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2010年3月27日 (土)

なわばりちゃん。

どうやら、縄張りの世界もマンガの触手?にひっかかったようです。
見ル野栄二なわばりちゃんお攻めなさい

見ル野氏は「渋スギ技術に男泣き!」Tech総研(リクルート)がどこかの書評で取り上げられてました。

ツイッターでみていてコチラがひっかかったようなものですが、城コメディだそうです。
往時の歴史研究で縄張りと言おうものなら「それは軍学用語だ!」と渋い顔されていたことを思うと、いやはや隔世の感あり。

MacでみれないYahoo!コミックにある最新号は「杉山城のロマンス」(*^_^*)。。。。何のロマンスなんだろうか?
それにしても、お城屋さんの世界でネタ中のネタ・杉山城を取り上げるとは、ツボです(^^ゞ。
瀬戸の大窯1期と縄張り技術の「すれちがい」は確かにロマンスの香りはあるのかもしれないが、Macでは中身がみれないのでなんともです。
杉山陣での出会いかもしれない(^^ゞ

とあれ、どんなネタが続くのか楽しみです。そのうち縄張り研究者に取材が来るかも知れない。けっこうネタ拾えると思いますよ。
たぶん、夏のセミナーに関東の誰かさんがネタで持ってきて下さることを期待してます。(^^ゞ。

2010年3月25日 (木)

退隠のお知らせ。

故あって、4月から10年ぶりにカレンダー通りの一般職な生活に戻ります。
4月からは平日は即座にレスポンスできない環境になります。

何が御用のある方は3月中によろしゅう。

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2010年3月23日 (火)

美作の中世山城連絡協議会で話しました。

岡山県北部の旧美作国の内、津山盆地周辺には幾つか主要な戦国期山城が点在しています。
荒神山城跡、医王山城跡、神楽尾城跡、岩屋城跡などなど。。。。
そして、この地域ではそれぞれの山城跡毎に中世山城保存会が結成され、案内板の設置や草刈りなど活発に活動されています。
広域をカバーする保存会がある地域は珍しくありませんが、個別の山城跡に保存会があり連絡協議会を結成している地域はそうそうありません。

そんな、美作の中世山城連絡協議会のご招待で、今年の総会は私がお話しすることになりました。
14日に各城ののぼりが立つ津山市婦人青年の家で100名ほどの聴衆に、中世山城のことを話しました。

ボクが話す場合にポイントとするのは、城郭跡は縄張りの見方がわかると築城主体を理解する手がかりとなるということ。
城郭跡は地域の歴史を考える「生きた史料」であることを強調します。
まだまだうまく説明できていないところがありますが、相手より有利な高所を占めて山城と言う施設を築く意図を説明した後に、
千田嘉博氏の織豊系城郭編年案と木島孝之氏の虎口変遷案で近世城郭以前の織豊系城郭を何となく理解してもらっています。
これにより、多くの戦国期城郭が、織豊系城郭と非織豊系城郭(いわゆる在地の城)に大別されることをイメージしてもらう。
その上で、いろいろな城郭跡の事例を分類して分布をみることで、この地域の歴史像を城郭跡から読み解くことを示すと言う案配です。

前段の仕込みを如何にコンパクトにして、後半の身近な事例で説明を加えるかがポイントで、まだまだうまく引きつけられないのが課題。
わかりやすい説明とスライドを精進しているところ。
この会では後半の美作の山城跡からどう歴史像が描けるかをいくつか提示しました。
話したポイントはレジュメにありますが、ひとつはこの地域で荒神山城跡が技巧的にも突出している点を述べてきました。
事前調査では東から調べて、西側の岩屋城跡まで踏査しきれていなかったのが今後の課題となりましたが、
おおよそアウトラインは引けたような気がします。
皆さんに熱心に聴いていただき、微力ながら、美作の中世山城跡を精査して地域に還元できればと思う機会になりました。

4月17日に荒神山城跡の登山会では、織豊系城郭のプランをうまく説明したいと考えて簡単なレジュメを思案中。
それまでに岩屋城跡も歩いてみたいと思います。
他の城郭跡も随時歩いてこの目で確認して、今年中におおよその調査プランを仕上げられたらいいなあと考えています。
3年計画くらいでじっくり調査できればかなり成果が出る見込みです。

追伸:津山朝日新聞に記事になっていたとのこと。津山朝日新聞記事切り抜き。「城跡は生きた史料」ありがたい見出しです。

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2010年3月22日 (月)

第27回全国城郭研究者セミナーで研究発表者の募集です。

第27回 全国城郭研究者セミナー 研究発表者の募集
『全国の城郭研究者に最新の調査・研究成果を発表する場を提供し,研究者相互の交流の場として続けてまいりました全国城郭研究者セミナーも今回で第27回 を迎えます.
広く研究発表の場を設けるという理念をさらに深化させるため,今回は研究発表を全国より募集いたします.』

というように、長い歴史のある全国城郭研究者セミナーの中で、
今回7/31〜8/1で姫路市で開催する第27回セミナーでは、初の試みとして研究発表者の募集を行います!
4月16日金曜日までに発表要旨をA4縦の用紙全面に横書きでレイアウトしリンク先の宛先まで郵送にて送付ください。
分量は本文1枚以内、図版を含めて最大2枚までとします。


そもそもこのセミナーは、特定の会の「会員」のみが発表するクローズドかつ定期的な研究大会ではなく、
全ての城郭研究者に開かれ互いに切磋琢磨することを目指して設立されたものです。
その精神は、タイトルにある「城郭研究者」というコトバに現れています。
セミナーという仕組みは歴史研究会でよく行われるサマーセミナーがモチーフですので、そういった感じの報告会でイメージして下さい。


もちろん
研究発表ですので、単なる踏査報告とかスライドショーのみ(スライド使用はかまわない)ではダメで、
これまでの研究動向を踏まえて議論を交わせる報告者も聴衆も勉強できるような、調査に基づく報告を期待します。

若手研究者の掘り起こしと交流もねらいですので、フィールドワーク系文献史学・歴史考古学からのアプローチも歓迎します。

募集は報告時間の都合から2名ですが、この他、当日は会場でのポスターセッションも予定しています(別途告知予定)
転載自由ですので、広くみなさんにご周知下さい!!

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2010年3月21日 (日)

戦国期美作の史料集。

目立った大名勢力が不在の戦国期美作国。
赤松・尼子・浦上・毛利・宇喜多・織田などさまざま勢力が介入し、その狭間で多くの在地領主などが興亡したため実に分かりにくい。
そんな戦国期美作国をおおよそ掴める史料集成が『久世町史資料編、第1巻(編年資料)』です。

ただの町史の体裁ですが、一般的な史料編のように旧久世町だけを取り扱った史料集ではありません。
さまざまな諸勢力が交錯した高田城のある真庭(真島・大庭)郡の地の利を活かして、
播磨・美作・備前・備中周辺の関連資料までさまざまな史料集や刊行史料を編年体で掲載すると言う何とも便利な史料集成となっています。
厳密に言うと、高田城のある勝山は勝山町であり久世町はその隣なのに、何とも親切丁寧な町史史料編と言えます。

とにかく分厚くて幅広く収集されています。
もちろん真庭郡の町の町史ですから、岡山県全部を網羅しているわけではなく、もちろん足りないところはあるわけですが、
その分、掲載する史料の引用元を丁寧に載せてくれているので、美作国界隈の戦国期関係史料のインデックスとしても役立ちます。
これで3,000円は実におトクです。
この方面を扱う際のインデックスとして優れた労作だなあ(よく企画が通ったなあw)とページをめくりながら読みふけったわけです。
おかげで、まったくややこしいこの時代の美作国のおおよその流れを掴むことが出来ました。
それでも、天文頃からはじめて読んでも読んでもなかなか天正期までいかない(^^ゞ。

けっこう楽しめますので、その筋の方は題名に騙されず?にぜひとも美作方面の戦国史料集成として仕入れてみて下さい。
現在は真庭市ですが通販しているようです。

参考:落穂ひろい:参考資料(自治体史・史料集など)

2010年3月20日 (土)

院庄を考えると夜も眠れない。

先だって、津山市弥生の里文化財センターさんのお招きで、第28回文化財報告会に参加してきました。
ボクの役目は院庄館跡と構城跡について城郭史から評価してほしいと言うもの。
前原茂雄さんと森俊弘さんのお2人が院庄館跡・構城跡と周囲の歴史的動向について説明されて、ボクが補足的に固めるという感じでしょうか。
既に津山市さんの方でどちらも発掘調査が行われているので、それを踏まえて、全国的な城郭史研究の中で2つの事例を位置付けてみてはどうかという提案型の報告にしました。
下記の通り、なかなか難しい事例なので報告の構成はやや課題が残りましたけれども、当日は盛況で、多くの方にお会いすることが出来、とても有意義な場になりました。

現在の城郭史研究では平地居館跡で土塁を持つ事例は発掘調査などから早くても14世紀くらいからと考えられています。
近年は土塁があったとされる守護館でも当初は築地塀などで土塁を持つようになるのは16世紀初頭からと年代観が下がっています。
それ以外の土豪や国衆の館跡でも土塁は15世紀後半にならないと広がらず、それでもあんまり多用されないと考えられるようになっています。
それに対して、院庄館跡は、土塁が現存して残る上に遺物や関係資料(と言っても太平記ですけど)から
14世紀以前の守護勢力の館跡ではないかとされています。
なので、そうした研究事例に真っ向から反する希有な事例となるわけです。
史料的には、鎌倉〜室町前半には院庄に何らかの中心的機能があった可能性は高いので、
守護勢力の館跡ではあるだろうが、果たして土塁はいつのものか?という問題提起をしてきました。
土塁は研究動向に合わない。ならばどう評価するのか?と、なかなか解釈の難しい事例です。

これに対して、構城跡は中世後期に機能した平地の城館跡で調査事例からも史料からも研究史的にもすんなりいきます。
大きさも周辺にある構と呼ばれる平城・居館とあまり大差がありません。
それ故、森忠政が美作入部の際に最初に腰掛城として入った割には小さいという評価ができます。
こちらは、森忠政が院庄に入った際に本格的な改修を構城跡にはしていないという証拠と言えるでしょう。
どうも院庄への入部は、最初から鶴山に新規築城するまでの腰掛城だったようです。
そしてにらみあいの松で有名な家中紛争はその築城過程で生じたものと思われます。

今回はいくつかの仮説を立てて、今後の課題とするに留めました。
とりあえずは、周囲の事例から地域の傾向を明らかにしつつ、再び問い直す機会を得たいものです。

いずれにしても、今回、山城から平城・居館まで興味深い事例が多数残る美作国の戦国・織豊期城郭について、
勉強する機会と報告の場を提供してくださった、弥生の里文化財センターの津山市教育委員会文化財課の関係各位には感謝する次第です。

2010年3月19日 (金)

戦国後期の山名氏。

山名氏と言えば、応仁の乱の西軍の持豊(宗全)までで、あとは没落したと思っていませんか?
毛利氏関係(吉川家文書とか特に)とか中国地方の戦国期史料をみてみると、案外天正初期まで但馬の山名氏の存在は大きいものがあります。
毛利氏と但芸和睦を結んだりした山名祐豊・氏政期から、因幡の豊国が絡みながら織田・豊臣政権が併呑していく過程は興味深いところ。

近年は、新鳥取県史に向けた研究蓄積が進みつつあるので、
鳥取県史ブックレットの『尼子氏と戦国時代の鳥取』を仕入れて読みました。
尼子氏よりも、因幡山名氏をはじめとする但馬・因幡・伯耆山名氏の動向が簡潔にまとめられており、
土地勘の弱い私にもすんなり読めてよかった。オススメ。
山名氏の研究動向については渡邊大門氏の『中世後期山名氏の研究』がコンパクトな入門書になっていて、
これまた入手して読んでおおよその動向を把握することが出来ました。

と、なぜ戦国山名氏に関する基礎を仕入れているかと言うと、
織豊期の播但が山名氏という守護系譜の勢力が根強く残った環境から、毛利・織田の対立の中で地域諸勢力が活発に動いたところだから。
そして畿内よりも京都絡みの諸勢力の影響が大きくないと思えるから。
加えて、その後は播但丹の地域は豊臣(羽柴)氏のホームとして豊臣氏直近の勢力が居たところ。
山名氏・赤松氏から豊臣(羽柴)氏への移行期は、膝下のさまざまな勢力の動向が拾えないかと思っている。
最終的には、但馬竹田城までどう至るか。

あの地域は文献史料が少ないから。。。とよく言われますが、
その一方で、この地域も城跡は良好に残っており、縄張り調査などはかなり進んでいます。
後はそれをどうやって資料化し歴史研究と結びつけていくかだと思っています。
実際は年代比定などかなり難しいところですが美作同様に興味を持っています。

写真はMASARUさんからのいただきものです。山名氏とは関係ないですが、但馬竹田城は絶品ですね。
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2010年3月17日 (水)

津山城百聞録

津山市から今年の1月に『津山城百聞録』が刊行されていました。1,000円なり。
以前に、津山城整備・備中櫓復元事業に際して多くの資料・絵図等を集成して『津山城資料編』を刊行した津山市。
その時の資料をもとに、文化財課や市郷土博物館の研究員が執筆し市ホームページで連載された「津山城百聞録」が書籍化したものです。
2月に郷土博物館で資料調査をした際に仕入れました。

一般向けに専門的な内容を短いトピックを重ねることでわかりやすくするという手法はなかなか参考になります。
近世城郭跡を持つ自治体では
ありそうで意外にないのがこうした書籍。それだけに貴重です。
得てして、写真のある豪華本とかガイド本などはあったりしますが、内容はこういった書籍の方がいろいろ読めておトクな気がします。
また、城郭跡に関連した殿様や人物伝、まちのことなどを並べて案外城跡のトピックが乏しいということもなく、
城跡から周囲の歴史までバランスよく項目が構成されているのも特徴。
こうした書籍化は一般向けには有効と思いますので、先行事例として、近世城郭跡を持つ他の自治体でも続いてほしいものです。

津山市郷土博物館か弥生の里文化財センターに売っています。郷土博物館からは通販もできるようです。
興味ある人はお買い求めください。
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2010年3月16日 (火)

BEPPU PROJECT2010、車座会議。

去年の4-6月に全国を「アッ」と言わせた『混浴温泉世界』が、まちをアートが変える「非日常」的なアートフェスティバルとするなら、
今回のBEPPU PROJECT2010は、アートが当たり前のようにまちに広がる「日常」的なプログラムの集積のような感じ。
共通するのはどちらも行ってみないとわからないし、コンタクトをとらなければ自分たちの日常からは何やっているのかもよくみえてこない。
でも、好奇心とアクセスがあれば、違う世界を知ることができるのも共通するところ。

そんなアートプログラムをさまざまなかたちで展開するBEPPU PROJECT。その真骨頂は、大掛かりな「混浴温泉世界」よりも、
いろんなプログラムが重なりながら今開催している「BEPPU PROJECT2010」の方だと思う。

『BEPPU PROJECT2010』は3月6日から22日まで開催中。
楽しみ方は、http://beppuproject2010.wordpress.com/enjoy/
プログラムのカレンダーは、http://beppuproject2010.files.wordpress.com/2010/02/carender1003151.jpg
ポスターよりもこのカレンダーを観た方がわかりやすい(^^ゞ
とりあえず別府駅界隈へGO!

Web


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2010年3月15日 (月)

「院庄」と「美作の山城」

『院庄館跡と構城跡』の報告会と美作の中世山城連絡協議会の講演は無事にお務めを果たしてきました。
作州津山のみなさん、大変勉強になりました。ありがとうございます(._.)オジギ。

院庄館跡と構城跡についてはもう少し勉強しないといけません。周辺の事例と比べながら詰めてみたいと思います。
美作の城郭については、岩屋城・陣城群など未踏の山城を確認しておおよその概略を整理できると思います。
あとは戦国・織豊期の城郭技術のポイントを、シンプルかつコンパクトかつ図でお伝えする方法を練ってみたいと思います。
気合いを入れて臨んだので?全体的に内容を難しく作りすぎたきらいがありましたが(..ゞアセ、
これ以上難しくなることはないので要点をうまく伝える術を練っていきますね。

懇親会もいろんなお話で楽しむことができました。津山は音楽どころでいいお店が多いです。
多士済々、これからもお世話になります!(._.)オジギ

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Foxkeh! フォクすけ!


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