法の本を愛読していて何度もクロッキーを重ねて眼で線をつかむことを試したことがあります。
使った画材はカラーインクとアクリル。福岡の山本文房堂によく通い、馬出の地下にある医系部室にもぐりこんで制作してました。
大学の時には佐賀→大分→鹿児島とあちこち出かけて福岡と久留米と大分と鹿児島などで部展などに勤しみましたが、やはりイロハ抜きの自己流では自ずと限界があって、研究活動を優先させると共にしばらくお休みしていました。

そんなこんなで10年近くが経って、まさか美術館チックな仕事をしているとは夢にも思わず。。。なところに舞い込んできたのが「リハビリしない?」という企画「デイリーアート2006」の誘い。鹿児島界隈の美術部仲間のOB・OG辺りがGWに鹿児島市立美術館地下展示ロビーを抑えて結成されたリハビリのとまり木として結成された「鴨池一丁目美術協会」。去年の夏にロッソ観戦鹿児島ツアーの際に誘われたのをいいことに、OKと言ったもので今回とまり木に留まって制作再開することにしました。
今回は、かつての自己流で職人的制作テクニックが全く積み上がっていないのを反省して、基礎的な技術的視点を組み立てることで、自分のイメージするものを造り出せるような技術的視点に沿ったノウハウを積み立てることを取り組んでみようと思いました。アートを楽しむにもスキルがないと面白くありません。

長い月日の間にアクリル画材は岡山方面へやってしまってたのを思い出して、4月になってから大分と言えば竹町ガレリアにある名門キムラヤ画材店にでかけてきました。大昔、大分の美術部仲間と上のギャラリーで展示したのは何年前?相変わらずのキムラヤ画材店でした。
久々にじっくり店内を回る気分は初心者そのもの。ドキドキです。アクリル画材でリキテックスのカタログを片手にひとつひとつ確認しながら品定め。往時のイメージと勘が甦るものの妙なプレッシャーをひしひしと感じながらウロウロ。。。。
絵を描こうと画材を買う時にはどれを使うとどうなるというイメージが伴わないと難しいですね。。。というのが初心者の一番高いハードルかもしれないなぁ。ホームセンターで日曜大工の材料買い出しするのとあんまり変わらない。

アクリル絵具はとりあえずリキテックスのミキシングセットで色の組み合わせを一度やろうと思い購入。それと別に作品制作用にパネルとジェッソ、ジェルメディウムとモデリングペーストを仕入れました。
帰ってからパネルにジェッソで塗って乾かしてからメディウムで下地づくり。そして着色とテクスチャーをいろいろと工夫して制作しています。
さてさて、南国アートどころの鹿児島に5月1日メーデーに搬入なのですが、どうなることでしょう。
その前日は呑みですかな。。。

2006年4月19日 (水)

「今日の芸術」と「日本の伝統」

Taro1 Taro2 大分と岡山を往復する間に読んだのが岡本太郎の著書『今日の芸術』と『日本の伝統』。前者は光文社知恵の森文庫から出ているのを買って、後者はみすず書房の「岡本太郎の本2」を島根県立美術館で買った。2005年に光文社知恵の森文庫から出ているようなのだが、みすず書房の方は3000円するけど「芸術風土記〜日本再発見〜」の内の岩手と出雲(何と言う奇縁!)がついてていいかもしれない。実際は岡本太郎の本全5冊をそろえてみるといいかもしれない(在庫僅少)。

読んでみて思うのは、『今日の芸術』と『日本の伝統』は対で読まねばならないということ。そして、一見アジテーション的な文章で「芸術的」なカウンターパンチを食らわせるようにみえて、実際は、掴み所のない近代的産物である今日の日本について、如何に現在の我々が対峙しぶつかるための思考と方法論を、彼が体得し続けた様々な学問分野を駆使して提示する実に知性的で理論的な書物であるということ。そのくせ読んでいるとワクワクさせるのだから厄介だ。読むたびに「なるほどそういう視点があったなぁ。」とワクワクする一方で、彼の思考・論理展開を支える豊かな学問領域はとても参考になったし学ぶところが大きかった。

岡本太郎は芸術家・アーティストとしての側面が強く情熱的で情念的でエキセントリックな印象が人々にガツンとした魅力を与えているように映るけど、本当はおそろしくモダニズムの洗礼を受けた学者であり理論家だと思う。わたしは亡くなった時にやっていた回顧展をみるために博多から広島まで鈍行で行ったこともあって、岡本太郎の作品が大好き。でも、そのワクワク感は間違いなく彼の豊かな教養と総合的知識人・理論家としての態度から感じるものだと思っている。
哲学・歴史学・民族学などの概念を援用するのではなく、パリ大学で体得した哲学・社会学・民族学の理論をもとに切り込むからこその切れ味。彼の論の是非も含めて彼の採った思考・方法論、彼を支えた学術的基盤、そしてそれが実践された芸術表現といった連環はきちんと押えなければならないしこの総合性を学ぶべきだと思う。
おそらく、美学・美術史や美術評論でたくさんのタロウ像が出されるだろうけれども、学術的基盤を正面から捉えないとアーティストとしての特異性や残された言動ばかりが強調されて、「岡本太郎」教の信者になるのがオチな気がする。死んだタロウに救いを求めて「元気をもらった」としても何の慰めにもならない。

以前は前者しか文庫本でなかったので、「学術本」然とした後者をわざわざ3000円も払って買う人は少なかったと思うので、案外前者のアジテーションな部分に幻惑されるアーティストな人が多々あったような気がするのだけれども、後者も文庫本になったので合わせて読むといいと思います。
日本や日本の美術、今日のあり方について哲学・社会学・民族学などの総合的な学問領域でぶつかり、読み解こうとした人っておそらく岡本太郎以外にいないような気がする。それだけに重要な古典と思います。

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2006年4月17日 (月)

ドイツへの道〜旅行ケースを買う〜

Remowa ドイツへ行くのに、旅行ケースがなかったので物色することになった。
2002年の日韓大会の時には、ボストンバック2つを括るカートを福岡三越で買って出発したが、当たり前のように飛行機に乗る際にはばらさなければならなかった(笑)
おまけにカートをハッチラックに入れようとしたら注意された(当たり前か(^^;)

ということで、今回のドイツ旅行は長旅でもあるのでキャリーバックな旅行ケースを買うことにした。

ところで、最近ちまたはキャリーバックが流行っている。週末は岡山に出かけていたのだけれども新幹線でもあちらこちらでキャリーバックを転がす老若男女をたくさんみかけた。。。というか隣の席の方はキャリーバックを持っていた

確かにキャリーで運ぶと便利なんでいいなぁとは思うのだが、転がしたり階段を上り下りしたり列車内を移動する様子をみるにつけ、キャリーバックの横幅がすごく気になって仕方なかった。
確かに、中に詰める必要があるので横幅が広いのは当然なのかもしれないけれども、転がすのが難しいシチュエーションであの横幅を持ち上げて運ぶのはかなり無理な姿勢になる。畢竟、グイグイと強引に転がしてみたり無理な姿勢で移動するのはあんまり見ていて機能的ではないし不便そうだし、周りからするとけっこううっとおしい感じがする。おまけに横幅が広いと列車内に置くのが難しかったりと何かと厄介だ。

これは、列車の設計が、大量にビジネスマンをすし詰めに乗せることを優先する日本の鉄道会社のデザイン理解力のなさと、すし詰めでも安ければいいとコストカットを支持するユーザの悪循環なタッグのおかげなんであるが(唯一奇跡的なのはJR九州だが、ここも昨今はコストカットでチープになりつつある。)そもそも多客期にグリーン車を子連れ用車両に用いて快適に移動してもらおうとか、車に対抗したファミリーセットを用意しようという発想がないのが鉄道会社のサービスなのだ。その辺はヨーロッパの特急を拝んで善し悪しを比較検討してみようと思う。

とはいえ、でかいサイズのキャリーケースなんぞ買うと果たして移動に大丈夫なのかと心配になる。国内でも難儀するような60リットルとかなんとかな大きなケースで海外なんて‥‥皆さんどうやってるのですか?
今回はドイツW杯便乗ウロウロ旅なので、ますますでかいケースを抱えてウロウロする姿はイメージしづらいものがあります。

そこで発想の転換。。。そもそも必要なものをキャリーバックに入れて後は中規模のリュックなり背負って分けてしまえば楽なはずで、リュックなりバックパック、ボストンバックと組み合わせる必要最低限のキャリーバックを買えばいいのではと考えた次第。ところが
横幅の抑えたキャリーバックというのが案外ない。小さなタイプでも意地でも横幅を取って容量確保を図ろうと機能そっちのけで悪戦苦闘したデザインが多い。横幅があると上に乗せれるし‥‥というのもあってなかなかスリムなデザインが見当たらない。

てなことで、地球の歩き方ウェブなどでのショッピングでは全くイメージがまとまらないので実物を見てみようと、用事ででかけた福岡ついでにかつて行き慣れた新天町にぶらりと出かけて品定め(ノ´∀`*)テヘッ

と、さすがに昨今はキャリーバックが流行しているので、以前はリュックを探しきれなかった新天町の老舗キムラヤ本店にもたくさんキャリーバックが並んでいた。

百聞は一見に如かずで、横幅と別に気になっていたソフトタイプのキャリーバックをみせてもらった。ウェブでも見たブランドのがあったけれども、キャリー部分は固い素材なのに対してバックは柔らかいという組み合わせがどうも気になって仕方ない。背負えるタイプもあったけれども背負子のような感じで背中にキャリー部分や車輪が来るし何よりベルトが弱そうな印象を受ける。3ウェイバックでベルトと金具が案外ショボイという刷り込み?があったので、とりあえず横幅を取らないものという最初の方針からパスすることにした。
ということで、あれこれ観ていてたどり着いたのが、一番コストパフォーマンスの悪い(笑)RIMOWAのキャリーバックというか旅行ケースなサルサ。なぜならこれしか横幅がいい感じのものがなかったんだわ(-ω-)。
このサルサくんをみたときに、なんでこういったタイプのデザインが他にないんだろう?と思ったくらい。

このRIMOWAというのはドイツなブランドらしい(いいじゃん、ドイツだし。とはちょっと思った)。ウェブで仕入れた未確認情報では実際は半値くらいらしいのだが、高いのは関税のためらしい。しかしiBookと同じポリカーボネイド素材はMac使いにはピピン!と来るところである。かたちはほとんどトランク状態で小さな30リットルサイズは軽くてしなやかな丈夫さがあって、いわゆるレトロな旅行ケースなカタチなのでゴロゴロ転がした後でヨイショと担げるカタチなんである。ただ
ポリカーボネイドなのでどうみてもポリバケツな感じがするのが難点といえば難点。光沢のあるシルバーはカッコよいのだが普通のバックの2倍はするという代物がさらに高くなるので、Mac使い故に多少の値段の較差は慣れっことは言えオイソレと選択できるものではないヨ。サルサを前にして散々周遵してあれこれ使うイメージを考えに考え、おまけに黒と赤(赤茶?)なランドセルかい?な選択肢しなかったのでさらに考えに考え。。。。
結局、冒頭の写真の通り「赤」のサルサを買うことに決めた(σ・∀・)σゲッツ。何より目立つ色なので探すのも楽だろうし。ウェブで買うという手もいいのだろうけど、アフターサービスを考えると新天町の老舗キムラヤで買えば後々便利かな?と思い、こちらで買うことにしました。

おかげでさっそく、天神駅の改札口を通って地下鉄でゴロゴロ転がしてみましたよ。やはり百聞は一見に如かずで、実際の使いここちとヨイショ感はバッチリでした。赤というのは微妙に抵抗があるが何か貼付けてアレンジすればいいのだろうか?とりあえず買っちゃったので後はどれだけ荷物が積み込めるかが課題。
これで国内の遠征も国外の遠征も、もちろん夢のアジアクラブ選手権遠征ででも赤サルサくんが活躍してくれることだろう。セレッソらしいものを貼付けてアクセントをつけてみるかな?

2006年4月 7日 (金)

アートと高原〜Plan2「白丹」との出会い〜

2月11日に参加したPlan2「白丹」の訪問記を一度、3月18日付けで書いたのですけれども、その後でお話してみて、Planの面白さを考えると「ライブレポート」的な書き方もさることながら、書いている時は楽しいけれども後で残すにはつまらなく感じる(→これはこれで「はじまりはお手紙から」でまとめた)。
ということで、長々なライブレポートはボツにして、アートと出会うこと(わたしが、その場所が)を書いてみるのも悪くないかなと思うところがあったのでそれを書いてみようと思う。

Makinoto3_1 Plan2「白丹」との遭遇?は、仕事用のウェブログが縁でDMをもらったから。それも知人の紹介ではなくて、Plan2の企画したアーティストからの案内で。
久住高原の白丹に「ダル・ヴィーダ」というアトリエギャラリーができていたことは知らなかったし、アーティストの側(つまり「アート」側)から興味を持たれて招待を受けると言うのははじめての経験でした。

普通はアーティストが行うイベントの告知なりを観て興味を持ってアプローチするか、たまたま見かけたギャラリーに立寄って出会うという主体的選択が多い。こうしたアートの出会いに慣れていたものにとって、見ず知らずの「アート」から誘われるというのははじめての体験。
後々で話す中で、誰かに広くみせる作品というものでもなく、ほんの何名か参加した人だけがその「アート」に参加し観賞(体験)するという「アート」なんだとようやく何となく認識できてきたけれども、その時はまったく予期せぬ来訪者(「アート」)をどう捉えるのか?で精いっぱいだった。

Unkaiaso_1参加することに決めたのは、このPlanの舞台となった久住高原という場所のふさわしさと、この場所を選んだアーティストに会ってみたかったから。
久住連山の南面に位置する久住高原はとても魅力的な場所だ。
常に太陽を正面に受け陽当りが良い。正面に阿蘇を一望し久住山を背にする立地。そして、この一帯は筑後川・菊池川・白川・緑川・大野川・大分川などの河川が集まる九州のてっぺん。
「久住でアート」リポートでも書いたけれども、久住の空と大地が織りなすパノラマとコントラストは「九州島」を感じると共に、実存的に「人が在ること」(ハイデガーさんが言っている世界内存在という感覚?)を体験できる重要な場所です。おそらく九州島で空と大地を感じる場所、実存的に自分を感じることができる場所は他にないでしょう。いや日本列島でも空と大地、自分の存在を感じることの出来る舞台配置を備えた立地条件はないでしょう(干し藁もいいがミニマルな彫刻が似合うはず)。

実際、有名な芸術集団TAOは九州の中で久住高原にホームを構えていて、多分にそうした場所性とそこに育まれてきた地霊(ゲニウスロキ)的なイメージを認識しているだろうと思うし、去年・一昨年にあった「久住でアート」企画は芸術的な感性を持つ人たちのコラボレーションで生み出されたすばらしい作品でした。
けれども、芸術的な感性を持つ方々が久住高原を知る機会も少ないし、また選んだわけでもなくこの地に生まれた地元の方に他者の視点から語る場所性はなかなか伝わらない。だから来訪者にこの美しさと「じぶんが世界に生きていること」を伝えることがなかなかできないもどかしさ。
確かに冬には降雪も多く、寒い。そして地下水位が低くブリテン島かハイランドのヒースの荒れ野を思わせるような厳しい自然環境である。でもオキーフも米大陸の荒野にアトリエを構えたように九州の自然と大地、場所性に向き合うアーティストが居てもいいと思うのだけれども。。。

Makinoto0 そうした場所に、実際にアーティストが建てられた新しい空間「ダルヴィーダ」。
久住高原の場所性を確かめるために、お招きに乗っても悪くはないだろうと参加することにしました。
Plan2「白丹」はアトリエ・ダルヴィーダに集まって、車に乗って久住高原から瀬ノ本→牧の戸→長者原の冬の風景を観よう。というもの。
実際に積雪になったら車どころではないのですけど(ですから竹田のタクシー会社は怖がったと思いますヨ。久住は地元なので土地勘があります)、幸いに雪はそこそこ積もっている感じで冬の久住・九重高原を楽しむことができました。今回はPlanに乗っているので様子見でしたが久住高原のいい「場所」をもっと知っておきたいと思ったものです。
参加者は10名程度(きちんと数えていないというくらい余裕がなかった)で、福岡・熊本・大分などあちこちから参加された模様。やはり久住は九州の大きな河川が集うところ、ひともいろいろな縁で集まる「磁場」があるのを実感。
南面の久住側はそれほどでもなかったけれども、北面の長者原・牧の戸は積雪も多く冬山登山客が多く来ていた。雪の道を歩き、ちょっと登って樹木に雪玉をつくって手を加えるのもアートな雰囲気がなせる技。

わたしをふくめて参加者は、個別の縁が網の目に結び合ってひとつのPlanに集まった様子。それぞれは何かしらクセのある方々がそれぞれにPlanに参加し思い思いの場所を占めるスタイル。
リポートでも書いたけれどもイメージするのはトーベ=ヤンソンのムーミン谷シリーズ。大自然の中の小さな存在(あちらは妖精のようなトロール)が住むムーミン谷のひとびとも思い思いに暮らし、思い思いに自分の場所をムーミン谷の場所に置き、それぞれが付かず離れずの距離感で共存するスタイル。
美術館やギャラリーが要求されるハコではない場所‥‥久住高原の場所性に委ねられたダルヴィーダ(するとここはムーミン屋敷?)‥‥そこで、観客でもない参加者が思い思いに自分の場所をデザインする。そのデザインも一旦つくってオシマイではなく、自分とまわりのひとたちとの関わりから常に変動し続ける流動性を備えた不安を背にした中での制約された中でこそ生み出される縁が織りなす楽しさ。

この時は、惜しいことに所用があってPlan2「白丹」は途中で中座することになった。けれども困ったことに依然Planの中に巻き込まれたままです。この文章を書いているのもPlanの中にあるのかもしれません。

はじまりはお手紙から

前後しますけれども、2月11日に参加した久住の佐藤さんのためのPlan2「白丹」訪問記〜はじまりはお手紙から〜の原稿を書きました。どういった内容かは別エントリーにて。

イベントリポートのような感じなので本文は後にアップします。

2005年12月 7日 (水)

雪山越えてアップルストア巡礼(って九博に寄ってグッズみたりして)

Snowkuju2 Snowsenomoto Snowkurokawaこの日も寒波ながら、福岡のアップルストア天神目指して出発(・∀・)。
朝、8時過ぎに竹田市を出発。国道442号には「県境〜瀬ノ本、すべりどめ必要」とあったが無視(笑)して行けるところまでレッツらゴー(よい子は真似をしてはいけない)。
久住まで晴れていた空も山が近づくとあっという間に曇り。そして残雪も。。。というか前の夜も積もっていたようだ。。。(汗)基本的には日中なら走行中に雪が降って積もらなければ何とか越えられる。溶けた轍に沿って走る。間違えても雪の上を走らぬことだ。
道中も車がスリップして斜面に滑り落ちてた( ;゚д゚)アワワワワ…ので、夜間は絶対すべり止めなしでは行ってはいけない。
で、久住→県境(左写真)→瀬ノ本(真ん中写真)の最難関コースを越える。瀬ノ本ではお馬さんが放牧されていたので車を止めてパチリ。瀬ノ本から黒川温泉(右写真)に下る。黒川温泉はマイナスの気温。さぶー。記念してパチリ。

ちなみにこの週の金曜日は湯本荘に泊まって忘年会だヽ( ´∀`)人(´∀` )ノ

竹田市民の特権として、仕事をあげてアフター5に黒川温泉に泊まることができる(・∀・)ニヤニヤ。
土曜日は予約いっぱいでも金曜とか日曜とかは休まなくても空いてる。黒川温泉から出勤なんて荒技もできる(笑)。おかげでここ5年は毎年黒川温泉の名湯を次々泊まっている。

Gyotyu で、黒川をすぎて小国→日田から高速を経由して、小郡→筑紫野→と通って九州国立博物館に立ち寄る。みぞれまじりの雪でさぶいことこの上ない。
九州国立博物館には福岡ドーム顔負けのバックステージツアーがある。これに3月に申し込む算段をする。そしてグッズ売り場をのぞくとあれこれ図録やグッズが出ていた。
相変わらず「国博」らしく、
下手に土産物屋らしくアレンジしたラインナップはいやはや( ̄□ ̄;) 。もっと肩の力を抜いてお客さんのハートをわしづかみする「逸品」をそろえなきゃ。どうしたものか京博の便利堂や奈博のような「本物指向」がココにはないのが気掛かりなんだな。
で、誰が「九州国立博物館に行きました」なんてお菓子やチョコが本当にほしいと思うのかな?まぁ観光的にはそんな方が売れ筋なんでしょうが、国博なんだし九博逸品をプリントしたクッキーの缶組み合わせとかどうかな?あと菊竹大先生のデザインされた建物を記念にしたいのだが、あのデザインをグッズにできないものかな、プリーズ。
そして、うんすんカルタの復刻版作ってくれたら絶対買う。
それとコドモ向け絵本に「きゅーはく」と書くのは止めた方がいいと思うヨ。って肝心の九博レポートをまだやってませんでしたな。


そんな中、永禄年間の医療書に描かれた「病の虫」から抜き出した
かわいいキャラぬいぐるみを発見。上でミソクソ言っているクセしてコレは思わず買いましたヨ。
病の虫を持って病にかからないか心配(*´ェ`*)なんだが、それを横に置いてでも、こんなもんキャラにするセンスはさすがに国博らしいので「巧」をあげたい。なかなかハートをわしづかみされたので買いました。大きいのは800円なり。
写真のキャラ何だかわかります?ヒントは‥‥庚申講はコイツが手などから出てこないように寝ないで徹夜したんだとか。転じて別の虫の名前になっている。

そのおかげで、商品棚の前で本当にハートをわしづかみされたキャラです。
これの商品化を考えた担当者とぜひお会いしてその辺のよもやま話を聴いてみたいな。

(それにしても、なんか国博からの注文に無理矢理ひねり出した感が否めないのだが。。。まぁかわいいのでいいか。キティがあるかと期待したのだが(笑)

名前のせい?かこのキャラだけ売りきれ必至だった(´ー`)y-~~ 
みなさんもぜひ手に取って観てください。人気商品らしいヨ。これの関連記事もあったけど虫ブームにあやかったとかあるけれども病の虫もええんか(微笑)


そんなこんなでアップルストア天神へ行った話しは別エントリーへ。
ウフフで買いましたぜよ。

2005年10月 8日 (土)

久住でアート、光と大地のコンサート

SiraniliveSiranilivepan久住町白丹にある「ランブリングローズ」で、光と大地のコンサートと銘打ったアートイベントがありましたので行ってきました。
とても洒落たレストラン&PUB(宿泊ね)な店内で、9月に竹田で聴かせていただいた重松壮一郎さんの演奏、
熊本で活躍されている川原一紗さんのボーカル、そして、大分で活動されているアーティストの北村直登さんのライブペインティングのジョイントというコラボレーションを前半50分も(゚O゚)!観ることができました。
店内の会場はフランスで活動されている北村誠司さんのスタンドのようなにょきにょきキャンドルで彩られその舞台でコラボレーションが行われました。そして、後半の重松さんと川原さんの演奏の後では、企画側でもある堀田貴子さんがライブ演奏の間に発酵させ焼いたパンをみなさんに提供するという、コラボレーションにコラボレーションを重ねたとても練られた内容のコンサートライブでした。

その場の空気・土地性、自然を吸収し即興性に富んだ重松さんと川原さんの、音色ともメロディーともこえともうたともつかない、渾沌とした世界から紡ぎ出され時に「曲」や「うた」として捉えられるかと思えばまた渾沌に戻るような音の世界を、ライブペインティングでやはり抽象的な図像から視覚イメージが浮き上がる絵の世界を、観客は、聴衆となり鑑賞者となって参加し自分のイメージの世界へ消化して流し込む。そんな作業と、やはり音やイメージを発酵と焼く間に吸収しておいしく焼き上がったパンを観客がライブの後で味わい消化する作業が見事に重なっているのですから、とても秀逸。聴覚と視覚と味覚と嗅覚、そして触覚の五官を見事に組み合わせた
見事なアートイベントでした。脱帽。

ですから、わたしは、それを本当に何の気兼ねもなく聴覚・視覚が既成のもの・意味に簡単に結び付けないように、ソファのようなイスがあったのを幸い、ソファに身を委ねて本当に寛いで何も解釈しようとせず、絵を描く作業に注視するのをあえて避けることで、音とこえと、時に視覚に入るイメージと、久住白丹の土地性・地霊(ゲニウスロキ)を全身でひたりながら、その流れに身を委ねることで浮かび上がってくる(触発された)あれこれな思考を泳ぎながら、至福の一時を過ごすことができました。

白丹がある久住は、阿蘇・久住と九州の尾根であり、ここから筑後川・大野川・白川・菊池川などの河川が周囲に流れてゆく源流です。逆に海から陸に上がり河川を伝って生命が進んできた最後のフロンティアだったのが山地だと思えば、この九州の尾根はすべての到達点、後は「天」へ通じる他ないのです。海から陸、そして山から空(天)と交信するという図式。

そんなイメージから派生して、久住山は古くは山岳信仰があり、白丹の領主が上流の猪鹿狼寺に懸仏を奉納していた故事を思い起こしながら山岳と仏性、かたちのないものとかたちのあるものの関係、音や声などの無形のものから有形のものが生み出されること、生み出す作業である芸術のことなどをツラツラ考えていました。

山の神聖さが自然に人々に植付けられてきたことは、久住・白丹には古来から山岳信仰(久住山猪鹿狼寺)があったことからもうかがえますし、そうした過去の人々が久住に感じていたものがどのような要素で育まれたものだったのかを考える「手がかり」として、久住白丹で開かれた、さまざまな形態のアートと人々がこの場所に集った機会に参加することで、そうした山の聖性をアートな空間と時間を共有する行為から実感できたのが今回の大きな収穫でした。本当に体の中を音が流れてゆく感覚というものを体感出来たのは実に得難い経験でした。

とあれ、九州において、阿蘇・久住が、中でも南面する久住高原がアートの場所としてふさわしいことをあらためて再確認できました。その意味ではここを拠点にしているTAOって先見の明があるのかもしれない。

2005年9月 4日 (日)

重松壮一郎さんのライブ

9月最初の週末は、竹田の町は八朔まつり。
八朔は、徳川家康の江戸入部の日であったことから幕府の創立記念日みたいな日になったことでお武家さんの記念日なんだな。それがお祭りになっているというのは城下町らしいということ。見立て細工がありました。これってアートです。

shigematsuさて、そんな喧騒を避けて、廉太郎通りにあるアラヤサーラヤで重松壮一郎さんのライブがありましたので聴きに行きました。地元でアートプロデュースや表現活動したりするコットンさんところの主催。
八朔まつりで呑んでいたので、端っこで大人しく聴いていました(ノ´∀`*)テヘッ
とても繊細なピアノの饒舌な表現にいい気分で過ごしました。ちょっと眠くなったのは気持ちいいからですよね?
竹田も何かしら「旦那さん」文化があるので、いろいろな演奏家のライブが時たまあるのですが、重松さんは別格!
こんな近くで聴けてええんかな?というくらい気持ちいいサウンドでした(*´∀`*)
竹田でいると、自然が近く余計な音が少ないのでそうしたネイティブな音を拾う機会が多いんですけど、
人工的な自然系音楽ではなくて、重松さんが奏でるサウンドは、感覚がとても自然な音に近い感じがするんですよ。
もちろん竹田ですから、音響がいいわけではないんだけれども、重松さんから何かしらの雰囲気が湧き上がりそれが空間を充填してゆくと言う感じで、とても心地よい空間が生まれました。

とはいえ、心があまのじゃくなわたしは、颱風とか自然の猛威に晒される自分たちというのもあるので、
そんなサウンドってどういった感じになるのかな?とも聴いてみたいような気もするσ(^_^)。
それでも荒々しいものではないような気がするなぁ。。。どんなんだろう。
トーベヤンソンさんの作品に学んだのですけど、我々は自然の前ではチッポケな存在なのです。

終わってからライブ録音の2枚のアルバム買いましたが、とてもイイです(・∀・)。
さっそくiTunesに入れて聴いています。CDトラック名も送信しましたですよ!
聴いていると、最初は仕事がはかどりますがそのうち眠たくなります(笑)。
何かスローな波長を出しているのでしょうかしら(´・ω・`)ショボーン

ウェブみてみると、カフェスローというのがありました。スローを本当にシステムとして構築する試み。
ふーん、カフェ文化は盛んになっていると聴いていましたが、そんなネットワークもあるんだと思った収穫のある一日でした。

2005年8月25日 (木)

九州国立博物館に九州がない。

top_logo今度、10月にオープンする九州国立博物館(九博)には、九州島のポータルミュージアムとしての機能を期待しています。
ところが、開館特別展やあれこれ情報をみる限りにおいては、この期待は半減していて様子見といった印象となっているのが正直なところです。フタを開けてみないとわかりませんがとりあえず様子見かな?

何しろ、開館特別展の名称が、
「美の国日本」ェェ(;゚Д゚)ェェ

ときた日には、すっかり落胆してしまいました。九州にできる国立博物館の開館特別展が「日本美術史@九州テイスト」では話しになりません。これが第一印象として決定的にマイナスに働いています。
まるで、

「九州人には都の美術品に飢えているからみせてやったら、九博できてよかったと喜ぶだろう。」(*´ェ`*)
と言わんばかりの内容です。バカにするにも程がある展示内容です。東北国立博物館ができたとしてこんな展示したら確実に地元から突き上げられますヨ。
( ちなみに2回目は中国文明展を元旦からするそうで。)

というのも、九州に来て14年。ワールドカップでウロウロして思ったのは「九州は関西や関東へ行くのと同じくらいソウルや上海に近い」ということ。そして九州の歴史と文化と芸術を考えると、そこには古代から現代まで脈々と続く「ワンダーランド九州」が確実にあるという確信があるからです。
そして世の東西を問わず多くの人々がこの九州島を往来し文化が行き交ったたことを思えば、それは中央的な日本史の枠組みを超えて、日本史とアジア文明史をつなぐ接点としてのスリリングなステージ(時として政治に巻き込まれかねませんが学問はそれくらいスリリングでないといけません。)の大いなる可能性がそこにあると考えるからです。

九州島を一言でいうなら、はまさにいろんな文化が混ざり合いひとつのテイストを生み出す、
「チャンポンワールド」(・∀・)

なんであります(σ・∀・)σゲッツ。
16世紀には、港町にはチャイナタウンや朝鮮人(朝鮮王朝という意味ね)、琉球人、東南アジアにポルトガル人、スペイン人まで雑多に居住し、内陸でも中世神道、仏教、基督教などが共存していた社会。制限されていた近世でも長崎や対馬、薩摩に琉球国と外部との共存にあった社会。
これを思えば、九州のコンセプトはまさに
「チャンポンワールド」でしょう (`・ω・´)シャキーン!

開館記念展は、あちこちから借りたとしてもやはり我々はどのようなミュージアムたるのかという態度表明が求められます。ここは岡倉天心以来のコンセプトを踏まえて練り込むべきであるはず。
 
それが、あーた。『東洋の理想』をうたった岡倉天心 が唱えた博物館に九州もアジアも捉えようとしないありきたりの開館特別展で、よりによって思想性の無さをさらけ出して日本美術史を九州テイストにしましたぜ、では館長以下クビですよ。ホント。
九博はとかく収蔵品云々言われるようですが、自分たちのミュージアムの態度表明をすることで集めていけばいいのです。これから経済が過疎化していくニッポン、まだまだ美術工芸品・基調史料は保存の手を求めてマーケットに出てくるでしょう。それにおいても、態度表明が欠かせません。
興味深いのが、独立法人故からか

「学校より面白く、教科書より分かりやすい」博物館。
「知のディズニーランド」

となかなか今の文化庁の方針に適した優等生的なコメントがトップから口に出てきます。おそらくこれが態度表明なのでしょう。知のディズニーランドとはなかなか文部官僚テイストぷんぷんでよろしい。
館長からして、他の博物館よりも観光業者が先に口にでるのですから、何よりまずはお客さん、という意識が強そうです。太宰府天満宮とセットにしてねと言うことでしょう。まぁ、それもアリですけど、それなら国立じゃなくてよござんしょうに。長崎県立歴史文化博物館のように優れた展示技術を持つ業界に委ねるのが的確と思いますが。あまり観光客を意識しすぎると吉野ヶ里公園(これも国立)の二の舞いになりそうなので要注意。
それでこれまで誘致運動を続けてこられた文明のクロスロードたるmuseum-kyushuのみなさんは納得されるでしょうか?

さて、明確な態度表明を以てオープニングから進めていったミュージアムが九州になかったかと言えばウソになるわけで、2002年に開館した熊本市現代美術館は福岡アジア美術館など多くのアートシーンのステップの中で、もっとも明確な「態度表明」を以てオープニングを飾り現在に至っています。わたしのお気に入りであると共に、そのデザインの生み出す精神を手本としたいと常々思っているミュージアムです。

ここはオープニングは「ATTITUDE 2002」館としての態度を世界に表明することをオープニングで行っています。熊本市ならば熊本でもよかったし有名どころでやってもよいはず。しかしまずは自分たちの態度を表明することをしています。そして2つ目に美術館設立の下となった地元作家「井手宣通の世界」を紹介し館のルーツを示しています。そしてきわめつけは第3弾でタイトルはずばり
「九州力-世界美術としての九州-」
です。熊本市から名刺代わりの挨拶といった感じで、九州のアートシーンのポータルを目指す態度表明がみえてきます。


これを思えば、九博も「九州力」のように「九州」をテーマにした特別展示で世に問わねば、いったい彼らは準備期間中を何してきたのか?と言われても仕方ないと思います。結果として東博や京博の作品が多数きても構わない。しかし、九博には「九州」を捉えようとする気概がまるでないのです。そこにあるのは、独立行政法人としてうまく事業を行う、如何に来館者を確保するか?という目先の官僚的下心しかないのですね。
それにしても、九州を捉えずして、いったいどうやってアジア文明の中で自分たちの立ち位置をみつけられるというのでしょうか?日本人スタッフで固めてアジアから誰も据えないというのも何ともです。ここでみる展示はあくまでも日本史からみた視点でしかないのです。

ただ、それぞれの機能ではいくらか期待を込めて成果を待つ分野もあります。そのひとつに文化財を守り調べるポータルを目指す方向性は歓迎されますが、ならば、やはり九州をどう捉えるのか言っていただかねば、奈文研九州支店ではどうしようもありません。
もうひとつ、様々な博物館を楽しむプログラムづくりでは、米国のミュージアムからハンティングされた方がおられるので期待されるところです。が、この試みも重厚長大な官僚的体質がプンプン臭うシステムでどこまで発揮されるか心配です。どちらかと言うと福岡市博物館規模の方がうまくいくような気がしますが、そうした心配を裏切るかたちで九州での実践成果が出ることを願わずにはおれません。
この辺りの成果を期待しつつ、とりあえずは様子見というのが、現在のわたしの思うところです。

チャンポンワールド九州、文明のクロスロードのネタをあたためながらみておこうと思っています。

2005年8月 1日 (月)

死を超えて、生きていることを知る。

miyajima1多分に、九州の美術館シーンで、一番エキサイトでワクワクさせてくれてとても勉強になるのが熊本市現代美術館。
前々回の横尾忠則、熊本ブエノスアイレス化計画、前回の草間彌生展と二度もいきそびれたので、さすがに今回は逃すまいと、宮島達男Beyond The Death展に行ってきました。
通常特別展1回分のスペースに、《Death of Time》(1990-1992)/《Mega Death》(1999)/
《Death Clock》(2003)の「死の3部作」が公開されていました。図録は2回に分けて刊行されるようで、後半に何かありそう。南嶌館長のレクチャーが8/21にあるので再度行ってみたいと思います。

中身は最初のインパクトが大事になるので省き個人的なインプレッションを。
ひとつに、
《Mega Death》(1999)は死がテーマであるゆえに、死と共に「生きている」ことを直視させられる作品でした。
先々週に「いぬのえいが」を観る機会があって、飼い主から犬をみてきた視線に対し、犬から飼い主をみてきた視線がクロスするという小品を観たせいもあるのだけれども、作品の中にうごめく生(そして、全てをぬぐい取るように襲いかかる無機質な死の瞬間!)に見入られて、その中に自分の生も組み込まれるような、視られている、という感じ。
最初は畏怖であるのが、やがて自分の生を相対的に直視する視線を獲得できる体験ができたわけです。しかし、そうした至福も突如奪われる恐怖もそこに。。。

《Death of Time》(1990-1992)は、20世紀の時系列の中に自分を置くことで自省の時間を得る体験ができました。ここでも、連続する時系列にある空虚な闇は、直接的でないにしても、どうしても歴史的連続性でみるわたしの思考にクサビを打ちこむインパクトを静かに与えるものでした。

miyajima3そして、《Death Clock》(2003)では、自分の生を目の前に直視させられる貴重な体験をさせてもらいました。自分の生が作品の中に取り込まれて明示されるというのは妙な気分です。

撮影していいというので撮ったのが←コレ。
ちなみにこの作品はオールMacづくし。
最新のMacテクノロジーがあちらこちらに。
ディスプレイはMacのシネマディスプレイ。
その下にはMacminiがつながっている。
参加型のアートなので、それ用のパソコンにはiMacG5とiSightがセッティングされていた。あんまりワクワクするのでMac売り場のように触っていたら注意されました(^^;)
宮島達男さんの作品は直島でも拝見したことがあって今回は2回目、いずれもランダムなデジタル数字が様々に組合わせることが多く様々なメディア(動的であれ静的であれ)を駆使されるのですが、Macminiみると、その処理を行う装置やシステムも電子技術の進展とともに軽量化されることで表現が広がるンだ、という印象を受けました。

戦後が60年経ち、大量殺戮の20世紀も未だ解決しないまま迎えている2005年。多くの情報が溢れているのに、そこでは生・死の生々しさを体験できない・させてもらえない(現在や過去の戦争を訳知り顔に手前勝手に解説する人たちの虚ろなこと!)中で、生きていることを直に体験するインスタレーションを得たことは貴重な経験でした。

あまり現代美術で自分が何か新たな位相を得たという経験はなかった(不安にさせられる、戸惑うことはあったけど)のですが、今回は本当に自分の生きていること、そして死を、生まれて始めて直感的に感じることの出来た貴重な一日だったと思います。
それだけでもこの日に足を運んだ甲斐があったと思いました。

Foxkeh! フォクすけ!



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