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2013年1月 9日 (水)

国境の城、美作日爪城を訪ねて。

昨年の1117日に真庭市であった『まにわの山城と戦国時代』シンポに参加したその翌日、
午後から、真庭市の
皆さん旧八束村の真庭市蒜山中福田にある美作日爪(日ノ爪)城を見てきました。
この城は、美作の城郭研究者として周知の山形省吾さんからご教示いただいたもの。
『美作
国の山城』に縄張り図が掲載されています。
蒜山から延びる尾根
をぶった切るように横堀が三重に走り、一角には虎口があり、
しかも土塁に凸
状の横矢掛かりを持つ櫓台が複数並ぶという何とも出来のよい縄張り。
の出来の良さは、在地系城郭ではないだろうと思ったので、積雪期の前に現地に赴いた次第。

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旧八束村中福田は大宮踊と大銀杏で有名な福田神社があります。
律令の時代から伝わる古社です。倉吉と米子に抜ける高原を通るルートがあり、
その分岐点
から西へしばらく行った福田神社門前集落に近接するように日爪が位置します。
http://www.mapion.co.jp/m/35.27955357505153_133.6615828548876_9/

立地からして、伯耆国境を押える支城の予感が高まります。

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登ってみると、内部は削平の悪い平坦地ながら、周囲を土塁が周ります。
そして、隅角部に
櫓台とセットになった桝形虎口発見
わかりづらいですが上写真では左側の方が右側よりも前へ出ています
下の写真は外側からのアングルで、右手が櫓台
になっています。
土造りの城郭ですが、桝形虎口に直線的な塁線に横矢掛かりを意識して配置した櫓台など
随所に織豊系縄張り技術がみられました。日爪城織豊系勢力の関与があったことが確認できました

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日爪城は、蒜山から延びる尾根筋の先端に城域設定され、その背後を三重堀切で廻すように切っています。
写真は、西側に回り込む横堀です。箱堀状に断ち切り厳しい切岸が築かれています。
正面奥手が隅角部
に虎口とセットになって両方の横堀に横矢掛かりが効くように張りだした隅櫓です。

R0018172

この写真は樹木や風倒木が多くわかりづらいですが、中央と右手に二本大横堀が走り、
左手の樹木が集まった場所
凸状櫓台があります
このように、
堀切のように断ち切る三重横堀の堀底に対して、上から牽制するよう等間隔にあります。
こうした、防禦を意識した計画
された配置からも織豊系縄張り技術の様子が見て取れます。

日爪のような横堀とセットに均等配置された凸状の櫓台の類例は豊後岡城の東ノ郭にもみられます。
同年代の縄張りと考えると
文禄〜慶長期、おそらく豊臣期に美作国を支配した宇喜多氏か小早川氏が
国境の支城として整備したと推察
されます
真庭市の織豊期を考える上ではとても重要な
資料的価値のある城郭跡と思います。

日爪城のように、在地のものにしては縄張りの出来が良い城郭を行ってみると
織豊系縄張り技術で整備された
ものだったという事例に出くわすことがあります。
織豊系城郭とわかることで、文献史料には書かれていない時代の様相を探る手掛かりが城郭跡から得られます。
城郭跡を歴史資料と
捉え、縄張り分析から丁寧に地域の歴史を探っていくのが城郭研究の面白いところです。

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