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2011年7月28日 (木)

亜流の織豊系城郭、人吉城

連休は人吉城へ行ってました。
縄張り研究の研究史の1頁となった肥後人吉城。
南九州型の存在を示された村田修三氏の視点を皮切りとして、
早い段階に千田嘉博氏や木島孝之氏により縄張り図が作成され先駆的な研究が進められた城跡です。

縄張りからも、研究史的にも、亜流の織豊系城郭を代表する事例です(´ー`)。oO

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コメント

以前行ったことがありますが人吉城の本丸は詰めの丸というよりは
天守台を意識した作りだと感じました。

なるほどですね。
私も10年ぶりに行ったのですが、大きな外桝形虎口を持つ曲輪の背後に、戦国期以来の詰丸を残した感じを受けます。
人吉城は石垣の単郭に巨大な桝形虎口を構えるなどパーツは織豊系縄張り技術でも、曲輪配置は単郭・複郭の曲輪群が横並びの在地系城郭といった案配です。
本丸と呼ばれる詰丸に天守でなく「二階建の護摩堂」があるというのが、天守櫓をどう認識していたかの一例がわかって興味深いなあと思いながら歩きました。

ここを見ると当初は三重だったようですね。
宗教施設という名ので幕府の目をかわす必要でも
あったのでしょう。

http://yumeko2.otemo-yan.net/e369738.html

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