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2012年7月22日 (日)

竹田市の豪雨災害とネットワーク。

7月12日の未明からの断続的な大雨で、玉来川水系が急激に増水し、氾濫。
大野川との合流点にある竹田(魚住)ダムに近い拝田原・玉来・君ヶ園地区が水に浸かり、
JRの切通しを通って竹田山手地区に流れ込む大きな被害を被りました。

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それまでに川を深く掘り下げていた稲葉川は辛うじて氾濫せず下流の城下町竹田が被災しなかったこと、
以前は河辺にあった市役所などが高台に移り被災しなかった(移転しなかった文化会館は水没)ことを除けば、
平成の水害と同様の被害を受けました。
被災された皆さんに、謹んでお見舞い申し上げます。

ということですが、私は4月から竹田市を離れ北九州市にいますので被災しませんでした。
転職のあいさつが遅れていたので、申し訳ない次第です。
但し、北九州にあってもfacebookからリアルタイムに氾濫した様子や流木やがれきだらけの被災地の様子が届きます。
転職しなかったらそのまま家屋担当だったので、本来なら、同僚上司と災害対策に奔走していたことになります。
それを思うと、何が起こっていてどういう対応をとるかがわかっている……けど、北九州からでは何も共有できないというのは実に辛いものでした。
ようやく、被災後3日目に泥だしや片づけなどの災害ボランティアを日帰りで行ってきました。
カレンダー通りじゃない生活の中で、何とかひねり出した1日。
せめてものの支援です。本当は被災家屋調査などゼンリン片手に被災地の事務支援したかったけども。。。

今回は、多くの情報を報道経由ではなくfacebook経由で把握し、竹田市内の知人を通して情報を得て自分の行動に移すことができました。
また、直ちにfacebookにグループが立ち上がり情報交換と支援活動が進んだこと、市役所のホームページの更新頻度が高く情報発信が早かったのも含め、
竹田市内外の皆さんのネットによるネットワークが活かされた
この時代ならではの現象だったと思います。
北九州市に居ながら、竹田市の被災地と繋がることができるネットの力を感じました。
但し、去年のように被災地が壊滅的な場合は発信者を含めて全く遮断されてしまい、早急に状況把握ができない事態になります。
このことを思えば、発信する皆さんがおおむね健在だったこと、市役所機能がストップしなかったことはせめてもの救いだったと言えるのかも知れません。

ボランティアに行った当日は作業が手一杯で撮影する余裕もなかったのが本音です。
まあ、歴史の人なら記録しないと行けないのですが、
地元のいろんな方々が当日の様子を送ってくれました。それで十分です。

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