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2012年2月27日 (月)

豊後岡城にある織豊系の桝形虎口、三題。

今さらな昔語りはさておき、今日も近戸の寓居から登城し、夕方巡見するのでした。

Rimg5859

みよ、絵に書いたような石塁(一部、土塁)が伸びて嘴状に形づくる、⎾┓のお手本のような外桝形虎口。
城外側へ出入り口を押出すという出撃的な姿勢がそのまま投影されたプランだとわかる好材料です。

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相変わらず、わかりづらいですけど、⎾┓なパターンが続く連続外桝形虎口の下原門跡。

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東中仕切門跡。これも外桝形虎口。横堀を越えて対岸に張り出す、千田Ⅳ期B、木島α系統Ⅶ類な虎口変遷モデルの指標でもある虎口です。
⎿┗┓ な形で、向こう側に土塁+石塁、
手前に土塀の基礎が土塁状に残っています。

今日もなお、良好な状態で織豊系縄張り技術の基本的な要素と教科書的な枡型虎口モデルから彼らの防禦の工夫がダイレクトにわかる点が
この豊後岡城の遺跡としての魅力です。また、その防禦の工夫が社会体制に昇華した姿を伝える点が史料的価値の高さを示しているのです。
高石垣の優れた事例は他にいくつもありますが、全体が残る故に、教科書的な虎口プランと防禦の仕組みがわかる近世城郭はそうそうありません。
なので、約400年前に織豊取立大名の中川氏が整備した虎口プランの的確な評価と保存を何度も指摘するのです。

これらの虎口プランが堪能できるのは、下草が霜で枯れた冬季に限ります。(上2つは伐採によりさらにわかりやすくなりました。)
ぜひ、飲み物持参でいらしてください。

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