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2011年6月28日 (火)

週末というか、週明けは。

この週末は、さる御方のツイートを拝読するにつけて、上坂して大阪歴史学会に行けばよかったなあとあとで後悔。
「足利義尹政権考―近臣の動向を中心に―」を拝聴して、同じく流浪将軍(復帰できなかった)な義昭もどうだろうかと考えたらよかった。
宿は本宅があるので、高速上限制があったらえいや!と走ったかもしれませんが。。今は西国からの上洛負担は重い(ノ_<)。
でも、秋の日本史研究会は中世前半なので、書籍の買い付けに足を伸ばせばよかったと重ねて後悔。

そんな週末は、翌週の岡山中世史研究会報告の仕上げに時間を割いた。
津山市での調査成果(途中経過含む)をもとに城郭跡からみた織豊期宇喜多氏について考察する内容。
それを仕上げてから、月曜日は城郭研究部の院生たちにお招きいただきプレでレクチャーをしてきました。
九州もさることながら、中国〜近畿西部の城館調査から豊臣政権を射程にやるのは「まさに切り取り次第!」とわかものを鼓舞してきました(^^

こういった話す場をつくっていただいた期待に応えるべく、彼らの研究意欲を刺激するように城館史料学の視点からレクチャー。
「城館史料学概論」水準で構成しましたが、自分のトレーニングのための無償ボランティアですので、念のため。
ひと通り話してみて、院生には十分な内容だったけど、ややハードルが高い感じに仕上がったので帰って修正。
内容を若干削ってから、岡山へ郵送しました。

ということで、2日をお楽しみに。西川原駅前な就実短期大学で13時半からです。

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2011年6月21日 (火)

デスクワークのシーズン。

4月に入り、平日は今和次郎よろしく名もなき「現代建築」の調査に関わりながら、
休日は本業の「古城跡」の調査と、画板を片手にフィールドワークな毎日。

屋内メインな○○史学とは違って、本業の城郭研究ではフィールドワークをしないと始まらない。
なので、限られた休日を調査に費やすために、デスクワークの時間がどうしても削られてしまう。
金曜日移動、土日と調査したら、たいてい月曜日が疲労回復のオフ。そしたら火・水・木の夜しかない(ノ_<)。
なので、なかなか長時間籠れない状態でしたが、ようやくデスクワークに入れます。

休日上限制が続行されていたら5月下旬で切り上げるところでしたが、予定変更で6月いっぱいまでやりました。
ので、これから机にかじりついて宿題をこなすデスクワークです。

まずは、縄張り図の清書から。。。

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2011年6月20日 (月)

美作荒神山城、調査4日目。

先週末の18日・19日は雨っぽかったですが、休日上限制がなくなるし土曜日だけは何とか持ちそうだったので、
「エイヤ!」と前泊で土曜日に最後の遠征してきました。
荒神山城跡の内桝形虎口を図化しておきたかったからです(^^ゞ

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梅雨時でも樹木の下なら薮も少なく、陽射しがなく蒸し暑さが伴わなければ何とかなるもの。
調査しながら、あらためて風夢さんの縄張り図が特徴を掴んでいるなあと再確認。
レジュメにしか掲載されていないんですけど、畝状空堀群がない以外は要点を抑えられています。

荒神山城の南側の谷を両側から挟む形で、東側は外桝形虎口(前回の調査写真参照)、西側は内桝形虎口からスロープ状の虎口(上写真)を開いています。
どちらも虎口の開口部は似たような大きさ(3〜4m幅)になっています。
 
虎口の周りを石垣で固めており、東側の虎口では1.5m高さ程度の石垣を2段に、そして、西側の内桝形虎口でも1.5m高さ程度を1〜2段で積んでいたようです。

西側の内桝形虎口ではたくさんの瓦が落ちています。そして、西側から尾根筋を押える位置に天場が広く切岸の鋭い土塁が噛むなど、
防禦の意識の強い縄張りとなっています。土塁は虎口のところで櫓台状になっており横矢掛かりを門前に効かせる工夫があります。
瓦が多いように石垣で固められた開口部の周囲には何らかの建造物があったと思われます。
一方、西方の尾根筋を押える位置に凸状に張り出した土塁などは石垣はなく、キレイにエッジを効かせた土づくりの普請でした。
石垣ではないと言っても、尾根筋に向けて土塁の天場が広くなるなど防禦の意図を縄張りにキチンと反映させている点などは技巧的。
そうした技巧的な織豊系縄張り技術を随所に確認しながら調査を進めていきました。。
また、荒神山城跡のプランを慶長後期の築城ラッシュ期に整備された西南日本の本城・支城と比べた場合には、
曲輪の規模からするとやや開口部が小さく、曲輪にパーツをくっつけたように桝形虎口などが配置された感があります。
虎口プランが全体の縄張りを規定するような関ヶ原以後の事例に対して、朝鮮出兵平行期の拠点城郭の様相を知る好例と言えそうです。

まだ調査は到達していませんが、荒神山城の北東側、下位曲輪の斜面に畝状空堀群があります。
荒神山城は終始宇喜多氏の美作での拠点として機能した可能性の高い事例。
それ故、きちんと年代を絞れるわけではないものの、縄張りの精査を通して宇喜多氏の縄張り技術の変遷を知る手掛かりになります。

さて、次は涼しくなってから残り70%を調査進めていかねばなりません。土塁から再スタートです。
休日上限制はなくなっちゃいましたが、山城サミットを活かすためにも重要な「物証史料」を逃すわけにはいきません。
とは言え、あと何往復かかるかと思うと気が重いです。

2011年6月14日 (火)

第1回九州山岳霊場遺跡研究会のお知らせ。

案内が来ましたので、お知らせ。
このたび、福岡県立の九州歴史資料館が中心となって九州山岳霊場遺跡研究会が発足したそうです。
8月20日(土曜日)に第1回の研究会が開催されるとのことです。
近年、山岳寺院遺跡の調査研究は各地で進められています。
九州でも、宇佐風土記の丘(現:大分県立歴史博物館)による先駆的かつ継続的な国東半島・六郷満山等の山岳霊場遺跡調査や、

宝満山遺跡や求菩提山・彦山などの山岳寺院遺跡を多く抱える福岡県などで活発な調査が進められてきました。
しかしながら、長らく、九州規模での調査成果の報告や研究・現状についての議論を交わす環境は弱い状況にありました。
その中で、太宰府(小郡)・求菩提に資料館を持ち、近年活発に調査を進めてこられた福岡県が音頭をとって、
この研究会が開かれる運びになったようです。
詳細は後日、リリースされると思いますが、次第は次の通り。

◎第1回九州山岳霊場遺跡研究会
「北部九州の山岳霊場遺跡—近年の調査事例と研究視点—」

場所:小郡市に引っ越した福岡県立の九州歴史資料館
日時:8月20日(土曜日)9時30分〜16時30分
(18時から情報交換会@「筑紫野天拝の郷」があります、会費6000円) 


参加には事前申込が必要、資料代が2000円です(報告資料+九州山岳霊場遺跡集成がついてくる予定とのこと)。
郵便番号・住所・氏名(ふりがな)・連絡先e-mail・弁当の要不要・情報交換会の出欠などを記して、8月12日までに申込んでください。

メールとファクシミリでの申込み方法がありますが、ここではファクシミリでの申込みをご紹介。
上記の必要事項を記入して、「8月20日九州山岳霊場遺跡研究会に参加希望」と題して研究会事務局0942-75-7834まで送信してください。
近くに食事処がないので、弁当も要予約で500円をオススメしますとのことです。

【申込先・問合せ先】九州歴史資料館学芸調査室(学芸普及班・研究会事務局)0942-75-9501(直通)

ちなみに、山岳寺院遺跡の調査では、滋賀県・兵庫県など近畿地方を中心に地表面観察による縄張り研究の手法が援用されており、
寺院跡のプランを把握する現地調査が進められています。そこから寺院勢力の動向を読み解く研究も進められています。

縄張り研究の手法が活かせることでは、城郭研究も関係の深い分野です。

ご関心のある方々はぜひご参加下さい。

2011年6月13日 (月)

『近世大名家墓所調査の現状と課題』やっと仕入れました。

そのうち買おうと思ってました去年10月に開催されたシンポジウム資料集。
六一書房で品切れになっていたら、立正大学考古学フォーラムの別冊で製本されたバージョンが入荷していたのでさっそく注文。
今日、届きました。

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さっそく、ゆっくりと拝読することにします。
私の寓居から川向こうに、立派な「大名墓」遺跡がありますからね。。。じっくり勉強します(^^

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2代藩主の覆屋も移築されて現存。貴重な藩政時代の木造建造物、国指定史跡のひとつです
でも、早い段階から整備されてきたのに、残念なことに全国の場ではまだまだ知られていません。

今年の1月には中井均さんが世話人の大名墓研究会が熊本であり九州各地の事例報告もあったのに名を連ねることもなく、ホントに勿体ないことでした。

いつでも席を替わっていただければ、お城共々このスバラシイ遺跡を全国の研究動向に乗せるべく報告に行こうものを。と爪を研いで待ってますよ (・∀・)ノ

2011年6月 8日 (水)

【予告】11月に天草市で報告します。

気の早い話ですが、秋は天草市で開催される北部九州中近世城郭談話会&南九州城郭談話会の合同研究大会で報告します。
テーマは、「九州の戦国大名の城郭に独自のグランドプランを看取することができるか」とのこと。
大分県在住の研究者として、大友氏領国と縄張り技術について報告する予定です。
博論や『戦国大名大友氏と豊後府内』掲載の拙稿などで書いてきた内容で構成するつもりです。


北部九州中近世城郭談話会&南九州城郭談話会 合同研究大会は、
場所:熊本県天草市(会場未定)
日時:11月12日(土曜日)・13日(日曜日)
 で開催される予定です。

天草と言えば、支配拠点となった富岡城や寺沢氏の支城として改修された様子を伝える
河内浦城・久玉城、天草衆の城郭跡などがあり、
こちらも楽しみです。
富岡城跡の整備の様子も拝見したいと思っています。
この機会にぜひ熊本へ。

2011年6月 6日 (月)

田植えの季節の院庄館・構城跡

6月上旬は美作の盆地は田植えの季節。
院庄構城跡の周りも田植えで水を張っています。
真ん中奥手が主郭部です。周囲の田んぼがまるで水堀のようで、雰囲気が伝わってきます。

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そして、伝院庄館の東大門跡として江戸時代に顕彰された故地に開かれた作楽神社の周辺を探索。
明治初年に国学者で神官となった道家大門らにより開かれた作楽神社。昭和初期に現在の範囲まで社叢に整備されたようです。
ゆっくりと周囲を歩いて周りながら微地形や周囲の景観などを観察してウダウダ。
遺構を読み取りながら仮説をいろいろと思索する初夏の午後ヽ(・∀・)ノ

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2011年6月 4日 (土)

美作荒神山城、調査3日目。

今週は(土曜日:晴、日曜日:雨)なのでせめて土曜くらいはと美作荒神山城調査に遠征。
蓋を開けば、日曜も晴めいてきたので2日間できそうな雰囲気となりました。
で、3日目。
主郭南側の曲輪を調査。精査してここに虎口があることを確認。
作図してみると、既存の内桝形虎口と別に、南側曲輪からも小規模な虎口を出て谷へ下りるルートがあることがわかりました。

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写真は南側曲輪の虎口近くの石垣。部分的にしか残っていませんが、1.5m高さ程度のものが2段あったようです。
おおよそ虎口周りに石垣があったようです。

このように、南側斜面の谷へ向けては2つのルートが設定されていたようです。
逆に西側の主要尾根筋へのルートははっきりしたものがなく、堀切などで遮断していたことになりそうです。
この辺は主要虎口周辺を精査してみて追々わかると思います。

明日の予定は昼過ぎまで踏査してから院庄館跡の作楽神社に寄って帰途につきます。
明日を終えると、これから暑くなるのと、手の平返しな休日高速料金上限制が撤廃のため、調査は涼しくなるまでお休みです。
これまでのように頻繁に調査できないのでよっぽど資金調達に成功するか環境が激変しない限り、かなりのスローテンポになる見込み。
とは言え、貴重な織豊期宇喜多氏の築城技術を探る重要な遺跡です。
気長にお待ち下さいませ。

2011年6月 2日 (木)

「城郭跡の縄張りからみた織豊期宇喜多氏」報告します。

このたび、第48回岡山中世史研究会の場を借りて、岡山市で城郭跡の縄張り研究の成果から報告させていただきます。
題して
「城郭跡の縄張りからみた織豊期宇喜多氏」です。
日時:7月2日(土曜日)13時30分〜16時。
場所:就実大学・就実短期大学図書館6階602号室(岡山市中区西川原1-5-22)
です。

昨年から、休日上限1,000円制の恩恵に預り、継続的に進めてきた美作での城郭跡調査の途中経過報告として行います。
津山市での岩屋城攻城戦の羽柴・宇喜多勢の陣城(荒神上陣城・楽万上陣城)調査や他の主要城郭の踏査などから、
織豊期の宇喜多氏を考えてみようと言う内容になります。

近年、宇喜多氏研究は文献史料を中心に盛んになっていますが、遺構そのものからの検証は後れを取っているのが現状です。
文献史学な方面には、城郭跡の史料的活用を通して、文献史料を中心とする成果に向けて新たな議論を喚起する役回りができれば幸いですし、
文化財的な方面には、先史や古代もいいけれど、岡山県の中・近世城郭跡は16-17世紀の社会変動を考える上で重要な遺跡群であることを示すと共に、
県内での縄張り調査による城郭跡の重点的な調査が求められることも、合わせて報告します。

ついでに、「ひとの往来を促してきた交通費軽減措置を廃止する前に、建設中の高速道路の一時凍結するのが筋だろ!」と思う今日この頃なので、
大分から往復1300円×2回で済んできた、休日上限1,000円制が学術研究に果たしてきた社会的効果の一端もお示しできればとも思っています(^^ゞ

いろいろ、乞うご期待ヽ(・∀・)ノ

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2011年6月 1日 (水)

【予告】12月は倭城シンポと《倭城址図》特別展示します。

公開OKを承りましたので、各位ご案内。

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6ヶ月後の12月に福岡で倭城研究シンポジウムが開催されます。
倭城研究シンポジウムⅡ 倭城 —本邦・朝鮮国にとっての倭城とは—
日時:12月10日(土曜日)11日(日曜日)
場所:九州大学箱崎キャンパス 旧工学部本館 講堂
(写真の建物)で開催します。

九大といえば、地の果てにあるキャンパスというイメージがありますが、
今回は、本来の九州大学開闢の地、福岡市東区箱崎6-10-1の市街地にある箱崎キャンパスです。
(わが母校、工学部「父祖の地」でやります。)

1999年以来2度目の開催になる倭城研究シンポジウムです。
城郭談話会を中心とする第2期倭城調査の成果と蓄積に加えて、近年の韓国での調査成果を加味した上で、
倭城跡を歴史研究の史料として活用する視点から朝鮮出兵が当時の日本・朝鮮国内にどのような影響を与えたのか?
をはじめ、豊臣政権から徳川幕府への移行期を城郭遺構から問うなど多岐にわたるテーマで行います。
城郭跡の調査研究からどのような視点、多岐にわたる議論が導かれるのか、乞うご期待。

そして……特報!
シンポジウム開催に合わせて、上記2日間、九州大学記録図書館架蔵の《倭城址図》を14枚一挙展示公開します。

題して、
九州大学記録図書館架蔵《倭城址図》特別展示』
場所は写真の旧工学部本館の3階展示室(現:九州大学総合研究博物館)です。
期間は、シンポジウム開催の12月10-11日の2日間のみです!
朝鮮出兵と倭城の研究をするものならば周知の著名かつ貴重な戦前の倭城調査資料の全貌が初公開となります。

今回、九州大学K研の尽力で実現する運びとなり、ハコ芸屋なわたしも展示準備のお手伝いに協力します。

次の展示はいつになるかわかりませんw たった2日間のこの機会を逃さないように!!
ということで、6ヶ月前から告知しますので、万障お繰り合わせの上、福岡での倭城シンポジウムにぜひお越し下さい。

Foxkeh! フォクすけ!


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