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2010年7月 4日 (日)

アートと歴史の出会い、まちとアートの出会いについて語りました。

3日は雨天の中、2週連続して福岡へ遠征。
先週は福史連大会にて『福岡県の城郭』について報告しましたが、
今回はアートサポートふくおかにて去年やった「テラマチあります」についてこっとんのTさんと一緒に報告です。

連続講座2010 アート でつなぐ人とまち」第4講「まちとアート・大分県竹田編」です。
アートサポート福岡には、2008年にリサーチを兼ねて連続講座2008 アートでつなぐ人とまち」を受講したご縁です。
それでホントに2009年にアートプログラムをやった事例と言うことでお招きいただきました。ありがたいことです。


内容は
『この回の講師は「連続講座」受講生OB&OG。お2人は城下町・大分県竹田でアートを通じたさまざま出会いやアーティストを招聘するプログラムを提案する 実験を計画。2009年度、アサヒビールが支援するアサヒ・アート・フェスティバルに採択されました。「歴史の道アートイノベーション実験『アートと歴史 の出会うまち<テラマチ>あります。』」の様子と竹田をアートで盛り上げる仕掛け人としての思いをうかがいます。』

ということで1時間半を2人で分担して報告&質疑応答。

単にこんなことしました。という報告では意味がありませんので、2つの力点を置いてそれぞれ担当として報告しました。
ボクの方からは、歴史的遺産を残すまちにおいて「歴史と文化のエコミュージアム」を展開する上で、
「現在」をテーマとするアートとの出会いをなぜ必要と考えたのか?を話すことに力点を置きました。これはボクの担当。
「過去」=歴史(歴史的文脈) と 「現在・未来」=アート がただ出会ってアートが過去のモチーフを焼き直すのでなく、

「過去」=歴史(歴史的文脈)と「現在・未来」=アートの出会いから、過去から現在・未来へ、現在・未来から過去へ行き来することで、
過去だけでない現在の生活文化に新たな視点を提示できるのではと言う見込みを考えて企画したことなどを報告しました。
そして、今回の企画をなり立たせる背景にあるギャラリーやデザイン活動の面から話すことは
デザインディレクターをされているTさんから。
テラマチ企画はこれまで地域の中で積み上げられてきたギャラリー活動やアートプログラムの積立てを基盤に、
既存の施設やリノベーション事業の成果を援用することで成り立っていましたからこの組み合わせとなりました。

これらの報告を通して、まちとアートの出会いを生み出す場において、潜在的に地域の人たちが持っている創造性とコミットし、
さまざまな回路から同時並行的にアプローチを重ねることに意味があるという「特徴」が少しは出せたかなと思う次第。
自然と歴史と文化が絡み合う上質の環境を持つ希有な地域に住んでいますが、それを育んだのは市井を生きる人たちです。
単に「いいものだから」と外から持ち込んで植えてもしばらくすれば枯れてしまうでしょう。
過去の歴史遺産の中から文脈を適確に読みこなす読解力と、その中から本質を見出す着眼点の精度のよさ、が必要です。
今回の企画ではテキストを読みこなす方はできるのですが、
本質を見出す着眼点のよさはボクにはないので(^^ゞ、随分と助けていただいたわけです(企画力も多分に(^^ゞ)。

しばらく振り返る機会がなかったので、今回考える機会を与え下さったアートサポートふくおかの古賀さんには本当に感謝しています!
引き続き、まちとアートの出会い、アートと歴史の出会いについて考えていこうと思っています。

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ところで脱線。
生活の中に文化がある風景をつらつら思うに、江戸時代から明治・大正期に栄えた南画・文人芸術をみてるとごく当たり前のように感じることがあります。
そもそも江戸時代というのは今で言う画家というポジションがない印象を受けます。
大雑把に言うと、内装・工芸デザインで武家や寺社、富裕層から受注する職人集団と、市井で活動するアーティストたる文人、そして出版業の版元と契約する職人さんみたいな存在。
いわゆる「画家」って居ないとしか思えないのです(何言ってるの?と思われるかも知れませんけど)。
明治以降になると、切り分けられるかたちで日本画・洋画・彫刻などのファインアートが生まれてきたように思います。
そして、芸大など教育機関も整備され、サロンをまねて帝室の展覧会を開くことで、画家を生み出すシステムも次第に各地に広がっていきます。
 
そうした輪の中にはいらなかったのが、皮肉なことに当時盛んで金銭的にも羽振りが良かった(西の美術学校の創設資金を集めて初代校長を輩出した)南画・文人芸術。
南画家という人たちは、絵も描き、書もやり、茶道をやり、しつらえというインスタレーションもやり、雅会というライブパフォーマンスでやりとりする。
ご存知の通り、フェロノサさんたちに目の敵にされて「乗り越えるべき存在」として位置付けられた分野です(^^ゞ
それもあって、明治以降は次第に画家の枠からはじかれて、教養の範囲の中に押し込められて趣味として埋没させられてきた感があります。
今日でも、複数の分野にまたがる活動や記録に残りづらい作品や活動が多いこともあり再評価もなかなかされないようです。
でも、昨今のアーティストと呼ばれる方々の活動をみるにつけ、既存のアートでは括れない「記録に残りづらい」(画家を生み出すシステムに乗りづらい)活動は
まさに南画・文人芸術の再来のようにみえてきます。100年遅れで「元来の近世美術のルネッサンス?」が来るやも知れません。
そんなことも考えながら、武家と寺院と町人の接する寺町という場所を舞台に
、エコミュージアム的活動の一環としても、
また、南画の里たるまちで、まちとアートの出会い、アートと歴史の出会いを求めて、
アートイノベーション実験として企画したのが「《テラマチ》あります。」でした。
 
歴史や文化に対する表層的な言説は、まちづくり・地域活性化というお題目に便乗してあちこちに氾濫しています。
それを真に受けないリテラシーを持たないと、地域に潜在する複雑且つ総合力要する豊かな文脈を適確には評価できない。
しばらくは寓居にて実験から得られた見地を深く反すうして、来たるべきステージの糧にしようと思っている今日この頃であります。

でも、マネジメントの現場をもっと知らないとあかんね。あの時一番それを痛感しました。

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