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2010年3月23日 (火)

美作の中世山城連絡協議会で話しました。

岡山県北部の旧美作国の内、津山盆地周辺には幾つか主要な戦国期山城が点在しています。
荒神山城跡、医王山城跡、神楽尾城跡、岩屋城跡などなど。。。。
そして、この地域ではそれぞれの山城跡毎に中世山城保存会が結成され、案内板の設置や草刈りなど活発に活動されています。
広域をカバーする保存会がある地域は珍しくありませんが、個別の山城跡に保存会があり連絡協議会を結成している地域はそうそうありません。

そんな、美作の中世山城連絡協議会のご招待で、今年の総会は私がお話しすることになりました。
14日に各城ののぼりが立つ津山市婦人青年の家で100名ほどの聴衆に、中世山城のことを話しました。

ボクが話す場合にポイントとするのは、城郭跡は縄張りの見方がわかると築城主体を理解する手がかりとなるということ。
城郭跡は地域の歴史を考える「生きた史料」であることを強調します。
まだまだうまく説明できていないところがありますが、相手より有利な高所を占めて山城と言う施設を築く意図を説明した後に、
千田嘉博氏の織豊系城郭編年案と木島孝之氏の虎口変遷案で近世城郭以前の織豊系城郭を何となく理解してもらっています。
これにより、多くの戦国期城郭が、織豊系城郭と非織豊系城郭(いわゆる在地の城)に大別されることをイメージしてもらう。
その上で、いろいろな城郭跡の事例を分類して分布をみることで、この地域の歴史像を城郭跡から読み解くことを示すと言う案配です。

前段の仕込みを如何にコンパクトにして、後半の身近な事例で説明を加えるかがポイントで、まだまだうまく引きつけられないのが課題。
わかりやすい説明とスライドを精進しているところ。
この会では後半の美作の山城跡からどう歴史像が描けるかをいくつか提示しました。
話したポイントはレジュメにありますが、ひとつはこの地域で荒神山城跡が技巧的にも突出している点を述べてきました。
事前調査では東から調べて、西側の岩屋城跡まで踏査しきれていなかったのが今後の課題となりましたが、
おおよそアウトラインは引けたような気がします。
皆さんに熱心に聴いていただき、微力ながら、美作の中世山城跡を精査して地域に還元できればと思う機会になりました。

4月17日に荒神山城跡の登山会では、織豊系城郭のプランをうまく説明したいと考えて簡単なレジュメを思案中。
それまでに岩屋城跡も歩いてみたいと思います。
他の城郭跡も随時歩いてこの目で確認して、今年中におおよその調査プランを仕上げられたらいいなあと考えています。
3年計画くらいでじっくり調査できればかなり成果が出る見込みです。

追伸:津山朝日新聞に記事になっていたとのこと。津山朝日新聞記事切り抜き。「城跡は生きた史料」ありがたい見出しです。

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