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2011年12月18日 (日)

法螺貝城を調査しました。

週末は、竹田市内の下田北須郷地区にある法螺貝城跡を調査しました。
芹川ダム湖の南方、芹川と馬門川の合流点に面した小高い山上にあります。
須郷集落を抜けた先に作業道があってアプローチできます。

Img_0487

写真は作業道の入り口。城跡は中央の山ではなく、写真より左手奥です。

Img_0490

土づくりながら、しっかりした切岸と直線的な塁線。南側は3m幅の土塁があります。

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笹を刈って虎口の形状を確認。両側に土壇を持つ両袖桝形です。

Img_0495

2日間調査して、夕方には仕上がりました。次は清書です。
平成14年頃に大分県悉皆調査で一度見学したことがありましたが、
今回、自分で調査してみて、織豊系縄張り技術による城郭であることを確認。

公領と岡藩領の境目に位置する法螺貝城は立地からみても岡藩の支城と言って良いでしょう。
これで
小牟礼城に続いて2つ目。どちらも今のところ文献史料には記述はないものの縄張りから裏付けることのできる城跡。
岡藩初期、関ヶ原前後の緊張関係を今日に伝える貴重な遺跡になりそうです。
確認調査して材料を揃えてから、岡藩初期の支城について一本にまとめます。

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