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2012年2月20日 (月)

伝えたいふるさとで400年前を探る。

岡城・城下町もいいけど荻台地もね、というわけではありませんが、
伝えたいふるさと2月号にて、「400年前の荻台地の城館」と題して、旧荻町指定史跡の下原城と弁当城・鴫田(峰)城を紹介しました。
11〜12月の調査成果をもとに作成した下原城跡の復元図を掲載し、下原城跡が中川領の支城として整備されたとの見解を示したものです。
加えて、別府大学の調査成果をより精査し自らの現地踏査を加味して弁当城の位置もおおよそ比定することが出来ました。
中川秀成入部時に荻台地に所領を得た与力の田原紹忍・宗像鎮続の持城、弁当城、鴫田(峰)城と、
葎原郷の統治拠点として機能した平地城館の弁当城と、軍事的機能が前面に出た下原城を対比することで、
これらの城跡が関ケ原戦時の荻台地における緊張状態が読み取れる重要な史料であることを紹介しました。

Img_0497

今回は法務局にて行った閉鎖図面の調査から、400年前の下原城跡の復元図を作成しました♪( ´θ`)ノ
そうした成果を盛り込み地域をあるく眼差しから400年前の荻台地を紹介する、「伝えたいふるさと2月号」は、殿町の竹田創生館に置いてあります。
興味ある方はお問い合わせ下さい。

旧荻町の下原城に続いては旧直入町下竹田地区にある法螺貝城を紹介したいと思っています。こちらはバリバリの織豊系縄張り技術の土づくりの山城です。
このように、日々、着実に作業を進めていますので、できるなら専門職にあられる関係筋からも岡城築城前後、400年前の地域の文化財から
包括的な視点の歴史像を市民に示していただき議論できれば幸いに思います。

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