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2012年4月 1日 (日)

13年ぶりの復帰。

2012年、4月から竹田市を離れて、福岡県北九州市に拠点を移しました。13年ぶりの福岡への復帰です。
九州大学の学生・院生時代を過ごした福岡市から離れて竹田市役所に就職したのが13年前。
そこで、行政職の基本と学芸職であれこれ経験させていただきました。
しかしながら、稼業の部分で行政職の経験を踏まえた上で専門的な場所で学びを深めるラストチャンスを得たので、
再び福岡県内(福岡市じゃないもうひとつの方だけど)に拠点を移すことにしました。
大学院時代、福岡市周辺の城館調査からはじめて豊前国まで調査範囲を広げる準備をしている最中に竹田市に採用されたのですが、
稼業以外の本業の分野では、その続きを再開することが出来そうです。
その一方で、これまでお世話になってきた竹田市に対して自分の専門領域できちんと成果をあげることができないのは心残りな部分です。
その分は、ひきつづき竹田市も重要な研究フィールドとして外部の専門家として関わりを持っていくつもりです。
稼業なことは書けませんが、それ以外で進める本業のアレコレはこの「あれこれラボ」に綴っていきますね(微笑)

竹田市では、研究する身分が常に紙一重なことを体感しました。辞令ひとつで専門の先生と呼ばれたり、市井の「お詳しい」方になったりします。
そうした体験を経て、専門的な属性に甘んじることなく、そうした身分が外れたときにも本業で「これが自分のライフワーク」と言えるものを持っているのか?
これを常に問いかけながら、今後とも自分の研究をまとめていきたいと思います。

新たな場所に拠点を移すとは言え、竹田市内の方々に「竹田の人より竹田に詳しい」と評価していただいていただけに、
市外では城郭研究の分野で専門性を評価していただいた部分で、市内でも同様に自らの専門性を認めさせることが出来ていたならば、
このすばらしいフィールドを全国に伝えることができたという無念さは変わりません。
今後は、竹田市内では「外部から来る専門家」として幾許とも研究を進め、皆さんの恩義に報いたいと思います。
また、今後も屋根のないあおぞら博物館づくりという岡の里事業実行委員会以来のプロジェクトに在野から支援と関わりを持ちながら、
研究者として竹田市=岡藩・熊本藩豊後領・天領=豊後国直入郡この素晴しいフィールドをモノにしたいと思います。
引き続き、ご理解とご支援をお願いいたします♪( ´θ`)ノ

ということで、14年目の稼業もがんばります。

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13年ぶりの復帰。を参照しているブログ:

コメント

え!?北九州ですか?お時間が合えば岡城麓でお話をお伺いしたかったのに…

今日はここのブログを読ませていただき、いてもたってもいられず法螺貝城に行ってきました。
いい城ですね。

竹田の“御城外櫓場”についても拙宅ブログに書き、こちらもリンクを貼らせていただこうと思っていますのでもし不都合があればお申し付けください。

実測などで手が足りないときは声をおかけください。って僕もいつまで豊後にいるかわかりませんが…。

ぼくなんかでなくっても学生さんがいっぱいいますかね。

遅くなりました。
なぜか、北九州市に移籍しました。
稼業のことは書きませんが、城跡調査の本業は書き続ける予定です。

リンクなどはどうぞ、よろしくお願いします。
荻町の下原城跡も土塁だけですけど、スケール感が半端ないです。
ひきつづき、豊後国直入郡の調査はやっていきますので、よろしくお願いします。
その内、岡城跡の現地踏査会を勝手に企画しますので、その節にでもよろしくお願いします。

そちらに行ったとはいえ、同じ九州!頑張ッチョクレ~(^v^)

ありがとう!
その内、そちらのO役場へ字図調査で襲撃する手はずですよ(^^

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