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2011年6月20日 (月)

美作荒神山城、調査4日目。

先週末の18日・19日は雨っぽかったですが、休日上限制がなくなるし土曜日だけは何とか持ちそうだったので、
「エイヤ!」と前泊で土曜日に最後の遠征してきました。
荒神山城跡の内桝形虎口を図化しておきたかったからです(^^ゞ

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梅雨時でも樹木の下なら薮も少なく、陽射しがなく蒸し暑さが伴わなければ何とかなるもの。
調査しながら、あらためて風夢さんの縄張り図が特徴を掴んでいるなあと再確認。
レジュメにしか掲載されていないんですけど、畝状空堀群がない以外は要点を抑えられています。

荒神山城の南側の谷を両側から挟む形で、東側は外桝形虎口(前回の調査写真参照)、西側は内桝形虎口からスロープ状の虎口(上写真)を開いています。
どちらも虎口の開口部は似たような大きさ(3〜4m幅)になっています。
 
虎口の周りを石垣で固めており、東側の虎口では1.5m高さ程度の石垣を2段に、そして、西側の内桝形虎口でも1.5m高さ程度を1〜2段で積んでいたようです。

西側の内桝形虎口ではたくさんの瓦が落ちています。そして、西側から尾根筋を押える位置に天場が広く切岸の鋭い土塁が噛むなど、
防禦の意識の強い縄張りとなっています。土塁は虎口のところで櫓台状になっており横矢掛かりを門前に効かせる工夫があります。
瓦が多いように石垣で固められた開口部の周囲には何らかの建造物があったと思われます。
一方、西方の尾根筋を押える位置に凸状に張り出した土塁などは石垣はなく、キレイにエッジを効かせた土づくりの普請でした。
石垣ではないと言っても、尾根筋に向けて土塁の天場が広くなるなど防禦の意図を縄張りにキチンと反映させている点などは技巧的。
そうした技巧的な織豊系縄張り技術を随所に確認しながら調査を進めていきました。。
また、荒神山城跡のプランを慶長後期の築城ラッシュ期に整備された西南日本の本城・支城と比べた場合には、
曲輪の規模からするとやや開口部が小さく、曲輪にパーツをくっつけたように桝形虎口などが配置された感があります。
虎口プランが全体の縄張りを規定するような関ヶ原以後の事例に対して、朝鮮出兵平行期の拠点城郭の様相を知る好例と言えそうです。

まだ調査は到達していませんが、荒神山城の北東側、下位曲輪の斜面に畝状空堀群があります。
荒神山城は終始宇喜多氏の美作での拠点として機能した可能性の高い事例。
それ故、きちんと年代を絞れるわけではないものの、縄張りの精査を通して宇喜多氏の縄張り技術の変遷を知る手掛かりになります。

さて、次は涼しくなってから残り70%を調査進めていかねばなりません。土塁から再スタートです。
休日上限制はなくなっちゃいましたが、山城サミットを活かすためにも重要な「物証史料」を逃すわけにはいきません。
とは言え、あと何往復かかるかと思うと気が重いです。

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美作荒神山城、調査4日目。を参照しているブログ:

コメント

初めましてです。津山の山城連絡協議会に入っているものです。魅力ある山城ですよね。来月、登城する予定です。

あかけんさん、遅くなって申し訳ありません。
織豊期の美作国を考える上で重要な遺跡と考えています。

さて、その荒神山城跡ですが、10月から調査を再開する予定です。
ところで、山城連絡協議会の方と云うことでご質問なのですが、
荒神山城跡の主郭から第2郭へ続く曲輪だけ笹竹でブッシュになった部分があります。
他はきれいにされているのですがあの一角だけ笹竹で覆われていて見通しが悪い状態にあります。
秋からの調査で縁辺部を刈って見通しを確保して調査しようと思っています。

保存会の方で伐採作業とかされることはあるでしょうか。
もしご存知でしたらお知らせ頂ければ幸甚です。

失礼いたします。

実は最近この協議会に入ったものでして、まだ実際に会の方とも誰ともお会いしたことがないくらいなので、その辺のところはわからないのです。ごめんなさい。

先日は、津山市西部の嵯峨山城跡に登城し、そこの主郭辺りで平安末から鎌倉期に地元で消費された勝間田焼といわれる土器片を採集しました。戦国期の城跡になぜこの頃の遺物があったのか調べているところです。

そうですか。
嵯峨山城は戦国期の城郭と思いますが、近くを中世までの出雲街道が通っていたと言うことです。
荒神山の麓を通る県道に沿って、現在の佐良山小に出ますが、そこから嵯峨山の近くを通って吉井川を渡河して院庄に通じていたようです。
戦国期以前から山中に人の動きがあり、その延長上に戦国期に城郭施設が営まれたのかもしれません。

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