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2011年3月30日 (水)

豊後岡城、夕方巡検。

ノー残業な水曜日の夕方、寓居より徒歩10分で近戸門まで行ける豊後岡城を巡検なりヽ(・∀・)ノ
全国五本の指を目指す縄張り研究者の目線で、テキパキと視察して廻りましたです。

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歩いて10分で近戸門というスバラシイ環境。お散歩感覚で巡検です。ありのままの遺跡を魅せるには草刈りが第一ヽ(・∀・)ノ

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屋敷平面&造園復元が成された中川覚左衛門屋敷の側にある豊後岡城の外郭ラインを形成する大空堀、相変わらず人知れず草むしたまま。

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左手は(おそらく)《岡城真景図屏風》をもとに石垣修補された家老屋敷。月刊文化財でも紹介された史跡整備ツーリズムの場所。
一方、右手に見え隠れするのが豊後岡城の外郭ラインを形成した横矢掛かりの大土塁。城郭跡の性格を明確に示す遺構はどちら?

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正保城絵図に描かれていた旧水ノ手門跡や東ノ郭下位曲輪の櫓台など、一城別郭の特徴を示す遺構は写真奥の薮の先(T高の学有林)にある。

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下原門には、わずかな高まりや根石列が複合型桝形虎口の痕跡として残る。
地表面にむき出しの痕跡は、
縄張りを理解し遺構を読み解く視点を持った上で慎重な取扱いが欠かせない。

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「にっぽんの名城」で千田嘉博氏も申していたように、城郭跡の遺構は防御の仕組みを理解してはじめて評価できるもの。
主郭(天神山)にある外桝形虎口+内桝形虎口な西中仕切門・太鼓櫓門と、
東ノ郭にある二つの城道が重なり合う複合型外桝形虎口な下原門(伝えたいふるさと2月号を参照して下さい)、
そして上記の西方外曲輪を形成する外郭ラインの仕組みが理解されて、はじめて優れて、かつ奇妙?な近世城郭、豊後岡城と大名中川氏の特徴を評価できる次第。
ボクがどこかの委員なら、真っ先に縄張り評価を行う重要性を担当者に指摘します。

この事例に限らず、縄張り研究の視点や成果が現場では加味されないまま続けられる各地の城郭整備の問題点を指摘したのが、日本歴史1月号の拙稿というわけです。(^^

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