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2012年9月 3日 (月)

中世都市研究会2012、大阪大会に行ってきました。

今年は4月に3年ぶりにこの世界に還ってきたこともあり、8月〜9月は意識して研究会廻りをしています。
全国城郭研究者セミナーと織豊期城郭研究会は毎年のこととして、今回は大阪歴史博物館で中世都市研究会があったので廻ってきました。
大阪歴史博物館は今の仕事場と同じく10年前に開館した市立の博物館。
近年は近代に絡めた建築系の展覧会もあり、情景展示などの手法は今の仕事場に参考になる博物館でもあるのでその見学を兼ねての遠征。
2005年の京都大会以来、実に7年ぶり。

今回は仕事の兼ね合いもあって土曜日のみの参加。
いきなり最上階10階にあがって、7階まで降りていく大阪歴博の常設展を観て4階へ降りると中世都市研究会の会場でした(^^
資料集+中世都市研究17号(去年の研究会の成果)で5,000円です。
今回の大阪大会は市大の仁木研究室が事務局を行い、テーマは「中世都市から城下町へ」。
同封の中世都市研究第17号が「都市的な場」とあるので、併せて読むと去年の中世都市に関する「都市的な場」の議論を踏まえて、
中世後期に出現する「城下町」を考えることで、中世都市研究と城下町などの近世都市研究を連結させることを念頭に置いたように感じました。

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初日の玉井哲雄氏、仁木宏氏による本大会の方向性を示した基調報告に続いて、山上・中西・大澤各氏の報告を初日に拝聴いたしました。
三報告についてはそれぞれの感想はさておき、各論旨を踏まえた上で、あらためて前段となる中世後期畿内の港津・寺内町などが
先行研究であるような特権的存在だったのか、町に居た勢力がどのような人たちなのかをあらためて再確認したいと思いました。
北九州でも、小倉津は芦屋の鋳物師も活動し中世港津として存在を示しています。
戦国期には大内氏の影響力、その後の毛利・大友の抗争を経て、天正期には高橋鑑種・元種が近接して小倉城を築き統治します。
大内氏時代には博多津はもっとも著名ですが、九州北岸には港津や町が成立しています。それらのネットワークがどのようなものだったか
を含めて畿内近国の事例も絡めて押えておきたいと思いました。
博多津と福岡、小倉津と近世小倉など、九州北部の事例についても「中世都市から城下町」の目線を意識してみておく必要があるなあと
思った点は行った甲斐があったので、目配せしながら研究を進めたいと思った次第。

2日目の報告・討論がどうなったかは来年の18号のお楽しみですね(^^

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