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2009年11月17日 (火)

近代建築史の玉手箱、横浜。

横浜を黄金町から伊勢佐木モール、馬車道、海岸通まで歩きました。

馬車道から先は、古典からレトロ、モダン、帝冠、昭和のビルディング、コンテンポラリーな建築まで、
日本の近代建築史がぎっちりつまった空間とは思いませんでした。
明治村なんて比じゃない。しかもかなり現役率高し。
なんで、これを建築系の方々は「まるごと建築博物館」と標榜しないんだろう?
もっとも、横浜でもブイブイ言わしている建築計画学や建築家、評論な方々にとって、
コンセプトやロジックに都合の悪い歴史的事実を文脈から引っ張り出すような
建築系痕跡拾いの化石な建築史さんは相性が悪い。。。。みたいですのでさもありなんですが。。。


とにかくすごいわ。。。近・現代建築の玉手箱です。
ということは、スクラップ&ビルドな亜州型都市がほとんどの我が国では、
欧州都市型のストラクチャーを維持しながら中身をリノベーションしていくことが可能な希有な都市。
実際、いくつかはリノベーションされているのですが、関心が薄い昭和期のビルディングなどは解体されてもおかしくない可能性があります。
日頃、「欧州では」を紹介している建築評論家や建築計画屋さんは、横浜こそ「欧州型のお手本だ」と言ってストラクチャーを継承させないと欧州型都市にはなれないゾ(^^ゞ

こんな都市は日本中に他にないです。
それでいて、地区毎に様々な歴史的背景が折り重なり、さまざまなコミュニティが雑居する下町や歓楽街的世界、
一見すると普通の市街地にみえるが気が抜けないような亜州的雰囲気もぷんぷん、
そして相模的なローカリティーも色濃く残る国際都市というのもなかなかないです。

歴史的文脈が十重二十重に重なっていて、建築を取り巻く要素が一筋縄では行かないところが化石な歴史系建築史さんには興味深いです。
下手な建築計画やリノベをかましたら火傷するでしょう。



で、それでもファサードだけでも半分すら観てない。
こんなに楽しいとは思わなかった。次回は2泊してもっと歩こう。

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2009年11月16日 (月)

16日もまたCREAMでトーク。

13日のヨコハマ国際映像祭でのトークはあまり音声が取れていなかったようです。
まあ、馴れないこととは言え準備不足で実にお恥ずかしい限り。
申し訳ないことです。

16日にあらためてじっくり
ヨコハマ国際映像祭を観てきました(途中から近代建築写真撮影に代わっていたのはナイショだ)が、最後にラボスペースに寄りましたら、今度は生creamの裏creamにつかまりました。
裏CREAM大阪の女と男のお城トーーーク
の方はまだ聴きとりやすいので、まあ25分程度、どうぞ。

何しているのやら。。。
でも、「お城屋さんのトーク」か「歴史屋さんのまち歩きトーク」であちこちのアート系で何かできそうですかね?(^^ゞ

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2009年11月15日 (日)

AAF2009報告会に行きました。

AAF2009の報告会、無事終了。
2月や6月と異なり勝手がわかってきたのでずいぶんとリラックスしてやれたと思います。
13日に新港ピアで城郭研究について語ることでアートの場所でのコラボ体験でき、立ち位置もうすうす掴めたことも大きいかも。
ただ、早口になるのはどうにかしないといけません(ノ_<)。
大いなる反省点。

アートの世界を知る、本当にいい勉強になりました。
アートから歴史的な環境や分野に関与するプログラムが幾つかあるのに対して、
歴史で行われている文脈を読み解く視点は重要なのに、その歴史分野からアートの分野に入り込む機会はほとんどありません。
そんな中で、入り込む機会を与えて下さったAAFのジャンルを超えた寛容さには感謝する次第です。
何に関心があり議論が重ねられるのか、その最前線で活動されている方々にお会いしその活動や議論の一端に関われたことは大きな収穫です。
一度、この経験を持ち帰ってフィードバックさせた上で、歴史からアートの分野に入り込むプランを準備して提出できればと思います。

などと思いつつ、目の前の議論を聴きながら、歴史系の目線であれこれ考えていました。
日頃、仕事で取り扱う田能村竹田や直入などの前近代の文人芸術を今の美術や画家の概念で説明が難しいという経験を踏まえて、
現在のアーティストとアートプログラム、地域の受入れる人々との関わりについての興味深いやりとりを聴きながら、
近代に「美術」が確立される歴史的経過と代わりに切り捨てられた江戸期までの廻国した芸人(画人・文芸者・芸能者などなど)の軌跡、
そして、彼らを受入れた「地域」で生活を営む町や村落の知識人・富裕層の関わりから生まれた多彩な芸術表現やアクションに思いを馳せつつ、
いろいろと刺激を受けてあらためて連想するものが多々ありました。
ただ、今回はスタンスの差異をみることが第一義と思っていたので、事実確認的なつっこみは意味がないので自粛。
今回思うところを整理しながら、何らかの機会で開陳できればと思います。

写真は昼休憩にふらりと歩いた墨田区界隈。こちらこそ水都なり(^^ゞ。かつては江府と呼ばれた都市ならでは。(^^ゞ

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2009年11月13日 (金)

13日はヨコハマ国際映像祭でライブしました。

ということで、13日に横浜みなとみらいの新港ピアのラボスペースで、城マニアのトーク&レクチャーイベント「痕跡から人の営みを読み解く方法」と題したプログラムをやってきました。お題は城マニアですがマニアなことではなく、城跡を研究する方法論を語る内容です。
アートラボ・オーバの蔭山ヅルさんと鈴木クリさんが関わられているラボスペースにセッティングされたスペースで行いました。

スライドレクチャーと思っていましたが、当日に紆余曲折がありまして打ち合わせもほとんどないトーク形式でやりました。
おまけに、ウェブでの生放送&チャットのやりとりという国際映像祭ならではの双方向型ライブとなりました。
なかなか楽しめたし盛り上がりましたが、そのせいもあってちょっと脱線気味だったかなと後悔してます(^^ゞ。
そんな映像がウェブ上に流れたのかと思うとかなり憂鬱。。。クレームなしですよ(ノ_<)。
ちなみに、内容は座学形式を止めてかなり一般向けに平易に説明することにしました。なので、玄人向けではなかったと思います。

ヨコハマ国際映像祭という現代アート、しかもメディア作品という一番敷居の高そうな企画のど真ん中にアナログなボクの歴史系の研究世界を語るという試みはなかなか新鮮です。横浜トリエンナーレの会場ともなった場所で語られる城跡から当時の社会を読み解く方法論を語りました。なかなか感慨深し。
とは言え、アート系でも歴史系でもはずれた企画の特徴故に、もちろん一般聴衆は少ないわけです。まあ当日は氷雨の天気でしたし。
その代わり、お城ということでウェブ上でチャットで拾って下さった方々が多数。
やっている間に、いろいろとライブで質問が来たりコメントが重ねられたりで、かなり面白い経験を楽しめました。
たまに、ツボを押えた難しい質問も出て、あまりのタイミングに困ったりしましたが何とかこなしました。

ただ、やっぱり緊張していることもありしゃべり方が早口になり、落ち着きがなかっただろうなと後悔してます。
事前にはゆっくりしゃべることを心がけようと思いましたが、すっかり忘れていました。
なかなか治らないクセでお恥ずかしい限りでした。たぶん映像は見るに堪えないだろうな、自分(^^ゞ

今回はまったく勝手が予想できなかったのでありあわせのスライドを交えてこなしましたが、
また機会があるならば(あるのか!)、その辺の反省を活かして図版を多く用意してアドリブで語れるように準備して臨みたいと思います。


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2009年11月 3日 (火)

陣跡めぐり@肥前名護屋

2日は早朝から出発して、福岡経由の鎮西町行き。
途中でKさんと落ち合って、佐賀県立名護屋城博物館で開催中の「肥前名護屋城と「天下人」秀吉の城」を観に行きました。
会期中無休なので月曜日に攻めてきました。
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2005年に「秀吉と城」展、2007年に「秀吉と文禄・慶長の役」と2年毎に行われる城がらみの展覧会です。
安土城から山崎城、大坂城、聚楽第、石垣山城、名護屋城、伏見城と構成された内容ですが、何といってもお目当ては大阪城天守閣や安土城考古博物館等々のあちこちの城郭研究ではおなじみの史・資料(屏風図や絵図、城絵図、出土遺物、古文書などなど)を九州で観に行けること。

今回は三井文庫の聚楽第屏風が出てました。「安土山下町中掟書」、小田原陣の絵図、大坂城跡出土の沢瀉紋押瓦などなどウハウハものです。もちろん肥前名護屋城屏風も(・o・)。
これらの資料をみながら、ああでもないこうでもない。前の評価と変わっただの相変わらずだの言いながら観て来ました。

また、こちらになじみ深い神戸大学中川家文書も多数出てました(神戸大学ではウェブ上に公開するなど、織豊期の貴重史料群が特定の研究室に留まることなく公開されています。広く共有されることは学術的にも大事です)。
中川秀政が秀吉から度々受けた書状や、中川久盛率いる岡藩隊が唐津城を受け取ったときに調査した沿岸図や唐津城図と記された肥前名護屋城縄張図、隣国様子聞合帳までありました。
このように、神戸大学中川家文書は豊臣政権から近世初頭を知るにはとても重要な史料群です。
豊臣政権初期に近い立場にあった勢力で古文書を多数残しているものはあんまりないものです。
中小規模の大名では中川氏か一柳氏くらいなものか。。。慶長末期から元和期以降でもかなり貴重な状況です。
豊後岡藩にも関係する神戸大学中川家文書の貴重さ、そして数少ない織田取立て大名の生き残りで一定数の古文書を残した重要性を竹田の人には知ってもらいたいものです。

と脱線しつつ展覧会を満喫。今回と前々回の図録、別件資料集の石垣集成、紀要などを購入して戦果をあげて退出。
それから陣跡をまわることにしました。海風の厳しい日に岬めぐりならぬ陣跡めぐりです。
今回の図録の後に発掘や整備の写真がまとまって掲載されていたのでそれを参考にしつつ、カウンターでいただいた地図を使って整備されているであろう陣跡をまわっていくことに。
ちなみに全て「伝」です。あしからず。

最初に行ったのは道の駅にも近い前田利家陣・・・・。確かに石垣修理をしてましたが思いっきりブッシュでした。
何とか立ち往生もしながら石垣をカメラに収めてきました。ここは抜きん出て高石垣でした。
それから、波止岬の北条氏盛陣、生駒親正陣はキャンプ場敷地内としてまだよい方でしたが、島津義弘陣も潅木の中(ノ_<)。増田長盛陣は完全に埋もれてました(ノ_<)。
それでも、島津陣は石垣もしっかり撮影できました。増田陣は断念。
それから国道に戻って、鍋島直茂陣へ。道がわからなかったので民家に通じる里道の方からアプローチ。
頂上の石列はみたものの、麓の石垣を観るのを忘れました(ノ_<)。
地図をもらえたのはありがたいのですが、番号打っているのにこれらの陣所は未整備でかなりブッシュなところが多いです。
普通の服装では厳しいですので要注意。。。

それから、ようやく整備された羽柴秀保陣と堀秀治陣へ出て、夕日が迫る中まとまって写真に収めてきました。
肥前名護屋城は次回に期すとして、一気に主な陣跡をみてまわり傾向を掴めたのはありがたかったです。

写真は伝前田利家陣、伝島津義弘陣、伝豊臣秀保陣、伝堀秀治陣の順です。多種多様なのが一目瞭然です(^^ゞ。

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2009年11月 1日 (日)

11月、準備の季節。

11月になりました。
清算は着々と進行中。ひと仕事終えて残りは2つです。

今月は大きなヤマが待っています。不思議な縁を感じる事案なのでしっかりと準備して臨みたいです。
一方、城跡調査は下見から本格的に現地調査にはいります。
今月もあちこちでかけます。新しい発見と出会いが楽しみです。

200911

Foxkeh! フォクすけ!


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