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2012年10月10日 (水)

鞆の浦と鞆城

9日は修論を書いて以来、16年ぶりに鞆の浦に行ってきました。
あれからいろんなことがありましたが、鞆の浦は相変わらず鞆の浦でした。
でも、以前に増して観光客が増えているのはうれしい限りです。
医王寺からの眺めです。↓

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行きはトモテツ、帰りは尾道行きのクルーズ船に乗りました。
なかなか観れない洋上からの鞆の浦↓

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実は鞆の浦は城下町です。真ん中の山上には福島正則の重臣大崎玄蕃が築いた鞆城があります。
高田徹氏の縄張り調査と論文(『中世城郭研究』第9号)に学びながら修論をやった頃を思い起こします。
現在の西町・道越町の港部分を囲むように福禅寺・大河島まで尾根伝いに城域を伸ばしていたとされます。
そして、石井町や江の浦町、寺町界隈の街路は鞆城と麓の二の丸(後の鞆奉行所)の塁線に沿っていて、
この時の築城で、中世以来の港町から大きく町の構造が整備されたことを物語ります。
写真は歴史民俗資料館のある主郭部の石垣です。真ん中の算木があるのが当時のものです。それ以外は後世のダミー。
なお、西町からも発掘調査で石垣が検出されています。

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鞆城は中・近世移行期を扱うボクの城郭研究のスタートの地です。

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