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2012年1月24日 (火)

慶長期中川領の調査を進めています。

今日はとある酒席にて、「ここに住んでいて、今年の抱負」がテーマでした。
ので、慶長期中川領の本城・城下・支城体制について、城郭遺構調査を柱とした歴史研究からわかったことを少し披露してきました。
わかる方にはいい反応をいただきました。
荻台地の歴史の道も「あれがそうなのか」と反応いただき、実にありがたいことでした。

400年前の慶長期中川領は豊後岡城以外にも、城下に出城・櫓場を構え、関ヶ原戦前後には領内の要所に軍事的な拠点となる支城を築いていました。
従来は大藩クラスが本城・支城体制を整備するというイメージでしたが、中規模の中川領でも案外改修を加えた事例が見つかるんだなという成果。
西国諸藩なら、関ヶ原前後に何らかの形で支城が整備されていた可能性があるということを指摘しました。
ですので、それぞれの地域で、周囲の在地系城郭と比べて縄張り技術の上で「浮いた事例」があったら、豊臣系大名による改修の可能性を考えましょう、
というお話。

さて、私の方は、一昨年に野に出されましたが、その分、麓の近戸に付城を構えて、本城だけでなく上角台地の出城・櫓場と領国内の支城の調査を進めてきました。
日頃は一般業務に時間を割かれても、それ以外の時間を用いて以前よりも着実に成果を提出させていただいています。
「私は動かないと思いますが」と自負されたご専門の方からもそろそろ十分な時間を現場に費やされた日頃の研究成果を提示していただき、衆目の前で議論したいものです。(私信)

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