2013年1月29日 (火)

北九州戦国史史料集。

戦国時代の北九州地域文字史料が少ないとお嘆きな方々(^^
編年体でどんな史料があるかの羅針盤として
『北九州戦国史史料集』どうぞ。引用元明記されておりじっくり調べることもできます。
地元の今井書店(古書店でもあるので、古書として日本の古本屋やスーパー源氏で検索されますが新刊本です)から出てます。
天文20年〜天正15年までの北九州戦国史の編年史料集で、8000円
になります。

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8000円もするので躊躇する向きに、参考までに中身をチラリ。

著者の八木田謙さんは、門司郷土史会会員として地道に史料を整理・解釈され、丹念この地域の編年史料集まとめられてきた方です。
本人も著書の中で述べられているように議論の余地
を残す部分ありますが、
それ以上に、
個人の仕事として、関係史料を収集・整理し学術的に解釈することに勤められた成果は、
関連する史料の羅針盤としてとても重要思いす。
こういう渋い地道な積立てに学びつつ、自分も城郭調査でそういった地道な積立てを心がけたいものです。

2012年10月23日 (火)

『戦国・織豊期の西国社会』買いました。

関東にある日本史史料研究会から刊行された『戦国・織豊期の西国社会』が届きました。
4人の編者がまとめて電話帳並みの分厚さに32人の論者が執筆したものです。
畿内を含めた西国をテーマにして、ボクと同世代の方々がどのような研究関心を進めているかがおおよその傾向を掴むのに便利でした。
ちなみに、32人の内、西国に生活拠点を持つだろう研究者は、畿内を含めておおよそ半数、含めないと1割程度でした。
もちろん、編者の方々(関東1名、関西3名)の関係から選ばれている面を差し引いたとしても、西国は少ないんだなあと思うところです。
現状としては「出版元と関係の深い中央」と「地方」との「距離感」を感じるところです。
もちろん、そういった距離感を感じるのも、自分も西国を拠点に活動している中で、
他の方々の研究成果にもアンテナを張っているからでもあります。(逆に東国の状況は把握しづらい。)
両方の流れがあることを踏まえながらじっくり読んで、西国を拠点とする自分の調査計画にうまくフィードバックさせたいと思う次第。

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2012年10月21日 (日)

日本考古学協会福岡大会に行ってきました。

21日は、日本考古学協会福岡大会が西南学院大学で開かれたので行ってきました。
いろいろと用事が重なっていたのですが、
協会会員でもないので行く機会がない中、ちょうど近いところでの開催なのでどういうものなのか観てこようと思い行った次第。
そして、4つの部会の内、第4部会が「
解明されてきたキリシタンの実像-キリシタン考古学の可能性- 」だったので、
近年、長崎県のみならず大分県でも活発化しているキリシタン考古学の現状を把握するために参加してきました。
これを逃すと行くことはないだろうと思うので行った次第、その辺の事情はご斟酌下さい>各位。

近年、大分県では大分市での大友府内遺跡での調査成果などに加えて、
臼杵市野津町の下藤キリシタン墓遺跡の調査など活発な議論が起こっています。
竹田市でもサンチアゴの鐘の調査などが行われていますが、今回の議論には関わりなかったのが少し残念。
参加してじっくりと拝聴。
3500円の分厚い報告資料集を仕入れてきました。
府内遺跡や黒崎宿遺跡などでの出土メダイがカラー写真で掲載されるなどなかなかいい報告資料集でした。

かつて2009年に『奥豊後のキリシタン展』をしたことがありましたが、その際の取材で下藤キリシタン墓遺跡を訪れていました。

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覆い屋は「常珎」銘のキリシタン墓碑を保護するためのもの。
北側からパチリと撮影したものですが、少し伏碑状石組がみえています。
現在確認調査では、キリシタン墓とみられる多数の石組遺構や円形・道路状石組遺構が検出されています。

いろいろと情報と資料を仕入れてきた有意義な1日でした。
8~10月まであちこちに出かけて現在を把握することで、2年間の穴を埋めるリハビリを行ってきました。
しっかりと今後の活動にフィードバックさせたいと思います。

2012年10月 8日 (月)

宇喜多氏研究の最前線。

7日は岡山市で開催された宇喜多氏研究会に参加してきました。
前日から夜行バスで倉敷に着いてから岡山へ。momo号の走る岡山電気軌道、まるでどこか異国の街のようです。

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会場は、県庁前電停から、岡山県庁前の岡山県立図書館2階デジタル情報シアターです。
朝から会場に行くと報告者と主催の皆さんが居られましたので合流してよもやま話。
もちろん、合言葉も(^^
会場は、かなりの人数で埋まりました。
ボクラのような研究畑から歴史愛好者の方々まで、さすが宇喜多秀家です。

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今回は宇喜多秀家に照準をあわせてのリレー報告。順番は以下の通りでした。
10:05~10:55  「宇喜多秀家像の現在」  大西泰正氏(日本史研究家)
11:05~11:55  「宇喜多秀家と城下町岡山の成り立ち」  森 俊弘氏(岡山地方史研究会・真庭市教育委員会)
13:00~13:50  「宇喜多秀家と鷹」  畑 和良氏(倉敷市総務課歴史資料整備室)
14:00~14:50  「宇喜多秀家の分国運営」  森脇崇文氏(岡山地方史研究会・徳島城博物館)
15:05~15:55  「文禄の役における宇喜多秀家」  しらが康義氏(岡山県立記録資料館)
16:05~16:45  徹底討論 宇喜多秀家の実像を語る!

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今回のリレー講演会、主催などは研究会組織ではなく主催者と報告者でつくった手づくりのものとのこと。
今日の宇喜多氏研究の嚆矢となった1984年の論文
「戦国豊臣期大名宇喜多氏の成立と崩壊」(『岡山県史研究』第六号)
「宇喜多氏関係史料目録」まとめられたしらがさんを筆頭に若手研究者まで揃えたラインアップはさすがです。
そして、近年の宇喜多氏研究の厚みを感じさせるものでした。
全体としては本国での宇喜多秀家の実像がテーマに偏ったきらいがあり、豊臣政権下での宇喜多秀家の位置づけなどが少なかったのが難点。
それを除けば、宇喜多氏研究の現在を知るのに最適な研究報告会だたっと思います。
宇喜多秀家の領国経営や城下町整備、宇喜多騒動などの評価について報告者の微妙な違いから議論を深めることも期待できる内容でした。
ボクも美作国をフィールドとする(備前国は小早川・池田氏時代の改変が大きい)城郭遺構から見た宇喜多氏を
テーマのひとつに考えて進めていますのでじっくりと拝聴しました。
直家時代からの織豊政権との絡みについても今後聴きたいテーマのように思いました。

懇親会ではしらがさんが30年前には議論する相手が居なく寂しい思いをしていたが、今回は夢のようだと申していたのが印象的でした。

また、九州での森山恒雄さんたちの太閤蔵入地の研究などに刺激を受けて宇喜多氏でもできないかとコツコツやってきたと申しており、
当時の西国における豊臣政権期研究のいぶきを感じさせるお話の数々を伺えたのも大きな収穫でした。
できれば、今回のリレー報告を深めた論集ができることを期待したいと思うところです。

2012年9月 7日 (金)

宇喜多氏研究の最前線〜宇喜多秀家の実像に迫る〜のお知らせ

歴史講演会「宇喜多氏研究の最前線-宇喜多秀家の実像に迫る-」の案内が来ましたので、ご案内 (/・ω・)/
内容は以下の通りです。ふるってご参加下さい♪( ´θ`)ノ


◎宇喜多氏研究の最前線〜宇喜多秀家の実像に迫る〜
備前宇喜多氏研究の最前線で活躍されている5人の先生方をお呼びし、
宇喜多秀家に関するお話を頂くリレー形式の講演会を開催します。
日時:平成24年10月7日(日) 10:00〜16:45(開場9:30)
会場:岡山県立図書館 2階 デジタル情報シアター(定員・82名)
参加費:500円(資料代)
申込方法:当日9:30より先着順にて受付
・図書館には公共交通機関を利用して来場してください。
・参加費(資料代)は500円です。お釣りのないようにご協力お願いします。
・シアター内での飲食はできません。1階喫茶コーナー等をご利用ください。
・10:00以降の入場については各講演間の休憩時間に受付します。
・一時退場後の再入場の際は、お渡ししたレジュメを受付でご提示ください。
10:05〜10:55  大西泰正 氏(日本史研究家)「宇喜多秀家像の現在」
11:05〜11:55  森 俊弘 氏(岡山地方史研究会)「宇喜多秀家と城下町岡山の成り立ち」
13:00〜13:50  畑 和良 氏(倉敷市総務課歴史資料整備室)「宇喜多秀家と鷹」
14:00〜14:50  森脇崇文 氏(岡山地方史研究会)「宇喜多秀家の分国運営」
15:05〜15:55  しらが康義 氏(岡山県立記録資料館)「文禄の役における宇喜多秀家」
16:05〜16:45   徹底討論 宇喜多秀家の実像を語る!

とのことです。楽しみです。

当日は、ボクも参加したいと思います。もし、会場で見つけられたら合言葉はどちらかでよろしく♪( ´θ`)ノ
「〆切守らない者は人に非らず。」→ボク「でも○○先生はスルーですか?」

「二次史料を使うのは歴史研究者に非らず」→ボク「あなたも使ってますやん。」
宿泊予定ですのでじっくり聴きたいと思います。
岡山で会いましょう!

2012年9月 3日 (月)

中世都市研究会2012、大阪大会に行ってきました。

今年は4月に3年ぶりにこの世界に還ってきたこともあり、8月〜9月は意識して研究会廻りをしています。
全国城郭研究者セミナーと織豊期城郭研究会は毎年のこととして、今回は大阪歴史博物館で中世都市研究会があったので廻ってきました。
大阪歴史博物館は今の仕事場と同じく10年前に開館した市立の博物館。
近年は近代に絡めた建築系の展覧会もあり、情景展示などの手法は今の仕事場に参考になる博物館でもあるのでその見学を兼ねての遠征。
2005年の京都大会以来、実に7年ぶり。

今回は仕事の兼ね合いもあって土曜日のみの参加。
いきなり最上階10階にあがって、7階まで降りていく大阪歴博の常設展を観て4階へ降りると中世都市研究会の会場でした(^^
資料集+中世都市研究17号(去年の研究会の成果)で5,000円です。
今回の大阪大会は市大の仁木研究室が事務局を行い、テーマは「中世都市から城下町へ」。
同封の中世都市研究第17号が「都市的な場」とあるので、併せて読むと去年の中世都市に関する「都市的な場」の議論を踏まえて、
中世後期に出現する「城下町」を考えることで、中世都市研究と城下町などの近世都市研究を連結させることを念頭に置いたように感じました。

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初日の玉井哲雄氏、仁木宏氏による本大会の方向性を示した基調報告に続いて、山上・中西・大澤各氏の報告を初日に拝聴いたしました。
三報告についてはそれぞれの感想はさておき、各論旨を踏まえた上で、あらためて前段となる中世後期畿内の港津・寺内町などが
先行研究であるような特権的存在だったのか、町に居た勢力がどのような人たちなのかをあらためて再確認したいと思いました。
北九州でも、小倉津は芦屋の鋳物師も活動し中世港津として存在を示しています。
戦国期には大内氏の影響力、その後の毛利・大友の抗争を経て、天正期には高橋鑑種・元種が近接して小倉城を築き統治します。
大内氏時代には博多津はもっとも著名ですが、九州北岸には港津や町が成立しています。それらのネットワークがどのようなものだったか
を含めて畿内近国の事例も絡めて押えておきたいと思いました。
博多津と福岡、小倉津と近世小倉など、九州北部の事例についても「中世都市から城下町」の目線を意識してみておく必要があるなあと
思った点は行った甲斐があったので、目配せしながら研究を進めたいと思った次第。

2日目の報告・討論がどうなったかは来年の18号のお楽しみですね(^^

2012年9月 2日 (日)

三条せともの屋出土茶陶を観に行く。

金曜日の京都めぐり。午前の三十三間堂→大出雲展な七条界隈を経て、午後は堀川通へ。
堀川寺ノ内にある茶道資料館では夏季特別展「京三条せともの屋町」の展覧会と、
堀川今出川から今出川通を西に入った京都市考古資料館の「ひょうげた器、三条せともの屋出土茶陶」展のハシゴです。

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「京三条せともの屋町」は今の京都文化博物館のある三条通辺りに近世初頭大々的に陶器を扱った商人が集住した地域のようです。
中之町遺跡をはじめ、三条通界隈の弁慶石町・福長町・下白山町遺跡、そして近くに
古田織部邸跡などの遺跡から、
大量に美濃(織部・志野)、信楽、唐津、高取などの桃山茶陶が群となって出たものです。
以前の土岐市美濃陶磁資料館の展示や
名古屋市博の桃山展で知っていましたがまとまって観る機会がなかったので拝見してきました。
茶道資料館では、伝来品と出土品を見比べながらじっくり廻れる美術展テイスト。
参考資料にあった利休の書状にある「秋月孫兵衛尉」って誰だろう?と気になりつつ、いろいろと桃山陶器をまとめて拝見できました。

一方の京都市考古資料館ではガラスケースに織部、志野、信楽、唐津、高取がびっしりと並べられており圧巻でした。
まがうことなき当時の資料ですので、それぞれの違いや特徴をじっくりと目に焼き付けることが出来ました。

茶道資料館の展覧会は9月17日までですが、京都市考古資料館は12月2日まであります。
遺跡から大量に出土した桃山陶器を実見するいい機会ですので、ぜひ。

2012年9月 1日 (土)

蓮華王院(三十三間堂)の太閤塀。

31日は夏休みをとって実家に帰省というか、京都国立博物館の「大出雲展」に行ってきました。
前日から夜行で早朝大阪入り。京阪乗ったら七条下車で到着です。
とは言え、着いたのは8時。9時半からの開館なので蓮華王院に行ってきました。

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平日の朝イチなので、静かなものです。あらためて三十三間堂はデカイですね。ぶっとい材とがっちりした長押が印象的です。
しかし、中を拝見する前に目指したのは、本日のお目当ての太閤塀です。

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秀吉が建立した京都大仏こと方広寺の一角を占めていた塀跡とされます。秀吉・秀頼期のものであり桃山期の雰囲気を伝える貴重なもの。
併せて、隣の南大門は1600年(慶長5年)に豊臣秀頼が建立したもの。こちらは重文なのに門を塩小路通が通っています。
ここには当時の瓦が葺かれていたそうですが、残念ながら多くは葺替えられたそうです。
軒丸瓦・軒平瓦をみながら瓦葺の雰囲気を見てきました。他の塀と違い大ぶりな造りで実に圧巻です。
蓮華王院は、平安期以来続くと共に桃山期に京都大仏の一角を占めるという変遷を経た寺院だけに周辺はなかなかのものがあります。
京都国立博物館に行く時には余裕をもって廻りたいとあらためて再確認。

大出雲展行ってきました。

いよいよ京都国立博物館の大出雲展です。

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出雲大社の展示が多いのかと思いきや、神話展+古代出雲展+島根の至宝展といった感じでした。
それでも、宇豆柱と金輪御造営差図原本、千家・北島家に伝わる関連資料群(特に「出雲大社并神郷図」)が観れたのは大きかったなあ。
荒神谷遺跡・加茂岩倉遺跡の青銅器(銅剣・銅矛・銅鐸)がズラーッと展示ケース内に並ぶ様子も圧巻でした。

あと、福岡の西光寺に伝来した銅鐘も拝見できましたし、満足です。
しっかり図録も仕入れました。(併せて SAVE KYOTO 支援で図録トートを購入したけど、重い京博図録を考えての仕様か微妙なところはナイショだ)
その京都国博では、ちょうど真ん中のスペースが出雲大社関連展示に充てられていたので、写真フリーになっていました。

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片山東熊設計のガチガチの欧風意匠の中に、建築史学の福山敏男氏考証の出雲大社本殿模型がドンと置かれた姿は何とも興味深い。
ねらってではないと思いますが、面白いコントラストですね。
たまたまカメラを持たなかったのでiPhone4のショボカメラですが、雰囲気だけでも伝わるでしょうか。
じっくり2時間、後は図録を読み返して出雲大社とその周辺についてもしっかり復習したいと思います。

2012年8月26日 (日)

加藤清正展行ってきました。

26日は9/2まで会期の加藤清正展を観に熊本まで遠征。
この日の熊本城界隈は、お城と清正展@県美と恐竜展@熊博でごったがえしていました。
新幹線駅も開通し政令指定都市になった熊本市、気合い入れまくりでPRしています。
そんな中、熊本県立美術館に久々に行って加藤清正展観てきました。
熊本は歴史の県立博物館がないので、その分県立美術館が担ってきたところがあります。
近年、永青文庫展示室などができ歴史色が出ていますが、基本は美術館。
ですので、図録もこんな感じに↓ に美術館テイストの装丁でとってもカッコよいです。
横文字で「加藤清正 KATO KIYOMASA」ですからね(^^ゞ

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もちろん、内容はしっかり歴史展示なのですが、
装丁やデザイン(ポスター除く)では、フォントや配置、レイアウトに凝っているし、
会場の内装なども白地にワインレッド調な家紋をうまくいれた薄布を下げてコーナーのアクセントをつけたりと
美術館テイストがあって面白くありました。
詳細は図録を仕入れて読んでいますが、1冊持っていて損はない仕上がりです。

両方のテイストが絡み合ったいい雰囲気の展覧会でしたので、いい勉強になりました。

加藤清正は、猛き武将という面と優れた統治官としての面と両方があります。
そして、清正の「実像」が武将なのか行政官なのか、どちらが強いかというものよりも、
その両方を兼ね備え、入部した先で統治を行い在地掌握を通して軍役に応える体制を整え、
収入から知行・食糧など蓄え・交易などでの換金などの差配を取る経済的センスを持ち、
政権内では、当主や諸将との人間関係を築き政治的立ち回りを計り、
そして、実戦の場では、自らの軍団(家中)を率いて戦陣に臨み、戦果・軍功を挙げる、
その能力が、当時の豊臣政権に参画した武将に求められた「器量」である。
そういうことをつらつらと考えながら廻ることができた、有意義な1日でした。

Foxkeh! フォクすけ!


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