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2011年7月27日 (水)

つぶやき。

縄張り屋さんに「考古学の成果を無視するのですか?」「縄張りだけで評価するのですか?」と言う向きが居て、
そんなやりとりを見ながら、誰がそんなこと言ってましたっけ?としばしポカーン。


勝手に縄張り屋キャラをつくってサンドバックするのは、関東では作法のようだ。

無視した覚えはないんですけど、知らないうちに成果が出てて新聞報道観てビックリして苦笑するというのはよくある。


縄張りだけで評価するというレッテルを貼られるのは迷惑な話で、縄張り屋さんがエポックメイクとする
村田修三氏の1979年度日本史研究会報告を読み返してほしいもんである(´ー`)


学術的な縄張り研究の基本を押えるならば、村田修三氏・千田嘉博氏・木島孝之氏、
三氏の研究手法と理念を最低限抑えてないと研究史を理解したとは言い難い。

そもそも。。。。
(´ー`)。oO既に織り込み済みで議論していることをいまさら喧伝するのは勝手だけど、
新府城も徳川となるのでますます大窯編年が苦しくなるんですけど。。。
コチラに発砲するつもりが味方に命中させてどうするんだろ?


な気分ですね(私信)。

縄張り研究をベースとする城館史料学に限らず、本来歴史学とはひとり学際的な総合資料学なことは当たり前。
城郭跡を専門的に取り扱う姿勢を持つのなら、
文献史料に沈潜するだけに留まらず、歴史考古学の手法や理論も理解した上で、
自分でフィールドを歩き図面を作成して、縄張り研究の手法と研究史も、勉強してほしいものです。
実にもったいない。

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