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2012年1月25日 (水)

下原門跡、1月巡検とその所見。

年末に伐採されていた東ノ郭(御廟所)跡、下原門跡について、仕事を終えて近戸の自宅から登城し夕闇巡検してきました。

豊後岡城の三口で最も緩斜面(車で登れる市道が通っている)に面した出入り口である下原門。
城攻めの際、真っ先にねらわれる可能性が想定される城門です。
それ故、中川氏は築城に際して、志賀時代の岡城だった東ノ郭を筆頭家老に預けると共に、
東ノ郭から開口部側に向けて、L字の石塁による桝形虎口を何重にも連ねる連続外桝形虎口を構え厳重な防御を施しました。

このことは既に拙稿や『名城百選』にて調査成果を公表しています。
筆頭家老に任せた曲輪から続く過剰なまでの桝形虎口を重ねる虎口プランは全国でも貴重なものです。
その評価は、写真の現況遺構から虎口プランをきちんと読み取ることが欠かせません。
他の城郭以上に、豊後岡城の評価に際しては、調査事業側に城郭遺構把握(縄張り理解)の力量が問われます。

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今回、上掲の写真のように公有化により伐採作業が行われ、拙稿の縄張り調査で解明された姿が現れてきました。
ところが、現地を歩くと下の写真のように伐採作業の際に虎口付近の石列が動いたとみられる形跡がありました。

Rimg5673

     西からみた写真        ↑この位置から動いたとみられる。

千田嘉博さん外による『城館調査ハンドブック』でも指摘されるように、遺構評価のポイントとなる虎口周りの適切な保護は重要。
また、下原門においては微地形の読み込みに併せて現況の石列を追うことも虎口プラン解明に必要です。
そうした配慮が必要なのに、
写真の他にも、切り倒した木材なども周辺に遺された石列を避けることなく石塁現況遺構の上に重ねたりしていました。
従事者や指導する委員の先生が縄張りをわかっているならば、虎口周りの石列やL字の石塁を痛めない配慮がみられたはずですが。。。

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↑2011年3月段階の東側からの写真です。草むらに石列が直線上に点々とあるのがわかると思います。
せっかくの整備が、学術的な判断材料を損ねるようではいけません。
豊後岡城の史料的価値を内外に知らしめるためにも、事業側には全国の城郭研究の成果に耳を傾けていただきたいと願うと共に、
今後もすばらしい城郭遺跡の適切な保全の一助となるべく、随時、私見を示していかねばと思う次第。

Photo

なお、虎口の評価を抜きに、絵図資料や「御年譜」など文献史料を並べて「番所」の平面復元で完了、とならないようにも願いたいものです。

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