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2011年8月18日 (木)

伊予松山城に行ってきました。

今年のお盆の帰省は四国経由で上坂して瀬戸内海航路で西行のスケジュール。
初日に伊予松山城、帰りに和歌山城を見る予定でしたが、後者はヘタって見ずじまい。

初日前夜に九四フェリーで渡海して松山で一泊。
午前中だけ時間を割いて、2時間ほど炎天下の伊予松山城へ寄ってきました。

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※現地の案内版を撮影したものです、念のため。

伊予松山城は、山上の本丸とその中核となる天守曲輪のある本壇、そして登り石垣というか外郭ラインの西側斜面と麓の二之丸、
さらに堀之内と呼ばれる三之丸とかなりの規模があります。
伊予鉄の大街道電停で降りて歩くだけで、東雲学園敷地の東之郭跡の高石垣が建物の向こうにチラリ。
とても2時間ではカバーできるものではなくて、結局リフトで登って、本丸南側の太鼓門(外桝形虎口)、筒井門(内桝形虎口)、
戸無門(外桝形虎口)、大手門&揚木戸門(外桝形虎口)をみる内に時間がなくなって本壇の曲輪を大急ぎでみてから黒門口へ下山、
二之丸を横目に県庁前電停に下りました。。。orz
二之丸もかなりの高石垣と桝形虎口があり、土塁・堀を廻らせた堀之内も現在東雲学園敷地の東之郭跡もまだまだあります。
まだまだ本丸も確認するところばかりなので、別に、丸一日かけて再訪と決めて引き揚げました。

伊予松山城は、現存天守のある山上の本壇と本丸に関心が集まりがちですけど、山頂から麓まで随所に技巧的な縄張りを堪能できます。
本丸は広めに空間をとって、南側と西側に櫓台による横矢がかりを組み合わせた
桝形虎口は積極的な出撃(押出し)の意識が見て取れます。
南側の大手は待合番所跡がいわゆる「L字の腕」を両端に振って2方向に桝形虎口を振り分ける橋頭堡となっているのもじっくりと観察。
2時間で南側だけでしたけど、あらためて伊予松山城の縄張り技術の技巧さを再確認してきました。

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そして、本壇は典型的な2つの門を持つ桝形門とスロープ状になった料金所横の外桝形虎口を観察してきました。

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帰りは登り石垣を見ることができる県庁裏への登城道ではなく、昔からある黒門口への登城道から下山。
絵図で想像以上に二之丸の石垣は高かった。
今は埋められている水堀とあわせると、斜面を下る石垣ラインと合わせて強固な遮断線で囲まれた空間となっていたことが理解できました。
同じく麓に築かれた東之郭も高石垣で構造的には同様のパターンですが、石垣ラインで山上と一体化させる分、二之丸の第2郭としての圧倒的優位さがわかります。
急ぎ足だったので、黒門の虎口からは次回にじっくり見るとします。

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駆け足でしたが、加藤嘉明により整備された伊予松山城は建物もさることながら、縄張りをじっくり堪能できるいい事例でした。

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