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2010年8月 1日 (日)

世界遺産姫路城の近くで発表してきました@第27回全国城郭研究者セミナー

7月31日、8月1日は、世界遺産、姫路城』の前にある姫路市イーグレ姫路にて第27回全国城郭研究者セミナー
2日目の報告者兼パネラーとして
「西南日本の城郭の横矢掛りから考える — 城郭研究と年代観 —」の報告しました。
城郭研究の老舗セミナーにて報告するのは、2006年第23回以来です。
前回は自分のレベルが追いついてなくてひどいものでしたので、奮起して今回の報告には満を持して準備しました。
また、城郭研究に専念できる環境にもなりこれまでの経験を下敷きにじっくり考えることも出来ました。
おかげで、パネラーとしては自分が伝えたいものやロールプレイはこなせたと思いました。
もっと先行研究や同年代の研究者の動向を把握しないといけないという課題は残りましたが、
ようやくセミナーやシンポというものが何となく認識できたような気がします。

どちらかと言うと「煽り役」になりましたが悪意はありません。
城郭研究が活発になればと思う故です。
第26回大会で質問を立てて提起しようとパッション的には思ったものの、
論点の準備不足故に留まった憾みは幾分か出せたような気がします。

引き続き、有言実行が伴うよう努力したいと思うセミナーになりました。
皆さん、お世話になりました。
そして、
本当ならば、世界遺産級の岡城を
学術研究の土俵に載せることで広くプロパーに周知するために、
全国の城郭研究者が集う伝統あるセミナーを九州初として誘致する予定だった第27回のセミナー。
諸般の事情で果たせなかったわけで、そうした事情を汲んでいただいた
城郭談話会&姫路市の皆さんには本当に感謝いたします。
このご恩に報いることが出来るよう務めたいと思います。

追記:中世城郭研究会のサイトにセミナー写真が出ています。がんばりましたよってこんな感じこんな感じ(^^ゞ

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コメント

セミナー報告お疲れ様でした。
あの後結局、中城研のY氏とM氏、城談会のF氏、N氏と飲んでました。

シンポジウムを聞いていて疑問に思ったことを数点書きます。
①横矢があることは、土塁や堀などで城域ラインがはっきりしなければ認めがたい。
 各地の報告を聞いていて、山城の場合だと、特に顕著ですが、櫓台や動線に掛かるように折れていなければ、意図的な横矢とは認めがたいように思いました。そう考えるならば、山城で横矢がある事例というのは、在地で先鋭化した軍事的エリートか織豊系城郭しかないという結論になってしまうんでしょうか?(そうなると、必然的に横矢を新しく設定しなければならなくなり、方形館の事例と反するように思えます。)
 
②城域ラインの卓越の地域差をどのように捉えるのか。
 上記に関連して、関東では松岡氏が言われていたように、五十子城のように堀や土塁で区画しなければ城域が確定しない城郭があるわけです。日本全国で見れば関東の平地や台地上の城に早く認められ、遅れて山城にもその技法が使用される。そうなったときに、引っかかるのが、横矢の前提となる城域ラインの発達というのが、戦争の頻度による地域的差なのか、年代差なのかということです。山科本願寺が仮に畿内における横矢の初例だとしても、同時代の嵐山城に設けられていない。でも、関東ではそんなに技巧的でない城郭に横矢が設けられて、堀によって城域ラインが明確化している。この差をどのように考えるべきでしょうか?

セミナーでお聞きすればよかったのですが、もう少し考えてみようと煩悶していました。
結局うまくまとまらないまま書き込んでしまいました。すみません。

播磨っ子さん、こんにちは!
遅レス大変申し訳ありません。
ちょっと時間を下さいませ(..ゞアセ

簡潔には、1)は、山城ではその2つの可能性と思います。縄張りプラン上、横矢掛かりと思われるものがあれば、かなりの割合で織豊系勢力の関与が考えられると思っています。100%はあり得ないので「絶対」ではありませんが、かなり要注意と。その上で慎重に検討した上でどう考えてもあり得ないとなれば、非織豊系勢力による技巧的なプランの可能性を考えるという順番かと。

2)について、関東甲信の場合は台地状地形が多く、城域を設定するには横堀で仕切ることが多くなる傾向があると思います。その結果、山城よりも折れが顕著にみられる。ただ、これらが横矢掛かりを意図したものか、単に曲がっているのかはもう少し慎重に事例を集めて傾向を把握する必要があると思います。発掘事例などは部分的なので全体がないと折れているだけでは何とも言いがたい面もあると思います。
関東でも山城にはあまり見られませんので、立地の問題(それから派生する地域差)が大きいと思います。

私としては、山城と台地の平城・丘城で横矢掛かりを分けて考える必要はないと思います。この辺の認識は自己流な面もあるので、関西で積み立ててきた研究史を聴いて自分の認識をすり合わせて解釈していきたいと思うところです。

細かいところはまた後日。

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