« 織豊期城郭研究会2011、参加します。 | メイン | きれい、さっぱり。 »

2011年8月23日 (火)

「民都大阪の建築力」にシティを実感する。

盆の帰省を利用して、久々に建築の展覧会に行ってきました。
大阪歴史博物館で開催されている開館10周年記念展『民都大阪の建築力』です。

開館以来、近代大阪を建築からアプローチする視点で展覧会を続けている大阪歴史博物館の試みは興味深いなあと思っていたので、
行くぞと決めて観てきました。
会場は、当時の図面や貴重な資料が多く展示されており、実に満足した内容でした。

Img_0372

シンプルに感想としては、以下のつぶやきの通り、近代の富裕市民が培った大阪シティを建築に関する資料から感じ取れるいい展覧会。
何よりも、けんちくな批評がない!のは好感。ともすれば建築家列伝やデザイナーズな抽象用語を連ねた都市論的解説で埋まりかねない内容ですが、
実証的なデータが引き出せるだろう資料を中心に歴史叙述中心の展覧会で構成されていました。

「民都大阪の建築力」を観て、近代大阪って欧州の「シティ」みたいに商業資本の市民が基盤となった我が国では珍しい都市なんだなあということと、
その繁栄が大震災による疎開と対アジア貿易の賜物という気づき。こんな社会的背景を踏まえて、今の大阪シティは考えないといけないなと思った。


商業資本な市民が基盤になったという点では京都市も似ているかもなあ。大阪シティも京都シティもそうした都市の市民層による地縁・社会団体の集積が
行政を構成してたならば、今の「行政、何とかしろ」と言う人たちには地縁的な日本版シティのあり方は理解できないだろう なと思った。

即興のつぶやきなのでいいかげんなこと書いてますが。。。
近代大阪は、欧州にみる「シティ」みたいなものだろうと直感的に認識できたのが収穫。ホントかどうかは図録などを読み込んで考えてみようと思うけど。
それだけに、明治〜大正・昭和前期の建築資料は多く残っているけど、昨今の心斎橋そごうや多くの解体された「モダニズム建築」のデータは
どこまで収集されているのか?その辺がとても気になりました。
その観点からは、解体した建物をウクレレにするのは残念ながら単なる免罪符でしかなく(やること自体は別にして)、
発掘調査のような記録保存と実測に力を割けるよう文化財行政からのアプローチが不可欠なこと、
それを可能にするための独自の編みかけができる条例(あるいは上位の法令)が必要だろうと再認識した次第。

日々、中・近世史と城郭研究をやっていますが、コチラへのアプローチも積極的にやらねばと再認識した帰省でした。
我が愛すべき故郷に貢献できる日を夢見つつ。。

ところで、この展覧会で「大阪シティ」を感じた伏線があって、
それが、前日の大阪ダービーのコレです。

Img_0366

市章が自分たちのシンボルとして採用される雰囲気は、かつての東京市を解体した東京のJクラブでは絶対、ありえないだろう(^^
政治や経済では坂東に後塵を拝している「太閤の都」だけど、所謂「シティ」の雰囲気を持つ大阪という都市は他にないので、もっと自負していいはず。
大阪の富裕層や市民はより「シティ」としての大阪を培い、そして上のようにいろいろな形で表現してほしいなあ、と強く思う。

トラックバック

このページのトラックバックURL:
http://app.blogcoara.jp/t/trackback/143624/26975941

「民都大阪の建築力」にシティを実感する。を参照しているブログ:

コメント

コメントを投稿

Foxkeh! フォクすけ!


  • Firefox ブラウザ無料ダウンロード
Powered by Six Apart