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2012年1月27日 (金)

「赤松の城を調べて」チラシをゲットしました。

今日、仕事のついでにコピー機を借りに文化財センターに寄ったら、
姫路市文化財センター冬季企画展「赤松氏の城を調べて」のチラシが来ていたのでゲットしました。
写真の坂本城跡の土塁と置塩城跡のしっかりした石垣が印象的。

2011winter

播磨坂本城は姫路市教委で、置塩城は旧夢前町→姫路市で兵庫県教委と町教委により調査が進められてきました。
現在はともに姫路市内に位置する戦国・織豊期城郭ということでまとまった展覧会として企画されたようです。
姫路市教委ですので、
これまでの成果を紹介する形で城郭研究ベースのしっかりした展示となると期待してます。
期間中には、置塩城跡や書写・坂本城跡の史跡見学会や城郭談話会の山下晃誉氏による「播磨の山城を考える」の講演(3/18)などが開催されます。
1/22〜4/15まで。ぜひ足を運びたいと思います。

ウチの文化財センターもメモリアルな年にこれまでの城跡の調査成果で重厚な展示を期待します。

2012年1月25日 (水)

下原門跡、1月巡検とその所見。

年末に伐採されていた東ノ郭(御廟所)跡、下原門跡について、仕事を終えて近戸の自宅から登城し夕闇巡検してきました。

豊後岡城の三口で最も緩斜面(車で登れる市道が通っている)に面した出入り口である下原門。
城攻めの際、真っ先にねらわれる可能性が想定される城門です。
それ故、中川氏は築城に際して、志賀時代の岡城だった東ノ郭を筆頭家老に預けると共に、
東ノ郭から開口部側に向けて、L字の石塁による桝形虎口を何重にも連ねる連続外桝形虎口を構え厳重な防御を施しました。

このことは既に拙稿や『名城百選』にて調査成果を公表しています。
筆頭家老に任せた曲輪から続く過剰なまでの桝形虎口を重ねる虎口プランは全国でも貴重なものです。
その評価は、写真の現況遺構から虎口プランをきちんと読み取ることが欠かせません。
他の城郭以上に、豊後岡城の評価に際しては、調査事業側に城郭遺構把握(縄張り理解)の力量が問われます。

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今回、上掲の写真のように公有化により伐採作業が行われ、拙稿の縄張り調査で解明された姿が現れてきました。
ところが、現地を歩くと下の写真のように伐採作業の際に虎口付近の石列が動いたとみられる形跡がありました。

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     西からみた写真        ↑この位置から動いたとみられる。

千田嘉博さん外による『城館調査ハンドブック』でも指摘されるように、遺構評価のポイントとなる虎口周りの適切な保護は重要。
また、下原門においては微地形の読み込みに併せて現況の石列を追うことも虎口プラン解明に必要です。
そうした配慮が必要なのに、
写真の他にも、切り倒した木材なども周辺に遺された石列を避けることなく石塁現況遺構の上に重ねたりしていました。
従事者や指導する委員の先生が縄張りをわかっているならば、虎口周りの石列やL字の石塁を痛めない配慮がみられたはずですが。。。

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↑2011年3月段階の東側からの写真です。草むらに石列が直線上に点々とあるのがわかると思います。
せっかくの整備が、学術的な判断材料を損ねるようではいけません。
豊後岡城の史料的価値を内外に知らしめるためにも、事業側には全国の城郭研究の成果に耳を傾けていただきたいと願うと共に、
今後もすばらしい城郭遺跡の適切な保全の一助となるべく、随時、私見を示していかねばと思う次第。

Photo

なお、虎口の評価を抜きに、絵図資料や「御年譜」など文献史料を並べて「番所」の平面復元で完了、とならないようにも願いたいものです。

2012年1月24日 (火)

慶長期中川領の調査を進めています。

今日はとある酒席にて、「ここに住んでいて、今年の抱負」がテーマでした。
ので、慶長期中川領の本城・城下・支城体制について、城郭遺構調査を柱とした歴史研究からわかったことを少し披露してきました。
わかる方にはいい反応をいただきました。
荻台地の歴史の道も「あれがそうなのか」と反応いただき、実にありがたいことでした。

400年前の慶長期中川領は豊後岡城以外にも、城下に出城・櫓場を構え、関ヶ原戦前後には領内の要所に軍事的な拠点となる支城を築いていました。
従来は大藩クラスが本城・支城体制を整備するというイメージでしたが、中規模の中川領でも案外改修を加えた事例が見つかるんだなという成果。
西国諸藩なら、関ヶ原前後に何らかの形で支城が整備されていた可能性があるということを指摘しました。
ですので、それぞれの地域で、周囲の在地系城郭と比べて縄張り技術の上で「浮いた事例」があったら、豊臣系大名による改修の可能性を考えましょう、
というお話。

さて、私の方は、一昨年に野に出されましたが、その分、麓の近戸に付城を構えて、本城だけでなく上角台地の出城・櫓場と領国内の支城の調査を進めてきました。
日頃は一般業務に時間を割かれても、それ以外の時間を用いて以前よりも着実に成果を提出させていただいています。
「私は動かないと思いますが」と自負されたご専門の方からもそろそろ十分な時間を現場に費やされた日頃の研究成果を提示していただき、衆目の前で議論したいものです。(私信)

2012年1月23日 (月)

旧正月。

今年の旧正月は、太陽暦で1月23日です。
ようやく太陰暦で壬辰年がはじまります\(^o^)/
長崎のランタンフェスタ、行きたい。

私的には太陽暦な正月から三週間は缶詰め状態でしたので、ちょうど太陰暦な正月から再起動といった案配です。
既に2月に向けて、軽いジャブを準備しています。
乞うご期待。

新春早々から寒波がやってきます。
九州の内陸でも真冬日になりそうな勢いですが、寒い中、遅れを取り戻すべく集中して原稿をまとめていきます。

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2012年1月22日 (日)

文禄・慶長期の豊後岡城・竹田城下と支城体制。

2012年から、新たにカテゴリーを起こしました。
題して、「豊後岡城・竹田城下と支城体制」

これまでの調査成果から、約400年前の文禄・慶長・元和期を中心に豊後岡城と城下の出城・櫓場、中川領内の支城を紹介します。
そして、城郭からわかる中川氏家中の動向や近世初頭の社会情勢についても紹介できればと思っています。

最初に去年の3月の巡検レポートから→「あれこれラボ:豊後岡城夕方巡検」

豊後岡城というすばらしいフィールドを舞台に、縄張り研究ベースの城館史料学の研究手法の地域における実践を行い、、
近世初頭の豊後岡城・竹田城下と中川領の支城体制を念頭に、地域史から全国史の視点まで様々に見解を提示していきたいと思います。
また、既に公表してはいますが、ひきつづき随時、関連して学術論文も発表してまとめる準備を進めています。乞うご期待。

2012年1月10日 (火)

建築を観る、読む、計る。

たまたま偶然なことですが、去年からたくさんの建築をみる機会を得ました。
その数は、90軒近くになります。
場所をみて、立地を押えた上で、
その建築を観て、図面(立面図・平面図など)と照合して読み込み、時には計る作業。

残念ながら、建築家が手がけたものはほんの数点なのでJAな建築評論は無理ですが(^^ゞ、
その代わり、すべからく現代の「人の営み」が詰まった良質の資料群です。
なので、遺跡や古建築から当時の人々の様子や社会を資料として読み解く手法を用いる
歴史屋さんとしては、目馴らしも兼ねていい訓練となっています。

実測をして、数値処理をしてデータベースをこしらえる作業を積み重ねることで
建築史や建築計画・都市計画の研究に応用することが見込まれる有益なトレーニング。
何度も申していますが、古文書だけに依拠しない方法で歴史研究などをしてきた身ですので、
城郭跡などの遺跡や構築物はもちろん、それらの構築物の周囲の土地・地理情報も
すべからく人間の営為を現す「歴史資料」として受入れる素地があります。
もちろん、それらの資料も取り扱い上の制約はありますが、資料に触れる機会に巡りあったことは幸い。

人の営み(痕跡)を読み解くことをモットーに、探究心があればどこでも学ぶことが出来る。
それを感じる今日この頃。

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2012年1月 1日 (日)

謹賀新年2012

旧年中はひとかたならぬご厚情を賜り、 誠にありがとうございました。
本年も相変わらず、よろしくお願いいたします。
皆様のご健康とご多幸をお祈り申し上げます。

歳々平安日、年々如意春!
平成壬辰年 元旦

2012012


Foxkeh! フォクすけ!


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