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2012年2月 8日 (水)

寒暮登城。

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近戸谷の一番奥の光景。真上には西方外曲輪(西ノ丸)の外郭ラインを構成する櫓台が睨んでいます。
わざわざ谷のおおよそ真ん中の位置に合わせるように櫓台が
配置されている点が豊臣大名らしいテクニックです。

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どなたかが説明板を掲げているのに気づきました。拙稿の内容を踏まえた解説文になっていて面映ゆい限り。
豊後岡城の縄張りの特徴をいかんなく発揮している東ノ郭から下原門跡周辺について、先行研究とどう向き合いながら整備するのか、衆目がみています。

前にも紹介しましたが、城郭跡を扱う専門の方々なら下記の遺構が連続外桝形虎口にみえないようでは困ります。
400年の時を刻む遺跡に対して、城郭跡の縄張り理解という専門的な力量が問われる瞬間です。

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