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2012年6月 4日 (月)

第4回由学館セミナーに行ってきました。

3日は九重の建築学会九州支部の歴史・意匠系研修合宿を後にして、午後から竹田市へ。
先週無事に撤収したはずの竹田市で開催された第4回由学館セミナー『中川氏三代』を拝聴してきました。

由学館セミナーは、文化財行政の委員や歴史資料館の別館水琴館に集う「先生たち」が、
大学のない市に持ちかけて、2年前に発足した一般向けアカデミー講座みたいなものです。
ボクが税務課に異動となるのと入れ替りではじまった「先生たち」の講座モノにわざわざ出向くのも手間でしたが、
今回は、晴れて「復活」したあいさつ代わりと、由学館な方々のご研究の進捗状況のリサーチを兼ねて出向いた次第。

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で、このセミナー、今回は前日まで「広報たけた」には日程とテーマだけで、講師未定なまま。
しかし、当日行ってみると、市内では防災無線やチラシで告知が成されていたようで、
現地でチラシをみて、講師が長浜城博物館の太田浩司さんだったのでビックリ(^^
会場は、3月まで勤務していた市役所の三階会議室。
セミナーの前にサンチアゴの鐘の記者会見がありましたが、それはさておき、セミナーです。

報告は三本で、清秀・秀政・秀成をそれぞれの講師がご担当。
太田さんはトップバッターで賤ヶ嶽合戦と中川清秀について報告されました。

昨年の大河ドラマの歴史考証をされた先生のお話を……と時間が40分程度しかなく駆け足だったのが惜しまれました(ρ_-)ノ
ぜひとも織田・豊臣政権と中川清秀というかたちで
基調講演でじっくり拝聴したかったです。

二本目以降は由学館セミナーの側からで、別大の豊田学長が中川秀政について、三木まで行って撮影した写真と共にお話。
豊田報告については、大坂城天守閣の中村博司氏の茨木城と初期豊臣政権の摂河泉支配に関する論考を踏まえて、
織豊政権下における中川秀政の政治的立場(つまり中川氏の位置づけ)を皆さんに伝えてほしいと思いつつ拝聴。
むしろ、太田先生に織豊政権下の秀政像についてもお伺いできればと思いました。

そして三本目にわたしが税務課に異動した後、後任で資料館を担う入江くんが中川秀成について報告。
入江報告は、文献史料からわかることをきちんと整理してきたなあという印象でした。
今後も、身近な環境に惑わされずやってほしいなあと思う次第。

質疑応答では、戦国期の十川→中川氏時代の竹田城下への移動についてフロアからあり、
太田さんが近江国の事例(小谷→長浜など)をもとに、全国の織豊期研究では著名な織豊期城下町論を紹介されていたのが印象的。
そして、長浜市域出身の田中吉政の柳川城普請の事例を挙げて、織豊大名の土木工事の大きさを説明されていました。
竹田の皆さんに、ボクも議論に参加してきたマクロな視点での織豊期城郭・城下論の一端が披露されたのをみながら、
ボクが壇上に居たら、太田さんのボールを受けて竹田城下の具体例で応酬するんだけどなあと思いつつニヤニヤしてました。
由学館な先生方では、せいぜい元締めからの○町がどう、××町がどう、水路がねぇというウンチク披露が限界でしたからなおさら。

とあれ、今回は、何より九州ではなかなか拝めない太田浩司さんの講演が聴けたのがよかったです。
また、現在、進めている自分の「豊後岡城と岡藩初期藩政の研究」についても今後押えるべき要点を確認できてよかったです。
ついでに、何年経っても変わらない永遠にそのままな水琴館……もとい由学館のお歴々のご尊顔を拝見できて面白くありました。

会場の様子は竹田市ホームページの写真ニュースにありますのでどうぞごらん下さい。ニヤニヤしている誰かさんも写っています(^^

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