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2012年12月31日 (月)

鄙と都のあいだで。

11月6日からしばらくブランクが明きました。
忙しいというよりも、
宿題をためていたので自粛してました(^^
もっとも宿題は残っていますが、年末になりましたのでこの辺で再開です。

その間に参加したものは以下の通りです。
○11/17(
シンポジウム「まにわの山城と戦国時代」@真庭市
シンポジウムパネラーとして参加しました。真庭郡の城館と戦国時代の境目の様相について報告し、
岐阜高専の山本浩樹
さんご一緒させていただきました。
○11/18(日)美作高田城見学会&美作日ノ爪城踏査。
翌日は、美作高田城の見学会。
そして終了後は蒜山に行って
国境の丘城である日ノ爪城の踏査と福田神社を見学してきました。
○11/19(月)「戦国大名尼子氏の興亡」展@古代出雲歴史博物館 に行きました。
その後、出雲から石見路を通って九州へ戻りました。
○11/24(土)岡の里城郭史講座@竹田市 をやりました

○12/1(土)
恒吉城シンポジウム@曽於市 に参加して村田修三先生の中世城館から戦国山城の通論を拝聴。
○12/2(日)大隅高山城の踏査をしてきました。

この外、いくつか踏査をしてきました。
それぞれの経験は来年に生きていくと思います。別途の機会でupしていこうと思います。

さて、2012年は私の人生は大き転換期でした。
都鄙往来をモットーに、これまで過疎地と言われる村的な「鄙」の共同体社会を13年間観てきましたが、
4月から「都」の100万都市の中に予期せず移ることになりました。
仕事
では、一度ハコから外れたものがより大きなハコに移るというのは、まず起こり得ない話しでした。
10年近く悩み、考え、
模索たものが、さも当たり前のようにシステムとして動いているのを目の当たりにしたのは
カルチャーショックでした
(^^
しかし、同時に、
果たしてこの時代に、共同体的自治の残る農村社会の「鄙」の片隅に身を置く自分が、
近代化により
人々が集まってできた工業都市の「都」のバラバラな中の剥き出しな環境に身を移すこと
今後生きてく上で果たして意義があるのか、の部分は大いに悩むところでした。
しかし、これから、の感覚からが何であるかを知ることは両方の体験を持つ立場から可能ではないか。
それは、多くの研究者が都市に住み地方社会をテーマとする歴史研究では意味あることではないか、
これまでの「都鄙往来」の活動さらに広げる機会になると思い、表に出ることにしました。

さて、都鄙往来の新たな第二章ととりまとめへ進める2年目となる、2013年。
1年目はできるだけ往来してきましたが、集めて資料を糧に2年目は腰を据えて調査を進めていきたいと思います。

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Foxkeh! フォクすけ!


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