2010年4月 1日 (木)

あれこれ・ラボへようこそ。

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あれこれ・ラボは、「痕跡からひとの営みを探ること」(by CREAMラボスペース)を日々モットーに、
中・近世の城郭跡の現地調査(縄張り調査)を軸に、城郭史および中・近世史、歴史考古学な研究を日々積み重ねるラボです。
城郭史研究は単なる城郭の復元考証や城郭解説に留まりません。城郭跡の遺構や関連するモノ資料を歴史研究の資料として活用することで、
歴史学・考古学、
建築史や都市史から土木史、美術工芸史など様々な学問領域を横断する中・近世総合資料学でもあります。
城郭は中・近世のどんな分野も否応なく絡むことが特徴の施設。なので、なんでも絡む「あれこれラボ」。

また、当ラボでは学芸的な視点から、地域の歴史とアートの出会いにもチョコチョコお手伝いしてます。
日頃のプライベートな時間をやりくりしながら、貧乏暇なしで慎ましく研究活動を営んでおります。

拙ウェブログは、そんな日頃の研究活動に雑感を加えたあれこれ・ラボの業務日誌です。
お城のことは、「城館史料学と縄張り屋家業」をどうぞ。
岡城についての拙稿はコチラで。ツイッターも(
歴史・考古系の人も使ってくださいな。)

□□あれこれ・ラボよりご案内□□
今春は、美作地域史研究会のご縁でお手伝いすることになりました。岡山県の城郭研究を応援します。

津山市生涯学習講座「美作学講座—中世山城の世界—」(全4回シリーズ)
 第1回 美作荒神山城を歩く

 と き:2010年4月17日(土曜日)10時〜15時30分 解散予定
 ところ:津山市福南公民館に集合。
雨の場合は、津山市福南公民館にて
「中世山城入門—城跡から歴史を読み解く」します。
織豊系城郭の縄張りが残る荒神山城を歩いて、城跡の見方を語ります。

もうひとつ。
BEPPU PROJECT2010もオススメ。
3月22日まで別府駅前界隈にアートプログラムが当たり前のように展開する日常が広がっています。
BEPPU PROJECTの真骨頂とも言えるアートのあるまちの空間をぜひ体験してください。

Web

2010年2月15日 (月)

お仕事なう。

さて、しばらく遠征などありまして更新が出来ずじまいでした。
紀伊和歌山城は最高に良かった。でもカメラ忘れて写真撮れていません(ノ_<)。ぜったい再挑戦します。
2月5-7日の台北遠征は面白かった。慰安旅行で天気は悪かったんですけど最高でした!
で。ようやく落ち着きました。
もちろん、平時の「稼業」は年度末に向けて着々とこなしております。来年度はOH!というネタを準備してます。
稼業の合間に、二足のわらじで「ラボ」をやってますので、貧乏ヒマなしやりくりしてます。
でも、最近はいろいろな方々に作業を分担していただくおかげで、以前よりはゆとりがあります。ありがたいことです(._.)オジギ。

と前口上をして、遠征で滞っていたラボのお仕事を再開。
ただいま、3月13日(土)の津山市文化財調査報告会のレジュメ作成中です。
平城と居館・屋敷についての研究史を整理し、その研究動向をもとに院庄館や院庄構城について位置付けをします。
それと、3月14日(日)には、美作の中世山城連絡協議会で講演する予定ですので、そちらのレジュメも準備中。
こちらは、城郭史研究のこれまでの流れを概観して、美作地域の山城・丘城、及び今日残る平城をどう地域史研究の史料として捉えるか
をテーマに「城郭史研究入門」的なものを予定しています。
いずれも10月の山城サミットに向けて、この機会に地元の方々と山城・丘城など地域の「史跡」を地域史研究の重要な歴史資料として、
如何に地域資料情報を引き出していけるか?を可能な範囲で共有していきたいと思う試みです。
そして、4月は宇喜多方の拠点、荒神山城を巡検します。その前に一度津山に行って下見をしてきます。
こちらも協議会での講演を踏まえて、どのように遺構を歴史資料として読んでいくのかを共有できればと思っています。

それと、3月末までに2008年の豊後岡城についての拙稿以来の「続編」をまとめています。
『城館史料学』最新号に間に合わせるべくがんばります。8月にはセミナーも待っている!

それと、もうひとつ。
大学院で「地域資料情報」となのる講座に居たこともあり、さまざまな地域資料を駆使する総合資料学に基づく歴史学研究について整理してみようと勉強中。
単純にこれまでの「学際的研究」の整理ですけど、もちろん、私のやっている城郭史研究を柱にしてのものです。
歴史学・考古学・建築史学などを交えて何回かにまとめることを準備中です。
大分では「荘園村落調査」という先駆事例があります。城郭研究も「ひとり学際研究」と言われるような活動を重ねています。
そうした事例を整理しながら、ともすれば文献史料偏重になる研究手法について多様な視線を用意できたらと妄想中。
まあ、何度か手直し手直しして。。。となるのでしょうが、試みてみたいと思います。

2009年はいろいろと清算したので、やっと1999年頃の初心に帰って身軽になりました。
2010年はこんな調子で進めていきます!


ということで、しめは、旧暦では年末だった台北旅行の写真(^^ゞ
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2010年2月 2日 (火)

『理解しやすい倫理』

蛍雪の1日(といっても雪じゃなくて氷雨でしたが)、『理解しやすい倫理』を読みふける。
確かに理解しやすい。
この年になって、演繹法と帰納法の違いをキチンと頭の中で整理できました(´・ω・`)。。。

『倫理』の科目は高等教育には必須ですよ、というぐらいに参考書はいいナビになりました。
ギリシアや中華圏、仏教、キリスト教などの古典思想から、我が国の思想史を概観して、近代思想・現代思想へ続くと言う構成。
学生時代に抑えていれば、何から読んでいこうかも順序立てたのに。。。と思うくらい。
あと、イスラム思想と宋学以降の中華圏の哲学思想があれば言うことなしですね。
いずれ書き加えられることを期待しましょう。
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2010年1月31日 (日)

学び直し、進行中。

年末から1月まではあれこれ「学び直し」。
2月4日でひと区切りつけて(そこから台湾へ高飛び〜♫)から再び城跡調査再開しますが、
学び直しの過程でいろいろと基本的な面を再確認することができました。

その過程で副産物ではあるのですが、
中世史研究で行われる文献史料及び現地調査による総合調査成果に対して、山城、平地の城郭、居館・屋敷を組み込んだ
「総合資料学」を提案できないかと思い当たりました。
この関係の調査をアレコレ見るにつけて、山城、平地の城郭、居館・屋敷は位置情報としては抑えられてはいるのですが、
それらの形状や築城主体の考察を行い総合調査の中に組み入れるまでは活かされていない印象を受けます。
これは文献史学側が水利や田畑の様子、寺社など民衆の世界に関心が高く、城館などに相対的に関心が低いという理由がないわけではないのですが、
城郭研究をベースとする遺構論の側にとっても、それらの遺構をどのように資料活用できるかを具体的に提示できていないことも理由にあると思います。
それに関連して、近年、平地の城郭や居館・屋敷をどのように捉えるのかという議論が関西の城郭談話会を中心に活発なので、こちらは別の観点からアプローチして検討してみようと思った次第。
この辺をまとめて何回かに話できないかと妄想中です。

「地域資料として城郭・館跡を考える」ということで、去年の夏の裏セミナーの宿題も含めて考えていこうと思っています。
それに行き着いたのも、学び直しの成果のひとつ(^^ゞ
ちょうど1年前に、これまでやってきた縄張り研究の調査成果をまとめるに際して、隣接分野へ手を伸ばすためにといろいろ整理してきました。
足元の城郭研究の整理からはじめて、歴史考古学と日本史研究の基礎知識や関連文献の整理をやってきて、最後に残ったはモノ資料としての古文書の取扱い。
本職は縄張り屋のフィールドワーカーなので、史料の世界にあまり踏み込んでもミイラ取りがミイラになるので、ほどほどに。
近世文書はくずし字がひどいので一筋縄にはどうしようもないが、せめて中世文書ぐらいは簡単には目慣らしておこうと思う次第(^^ゞ

2010年1月 1日 (金)

謹賀新年。

あけましておめでとうございます!

本年もかわらぬご愛顧賜りますよう、よろしくおねがいします!

平成庚寅年 元旦。

2009年12月29日 (火)

痕跡から人の営みを探ること。

「痕跡からひとの営みを探ること」(by CREAMラボスペース・ART LAB OVA

これが2009年、自分の指向することを一番ピッタリ言い当てられたなあ、と思った言葉でした。
本当にありがとうございました。

研究、研究というのも何かひとつ覚えみたいですし、このフレーズを常に意識していきたいなと思います。
一区切りをつけて新たなステップを設定し、またアートと歴史の出会いをかいま見た2009年。

次の課題は、これらの体感してきた事を新たなるフィールドで具体化させること。

さあ、それはどこにある? 足元にあるのか、はまたま見知らぬフィールドが待っているのか?
既に秋から「痕跡歩き」の助走は開始、まずは自分の足元からスタートです。

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2009年12月24日 (木)

積ん読。

これまで、年末で大掃除をしたくても書籍やバインダーの山でどうしようもなかったのですが、一念発起して実家に送ることとしました。
ちょっと悩んだのですが思いきって、城郭史と中近世史&建築史モノだけに絞って後は段ボールに詰めることにしました。
こちらに来てから残しておいた段ボールに詰めていくと、ちょうど14ハコになりました。
あと、展覧会図録が某所に4ケース残っています(ノ_<)。
さて、送り賃はどうなるのでしょうか。。。おそろしや。
10年間買いためた割にはあまり読んでなかった。。。。積ん読ではいけないのですけど。

と、もうひとつの部屋に集めた残り。。。と言っても書籍と論集と報告書で倍以上あるが。コレをしっかりと読み込んで「痕跡探し」に使っていこうと思います。

2009年12月 1日 (火)

さあ、走れ!

12月になりました。
先月は船、飛行機、列車を駆使していろんなところへ出向きました。
仕事も追い込みでドタバタ。
その合間をぬって準備も怠らず、ベストまではいかないまでもミッションを遂行してきました。

残りのゴールも見えてきた。仕分け作業もほぼ完了、あとは整理整頓残すのみ。
20年先に造り上げるものを見据えて、一時も準備も怠らず、
クリスマスプレゼントを楽しみに今年のラストスパートをひた走ろう。

もちろん、年越しの準備もね(・ω・)/

200912

2009年11月 1日 (日)

11月、準備の季節。

11月になりました。
清算は着々と進行中。ひと仕事終えて残りは2つです。

今月は大きなヤマが待っています。不思議な縁を感じる事案なのでしっかりと準備して臨みたいです。
一方、城跡調査は下見から本格的に現地調査にはいります。
今月もあちこちでかけます。新しい発見と出会いが楽しみです。

200911

2009年10月 1日 (木)

さあ、秋です。

よっし、食べるぞー(・ω・)ノ
ってフォクすけ。たぬきじゃないですヨ。

ボクも、出陣の前に腹ごしらえって寸法です。


200910

2009年9月21日 (月)

MacBook Pro、なう。

20日に無事到着してましたが、諸般の事情(単にお隣りの宅呑み)に引っ張られて受け取ったのは21日。
20日夕方に再び「眠りMac」となったPowerBook(修理に出したら治るとは思うが。。。)から吸い上げたデータを、さっそくMacBook Proへ移行しました。

TigerやLeopardで使っていたロゼッタ仕様のアプリ資産が案外使えたのには感動。
既に過去帳逝きの、egwordもegbridgeも無事に使えました。やれやれ。
HDもたっぷり仕様でiTunesの曲やiPhotoの写真を再びひとつのMacにまとめることができました。
作業がはかどりそうです。
5時間くらい作業しましたので、エリアラボでの感想などは明日にまわします。
ご容赦下さい。

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2009年9月20日 (日)

環境移行のためしばしお待ちを。

19日は盛大にぶっちゃけトークができました。
みなさん、本当にありがとうございました。

さて、その話をアップしたいのですけど、連休中に永眠寸前のPowerBookから上海育ちのMacBook Proへ環境移行しますので、もうしばらくお待ちください。
よろしくお願いします。

2009年9月11日 (金)

フォクすけ!foxkeh!

200909


フォクすけ、3才おめでとう!!
http://foxkeh.jp/blog/4632/

フォクすけ(foxkeh)は、インターネットブラウザーFirefoxの日本発のマスコットです。
Firefoxを愛用するユーザーならおなじみの愛らしいキャラクター。
興味ある方はコチラへ。

2009年9月 5日 (土)

研究会、研究会。

7月末で一応の区切りもついたことなので、これまでの書類や荷物などを片づけて身辺整理をしております。
紙くず関係やメモ書きなどを始末して、ため込んでいた雑誌類を古紙回収にだすとけっこうスッキリ。
後は衣類関係とガラクタを整理したら、書籍と生活用具のみまでシェイプできそうです。
完全にラボと化すなあ(^^ゞ

さて、歴史系の世界を探訪するためにあれこれ研究会に参加していましたが、論文を書くアテもない研究会は退会することにしました。
ちなみに、日本建築学会と城館史料学会は、一応出身地なのと貴重な発表媒体なので○。北部九州中近世城郭談話会もとりあえず○。
それ以外に研究会をどこにアンテナを置こうかかなり悩ましいところです。

まず、福岡方面の小論を書く媒体として福岡地方史研究会はとりあえず○
次に、大分方面の小論を書く媒体として別府大学『史学論叢』にお世話になったのでこちらで投稿させていただくとして、逆に大分県地方史研究は手痛い目に遭ったし論文掲載の機会もなさそうなので退会手続きを取りました。

全国系の歴史研究を抑える媒体として日本史研究会がありますが、ちょっと思案中。どうも本流の文献史学系ではないので論文掲載などあまり縁がないような気がしてます。大会は面白いのでたまに行くのでとりあえずは△。一方、九州史学も出身大学ではあるのですが史学系でもないのであまりメリットもなくて悩み中、こちらも△
逆に西日本の中世史研究者はなぜか大阪歴史学会のヒストリアに投稿する傾向がある。こちらは考古部会もあって出身地に近いのでこちらはアンテナとして会員になろうと思っています。こちらは○

おいおい縮小していくとは思いますが、研究会は何となく会員になったりするものもあり気がつくとあれこれ納めていたりします。
とは言え、城郭系からすると、歴史系雑誌はほとんど投稿しても芸風の違いで落とされるでしょう。そもそも縄張り図掲載してくれるのか?きわめて不安。考古系で投稿するにしても、先史・古代史かつ埋文が圧倒的に強い状況下でどこに地表面観察の城郭研究を相手にするところがあるのかとしばし嘆息。。。何かいいところあったらご教示下さい。事例報告などでは、福岡地方史研究や史学論叢の方が小回りが利くのでコチラをキープしたくなるところです。ただ、歴史系な業界的には実績作りとやらにこだわるのなら、コチラの芸風を認知してくれそうにない本流の雑誌に投稿するのがセオリーということですから、やはりひとつくらいは抑えておければよいのか悩ましい。。。。

秋は城館史料学会に投稿する準備を進めていきます。建築学会支部論にも何かだそうかと思案中。
ますます歴史系と縁がないなあ(ノ_<)。

2009年8月25日 (火)

ささやかながらお祝いしていただきました。

学位をいただいたので、近しいみなさんにご報告。直接業務とは関係なかったのですが、一応資格取得なので職場の担当係にもご報告。
あちこちから、お祝いのコトバをいただきました。ありがとうございます!

また、恐縮なことで25日には岡の里事業のみなさんからお祝いの席を設けていただきました。
というか、ボクを肴にみんなで飲み食いして語り合う場ができました。
今回の学位取得には岡の里のみなさんと観光協会系、竹田研究所系、まちづくりの方々に大きなお世話になりました。
何の血縁・地縁もないヨソ者のボクにとって、竹田での人脈は観光系が主なものです。
これまで親切にしていただいた方にご報告し、ありがたいことに一席設けて下さいました。

ここ10年以上、心がけたのはヤカタに依存しないこと。常に在野に居ることを信条としました。
なぜって、ボクの研究スタイルは野外に出ないと始まらないから。はじめからスタイルとしては合わない仕事でした。ただ、中に留まらず外へ出てフィールドをみる手法は学芸としては大きな武器でした。縛りがゆるかったことも大きかったかもしれません。
しかしながら、机上で古文書を開くと仕事として認識される「デスクワークと施設管理」な感覚とははじめから合わないものでした。
ヤカタを整備すればするほど自分の首が絞まるめでたい構図となりました。歴史的景観と結びつけるエコミュージアムもこの感覚では「中のことをしないヤツ」という評価になります(下手したら学位取ったことでもやり玉にあげられるやも?)。実際、ローカルな施設の大部分が歴史・考古系で、自然史などのフィールド系が少ないのも全部ヤカタに居ながら作業することを求められるからです。

そんなフィールド系人文研究者なわたしを支援して下さったのは観光系・研究所系の方々でした。在野系研究者として仕事外の貴重な時間を積み立てて学位取得できたのもみなさんのたまものでした。例えば、城郭の縄張り図などたくさんの図面を作成し精度の高いコピーできたのもご支援あってのこと。キンコーズもないコンビニコピーのみの田舎でこれは助かりました。
本当に、ご支援とご理解の場をいただいた関係者各位には感謝の気持ちです。

惜しむらくは、ご支援とご理解いただき活動の場を提供して下さっているにも関わらず、ご厚意に報いることができずじまいでした。
申し訳ない次第で、いずれ何らかのかたちでお返ししたいと思う今日この頃です。

2009年8月21日 (金)

盆休み

今年の盆休みは数少ない「帰省虫」ながら、盆の終わりの15日から18日で4連休。
15日は備中国分寺辺りや足守を案内していただく。ヨメさんの父母相手に「この五重塔は江戸後期の雰囲気がわかる資料です」とか「この武家屋敷は有名なんですよ」という旦那は問題だろう。大原美術館か吉備路かと言われて「では吉備路」と言う辺りに最近の自分の嗜好がみえて面白い。
16日は大急ぎで関西移動して実家でのんびり。
17日はヨメさんと梅田をぶらり。
そして、18日の火曜日は国立国際美術館で『やなぎみわー婆々娘々ー』をみてきた。

ルーブルと慶応義塾展に挟まれてやなぎみわ。さすが、元気なナショナルミュージアムと感慨深い。「婆々娘々」展はなぜだか女性ばかりが目立つ(ってもともとオトコは美術館では希少種か)展覧会場。面白く拝見。やっぱりナショナルミュージアム、壁文字も金がかかってんなーとそんなところを観てる場合じゃない。
国立国際美術館と東京都写真美術館のコラボレーションによる図録は買いたかったけどお預けモード(^^ゞ。ベネチアでのまとめた図録を後で販売するんだそうで自重。
それにしても展示はすばらしく面白かった。
《Windswept Woman》(美術系は《》らしい)のでっかい作品と映像のインスタレーションはやっぱりよかった.
CAMK通いをしていた頃のワクワク感を思い出す。何度か作品を見ている内に、女性は若い女性に扮した人が老婆のパーツを、老婆に扮した人が若い女性のパーツをつけてたように思えたのですけど勘違いかもしれない。作品観ながら動く人たちもみながら楽しむ。

この展覧会の関連企画もこれは参加したい!という内容がてんこ盛り。九州だと(以前の)CAMKじゃないと観れないだろうなあ(別に南嶌さんとのトークがあるからではなくて。。。いや、あのライブラリーで聴きたかったなあとか別に。。。)という内容が普通に中之島で観れるんだよなーとしみじみ。

久々に美術館を訪れてから熱波な関西を後にして九州まで戻る。帰ってから、国立は国立でも、国立歴史民俗博物館(歴博)での建築史の展覧会の図録を通販で仕入れる。この辺が最近のボクの嗜好。
最近、オーソドックスな日本の建築史の「集大成」を収めておきたいと思っている。

御代の書籍も安価なものから集めているところなんですがそれでも高い。ネット古書で買ってからカッパ横丁で太田博太郎の『日本建築史論集』が1冊2000円台で売ってたのを見たときは悶絶しましたが、それはともあれ、最近は約15年ぶりに素直に建築史に触れることに抵抗を感じない自分がいる。工学の世界を後にして城郭研究をベースにしながら、古文書重視の史学世界にあんぐりし、見様見まねで歴史考古学などをかじり、美学系の摩訶不思議で阿修羅な世界を眺めてきた巡礼を経たおかげか、建築史といっても単なる形態分析な様式論じゃない歴史叙述を目的とした建築・遺構論を再認識しようと考えるようになりました。

遠回りでも良かったのか、ただの脱線だったのかはこれからの精進次第ですけども、まあ素直に建築史出身だなあと思える自分が居るのはいいことかもしれない。

2009年7月29日 (水)

業務連絡。

7月30日の夜からしばらく竹田にはいません。全国城郭研究者セミナーに参加するため関東方面にでかけてきます(・ω・)ノ
帰ってくるのは4日です。

それまで音信不通です。それではまた!


追記:ということで4日に帰ってきました(・ω・)ノ 

水戸城と、躑躅ヶ崎城(これからは絶対に居館とは言わないゾ)&甲府城をみれたのは大きな収穫。とあれ、今回は途中から梅雨明けで急に夏らしくなったのでひどく疲れました。懇親会は体調が急に悪くなり2次会をあきらめました。

セミナーは毎年のように「1年一度の城郭研究者が集う」夏まつりで楽しいのですが、今回のシンポジウムは肩透かしでした。そもそも、今回のテーマは、これまで帝京大山梨文化財研究所による武田氏系城郭を問うシンポからはじまり、杉山城発掘成果に至る一連の大名系城郭への「見直し」議論、そして去年の再び山梨での城郭の年代観を問うシンポまで、一連の文献史学&歴史考古学のコラボによる問題提起が成されてきたことを受けて「大名系城郭を問う」としたはず。そうしたテーマを掲げながら、城郭跡からみた文献史学・歴史考古学サイドへ向けて新たな切り口や論点の整理がなかったのは残念なことでした。

その意味でもひどく疲れた内容でした(^^ゞ(^^ゞ。

2009年7月28日 (火)

さすがは、旧帝大。

テラマチ画学校の余韻もさめやらぬ週明けの28日は学位記をもらいに母校九州大学へ。前日に福岡入りしてせっかくなので久々に福岡へ行こうと来た両親と合流、大学を案内して翌日の授与式に参加してきました。

既に工学部も移転し農学部と理学部が残る箱崎地区の国際ホールにて開催。3月の年度末と違って来賓もなくこじんまりとしてますがそれでもボチボチな人数。比文は2名でわたしが代表で有川総長よりいただく。ありがたいことです。

それにしてもいただいた学位記をみると、さすがは日本で4番目(東・京・東北に続く)の明治生まれの旧帝大。
学位記の紙は財務省印刷局で印刷されたものを使っている(だからお札の香りがするのか。)し、輪郭や唐草文様は天平時代の美術作品の文様をモチーフに、戦前の紙幣や切手の図案を手がけた磯部忠一によりデザインされたすぐれもの。印判も国の公文書のようにでかくて、などなどそれ相応に「重み」のある学位記です。
九州大学とは18年の腐れ縁で大変お世話になりましたが、いいものもらえて、それなりにがんばった(というか粘った)甲斐があったなあと思いました。

おかげさまで無事にいただくことができました。みなさん、ありがとうございました。

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2009年6月26日 (金)

Shiretoko×Firefox

知床財団と Mozilla Japan によるコラボレーションサイト「Discover Shiretoko」は秀逸。

さっそくバナーキャンペーンに応募しました。
フォクすけがみあげるバナーの樹がすくすく育っていきます。

世界中のひとたちに手つかずの自然を買い取ってもらうという、人々の共有財産として位置づける日本におけるナショナルトラストの先駆者として著名な「知床」は、2005年に世界遺産に認定されたところ。しかし、その称号も単なる通過点にすぎない。未来の世代に豊かな自然を引き継ぐことも大事な使命のひとつだそうです。

自然環境を守り、未来へ伝えていくための取り組みは常に試行錯誤の連続でありそこに終わりはない。だが、知床では「知り・守り・伝える」ことで、地域に住む人達はもちろん、ボランティアや専門家など、数多くの人々の力を借りることで実現されている。

人類の財産として共有し未来に伝えていこうとする哲学と実践にいたく感銘を受けますね。

2009年6月 1日 (月)

6月の予定

いよいよ10年分の重荷もとれた5月も終わり、徐々に仕込みが進んでいきます。

6月は。。。
第1週の週末は、広島→岡山と結婚記念日を兼ねたヨメさん孝行でオフ。
第2週の週末13日は、田能村竹田ねたのトーク。ちょっと仕込み必要。文人とは江戸時代のアーティストというお話。
この14日で、無事に別府市での混浴温泉世界は大団円のはず。さいごにもう1回鉄輪に行かないと(..ゞアセ
第3週の週末は、東京。そして中世城郭研究会の例会をのぞいて相模のお城を案内していただく予定。東京に行くときはアート→城なんだなあ(^^ゞ

予定では、土日が空くと思っていたので、若干スケジュールをやりくりする必要あり。

そんな中で、学芸屋さんの仕事は、さいごにやりのこしていた試み、歴史の道アートイノベーション実験の準備。まずはオープニングパーティー(7/4)へ向けて進んでいくのです。とにかくここ5年間の試行錯誤でなかなか出会えなかったアートなネットワークをうまく絡めたらgood、そして、アートプログラムと食のプログラムを組み込めたらgood。夏はコレをやりぬいて一区切りつける。

そして、お城屋さんの仕事はこれまでの10年間の清算をこめて、8月の全国城郭研究者セミナーへの準備に突き進んでいくのです。今年のテーマはここ数年の動向を反映したもの。しっかり下勉強をして臨みたいです。そして、秋から対外戦にむけて反転攻勢です。

2009年4月11日 (土)

今日はコンヨク日和

消耗状態の最後の追い込みで、やっとこ何とか懸案事項の体裁が整いました。
ギリギリのデットラインな日取りまで粘ってみましたが、他のこともあるので、いつまでも引っ張れるものでもないし、各方面にご迷惑にもなりますので、何にしても一旦区切りをつけましょう。
とりあえずひと息つけます。つかれました。

さあ、今日はコンヨク日和!!ずーっとこの日に行くぞ、を合言葉に仕事してきましたので何とか間に合いました。
こんなに始まるのが楽しみな展覧会ってのもなかったなあ。ホントにこれを励みにしてがんばったもんね。

てなわけで、
1日中、コンヨクにはいって癒されてきます。
サルキスさんの仕様のワークショップからオープンイベント、ベップダンス、日付変更線越えのタワーナイトまで(・ω・)ノ
体力もつかなぁ?
コンヨクオープニングは明日アップすると思います(たぶん)

2009年3月31日 (火)

年度末。

2008年度もおしまい。

それにしても、怒濤の1年間でした。ジェットコースターみたい(^^ゞ。
東京から沖縄までいろいろな場所に行くことができ、さまざまな出会いがあった2008年度でした。
おそらく、ちょうど1年前の3/31に竹田の山ン中から飛ばして都会の都市高速まで走らせたときに感じた「何かから突き動かされるような、湧き上がるような解放感」はこんな展開を予言していたのでしょう。

あらためて、何かしら背中をドンっと押されるような運命的なものを感じた1年間でもありました。最初はちょっと狂気じみてたかも?
そして、いらない荷物は捨てさって、ごちゃごちゃしていたオツムのライブラリーは城郭史とアートなあれこれにしぼられました。

赤の他人は放っておけ。じぶんがすることが先にあって、結果として何かの役に立つことを願いながらも、じぶんのために行動する過程の中で、何らかの手を差し伸べてくれる人がいるならそれが本当のパートナーシップなんだろう。それを学んだ1年でした。

下半期は、これまたいろいろ面白い出会いがありました。上半期があらゆるところにリサーチをかけた時期とするなら下半期はそこから集約していく感じ。お城の研究も進めることができましたしシンポも参加して勉強になりました。とにかく研究史に関する書籍を集めたおした下半期でした(^^ゞ。アート系ではAAFに応募して採択されたのが大きな変化でした。AAFとBEPPUとCCAのレクチャーなどの場を介してあれこれなアートなひとたちとお会いできたのもいい経験になりました。これからドタバタですよ。岡の里事業の枠でアートレクチャーを3本企画(1本はお手伝い)、それから彫刻メンテナンスをようやく実現しました。とあれ、3〜4年前の文化庁実習で学んだことを違うかたちで前へ進めることができたのは大きい、というかかなり試行錯誤しました。いらない荷物を捨てたのが大きいかも?しんどい時に手を差し伸べてくださった方々には感謝するばかり。

でかけたところは、AFFでひさびさに東京、シンポで京都と大阪と岡山と津山、研究報告で福岡と熊本、アート系は北キューとベップに行ってきました。お城やさんでは『名城百選』に参加。新人物往来社の『歴史読本』に寄稿することができました。歴読は亡きじいさんの愛読書でボクもそれを読んで「感化」されたことを思うと実に感慨深いところ。


とはいえ、次の年度は荒波ばかり。
まだまだアクションを起こしたばかり、来るべき時に備えてしっかりライブラリーをこしらえ身支度を済ませる1年にしたいものです。

2009年3月29日 (日)

大分のジュンク堂。

28日は八幡に行くついでに大分で途中下車してジュンク堂に寄った。
途中、BEPPUのKくんと大分県地方史のIくんに遭遇。狭っ。

ボクにとってジュンク堂は三宮にあるイメージ。梅田は旭屋、そこでなければ神戸にいったついでにジュンク堂というイメージ。でも今はジュンク堂は福岡や大分にある。福岡にできたときは感動したものだ。宇佐神宮史とか普通に置いてるもんなあ(^^ゞ

大分はホントにジュンク堂があってありがたい。歴史系研究書の新刊本はかならず置いてくれている。問題はそんなに研究書を読むだけの研究者や学生がいるんか?と思うときがあるけど。とにかく便利だ。
最近は本を出さないと先生になれないという決まり?らしい1万円はくだらない研究論集(これを買うのは歴史屋さんに課せられた軍役なのか苦役なのか?)などは、ホントに買うべきかどうか中身を見るのにありがたい。
この日は地味に藤木さんのシリーズを仕入れたいと思っていたので、以前から買ってなかった山本博文さんの細川忠興・忠利の往復書簡をベースにした文庫版『江戸城の宮廷政治』と、藤木久志さんの朝日選書シリーズの2冊を仕入れた。もう2冊はなかった。次回を期そう。

そんなこんなで、去年から大量に書籍を購入しているわけですが、以前のようにやみくもに買わず必要なものをしぼって仕入れるように心がけています。
半分ストレス発散でもあるけど、甲冑や日本刀、陶磁器、石造物、古建築などモノ資料を扱うための基礎となるものを集めるようにしています。もちろん、城郭関係は考古学関係で研究史上必要なものや事例集、絵図類などを収集した城郭編などは適宜逃さず。そして文献史学では極力、各地の大名領国の古文書集を仕入れるようにしています。買うのは大分県立図書館にないもの(^^ゞ

最近は、中国地方と近畿・関東の戦国期と織田・豊臣政権に関するものを軸に集めています。もちろん、コピーと併用して。
前者ではいわゆる「○○史料集」的なものに加えて、毛利氏、朝倉氏と上杉氏、後北条氏はそろってきた。あとは島津系と武田系をどうしようか?後者では 基礎的な「○○史料集」に加えて、細川家の「綿考輯録」と大日本古文書「浅野家文書」と「愛知県史」などを仕入れて、いよいよ毛利両川と宇喜多関係で一応の仕上げ。
すでに「萩藩閥閲録」は仕入れた。そんな中、普通に買ったら26000円程度らしい品切れの大日本古文書『小早川家文書』を安価で仕入れることができました。豊臣政権論では欠かせない小早川隆景。まずは幸先よろし。たとえウェブで検索できても毛利・吉川だけは手に入れておきたい。他はコピーをしながら年内に
終了させて、基本的なライブラリーの身支度を済ませたい。

ついでにもっと安価で『吉薇古簡集』を仕入れましたが、これはたぶん衝動買い(..ゞアセ。去年から岡山方面にも力を入れているので、宇喜多もうまりつつある。いよいよ中国地方の城郭跡にも着手できるかな。

2009年3月24日 (火)

おためし。

今日はいろいろ取材。
ひとつのテーマは、考えるところ大。
この件はアートイノベーション実験にも関わることなので、もうちょっと消化してから考えをまとめたい。

もうひとつのテーマは、アポがとれたので思いきって取材。やっぱりそこにありました!快諾もいただきありがたいこと。
こちらの件はいずれまとめるのでお楽しみに。

そして帰宅してお籠り。たまった懸案をこなし続ける毎日。
最後に、試しにコンヨクの画像を貼り付けてみた。やっぱりパワフルです。はやく行きたい(^^ゞ



2009年3月18日 (水)

さあ、扉へ向かおう。

16日早朝はサイキック青年団消滅にかなりへこむ。しかし、気を取り直してテラマチ・ミーティング。
17日は別府。BEPPU PROJECTのフラッグが下がるインフォセンターの近くで人待ち。
温泉入って、食事して、4時間以上某Jフルで大の大人が歴史と考古についてかなり奥の深いいい話をした。帰ると深夜。
書類と原稿と仕事の山。

で。18日は仕事。
あちこち回っている途中で、うちあわせしたい方々にばったり会って、路上で「うちあわせ」できた変な巡り合わせの日。
明日は別府から、明後日は大分から
すばらしいゲストの方々がやってくる。実に楽しみでありうまくいくのかどきどき。

さあ、これからが年度末・年度明けの戦場、終わったらコンヨクのオープニングにとびこむぞ!!

2009年2月12日 (木)

さよなら、六本松。

P1070240九大キャンパス移転 六本松88年の歩み本に 編集委員会 「地域の記憶後世へ」
ということで、師匠お元気なようです。

とうとうわたしの「第2の故郷」九大「旧教養部」六本松キャンパスは3月いっぱいで閉鎖。
伊都キャンパスへ統合移転とあいなります。
わたしのような偏屈学生を育てた六本松の学びの場もおしまいです。わたしの大いなる勘違いは、教養部の多彩な学問の世界に魅了されて「八方美人」のまま居ることでしょうね。
さすがに、人生の残り時間を考えるようになって、ようやく城郭史にしぼってきましたが(愚)

それで、キャンパスそのものは去年の年末に見納めしていましたので、まあ、お別れにいってもね。という感じですが、比文は4月からは桑原戸山城が囲まれた僻地の伊都キャンパスです。
跡地はまだ白紙の様子(福岡市のことですので、水面下で決まっているのでしょう)。
うーん、糸島に集約するとこれまでの伝統?と遺産を放棄した九州大学はますます新制「福岡国立大学」になる予感。なんとも歯がゆい限り。
実際、九大の志願者はみごとに下がっているようで難儀なことです。今里先生のご意見は正しかったわけだ。

ふるさとの実家が解体されたようなものだから、ますます縁遠くなるなあ。
平和台に続き六本松もか、
あの辺の店も店じまいですね。

2009年2月 7日 (土)

上洛。

週末は上洛。
7日は石清水八幡宮と淀城跡と寺田屋と東寺の観智院を見学、それから高槻で城郭談話会に参加。8日は大山崎町歴史資料館にて城館史料学会のシンポジウム「縄張りからみた戦国前期の城」に出席します。

いったん津山に帰って一服してから、早朝に高速バスで上洛。
当日のシンポはとりあえずな司会します。
かなり難儀なテーマですが予習して臨みますけど、かなりドキドキ(´・ω・`)。

2009年1月26日 (月)

春節

謹賀新年!!
歳々平安日、年々如意春!! (・ω・)ノ

平成 己丑 年 / 2009年

今年も福が授かりますように(^人^)。

P1110874ほぼ日でも言っているようですけど、日本人なら太陰暦の「お正月」 ダレだ旧正月なんて言ってるのは?
陰暦正月三日間を祝日にしませんか?
サマータイムとかで「二等欧米人」するよりも、五節句を陰暦にするのが「日本人」の季節感や伝統にあってますヨ。

あらためて、今年は新たなチャレンジをどんどんしていきます。
よろしくご理解・ご支援のほどをお願いいたします。読者のみなさま(._.)オジギ

2009年1月20日 (火)

考古学のおさらい

週末から週明けはBEPPU PROJECTへ行ったり、テラマチの打ち合わせなどしてましたが、館詰め生活と縁のない普段の時間の中でやりくりしながら、仕事(初めての試みで「課外授業」します。どきどき。)と平行してちゃんと本業もやってますよ。

ということで、年明けから重点的にしていた、中世考古学の学史と基礎的な概念のおさらいは終了。
資料論と史料学についてあれこれと。けっこうクリアになりました。
いきおいで90年代初頭の帝京大学山梨文化財研究所の中世史研究と考古学のシンポジウムなどもおさらい。
この辺の基礎文献を収集して若干、散財(^^ゞ やっぱり石井進氏の業績はいろんな意味でスゴイの一言です。

それと平行して2月のシンポジウムの準備と原稿(ノ_<)。かつての大ポカ以来どこまでできるか楽しみですし、がんばります。

さて、いよいよ佳境に入っていきます。生きて屍拾うものなし。生きて屍拾うものなし。
早く終わらせて、お城の縄張り調査がしたいものです。

2009年1月 2日 (金)

さて、2009年。

P1000447 2008年は、厄介払いもすませて外へ出て「おおきな世界」をみてきました。
どこから来て、どこに居て、どこへ行くのか。それを探した1年でした。

2009年は、不要なものを捨てて、整理して、必要なものをあらためて血肉にすることが目標。
これから20年を生きていくための、必要なものを消化することが目標。

年末年始の1週間は、よめさんとゆっくり「つやまの生活」
さあ、本年もがんばりましょう(・ω・)ノ
よろしくお願いします。

2008年12月28日 (日)

ことしの一言

さいごに、一番印象に残ったひとことでしめくくり。

「正直なところ、どうでもいいよね」

いつも、ドアはすぐそこに開かれていたのです。そのドアにノックしたのがたまたま今年だったと言うこと。

2008年は、あれこれと厄介払いもできて、つまらぬ肩の荷も下ろして、自由になりました。おかげで、あちこちへ出かけあちこちへ顔を出して視野を広げるいい勉強ができました。その意味では「あの日の解放感」は忘れられません(^^ゞ。

1年かけて、元の居場所に戻ってきました。これから何年間かじっくりと自分の勉強をする足がかりを掴んだ気がしてます(遅いかな?)。
戻ってきた「お城の世界」と2008年に出会うことができた「おおきな世界」のみなさん方から得たものに感謝。

2009年もよろしくお願いします(・ω・)ノ


さて、2009年は、楽しい?「企て」が目白押し。
まさに「はじまりの坂道」。考えるだけでワクワクしてきます。それでは、みなさん、よいお年を。

2008年12月27日 (土)

冬の陣

P1000446 この日は、冬の陣。
冬晴れの朝から出陣。しゃべって、各方面から質疑応答、ご指摘・ご意見・批評・問題点などなど、あれこれたくさん頂戴いたしました。
ひとつひとつが大きな収穫。
かなり討ち取られた回数があったように思いますが(..ゞアセ、本当に勉強になりました。
戦い終えて日が暮れて、夜にヘトヘトになって帰還。

これで、今年は仕事納め。
つぎは、新春の陣に備えて準備していきます。春まだ遠く、でも、道筋はみえているのも確か。

2008年12月17日 (水)

豊後竹田駅

今朝はベップ経由でホントの吉報をいただく。
たけたでの企てが全国のネットワークに乗る機会を得ました。それにしても、たけたのブランド力は大きい。ありがたいことです。


さて、最近は鉄道であちこち行くのに、いつもお世話になっている豊後竹田駅。
関西や岡山に行くのには毎回2〜3万円かかるので、月に1〜2回となると。。。。かなりの額を落としている計算(..ゞアセ

福岡方面には4枚キップ、大分にも列車。
理由は単純で、だいたい歴史系にしてもアート系にしても「お酒」が出るからです。例えば4月に行った小倉の「創を考える会」は講演のはじまりがお酒でカンパイでした(*^_^*)。
そうした会に参加すると、いろいろな情報を仕入れられるし、行動する際の手がかりがつかめて有益です。ですから列車です。
大阪だったりお街だと終電があるのでぜんぜん問題ないんですけどね。。。

今年は、そんな情報収集に特に注力したこともあり、結果、かなりのお金を落としました。
ですので、キップも、往復切符はもちろんのこと、4枚キップに青春18キップ、関西往復きっぷに、さらに周遊きっぷも頼むので、豊後竹田駅のみどりの窓口はかなり鍛えられたはずです(*^_^*)。。。かつては寝台往復割引きっぷも。。。いつもお世話になってます。

先週は、関西往復割引きっぷ。今週は岡山・倉敷周遊きっぷで往復をオーダーしてきました。
再来週は18きっぷで帰省(^^ゞ

今年はあちこち現場を見るぞ!という目的で意識してたけたの外を往来してきましたけど、さすがに来年は交通費は抑えるつもり。

2008年12月16日 (火)

年忘れ天王山。

  週末は、お世話になったあれこれで、忘年会がつづきました。

11日は、長湯で「某研究所」の懇親会、もっともホットなところだけに談論風発でした。
12日は、竹田で「市民学芸員」との懇親会。ゲームの品物までいただきました。
こちらも日頃はわたしどもに代わって、来訪者の最前線で語っていただくボランティアのみなさんです。
同じボランティアでも、持ちつ持たれつな関係じゃないと。もちろん談論風発。

P1000195 そして、13日は早朝から始発列車に乗って竹田から小倉経由で本州へ入り、京都の山崎まで。
城館史料学会の査読基準検討会に出席し、その後高槻で城郭談話会に参加。村田先生のお話もある小ネタ特集でした。
この日はそのまま高槻で城郭談話会のお城の研究者の忘年会に参加してきました。ボクも会員ですが、こちらも談論風発。
やはり関西まで来ると研究会の話題もあって戦国史研究のあれこれで盛り上がりました(^^ゞ。岡山をフィールドにしてきた某御代にも現地調査のゴーサインもらってきました(^^ゞ。来期に向けて鋭気を養いましたさ。この日は高槻泊。
14日は査読基準検討会の二日目をこなした後、羽柴秀吉の山崎城がある天王山に登る。山崎城ははじめて観ましたが、秀吉の初期の縄張りをはじめて堪能。実におもしろい! 山頂では冬なのに車座になってカラオケ合唱しながら忘年会をするオッさんオバはんご一行たちに遭遇。本当にしゃべり好きでにぎやかな関西のオッさんオバはんたち。その日は京都の河原町五条に宿泊。
15日はなぜか西本願寺で至福の一時。終わってから電話ヒアリングをこなす。それから新幹線でふたたび九州入り。

竹田に戻った16日はよしみ忌。
こちらもいろんな話題に花を咲かせる。
話題の中で、半月経ってようやく伝わった吉報に苦笑。予備役2人目ですけど、入れ替わるなら制度的には前代未聞なこと(^^ゞ。罪なものです。

ともあれ、今年の忘年会はあちこちのいろんな方々にお世話になっているものだなあと有意義。ある意味、今年らしいしめくくりでした。
この合間をぬいながら悪文直しは続くのです。

2008年12月 9日 (火)

日帰り福岡

ウチの仕事場には、この3年間ほぼ毎週、収蔵資料の閲覧に来るえらい方がおられます。その度スタッフが茶坊主のように従います。
数えてみたら、年間40〜45回になりました。年間52週です。あなたはJ2リーグですか?と一度突っ込んでみたいものだ。
来る方も来る方だけど、受け入れる方も受け入れる方だと呆れてます。
どこからお金が出てるのですかね?ちなみにウチの仕事場の事業ではありませんので念のため。

まあ、3年の間に作業する場はなくなってしまいましたので、その内、仕事場さえなくなるのでしょう。

さて、自腹でお金を捻出している私は、月曜日は朝5時24分の始発に乗って睡眠不足で博多まで。
打合せをして、手直しして、課題をわたされて、22時30分に帰ってきました。

うーん、自分がかなりの悪文だとあらためて気付かされました。理性より感覚(感性ではない)の人なのね、じぶん。
悪文直しで今年は暮れていきます。

2008年12月 1日 (月)

12月。

濃密な2008年もいよいよ追い込み。
6月以降、先に向けてイメージを膨らませながら突き進んできたわけですけど、11月まで準備を終えていよいよ真剣勝負の冬の陣がはじまります。千載一遇の機会を逃さず、準備をしっかりして臨みたいと思います。

年末までのスケジュールを決めて作業に取り掛かります(・ω・)ノ

12月は大阪と岡山を往来しての私用&会合、と。そして年末に福岡に1回移動。
ついでに広島で蔡国強の展覧会を観たいなあ、と。

それにしても、どうして鉄道にはマイレージがないんだろう(^^ゞ。

2008年11月 1日 (土)

「ハコ」から「エコ」へ

怒濤の11月。どうなるんだろう?

なのに、12月の頭に「円卓会議」で、何やらしゃべらなきゃいけません。
個人的なテーマを決めました。


『「ハコ」から「エコ」へ。。。歴史をアートでイノベーション』

さよなら、ハコもん。よろしくエコエコ。インドアワークよさようなら、フィールドワークに還る秋。
しろ屋と歴史&アート屋の二刀流。。。。まあ、建築学科出身だからええよね。

ではでは。

2008年10月27日 (月)

キャナルのパイクさん

27日はアジ美で蓑豊さんたちを招いてのトークイベントがあったそうですけど、わたしは六本松で論文の打ち合わせ。
11月は殺人的なスケジュールだあ(ノ_<)。と予告しておきますね。

夕方に、博多駅近くの法華クラブ(朝飯が鬼のように食える)へ行くために川端町のアートリエから歩く途中でキャナルシティの側を通る。そういえばと久々に福岡誇る「現代アートの名品」を拝む。
そう。20世紀誇るビデオアーティストのナム=ジュン=パイクさんの作品がここにある。
ただのビジョンじゃないよ。さまざまな映像が際限なく流れるビデオアートの名作がここにあるって知っている人はどれだけいるのかな。。。何か忘れられていません?(^^ゞ

確か、キャナルシティ、オープンの時のもの。アジアとの共生が大きく叫ばれていたときの福岡の一コマ。パイクさんは福岡アジア文化賞ももらっているはず。キャナルのオープニングポスターは、カイカイキキの村上隆氏のもの。

福岡などの九州北部がクリエイティブシティになる可能性って十分にあったはずなんだけど、今やいないも同然なところよりも物・量で見劣りしてしまうのは、なぜなんだろう?
P1150683

2008年10月24日 (金)

日田へ行く

ほぼ10年ぶりに豆田町。廣瀬淡窓の本家、廣瀬本家の資料館を訪問。ようやく日田ともつながりができ10年来の課題が解消、福岡までもうすぐ。

豆田町が日田永山城の日田藩10万石の城下町として成立したのをご存知だろうか。今でも月隈公園と日田林工の敷地に遺構が残る。石川氏転封後は天領役所の在郷町となり九州の「金融センター」として発達したのである。よっておおいたの城下町では抜きん出て町屋や商家の規模がでかいのが特徴。
その有意義な経済史資料が残ると共に廣瀬淡窓や旭荘ら文人たちの文化史資料もたくさん残るのが廣瀬家なのです。まあ、欧州で言うところのフッガー家やメディチ家みたいなものか?(領主じゃないし規模は小さいけどもね)

そして、永山城ができる以前は河辺の隈町(現在の日田温泉界隈)に日隈城があり豊臣氏代官の毛利高政が城主だったのもご存知だろうか。(ちなみに支城の角牟礼城がなぜか本城であるはずの日隈城より優れた縄張りと規模を誇るのはなぜですかね)
日隈城も三隈川沿いの城山に現在も大手虎口などの遺構が残っている。隈町は日隈城の城下町。
つまり、2つの城と城下町が複合して日田市は成立している。その2つの城下町の間に日田駅がある。


その日田も最近はお客が減っているとのこと。どこも頭打ちで立直しに内外の足並みを如何に整えるか、同じような課題を抱えている様子。
まあ、人がきているところの減ったという課題と、閑古鳥なところの来ないという課題では、かなり違うけどね。
豆田町をみてベースが違うと唖然としましたさ。

2008年10月16日 (木)

ナチュラル・トーク

夕方のエフエム大分、前田裕美さんのRadio Cruisingを聴きながら、ペコリ!と買物に行く途中かけてみると、何やらゲストの方が来られてて何やらイベントの告知をしている様子。

途中からなので何かよくわからなかったけれども、何やらおねえさんらしき方がなめらかなおしゃべりをしているので映画かな?と思いつつフムフム。
裕美さんも「社交辞令なしで行きます」っておっしゃってて、をを、何やらgoodなものらしい。。。

って、よくよく最後まで聴いてみると某市美のアオモーリな展覧会の案内でした(^^ゞ

たま〜にエフエムでそちらの方々なトークを聴く機会がありますけど、そうした関係の人たちの中で、とても美術館の方の展覧会PRとは思えないくらい場慣れした「自然な語らい」なのにビックリ。

棚に上げて恐縮(^_^;;;ですけど、ふつう○○館系の方のPRトークは、聴いている方がいたたまれないくらい「型にはまったもの」か、学術っぽい抑揚のないものが定番ですので、ナチュラルなおしゃべりに社交辞令抜きで感動しましたです(・ω・)。。たぶんハイ○ラ食堂の常連になれますよ(笑)

ホント、Nさん、尊敬します。

2008年10月 5日 (日)

原点は「まるごと博物館ガイド」

10053711841 P1070836






「思いきって3日の出張をとった」と言うことで、首都圏や中京圏のアートシーンに足を運べる身分っていいなあ。
出張ですよ、出張(ノ_<)。著名なミュージアムの第一線でハードワークをこなしている方のコメントですので、それくらいないと。。。でも、うらあましい。。。

ボクなんて、「思いきって」3日休みを取って、JRの駅で自腹切ってタオルいただいて、関西圏と中国圏の歴史系研究会に足を運ぶんですが(^^ゞ。フリーに県外出張してみたい(^^ゞ
確かにその分、何の権限もない身分ですけど(..ゞアセ 

さて、今年度はひとつの方針を立てて日々「おしごと」に励んでいます。
おかげさまで、自腹の道を歩いてつないできた「ネットワーク」とやりたいアイデアは二刀流モードですくすく育っています。 

今日も、そんな具合で、夕方から打合せ一件と、もうひとつR35で食事をしながらミーティングで打合せ&意見交換。
日頃育てたコネクションを地元に還元させる目的で、11月に実施予定の歴史講座とアートレクチャーを協議。

もうひとつワークショップを検討中だけど講師の方のスケジュールと季節が合うか微妙。。。

12月以降もあれこれ構想中。秋になると里歩きもしやすいので歩く講座も検潮中。来年以降は大きなビジョンも控えている。


こうした作業は、すべて去年の4月にやった「まるごと博物館ガイド」が基本。それをまちの中へ持ち出し、会員として参加している岡の里事業実行委員会の枠組みで「まるごとミュージアム」なビジョンの再構築をしている。去年から行ってきた一連の事業は、そのほとんどが去年までアートマネジメントや自分の足でまわった地道な現場通いのたまもの。以前から岡の里事業でいろいろやりたいと思っていたことが、ここへきてやれるようになったのも実にありがたい。そうしたつながりをたけたに持ってくる新たな器づくりがいまの目標。

例えば、8月のレクチャーも、第一線で研究されている大学の先生に講師をお願いし、野外にある「文化資産」について専門的見地から語っていただくことで、みなさんとの橋渡しをするという役目を果たしたまで。以前から温めていた「まちの彫刻を考える」という企画を適切なサポートをいただくところに持っていった次第。
外に開かれたレクチャーゆえに貴重な情報もいただくことができ、たけたという歴史と文化の「ブランド」を介した新たなつながりも生まれる。いずれハコの企画にもつなげることも可能だが、現在は「野外彫刻」が持つまちのモニュメントとしての役割を明確にさせるのがねらい。まずは「まるごとミュージアム」の「目印」を造らないと外の方へご案内することもかなわない。


これらの一連の作業がうまくはまるのもたけたという歴史と文化の宝庫ならではのこと。この10年で温めてきた「調査プロジェクトを行うための企画」はいくつかある。
現在は、基本的にはボクの人件費+必要経費のみの「〇円事業」。館の中からみなさんの側に出ていったことで、市民協働の「まるごと博物館」的な「学芸の地域への還元」が結果的には出来ている。。。。実に摩訶不思議な世界ですが、どこかの百万都市しかり、そういう時代の流れなのかもしれません。

2008年10月 2日 (木)

好天のドライブ

今日は、午後から某所で打合せに遠征。
さわやかな風にさわやかにつじあやのを聴きながら走ること1時間半。現代のカルチャーには冷たい関西の中では、京都は着々とコンテンポラリーなアートの世界を築いています。うーん、あの声とシンプルな楽曲は癒されます(^^ゞ。。。でも、関西のミュージックシーンはなぜか九州には届かない。実に謎。。。謎、謎。

さて。某所で1時間半ほど打合せ。
こちらからオファーしておねがいしましたところ、いろいろなお話をいただき恐縮する次第でした。
逆提案で、高いハードルとノルマ?を設定されてしまいました(..ゞアセ
3つほど現在進行形のはなしの中から逆提案をいただいたのですが、どの提案も魅力的、かつ高いハードル。。。。それできたらメッチャいいですよ。的世界。。。で、問題はどうやって実現させるのか?となるわけですが。
急なお話でお伺いしたのですが、真剣勝負で対応していただき聴きながら身が引き締まるというか脇の下から冷や汗状態でした(..ゞアセ
直接いろいろとお話を伺う中で、目標と数値を設定してそこへ至るフレームをいかに構築するかを常に考えている姿勢を教わりました。勉強になります。


さっそく、戻ってから企画書をこしらえて最初の一里塚をこしらえる準備で各方面に打診。
予想通り、反応が鈍いので難儀しそうな予感ですが、うまくお話をまとまりましたら、ご報告しますね。

2008年10月 1日 (水)

「一年有半」

10月になりました。

「一年有半」

2008年9月30日 (火)

秋の陣は中国路

9月は第3週まで難儀な仕事もようやく片づきました。アートの現場を歩くのも一段落(ってなかなか終わらないけど(..ゞアセ)
下半期は、お城と論文書きの日々です。
その合間をぬって、10月は足利直冬のように中国地方へ転戦します。
軍資金続くかな?(..ゞアセ

ひとまず上洛して、日本史研究会大会にて大名領国についての研究を拝聴して、買い物バンザイの予定。
それから美作国のヨメのもとへ下向して、近くの美作学特別講座なる研究会に参加してきます。10−11月は岡山県周辺(備前・備中・美作・伯耆・播磨)地域の中世史の動向をリサーチする予定。11月には帰省ついでに岡山県博での「岡山の古代・中世史研究の最前線」に行く予定ですけど、多分、総選挙とかち合うから無理だろうか(´д`; 。2日になればいけるな、太郎&一郎さんに祈っておこう(.人.)。

できれば、2つほど美作藩※がらみの城攻めしたいと思っています。この辺の城郭跡は在地系あり織豊ありで大変勉強になる「原野」なフィールドがそろっています。楽しみです。12月は美作矢筈城を攻める予定。

※森氏時代の津山藩は「森藩」と言っているらしいけど、美作一国が所領なので「美作藩」の方が良くないかと思う次第。田中吉政の柳川藩を「筑後藩」と言うがごとく。もっとも、松平時代になると他にも勝山藩とかできますから、津山藩でいいんですが。。。どうなんでしょ。

2008年9月13日 (土)

横トリ

窓際を1歩離れれば、シャバの空気は心地よい。でもお城がないから素浪人(ノ_<)。

さて、今日から、横浜トリエンナーレが開幕するそうです。
そのオープニングパーティがあるんだそうですけど、それのリポートが楽しみです。
企画はCCA北九州だそうです。
いきてー(ノ_<)。実感してみたい。

ところで、そのCCAのスタッフさんから月曜日に勧められたのが、ディレクターの中村信夫氏の著書「少年アート』
絶版で入手が難しいと聞きましたが、Amazonでたまたま古本に出ていたのをゲットでき月曜日に教えてもらって金曜日には手元(・ω・)ノ

80年代後半の美学生に大きな影響を与えたそうなんですが、ホントに一読して目からウロコでした。そして恐ろしく無知なんだな、自分。とおそろしくイヤな気分になりました(..ゞアセ

なんとなくもやもやとしかわからなかったことがカラッとクリアになったような気が。。。したので、それを手掛かりに何度も読み返してもう一度みてきたことを見返そうと思います。アートワールドとアートシーンと言う概念はなるほどと思いつつ、自分の未知な世界を知るための羅針盤のような感じで何度も読み返せる、確かにバイブルな本です。

「論文のレトリック』に続いていい書籍を手に入れました。ムショ暮らしに読み返すことにします。。

2008年9月 4日 (木)

秋のたくらみ

盆明けで名刺を新しくしました。

理由は単純で、4月以降、仕事以外でお会いする人が急に増えたからです。
お城に歴史にアートといろんな人とお会いできましたが、残念ながら仕事と直接結びつかない。そんな方々に仕事の名刺を渡しても意味ないので、別にじぶんの名刺を用意した次第。
これからもそういうネットワークを増やしていこうと思います。

以前にデザインをお願いしてつくってもらった名刺は、ボクの印象を的確に現してくれるナイスな逸品。
その裏に勤務先をいれて増刷したものをつくってもらいました。
個人の名刺は安く作る手もありますが、印象を与えるのならデザインしてもらうといいかも。ちょっと高くつくけど(..ゞアセ

それで、秋に向けてあちこちでつないでいったネットワークをつなげるためのいくつかのたくらみの打合せ。
10月・11月を念頭に置いてのプランニング。
その前に9月半ばの山を越えて、10月を乗り切らねば。。。。ここが正念場。

2008年8月25日 (月)

パチリ

とある日、午後から所用があるので昼食を久住・阿蘇を見渡せる高原の「ひみつの隠れ家」にて堪能。
それから腹ごなしに野を散策。

P1150221




2008年8月 2日 (土)

夏まつりは懇親会

初日を終えて、大学生協にて懇親会。
セミナー初日はいろんな方とお会いするのでたくさんの抜刷りが挨拶代わりになります。
なので、この1年がんばって論考をあげてきた人はいろいろとディスカッションに花が咲くのですが、抜刷りがないと寂しい限り。
来年もがんばって論考をつくろうと思う次第。

初日から書籍交換会でいろんな研究論集を物色する。
関東・関西・愛知方面の方々を中心に城郭に関連した論集が並ぶ。

初日の懇親会はあれこれ情報交換やディスカッション。
様々なジャンルの方が来るとは言え、テーマが城郭でしぼられているのでかなり密度の濃い話しができる場です。

その中では、あれこれ次のプロジェクトを話したりします。今回はミッションがあるので打合せっぽいことも。。。
ディスカッションの中から、涼しくなってからの調査計画のヒントもいただくこともしばしば。
有意義な話しができました、はい。

2008年8月 1日 (金)

伊賀上野

2時間だけ寝て、早朝津山駅から出発。7時半に兵庫県某所でたぬき旅ツアーに合流。
師匠とTさんに導かれながら、一路、伊賀上野城へ行く。

『藤堂高虎史料集』買いました。
P1140077

2008年7月31日 (木)

夏まつりの前日

31日は月末。
この日は、キリシタン研究の大御所、G先生がたけたにいらっしゃった。ので案内する。
サンチアゴの鐘をみていただく。3日前に展示ケースを改修していてよかったです。

ケース改修をおねがいした方は、アートマネジメント学会でお会いしたご縁の方。
小さなスケールの館にあったリーズナブルな仕事をしていただきました。
たけたというブランドとこちらの考え方に応えてくださり、多謝。
こうしたつながりは、水で琴を鳴らすような方々では無理だろうね。

常に広く視野を持ち現場に行ってお会いする中で、いろいろと人のつながりはつながっていくのです。
ありがたい次第。
とは言え、あまり活用されない仕事場を片づけてから、豊後竹田駅を17:52に伊勢へ向けて出発。

以前は寝台列車があったので翌朝7時半に関西方面で集合といっても余裕で行けました。
しかし、今では前泊しないと午前中に関西方面で待ち合わせができなくなりました。
便利になったね、JR西日本さん(愚)
なので、津山のお家に立ち寄ってから早朝、姫新線で関西入り。
24:10に津山到着ながら18キップを組み合せたので亀甲で下車して迎えにきてもらう。
翌朝は4:57です。


2008年7月21日 (月)

上半期にしたこと。

思えば、昨年の11月に年季奉公が明けまして、それから上半期までにやったことと言えば。。。
備忘録代わりに某高城さんの真似してみよう(^^ゞ

郷土出版社の『福岡・糸島・糟屋・宗像の歴史』に福岡地方史研究会の関係で恐れ多くも編者として参加。これまた恐れ多くも諸先輩方をさしおいて戦国期博多のことなどを書く。いい勉強になったけど某市博には行けない。。。ドタバタのウチに2月に刊行。
S町史の戦国期城郭についても書きました。昨年に出したのがひどい文章だったのを大幅修正しました、すみません。。。うまく治っているといいけど。今年には出るのかな。
そして、豊後岡城に関する小さいけど大きな一歩となる論文1本を別府大の『史学論叢』へ掲載、3月末に出ました。
また、大友氏領国の小さい論文を大友氏研究会の枠で『戦国大名大友氏と豊後府内』に掲載、7月に刊行しました。
そして、ただいま、お城屋さんの本2つに参加中(^^ゞ

城郭史講座はT市で12月から4月までマラソンのごとく5回連続講座を毎月(^^ゞ。
で、城郭の講義は4月に津山市で1回、中近世城郭のイロハについてと津山城とちょびっと。岡山県生涯学習大学で記録的な参加者に恵まれました、W氏のおかげです、多謝。
それと7月に柳川市で1回、柳川城の縄張りについて。これも通常より多数60名以上の来客。市教委のみなさんのおかげです、多謝。
縄張りからみた城郭講座は勉強になりますので、程々にいつでもしますのでよろしくお願いします。

それしながら論文を執筆中。。。(^^ゞ
試練のごとくいろんな用事を抱えながらの執筆ですが、いろいろ集まるときは集まるんですかね。。。(ノ_・。)

出かけたところ。
沖縄(那覇とか本島南部)・長崎市・有馬(南島原)・福岡・小倉・八幡・柳川・熊本・八代・津山・美作・備中高梁・笠岡・大阪(中津界隈)・京都(嵐山と三条、五条界隈) 大阪・岡山・大分の間に収まってますね(笑)

歩いて写真を撮ったり、見学したり、城郭研究の調査もバシバシやりました。
二条城、福岡城、小倉城、中津城、原城、日野江城、朝日嶽城(佐伯市宇目町)、安岐城(国東市)、岩門城(那珂川町)などなど。
グスクが台風で行けなかったのが心残り。

この間に、歴史系はもちろんクリエイティブな人たちと多く出会うことが出来ました。
文化活動のアートNPOがらみの講座にも4回ほど参加しました。市民協働の勉強になりました。

美術館・博物館もちょこちょこ。
沖縄県博&県美、九国博、CAMK、長崎歴博、長崎県美、福岡市美、笠岡、京国博などなど。。。大分県内行ってないなあ。。。(..ゞアセ

観たサッカーの試合4試合、少なすぎます。。。(ノ_・。) プロ野球はゼロ。。。(ノ_・。)
セレッソ2試合1勝1敗。鳥栖覚えてろぉおお。湯郷ベル1試合1勝。後は鳥栖×横浜FC。ここんとこJ1みてないなあ。。。

うーん、あんまりかっこよくないですね。。。
何やってるんですかね、私。
まあ、城郭研究と歴史、ついでにアートという絞り込みはできてきたな。涼しくなったら踏査再開です。

2008年4月22日 (火)

あれこれ立て込むのです。

20日に城郭史講座を終えてから、大急ぎで仕上げた26日にある岡山生涯学習大学の「中世山城入門」のレジュメを今日の夕方に大慌てで速達。。。
速達のくせに、明日配送で木曜日の夕方に津山に着くんだそうな
coldsweats02
速達の意味ないじゃん。。。
道路がいくらよくても運ぶ分量が少なければ遅いのかしらん。

月末は道路の財源が地方に行かないよーということで一気に跳ね上がるらしいんだけど、そうしたら大型連休後半の観光地は閑古鳥がなきそうですが、道路ができても田舎の観光地は壊滅的打撃を受けやしないか心配しているんですが杞憂に終わるんでしょうね。

とあれ、週末は津山にゆっくり帰省。津山城の近くでお城を語れるとは果報者です。
それまで必死に原稿の初校を大急ぎであげます。。。
それからお城の記事をまとめて。。。
間に合うのかな。

津山では、26日に岡山生涯学習大学で、27、28日はオフで29日に美作一宮の御田植祭を見学します。
4日居るのはなかなかないので美作を満喫しようと思っています。

ところで、今日決まったのですが、
7月12日土曜日に、柳川市三橋庁舎で「縄張りからみた柳川城とその時代」って題でお話します。
多分、佐賀城と八女福島城を紹介することでしょう。
某K氏の成果におんぶに抱っこなお話になると思いますが、思う存分やってこようと思います。

乞うご期待。

2008年4月13日 (日)

山籠り、途中経過とうれしい出来事。

おかげさまで、稼業の方はみなさんのご好意で開放していただいたので、本業の方に専念できることとなりました。

3ヶ月半がんばりまして城郭史の小論2本をまとめました。
1本は、豊後岡城の縄張り構造と初期の岡藩中川氏の家中をまとめたものです。別府大学の『史学論叢』最新号に掲載してます。
豊後岡城について縄張り、絵図などを駆使して、遺構から読み解いた三椒は小粒で……な小論です。近世城郭をはじめて本格的に取り扱いましたが、戦国期城郭よりも資料が豊富で実にやりがいがありました。
豊後岡城の城跡そのものは、凡百の古文書にも勝ると劣らない優れた「資料」です。読み方さえわかっていれば「遺構」から歴史を語ることができる手応えを感じました。

もう1本はかなり遅れまして、何とかまとめて出せそうです。大友氏の城郭に関する論考です。
これをベースにいよいよ本丸の城郭類型論に踏み出します。

で、別件でお城の原稿を急いでまとめています。現地取材しないと行けないのでとても厳しい軍役を課されています。

普及活動の一環として、12月から4月まで岡の里城郭史講座しました。4月20日が最終日です。
「岡城阯を極める、「城郭史講座」開催!」http://taketan.blog.shinobi.jp/Entry/100/ 
は2月の第3回岡城跡の虎口見学会(補講分)の様子。

また、4月26日には、岡山県津山市にある美作大学の「岡山生涯学習大学」にて、「中世山城の世界—築城技術と政治・社会—」の1回目を担当します。いよいよ岡山にて話しができるので楽しみです。

もう3ヶ月、メインの論文の仕上げにまい進しますので、もう少し山籠り。。。
城郭史と建築史の草鞋を履けるようがんばりますわ。


ところで、アート好きとしてうれしいことがひとつ。
4月になってウチのスタッフが某所の市立美術館に奉職しました。
何だかえらい環境のようで大変と思いますが、何につけても飯が食える身分になったことはすてきなことです。
「歴史からアートへ」http://taketan.blog.shinobi.jp/Entry/115/
今まで、ずーっとあちこちアート歩きしてきましたが、はじめて美術館の中の人に仕事抜きのお知り合いができました(微笑)
先日、無事に送り出しましたが、きっとうまく風を吹かせてくれるでしょう。
いい人「財」が活躍する舞台を得てよかったと思います。
10年後にはアートシーンに出てくるすばらしい学芸員さんになっているはず。
こちらで逃した魚は大きかったと言われるような活躍をあちらでしてくれることでしょう。でも、こちらはその大きさがわかるかな?

大きな美術館ってどのような仕組みなのか知りたいと思っていましたが、ご教示いただけるかな。
その前に乗り遅れないようにこちらも頑張らないとせっかくのつながりも活かせません。。。私はノルマが課された気分です(微笑)

2008年1月 6日 (日)

謹賀新年

あけましておめでとうございます。
今年は1月から3月まで必死で本業にかかりますので、かなーり更新ができないと思います。

冬がすぎて春には動けるよう準備に入ります。
では!

2007年12月 9日 (日)

大分県地方史研究会合同部会に行ってきました

日曜日は大分県立図書館にて、大分県地方史研究会合同部会に参加してきました。
テーマは都市。
古代・中世史部会と近世史部会、近代史部会の合同部会です。
テーマは良いけれども、別府大学の飯沼先生もご発表でおっしゃっていたように、何を都市とみるかというのは世代間でも研究者間でも千差万別の感があります。都市史研究の整理は興味深く拝聴しました。

質疑応答では2回ほど発言しましたが、自分が部会の意図を読み違えてたような感があって滑ったなあと反省しきり。
大分県の外へ目を向けて全体史の中から大分県内の歴史的諸様相をみつめる視野を考えて発言していましたが、部会の意図を考えれば時代を横断するような内容で発言すべきでした。

この日は列車で往復。
帰って原稿書かねば(汗)

2007年12月 1日 (土)

第3回赤松氏研究会に参加しました

P1110776 津山市の美作大学であった第3回赤松氏研究会に参加しました。
お家の山北から歩いて15分の美作大学ですので、週末に休みをとって津山に帰省?して聴きに行こうと思ってましたが。。。
4日前に渡邊さんから依頼されてきゅうきょパネラーになるとは思いませんでした(笑)

朝から中心街のアルネ天満屋4階にある市立図書館にでかけて、大慌てで津山市史中世編をコピー。
美作の戦国史を調べて基礎知識をインプットし、北部九州との比較に用います。
図書館はアルネにあるので、一日調べものしていてもアルネでいろいろ一服できますので、なかなかいいロケーション。

ちなみに、津山市はおそろしいくらいにバス路線が衰退している都市なので歩くしか方法がありません。
これでは、車のない人は中心市街地に買い物に行けないです。車があれば郊外地へ出てしまうんだから、車のない人のニーズを拾うべくコミュニティバスをアルネに回すようにしてほしいものです。

なので、アルネから美作大学までバスがわからなかったのでタクシーで行きました。
赤松氏研究会は13時30分から開始。
最初は、真庭市の森さんによる国衆草苅氏の家伝、覚書に関する資料論の発表。加茂郷の国衆草苅氏を通して美作国衆の事例を知ることができました。その間にもおおあわてで自分のコメント用の原稿をまとめる。。。
次は、美作大学の渡邊さん。赤松氏の領国構造についての発表。
この間に聞きながらパネラーのコメントを何とかまとめました。

ミニシンポでは城郭史研究の立場と境目領域としての北部九州と美作地方の共通点からコメントしました。
レジュメを用意すればよかったなあと思いましたが、とりあえず口頭で。
地方史研究みまさかで書いたらいいかもしれません。

終わったら打ち上げ。
大阪や岡山や鳥取から来ているので、終電!が20時前という世界。1時間半くらいでせっせと1次会で談論風発。二次会以降は死んでました。すみません渡邊さん。。。
とあれ、津山は山陽・山陰、関西を等間隔で把握できるいい研究拠点であることがよくわかりました。

東京や京都に居てお部屋で古文書を読んで研究されている人が多いのでしょうけど、大事なのはフィールドを広域的に抑えられる立地とは思うのですが。。。
ロンドンにオックスフォードやケンブリッジってありましたっけ?
県単位で固まる「学術的田舎」の九州と違って、岡山まで来ると関西から山陽・山陰まで踏まえた研究議論ができるのがありがたいですね。いい刺激になりました。我が母校も福岡だけでアジアを見つめないで、もっと九州島を見据えた動きをしないとね。

2007年11月30日 (金)

12月1日は津山で赤松氏研究会

12月1日は美作大学である第3回赤松氏研究会に出かけて、美作の戦国期を知ろうと参加する予定でした。
が。。。急な話で当日パネラー側になることに(笑)
http://www.rak2.jp/hp/user/akamatsushi/

うーん、フィールドが九州北部なんですけど。。。大丈夫かな。
予想通り、美作国の戦国期に関する図書は大分県立図書館が休館中なので下調べできず。
九州と比べるにも相手がわからないと仕方ないので土曜の午前中に図書館に行くことにしましょう。

でも、楽しみ。

2007年10月27日 (土)

冊子づくりに印刷所籠り

さて、手探りな中での冊子作成作業。
今週は、カラー図版のある冊子をこしらえるために火曜日から修羅場でした。
火曜日にカラー原稿を奪取?して納めてから色校正というものをやってきました。
火曜の午後と水曜の午前、木曜の午後と印刷所で画面をみながら色の感じを指示するのです。
そうしないとオペレーターさんは当たり前ですけど、カラー原稿のもとの色がわからないので調整できないのです。
とは言え、こちらも素人。頭に入れた色のイメージを手がかりに何とか指示を出して調整します。

それで金曜日に刷ってみると80%の出来でした。
ここで微調整できればいいのですが、それは無理のようでした。残念無念。

とは言え、カラー図版をつくる段階から仕上げをイメージして考えるいい体験になりました。
大きなところは伝授されるのでしょうけど、こちらは手探りと限られたリソースを用いないといけないので辛いところです。


2007年10月20日 (土)

「美作中世地域史研究を拓く」

週末は津山に帰省。
土曜日に美作大学であった「美作中世史域研究を拓く」シンポに行って来ました。

去年くらいから、メーリングリストにたびたび津山市で赤松氏研究会などが開催されるなどの情報が出ていたので、自分の膝元で16世紀関係の研究会があるのを見過ごすのもどうかと思い、ちょうどスケジュールも空いてたのでえいやっと帰省。

研究会の発表者は、わたしが大学院時代にお世話になった荘園研究の方が講演。2時間にわたる落語で鍛えた?熱弁は様々な事例を並べて美作の中世地域史の可能性を問うレジュメと共にとても学ぶところ多し。

企画された方にもあいさつできまして、美作中世地域史研究の土壌づくりを進めているようで、これからいろいろと仕掛けていかれるようです。
今後の展開に期待すると共に、国衆が盛んに動いた北部九州と同様に、美作地域は毛利領を挟んで16世紀の境目領域を考える上では興味深いフィールドなので、基礎的な地域情報を仕入れることができたのが収穫。

もうちょっとお話したかったですが今回は急ぎ戻らねばならなかったので、次回の赤松氏研究会では懇親会に参加しようと思いましたです。

2007年10月 5日 (金)

10月13日は栂牟礼城シンポに出ます。

すっかり、観光アレルギーな掘り屋と文書屋に囲まれて学究にいそしむ今日この頃。
そんな中、拾う神ありで10月13日に佐伯市弥生町にある中世城郭、栂牟礼城のシンポジウムにパネラーで参加します。
なかなか城郭史分野の縄張り屋さんを起用してくれる文化財整備サイドはないので、佐伯市の依頼は実にありがたいことです。

○栂牟礼城シンポジウム
10月13日(土曜日)13時〜16時半で入場無料
佐伯市弥生町文化会館多目的ホール
佐伯市教育委員会文化振興課文化財係

講演は大学の先生や県教委の方なのですが、その後でパネラーとして途中登板するんだそうです。
当日は朝からみなさんで栂牟礼城見学するので参加しようと思っています。
栂牟礼城は国指定史跡を目指して動いている様子。

栂牟礼城は、山城と麓の館想定地、城下集落が残る大分県内ではめずらしい事例です。
また隣接して畝状空堀群による防御ラインがすばらしい小山田城があります(頂上部は破壊されているのが実に残念)
両者の対比を通して、初期の形態から最終期の佐伯惟定時代の整備まで、縄張り論の論点から意見できればと思っています。


2007年2月 7日 (水)

2月10日は岡城の話しします。

Okajo8 2月10日(土)は、朝日カルチャーセンター福岡である連続講座『日本の城跡・城郭をめぐる(近世編)』で、近世岡城について1時間半話すことになっています。
九大名誉教授の丸山雍成先生からの紹介なのですが、志摩町史といいリハビリ作業中としてはありがたいことです。

カルチャーセンターといえば、ちょっとした内容かと思いきや、かなりしっかりした文化講座という感じです。大阪や東京の「朝カル」は現役ばりばりの先生方も講師をされており市民大学的性格が強いようです。福岡もそんな感じなので、そこでお話できるのはありがたいことです。

逆に、それから思うと地方での文化講座はどこか甘く内容を構成してしまうと思った次第。田舎だから敷居を下げてしまっては面白くないということは気をつけねば成りません。
ですから、単純に岡城と岡城にまつわるあれこれを案内をしてもつまらないので本腰入れた内容にしました。
近世岡城について現状遺構の紹介と、16・17世紀の「大築城時代」という時代背景を踏まえた位置付け&近世岡城の縄張構造から岡藩中川氏の特徴を読み解く面白さを絡めて、複合的に語る内容にしようと思っています。

今回は、最近ようやく門外不出?らしい岡城の調査報告書をまとめて館蔵にできたのと、冬場の現地踏査で初期近世岡城の縄張構造についてほぼ把握することが出来たのが重なったので、この機会にそれらをまとめる下敷きとなるノート作成を行いました。
別の機会でも話せるようないいレジュメが仕上がりました。近世岡城の位置付けを紹介したいものです。

後は説明用のスライドを作成すれば準備万端です。

2007年2月 6日 (火)

日々是あれこれ lab.のお引っ越し

MovableTypeで構築してた拙ウェブログ「Nakanishiya-iog 日々是あれこれ lab.」は一度トラブルがあって回避的にTypePadによる「Nakanishiya-weblog 日々是あれこれ」に部分的に移行しました。けども、奇跡的?に復活してしたので併用してましたが、とうとうMovableTypeのアップデートでヘマかましてしまい更新できなくなってしまいました(つД`)。

なので、TypePadのサービスが楽なので、そちらに研究室的部門をお引っ越しさせた「Nakanishiya-log あれこれ lab.」を用意することにしました。
ああ、ややこしい。

それ以外の日常あれこれは、
Nakanishiya-weblog 日々是あれこ」に整理します。

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