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2012年6月30日 (土)

建築のミュージアム。

ふと、建築を扱う総合博物館や歴史博物館はどれほどあるのかと気になりまして、
自分の知っている範囲では、大阪歴史博物館がそうだなあと思っていましたが、
テーマを建築に持っているところか民家を移築したものはいくつかあるのですが、
建築史が含まれているところとなるとなかなかないのでは……

などと思いながら、図書館で書籍を調べていたらたまたま見つけました。
なるほど。あるところにあるものですね。機会があれば訪れてみたいものです♪( ´θ`)ノ
建築〔見どころ〕博物館ガイドブック
http://www.shokokusha.co.jp/?p=1729

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2012年6月28日 (木)

戦国期の大名系城郭と地域性。

先週に竹さんから玉稿を賜りありがたいことです。
しっかりとご返事を出したいところなのですが、今回のテーマは十分に準備しないとと思うところがあります。
というのも、近世につながる織豊系城郭と戦国期の大名系城郭についてかみ合っていないところがあるからです。

詳細はこれまでのやりとりを整理するとして(なにしろ以前のことを忘れっぽいので読み返して整理しないと。。。)、
とりいそぎ、2つのポイントだけ。
(文意が変なところを修正しました。基本的な内容は変更ありません。)

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2012年6月27日 (水)

6月は近代建築史めぐり。

6月はまとまって北九州の近代建築をみてきました。
門司港→若松→戸畑とまわりました。かなりなくなっていますが、それでもいろいろと近代建築が遺されています。
その辺は、赤煉瓦館しかない福岡との違いがみえて興味深いものがあります。
関門海峡の建築群の風景も面白かったけど、洞海湾が運河のようにみえるのはなかなかいい発見でした。

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城郭史メインでやっていて、ひょんなことで向き合うことになった建築史の世界は15年ぶり。
古建築関係は城郭史とも関わりが有るので基礎文献は持っていましたが、近代以降はお留守。
なので、日本近代建築史や住居史などの基礎文献をあわてて集めてにわか勉強してます。
かつてよりも近代建築の研究が進んでいるので、多くの書物・図集が刊行されていますのでその辺の確認もしないといけません。

とは言え、本職の建築史な方のように大学で建造物の見方を訓練されてきたわけではなかったので、
その分、2年間家屋評価をやってきた経験を下敷きにして廻ってきました。
家屋評価で建造物に目が馴れていたのはよかったですね(・ω・)ノ
とりあえず、外観をひと通り回ってみる。外壁材などの構成を押えつつ、階高の構成や構造を考えながらあれこれ。
そして中に入れるようだったら、各部屋をみてまわり内部の仕様を押えて行く順番。
図面があれば申し分ないのですが、その辺は見取図を書いたりしてみて構造やプランをあれこれ考えつつウロウロ。
家屋評価のようにポイントを加算して評価額を算定するわけじゃないのですけど、そこそこ応用できますね。

建築史の場合、日本建築学会の論文・大会論文・支部論の他、特集記事などがPDFで公開されている場合が多いので
基本的な先行論文の収集も割とやりやすいのがありがたい。
縄張り研究で鍛えた、構築物を歴史資料として読み込む歴史研究のスタイルが建築史でも可能か?
いろいろな建造物からそれを成立させた施主、設計者、そして社会(都市・集落)などの歴史を読み解くささやかな試み。

2012年6月23日 (土)

第46回福岡県地方史研究協議会に行ってきました。

本日は、福岡県立図書館で開催された第46回福岡県地方史研究協議会に参加してきました。
2年前の第44回研究協議会「福岡県の中世山城」で報告させていただきましたが、
その時はハコから解放されて、「4年ぶりに北部九州のフィールドに復帰です」と調査するぞと気合いを入れていましたが、
岡山方面と豊後岡城の調査にかまけている間に2年が経って、

今回、13年ぶりに本当に福岡県復帰になったこともあり、あいさつを兼ねて出向いた次第です。
よく帰ってこられましたねとあたたかいお言葉をいただきました。

今回のテーマは「福岡県の近世城郭 1.筑前の部」ということで福岡城が対象です。
なので、多くの関係者が来られていました。
報告は私の比文時代のボス、服部先生の「福岡城の歴史と構造」と、
以前、ご一緒させていただいた柴多一雄氏の「時代を生きた福岡城—築城から現代まで—」でした。

服部先生の報告は聞き慣れたものでしたが、福岡城周辺の歴史地理情報を集めたものは興味深いものでした。
だけど、城郭に関する解釈は相変わらずでして(・_・;)
2つの門を備えた定型の桝形があるかないかで三の丸の虎口の方が主郭部よりも防禦意識が高いとする解釈は、
正直、どうなんだろうというところとかいろいろツッコミながら拝聴。
また、持論にこだわっておられる下之橋御門復元についてもいろいろと考えながらの拝聴。
というのも、元々、ぼやで近代に単層に変更されていた門を二層に戻す復元の根拠についての議論なのですが
復元案を創った方の根拠も、それに反論として自説を推す根拠もどちらも復元対象となる下之橋御門の古写真がないので、
残っている上之橋御門の写真を下之橋御門と一緒の形だからという前提で使っているのはどうなのかという疑問が拭えません。
「実際の下之橋御門とは違う」ものを、やれ当時はこうだ、それ光の辺り具合が違うとか議論しても意味がないのではと思いつつ拝聴。
これに関連して以前に先生が出されていた「城郭復原無用論」ではありませんが、
近代の改変後の姿しかわからない建造物を
学問的検証がはっきりしないで復原はむやみにするものではないことを再認識した次第です。

むしろ、今日聴きたかった柴多さんの近代以降の福岡城跡についての報告で、下之橋御門が歩兵第二四連隊兵営
時代には
正門=「大手門」として扱われていたことをあらためて知ることができたのは有意義でした。
そして戦後は史跡としていち早く昭和32年に指定し、国有地の用途変更などに県の方がむしろ反発して保存しようとしたことが
今日の三の丸まできっちり残る「遺構の残りが良い近世城郭」たる福岡城跡を残したという話は興味深く拝聴しました。
柴多さんの報告を聴きながら、資料としてみた場合にどうやって保存するかをいろいろと考えさせられるものがありました。
学問的に「下之橋御門」の復元を考えるならば、従来は近世福岡城段階に戻すことが自明のこととされてきました。
しかしながら、「復原無用論」の視点で考えるならば、当時を知る決定的な資料が乏しい以上、

かの門は資料的に遡れる歩兵第二四連隊兵営時代のぼやで黒焦げになる前の原状復旧が妥当だと言うべきだったのかもしれません。
大阪城天守閣などにもみられますが、近代さえ歴史となってきた昨今においては、
廃城以後の変更についても現代につながる「歴史的変遷」であり、簡単に抹消して過去への「復原」とはいかない。
図らずも福岡城下之橋御門の復原は物語っていることを今回の協議会では考えることが出来たのはいい勉強になりました。

2012年6月21日 (木)

第29回全国城郭研究者セミナー案内来たる。

第29回全国城郭研究者セミナーの案内が新居に無事届きました。
今年は参加しますので、さっそく郵送しました。直江津まで移動が大変だ(・_・;)

今回のテーマは、「山城の実像を問う」
日時などは下記の通り。
 日 時:2012年8月4日(土)~8月6日(月)
 場 所:上越教育大学(新潟県上越市山屋敷町1番地)
 参加費:3,000円
 懇親会:6,000円
 見学会参加費3,000円

日程と報告内容は次の通りです。去年と同様にシンポはなく報告が2日間続く構成です。

6日月曜日に春日山城・鮫ケ尾城の見学会が用意されています。
○8月4日(土)
「畝状竪堀群からみた丹後国の城館」永惠裕和氏(京都大学大学院)
「史跡小峰城跡の被災状況と復旧」鈴木功氏(白河市文化財課)
「聚楽第と井戸-『御所参内・聚楽第行幸図屏風』に描かれた聚楽第」福原圭一氏(上越市公文書センター)
「新潟県村上市平林城跡の調査について」吉井雅勇氏(村上市教育委員会)
「沼津市興国寺城跡-発掘調査から見る城の変遷」木村聡・高尾好之氏(沼津市教育委員会)
「2011年7月の記録的な集中豪雨による坂戸城・樺野沢城跡の被害状況について」藤原敏秀氏(南魚沼市教育委員会)
懇親会 ホテルハイマート
○8月5日(日)
「土蔵の成立過程からみる城郭の都市構造」高屋麻里子氏(中世城郭研究会)
「新稜保式城郭の伝来と変遷」角田誠氏(近代築城遺跡研究会)
「筑前立花山城からみた巨大山城の諸問題」木島孝之氏(九州大学大学院人間環境学研究院)
「小谷城の曲輪構造-山城の居住空間を考える」中井均氏(滋賀県立大学人間文化学部)
「安芸国郡山城における『山上居住』」秋山伸隆氏(広島大学人間文化学部)
「能州七尾城跡の概要」佐伯哲也氏(北陸城郭研究会)
○8月6日(月)
春日山城・鮫ケ尾城見学会

今年は2日目に木島・中井・秋山・佐伯各氏の山城に関連した報告が集まっています。
その他の報告と併せて、2日目まで興味深い構成となっていますので、要チェックだと思います。

2012年6月12日 (火)

2つのベイサイド。

まるで外国の運河やドイツのライン川のようにみえる、美しいベイサイドのある街。
ひとつは海峡、もうひとつは湾岸沿い。どちらも船が往来し、対岸まで渡船もあります。
このうつくしい風景を楽しめるように、いいかたちで後世に伝えたいものですね。

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2012年6月 6日 (水)

上津役に入部、完了。

5/27に残っていた後方部隊(ヨメさんと言う)も撤収。引越作業を行い荷物を詰めてお見送り。
それから、ヨメサンを運んで日田往還→小石原越え・嘉麻道→長崎街道を通って上津役へ帰還。

翌日28日に、家財道具と合わせて近戸のお家の書斎にあった莫大な本もやって参りました。
図録と報告書と関係書類などは仕事場に持っていきましたが、残りは上津役のお家に。。。

↓去年の引越した際の書棚です。8台のスチール書棚がありました。

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↓ そして1週間ちょっと。

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何とか押し込みました(・_・;)。
もう少し、片づけたら何とかなりそうです。
さあ、がんばるぞー。

2012年6月 4日 (月)

第4回由学館セミナーに行ってきました。

3日は九重の建築学会九州支部の歴史・意匠系研修合宿を後にして、午後から竹田市へ。
先週無事に撤収したはずの竹田市で開催された第4回由学館セミナー『中川氏三代』を拝聴してきました。

由学館セミナーは、文化財行政の委員や歴史資料館の別館水琴館に集う「先生たち」が、
大学のない市に持ちかけて、2年前に発足した一般向けアカデミー講座みたいなものです。
ボクが税務課に異動となるのと入れ替りではじまった「先生たち」の講座モノにわざわざ出向くのも手間でしたが、
今回は、晴れて「復活」したあいさつ代わりと、由学館な方々のご研究の進捗状況のリサーチを兼ねて出向いた次第。

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で、このセミナー、今回は前日まで「広報たけた」には日程とテーマだけで、講師未定なまま。
しかし、当日行ってみると、市内では防災無線やチラシで告知が成されていたようで、
現地でチラシをみて、講師が長浜城博物館の太田浩司さんだったのでビックリ(^^
会場は、3月まで勤務していた市役所の三階会議室。
セミナーの前にサンチアゴの鐘の記者会見がありましたが、それはさておき、セミナーです。

報告は三本で、清秀・秀政・秀成をそれぞれの講師がご担当。
太田さんはトップバッターで賤ヶ嶽合戦と中川清秀について報告されました。

昨年の大河ドラマの歴史考証をされた先生のお話を……と時間が40分程度しかなく駆け足だったのが惜しまれました(ρ_-)ノ
ぜひとも織田・豊臣政権と中川清秀というかたちで
基調講演でじっくり拝聴したかったです。

二本目以降は由学館セミナーの側からで、別大の豊田学長が中川秀政について、三木まで行って撮影した写真と共にお話。
豊田報告については、大坂城天守閣の中村博司氏の茨木城と初期豊臣政権の摂河泉支配に関する論考を踏まえて、
織豊政権下における中川秀政の政治的立場(つまり中川氏の位置づけ)を皆さんに伝えてほしいと思いつつ拝聴。
むしろ、太田先生に織豊政権下の秀政像についてもお伺いできればと思いました。

そして三本目にわたしが税務課に異動した後、後任で資料館を担う入江くんが中川秀成について報告。
入江報告は、文献史料からわかることをきちんと整理してきたなあという印象でした。
今後も、身近な環境に惑わされずやってほしいなあと思う次第。

質疑応答では、戦国期の十川→中川氏時代の竹田城下への移動についてフロアからあり、
太田さんが近江国の事例(小谷→長浜など)をもとに、全国の織豊期研究では著名な織豊期城下町論を紹介されていたのが印象的。
そして、長浜市域出身の田中吉政の柳川城普請の事例を挙げて、織豊大名の土木工事の大きさを説明されていました。
竹田の皆さんに、ボクも議論に参加してきたマクロな視点での織豊期城郭・城下論の一端が披露されたのをみながら、
ボクが壇上に居たら、太田さんのボールを受けて竹田城下の具体例で応酬するんだけどなあと思いつつニヤニヤしてました。
由学館な先生方では、せいぜい元締めからの○町がどう、××町がどう、水路がねぇというウンチク披露が限界でしたからなおさら。

とあれ、今回は、何より九州ではなかなか拝めない太田浩司さんの講演が聴けたのがよかったです。
また、現在、進めている自分の「豊後岡城と岡藩初期藩政の研究」についても今後押えるべき要点を確認できてよかったです。
ついでに、何年経っても変わらない永遠にそのままな水琴館……もとい由学館のお歴々のご尊顔を拝見できて面白くありました。

会場の様子は竹田市ホームページの写真ニュースにありますのでどうぞごらん下さい。ニヤニヤしている誰かさんも写っています(^^

2012年6月 3日 (日)

九州支部歴史・意匠系の交流研修会に参加しました。

2日から3日にかけて、日本建築学会九州支部の歴史・意匠委員会で開催されている
教官と院生の論文検討会&交流研修会に参加してきました。
場所は、小松地獄にある九州地区国立大学九重山の家です。

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下半期に修論や支部論報告を行う歴史・意匠系研究室の院生たちの報告と検討会を行い、
終わってから懇親会を開いて親睦を深める企画です。

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翌日は外からお招きした講師の先生のレクチャーを受ける1泊2日という構成です。
今年の講師は京都工芸繊維大学の石田潤一郎先生。近代の府県庁舎研究のレクチャーを拝聴。

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そんな30年以上続く、伝統ある?交流研修会です。
ボクが建築学専攻の修士課程時代(95-96年)の時と同じプログラムで、同じ場所でしたが、
相変わらず山の家の夕方・朝の食事メニューも変わらず不動なものでした(^^

3年前程に竹田市立歴史資料館の職員として顔を出したことがありましたが、
今回は学芸職に復帰して、一応建築史系の端っこに関わるかたちでの参加。
建築史教室から人文系の比文へ出た身としては、こんなかたちで歴史・意匠系に戻ってくるとは感慨深いものです。
あり難いことに、九州支部の歴史・意匠委員会委員に参加させていただくことになりました。

あれから15年以上経ちますので、歴史・意匠系の中はすっかり変わっていました。
西洋建築史系では、地中海建築の調査は相変わらずたくさんありましたが、
日本建築史では、近代建築やリノベーション・まちづくりな計画系と融合した現代風の建築史が主流で、
王道な古建築がらみの調査研究はほとんどなくなっていました。
戻ってみたら、太田静六さんのような「王道」な日本建築史はすっかり低調なものになっていたという案配。
先のことを思うと憂鬱?な状況ですが、
せっかく、歴史学・考古学の空気に触れて史料学について学んできたこともありますし、
日本建築史から「建築史料学」とも言うような歴史研究としての建築史が少しでもできたら、
この世界に戻ってきた甲斐もあるというものでしょう。

修士時代にはよくわからないまま感覚的に「日本建築史」嫌いだった自分を思うと、
今になって研究室の出自を意識して、歴史研究としての「日本建築史」考えるようになったのは、実に摩訶不思議。
まあ、これも何かの縁かもしれませんね。

Foxkeh! フォクすけ!


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