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2009年9月28日 (月)

ヒストリア別冊届く。

研究会の見直し作業の一環として、大分県地方史研究会を退会して大阪歴史学会に入会しました。
考古系があるのともう少し関西方面にアクセスを広げたいと思ったからですが、様子を見てから他の九州系の研究会参加も暫時縮小しようと思っています。

さっそく、
ヒストリア別冊の『大坂城再築と東六甲の石切丁場』が送られてきました。
ほしかった冊子がきてワーイ(・o・)。

内容としては、各地の調査事例などが掲載されたもので突っ込んだ考察までないように思えたのが印象的でした。
ひとつの城の普請を各大名に振り分けて実施することの意味とか、その際にどういった現場が生まれたのかを遺構・遺物から評価するのが重要ではないかと。事例の収集がまず先に必要であり突っ込んだ考察は後からとしても何らかの見通しがないと個別事例の集積でしかなくなるような気がしました。
こうした天下普請の築城ではかなりな労力と投資がかかっているわけですが、今さら「西国大名の弱体化」なんて俗説は放置しておいて、こうした諸大名を動員する協働作業の歴史的位置づけや当時の社会にどのような影響を与えたか、こうした作業を可能にした経済状態とは?などなど、さまざまな課題を念頭において遺構分析ができないかな?という問題意識で基本的なところを学ぶべく拝読させていただきました。

岡城の石垣を積み上げた中川家もけっこう参加している大坂城の天下普請。大分県の枠組みでは全く拾えない領域について、関西方面の研究動向から照射するよう心がけたいものです。とりあえず、大阪歴史学会に移ったメリットは十分に感じました。

2009年9月27日 (日)

出雲街道沿いの津山城西界隈。

24日の夕方に豊後竹田駅を出発して、深夜に津山駅に到着。
25日は1日中、頼まれ調査事業の下打合せがありました。9時45分に津山駅集合。

で、朝からヨメサンは出勤していきましたので津山駅に行く前に奴通りより西側の城西界隈をぶらぶらしてきました。
徳守神社と森家の菩提寺本源寺、新しくできた城西浪漫館(旧中島病院)までテクテク。
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こういうのを「歴史的町並み」というんですよ、と竹田のひとというか九州のひとに申したいような、本格的な町並みが続く出雲街道沿いの各都市。九州ではなかなかお目にかかりませんが、関西や中国地方ではこの程度の町並みはざらにあります。旧街道沿いで観光化されてないところでもけっこう残っているところ多し。もっとも、津山でもアップ&ダウンな経済状況であちこち空き地になったりアパートになったりしていますが割と残っている方です。勝山はもっと残りのよい町並みがあります(^^ゞ。

関西や中国地方でもようやく単なる外観復元に留まらない町並み整備に行政が本腰を入れはじめてきましたが、津山市でも歴史的まちづくり法に去年度申請して急ピッチで整備が進みつつあります。
市街地では電柱地中化工事もはじまった様子。
歩いていると10月4日には城西まるごと博物館なる企画のチラシが貼ってあったりして竹田が10年くらい前から言い出している取組みが違うところで広がっているなあと実感。
津山の場合、まるごと博物館というカタチで攻めるのに十分適した財産を持っていると思います。
美作藩18万石・津山藩10万石の城下町だけあって城西・城東にいいものをそろえています。美作全体なら出雲街道がひとつのキーになるでしょう。
ただ、まだまだ解説板や標柱などの目印が未整備です。できるとボクのような一見さんも安心して歩くことができます。
もうひとつ歴史系の方々に案外知られていない。学術的な面と同時に、自前の旅行商品づくりなどツーリズムに如何に乗せるかのソフトづくりが課題でしょう。


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なんて考えながらテクテク。その城西を大きく真っ二つにしている奴通りから福渡町へ入り、だんじり小屋をみながら津山の総鎮守の徳守神社まで。
だんじりは足回りは近代化されているので泉州・河内のだんじりのような荒っぽさはなさそうで神輿が車に乗ったようなカタチだとか。いつあるんでしょうか。
神社の社殿は寛文4年に2代藩主の森長継が改築させたものとか。江戸時代らしく檜皮葺きなので神社なんですけど屋根の組物などはお寺のようです。
中山造のすばらしい建築です。朝の光で浮かび上がる建物をしばし堪能。

長継は森忠政の娘が有力支族の関氏に嫁いで生まれた外孫ながら忠政の子が早死にして2代藩主となった人物。
3代長武に家督継承後も89才まで生きて、4代長成から5代衆利の改易まで立ち会うことになった数奇な運命をたどります。
衆利除封後は長継の隠居領2万石で森家の名跡が継承され、備中西江原から播磨赤穂へ転封となった。なので赤穂の大石神社になぜか森家の史料がワンサカあるという案配。
そんな森家と関家の関係などを軸に、忠政と長継を調べてみるとなかなか面白いような気がする。

そこから森家の菩提寺本源寺まで歩く。
寺門が現在の寺の敷地より手前の出雲街道側にあり往時の境内の広さをうかがえました。なるほど美作一国大名の菩提寺です。
森家代々の墓は鍵がかかっていて入れず。ウラから塀越しにのぞいてきました。やはり近世初期の墓石はデカイです。
門の前で忠政にあやかって武運長久を祈ってきました。

少しはご利益あるかも。。。

それから城西浪漫館(中島病院洋館)に寄ってタイムアップ。大慌てで津山駅まで歩いていきました。
作州民芸館などの洋館も多く遺すところが近代津山の大きさをうかがわせます。その辺と寺町界隈は次の機会にします。

2009年9月23日 (水)

23日はアーティストトーク番外編で〆。

23日で無事にテラマチミュージアムなどを軸としたAAF分の「テラマチあります。」は終了。
最後の日は、諏訪さんと立川さんがいらっしゃいました。
諏訪さんとはダルヴィーダ以来たびたびお付き合いさせていただいています。
美術館畑じゃない私が「今を生きている」アーティストな方と関わったはじめての方です。
立川さんはご存知、セブンポイントで展開されているアーティストな方。
セブンポイントはなかなか行けてなかったので来ていただきありがたいことでした。

館の仕事を終えてから、諏訪さん・立川さんとアートのこと、この企画のことであれこれ談笑させていただきました。
気がつけば17時から19時過ぎまで。辺りはすっかり真っ暗になっていました。
そもそもアートな世界と触れるきっかけとなったのは、諏訪さんがこのウェブログをごらんになってプロジェクトの中にお招きいただいたことから。。翌年には宇部ビエンナーレの三炭町での作品「働きます」もみて、ビエンナーレ共々刺激になったのを覚えています。アートマネジメント学会でも。
それからしばらくあれこれ多忙になって、数年経って何がどうなってテラマチになったのでしょうか?という展開の〆に来ていただき、不思議な気分でした。

ボク個人として、たけたでのアート放浪記の静かないい感じのフィナーレでした。
貴重な時間を、ありがとうございました!

2009年9月22日 (火)

19日はぶっちゃけトークしました!

19日は午後はギャラリーツアーを。
そして、夜には本町のエリアラボたけたで、参加作家とともにぶっちゃけトークを行いました。
ゲストに大分市美副館長の菅章さんに来ていただきました。
出足が心配されましたが、30名近くの参加者にきていただきました。
ありがとうございました。

司会と進行を私がやりましたので写真が手元にありません(^^ゞ
ビデオなどは多分撮っていると思います。
この企画は数日前からドキドキものでどんな意見が来るのか、どのように持っていくのかさまざまに考えて精神的にも大変プレッシャーのあるものでした。

さて、本番。
今回の企画に関連してまちのひとの感想、参加された作家—竹田の中、竹田の外、さまざまな立場から「ラストに相応しい」ぶっちゃけのところ、な意見がトンドン出てきました。実にありがたかったです。
真摯な意見を多く頂き、司会としても有意義な学習機会となりました。
そして、拡散しそうなところを菅さんにきちっと交通整理していただいた上で、さらに皆さんから突っ込んだ意見をいただきました。
最後に、地元の方々から感想をいただいて1時間半のところをオーバーして2時間弱のトークイベントととなりました。

おかげさまで、アートイノベーション実験にふさわしく、すべてがこの実験で得られた「糧」となります。
そしてこの「実験」で竹田に関わられたアーティスト、菅さんたちの世界と竹田をつなぐきっかけになったと思います。
この実験成果を活かすも殺すも、今後の竹田のアクション次第でしょう。
何かあったら相談できる窓口ができたことはいいことです。

みなさん、ホントにおつかれさまでした!

2009年9月21日 (月)

MacBook Pro、なう。

20日に無事到着してましたが、諸般の事情(単にお隣りの宅呑み)に引っ張られて受け取ったのは21日。
20日夕方に再び「眠りMac」となったPowerBook(修理に出したら治るとは思うが。。。)から吸い上げたデータを、さっそくMacBook Proへ移行しました。

TigerやLeopardで使っていたロゼッタ仕様のアプリ資産が案外使えたのには感動。
既に過去帳逝きの、egwordもegbridgeも無事に使えました。やれやれ。
HDもたっぷり仕様でiTunesの曲やiPhotoの写真を再びひとつのMacにまとめることができました。
作業がはかどりそうです。
5時間くらい作業しましたので、エリアラボでの感想などは明日にまわします。
ご容赦下さい。

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2009年9月20日 (日)

環境移行のためしばしお待ちを。

19日は盛大にぶっちゃけトークができました。
みなさん、本当にありがとうございました。

さて、その話をアップしたいのですけど、連休中に永眠寸前のPowerBookから上海育ちのMacBook Proへ環境移行しますので、もうしばらくお待ちください。
よろしくお願いします。

2009年9月12日 (土)

テラマチあります。ぶっちゃけスパートしてます。

事務局並びに竹田の関係筋が7月以降図られたかのように稼業に追いまくられている「テラマチあります。」
みなさんのご協力を得ながら、9月23日に一区切りつけるまで残り10日余りまできました。
18日の愛染堂ライトアップを皮切りにテラマチミュージアムとテラマチ画学校を軸に展開してきましたが、事務局と受入れ元はやりくりしながら右往左往で「アート未経験」のたけたにて航海中。

7−9月の企画はやっぱり暑いので大変です。盆まで雨が多くて大変でした。4−6月がいいとあらためて実感しました。
事務局はあるものの、現場へ動けるスタッフのやりくりが大変でした。
会場のメンテナンスなどで、質の維持を図るべく動きたいときに動けないもどかしさ多数(それでも動けた方ですが)。
あらためてBEPPUやコンヨクはスゴイ試みなのが、やるとなおさら実感しますヨ(^^ゞ。
サイドワークから自律しないとと実感しました。卵が先か鶏か先か的な堂々巡りな話しですが、しっかり先を見据えて自律した経営まで視野に入れて行動しないといけないことを痛感しました。
先達の方々は、どうやって運営しているんだろう?メシ食ってんだろう?と不思議に思っています。11月に聴ける機会があるかも?

と言った数々の教訓を得ながらやってきました「テラマチあります。」おかげさまで8月末に大分合同新聞に掲載されたこともあり客足もスローペースで増えてきました。来週には地元テレビの取材も来てくれるとのことです。
テラマチミュージアムのギャラリーをお願いしている先ではお客さんが来られているヨと挨拶する方々で教えていただいています。ありがたいことです。

さて、ご案内の通り、最後のしめで19日19時からエリアラボたけたで開催する「ぶっちゃけトーク」の準備を進めています。14時からギャラリーツアー、19時からぶっちゃけトークの二段構えです。エリアラボたけた(旧セブンスポーツ)はテラマチの隣、竹田本町の大分銀行竹田支店向かいです。

トークでは今回の実験を踏まえて、「アート未体験」なたけたでいろんな立場のひとをお招きして、アーティストとまちのみなさんでぶっちゃけたトークを予定しています。アーティストって何じゃらほい。アートって何じゃらほい。という枕で、江戸時代の文人たちの絵画・詩文・煎茶・香道などなど横断した芸術活動と、今のアーティストのジャンルを超えたプログラムを重ね合わせるかたちで、まちの人に現代のアートを身近にイメージしていただければとひそかに?思っています。

さすがにどこかのように「2012年に向けて動き出します!」とか巻き込むような宣言は。。。無理?とは思いますが、「江戸時代に文人墨客が集い都市文化を築いた故事を再発見して、現在の文人、アーティストが活動する場をどんどん創って楽しみましょう」くらいは言いたいと思います。
足りないところを知ることから、ヨソに学び補っていく動機付けを共有できればいいのですが。。。

とりあえずネタを開陳しておいて、みなさんのお越しをお待ちしています。
大分と熊本の中間にあるお城と城下町のたけたに攻め込みたい方々、歓迎です。
呉三桂よろしく山海関を開けときますので、ぜひかき回してください(^^ゞ

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2009年9月11日 (金)

フォクすけ!foxkeh!

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フォクすけ、3才おめでとう!!
http://foxkeh.jp/blog/4632/

フォクすけ(foxkeh)は、インターネットブラウザーFirefoxの日本発のマスコットです。
Firefoxを愛用するユーザーならおなじみの愛らしいキャラクター。
興味ある方はコチラへ。

2009年9月10日 (木)

業務連絡『歴史史料としての戦国期城郭』

業務連絡です。
2001年に岡寺さんとまとめた『歴史史料としての戦国期城郭』はおかげさまで花書院から出していただいた分はほとんど完売の状態でした。
でも、お引っ越しを念頭にしたわが家の総片づけをしていたらひょっこりとまとまった冊数の預かり分が出てきました。

花書院さんにお返ししていますので、ご希望の方はそちらにご連絡下さい。
さすがに8年も前だといろいろ手直しもみえていますが福岡平野周辺の戦国期城郭の縄張り図を掲載しています。
よろしくお願いします。

2009年9月 8日 (火)

「文書」に記された城と現存する城跡は違うことから考える。

午前中はお仕事のスケジュールの都合で立ちあい、昼間はテラマチあります。の段取り、夕方は県立図書館で資料探しというひとり3役な1日。。。

さてさて、最近そろそろ城跡調査と論考の準備に入っているところです。そんな中で自分なりに考え方の基本姿勢として、現存する城跡は、戦国期や織豊期でも天正年間より遡らないと思っています。逆に下限は可能性だけなら慶長・元和くらいまで下がる可能性を常に意識してみることにしています。つまりは、天正期〜文禄・慶長期には断続的にかなりの手が入ったのではないかと予想して遺構をみることにしているわけです。

ところが、例え目の前に「城跡」が残っていても縄張り図と「俗称」される簡易測量図による資料化よりも「文献調査」で城に関する記述探しを重んじる傾向のある大方の中・近世史研究では、16世紀前半でも15世紀でも文献史料に城という文字があればその時期まで遡るのではないかと考える節があります。それゆえに、城郭研究の中でも文献史学を意識したスタンスでは得てして現状遺構をそのまま古くから機能していてもよいと考える傾向があります。

それらのスタンスについては考え方として拝聴するところがありますが、現存する城跡を文献史料に出てくるから古く評価するのは要注意と思っています。なぜなら、文献史料に出てくる城はあくまでもその時期に「○○城」という施設が機能しただけであり、ある程度参考にはしないといけないとしても、現存する遺構とは必ずしも一致するものではないのが当たり前と思うからです。

しかしながら、近年の歴史学・歴史考古学で語られる城郭像では、発掘調査成果をもとに古くする傾向があります。でも、よくよくみると文献史料にある城郭の記述などから遺物の年代観を評価し、それをあてはめて城跡は古くまで遡ると主張することが多くあります。それは、一見モノからみているようにみえて、文献史料に引っ張られた年代観でしかないと思えてなりません。年代比定の決め手とする陶磁器などの編年は基本的に文献史料の成果を参照することが多いものです。それらの相対評価を複数組み合わせておおよその年代を決めるので複数の編年に照合していても同じこと。もちろんそれなりに文献史料の成果や遺物からの評価も勘案しないといけませんが、文献史料や遺物編年よりも、実際の遺跡を形態分析して得た年代観の方が優れていると考えてよいと思いますし、そうあってしかるべきと思います。

以上の点から、ボクのスタンスでは様々な資料・古文書から得られる見地を取り扱う(最終段階の年代観を探るにはもちろん参照します)としても、基本は現存する城跡が最終段階のことしかわからないと考えることにしています。それぞれの城跡を最終段階のものとして相対評価することで城跡から年代観を固めていく。この線は何があっても譲らない。例え文献史料や遺物編年とかみ合わないとしても。。。

その代わり、文献史料にあるものが必ずしも現存の城跡とは限らないと主張するならば、同時に、現存する城跡にみられる遺構が築かれた段階はいつなのか?何が画期なのか?そして、それ以前(文献史料からわかる16世紀半ば以前)はどんな形状をしていたと考えられるのか?という回答を用意しないといけないと考えています。これについては、「わからないものはどうしようもない」と言わざるを得ないかもしれない難しい問いとは思いますが、やらないのは批判ばかりでフェアとは言えないのでちょっとこだわりながら考えを深めてみようと思っています。

感覚的には、戦国期から織豊期・近世城郭と続く築城ラッシュは永禄末期〜元亀が画期で現存の遺構は大半が天正期以降の造作と予見してみるようにしています。今、中国地方の戦国期城郭もみているところですが、だいたい1560年代後半から70年代前半に萌芽的な段階があり、70年代後半〜80年代に一気に展開したのではないかと予想して評価軸を考えているところです。
それから、多少の地域性はあるとして、その画期はどういった要因なのか?何が変わるのか?なぜその時期に縄張り技術が展開し技巧的なプランがあちこちに生み出されたのか?などをどうやって示したら、何を以て証明したらよいのか悩んでいるところ。

この疑問を解決すべく、幾つかの城跡に当たりをつけてあちこちにある当時の人たち「痕跡」を探りながらその辺の課題に取り組めたらと思う次第です。。なんとかライフワークにできないかな?

2009年9月 7日 (月)

9月のテラマチミュージアム。

8月はお盆などを挟んで暑かったのと仕事の段取りがかさんですっかりトーンダウン。
でも、8月末から過ごしやすくなってきました。
9月にはいってちょっとゆとりができてきたので、残り20日のためにギャラリースペースをメンテナンスしてきました。
客足も徐々に出てきつつあります。やっぱり夏は暑いです。

入れ替わりが激しかったテラマチミュージアムも落ち着いて、ギャラリーの雰囲気もそれぞれかなりいい感じになじんできました。
元銭湯スペースの清水湯、空き家をリフォームした下町風1軒屋の廉太郎通り角のギャラリー、お店の本格的ギャラリーな但馬屋アラヤサーラ、上町の画家自宅のギャラリースペース「絵の家」、そして武家屋敷テイストの竹田創生館と、すべてが異なる雰囲気を持つギャラリースペースに作品が収まりました。
こういった多様な環境が併存しつつ、すべてに共通する文化的風土を持つまち。これこそたけたの長所であり短所でもある。いろんな顔が出てくるだけにいろんな組み合わせの妙が今後に役立つことでしょう。
この他、寺町界隈を中心に食事どころやカフェ、お店の一角を提供していただき、さらに幅と奥行きがひろがってまちぜんたいがミュージアムとなっています。

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お借りしているみなさんには長期間という条件でストレスを感じやすい環境下にも関わらずご支援いただき本当にありがたいことです。
8月27日と9月3日に大分合同新聞の文化面に、大分と竹田のアーティスト発の連載コラムを掲載していただきました。
これまた、本当にありがたいことです。
なかなか情報の広がりがゆっくりな土壌なので、時間をかけて展覧会会期を設定しましたが、ゆっくりと徐々にみなさんに浸透していっているようで、マップ片手で来られる方を見かけるヨとお店の方などに声をかけていただくようになりました。
残り2週間半でそろそろいい具合に仕上がっていますのでぜひ行楽ついでに竹田にお立ち寄り下さい。

19日19時からテラマチミュージアムのまとめとはじまりを兼ねて、「アーティストとぶっちゃけトーク」します。
会場は、塩塚隆生アトリエ、デザインの「エリアラボたけた」(大分銀行竹田支店向かい)です。
おたのしみにー。

2009年9月 6日 (日)

憩いの広場に、屋外作品を設置しました。

6日はテラマチミュージアムの終盤のポイントして、三宮一将さんの《祈りの空間》の搬入作業がありました。
大分からも三宮さんをはじめ多数来ていただきました。こちらも加勢して5〜6人で降ろして無事に作品を設置しました。

十六羅漢憩いの広場は、江戸時代の石工がつくった《十六羅漢》、大正・昭和の彫刻家渡辺長男の《子育観音》があります。
そこに新たな歴史の1ページが刻まれたわけです。
上にはお寺、ヨコには観音様の鎮座するスペースに祈りの空間です。
掲示板に掲げてある説明書きをよく読んで体感してみて下さい!
9月23日まで設定しています。

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2009年9月 5日 (土)

研究会、研究会。

7月末で一応の区切りもついたことなので、これまでの書類や荷物などを片づけて身辺整理をしております。
紙くず関係やメモ書きなどを始末して、ため込んでいた雑誌類を古紙回収にだすとけっこうスッキリ。
後は衣類関係とガラクタを整理したら、書籍と生活用具のみまでシェイプできそうです。
完全にラボと化すなあ(^^ゞ

さて、歴史系の世界を探訪するためにあれこれ研究会に参加していましたが、論文を書くアテもない研究会は退会することにしました。
ちなみに、日本建築学会と城館史料学会は、一応出身地なのと貴重な発表媒体なので○。北部九州中近世城郭談話会もとりあえず○。
それ以外に研究会をどこにアンテナを置こうかかなり悩ましいところです。

まず、福岡方面の小論を書く媒体として福岡地方史研究会はとりあえず○
次に、大分方面の小論を書く媒体として別府大学『史学論叢』にお世話になったのでこちらで投稿させていただくとして、逆に大分県地方史研究は手痛い目に遭ったし論文掲載の機会もなさそうなので退会手続きを取りました。

全国系の歴史研究を抑える媒体として日本史研究会がありますが、ちょっと思案中。どうも本流の文献史学系ではないので論文掲載などあまり縁がないような気がしてます。大会は面白いのでたまに行くのでとりあえずは△。一方、九州史学も出身大学ではあるのですが史学系でもないのであまりメリットもなくて悩み中、こちらも△
逆に西日本の中世史研究者はなぜか大阪歴史学会のヒストリアに投稿する傾向がある。こちらは考古部会もあって出身地に近いのでこちらはアンテナとして会員になろうと思っています。こちらは○

おいおい縮小していくとは思いますが、研究会は何となく会員になったりするものもあり気がつくとあれこれ納めていたりします。
とは言え、城郭系からすると、歴史系雑誌はほとんど投稿しても芸風の違いで落とされるでしょう。そもそも縄張り図掲載してくれるのか?きわめて不安。考古系で投稿するにしても、先史・古代史かつ埋文が圧倒的に強い状況下でどこに地表面観察の城郭研究を相手にするところがあるのかとしばし嘆息。。。何かいいところあったらご教示下さい。事例報告などでは、福岡地方史研究や史学論叢の方が小回りが利くのでコチラをキープしたくなるところです。ただ、歴史系な業界的には実績作りとやらにこだわるのなら、コチラの芸風を認知してくれそうにない本流の雑誌に投稿するのがセオリーということですから、やはりひとつくらいは抑えておければよいのか悩ましい。。。。

秋は城館史料学会に投稿する準備を進めていきます。建築学会支部論にも何かだそうかと思案中。
ますます歴史系と縁がないなあ(ノ_<)。

2009年9月 4日 (金)

歴史散歩シリーズ

自分で調べたいことがらを、あなたには障らせられない。既に調べているえらい方居るから聴きなさい、と言われるような倒錯した世界から解放された後、本屋に注文していた山川出版社の『歴史散歩シリーズ』を購入しました。

買った動機は極めて単純なことです。
自分で言うのも何ですが、一仕事を終えて改めて降り買ってみると、城跡には熱心に通うものの地域の歴史文化財は食わず嫌いをしていたりして案外行ってないなとつくづく反省。せっかく大枚払ってあちこちたぬき旅をしながら、城跡はいいとしてもそれ以外に「ここは○○で有名な場所」を案外知らないことでずいぶん損してきたことに気付きました。
また、関西で18年居ながらほとんど身近な史跡をみていないことに気付いて、もったいない気分がさらに膨れ上がりました。

しかしながら安易なガイドブックではイマイチなので、何かいいものがないかと思っていたら、ちょうど『大分県の歴史散歩』が目に付いた次第。
都道府県別の歴史散歩シリーズが新版で出てましたので主なところを仕入れることにしました。
とりあえずは、我が故郷関西の新版『大阪府の歴史散歩』上下を購入。引き続いてヨメの故郷岡山県と第2の故郷福岡県を買うことにしました。引き続いて兵庫県と広島県、そして大分県を仕入れようと思っています。
自分が歩きそうな場所を中心にチョイスしてみました。

最初に注文していた大阪府2冊が届きました。
歴史好きな方には十分使えるガイドブックです。
1冊1200円+税。オススメです。


あれこれ開きながら読みふけっていますが、名前は知っていてもこんな場所なのかと知らないことばかり。ホントにはずかしい。
「遺跡・遺構こそ第一」をスローガンにしようとしているのに、まさに灯台下暗し。
さあ、千里の道も一歩から。歴史散歩を片手にあちこち「現場」を歩いていきたいと思います。

2009年9月 3日 (木)

『日本建築は特異なのか』を買う。

過日、国立歴史民俗博物館の企画展覧会「日本建築は特異なのか—東アジアの宮殿・寺院・住宅」を知って図録を通販で買いました。
今の建築史の動向を知るためにも、絶対に仕入れないと。と思い購入した次第です。

さて、展覧会の記事はコチラをみていただくとして、模型を中心に日本・韓国・中国の建築比較を軸として建築史を語る構成のようです。
図録をみると、もともと展示資料が限定されることもあり模型写真や展示資料はあんまり掲載されておらずちょっと残念。
その代わり、論考と現地で撮影された写真を中心に構成していました。図録というよりはこれを叩きに書籍化するといいなと思いました。

読んでいて気になったのは、日本では○○があるけど、韓国には○×がない。といった比較から、両者は似たような面もあるがそれぞれ違うという結論に留まるものが多いこと。
大事なのはその後で「じゃあ、その違いって何を意味するの?」という建築物の変遷や相違点をもとに日本・韓国・中国などの社会構造の違いに迫る術ではないかと思いました。
様式比較や大工道具などの生産技術の比較からモノから既存の歴史学に突っ込んだ視点への展開がみられないのが気になりました。

例えば、前近代日本の天皇律令制(中近世の変容した状態)の御所と、朝鮮王朝の王宮や中国の明清朝の紫禁城では、朝廷と帝王のすまいなどのパブリックと私の空間の位置づけの違いが背景にあると思うのですが、その見通しのもとで建築様式やプラン、意匠を比較検討するという構成などがあるとよいのではと思いました。
図録を読みつつ、私のない知恵をしぼりながら見通しを立てるならば、律令制を採用しながら変容していった日本と、朝鮮朝時代に逆に中華化を加速させた韓国、そして、その本家本元の中華をベースにしつつも女真族や蒙古・ラマ世界が深く貫入した世界帝国の清朝の政治的体制の違いが、それぞれの建築文化の違いに色濃く投影されているという見立ては可能だったと思います。

さらに、建築様式比較としては琉球が加わると違いがみえてよいのではと思いました。
日本的社会に近い面を持ちなが ら册封体制に属することで中華世界の洗礼も受けている両属的性格を持つ琉球を加えることで、前掲の三者にさらに、もうひとつの興味深い素材を用意すること ができたのではないかと。
例えば、思いつくだけでも、韓国も琉球も日本も、どの階層まで中華世界の政治システムで自らを権威づけしたのかが大きな ポイントではなかったか?その中で、日本が最後まで王家が刷新されず武断政治に終始し、あるところは取り入れながら独自の発達を遂げたこと、その社会体制 を背景に上位階層が生み出した産物が日本の建築文化ですので、それを結びつけて何らかの結論を出すのも、「日本建築は特異なのか」という問いへの展覧会で示せる回答のひとつにはなったと思います。

また建築史の展覧会という面と建築様式の展覧会という面が曖昧になっているのも気になりました。
例えば展示資料の年代観などでも、日本などは古代から扱うように仕立てながら、日本も含めて他国も実際の資料はほとんど中世後半以降のものです。それらの資料を古式に基づいているという前提で資料操作をするのは資料学として厳しい。
歴史学や考古学の方々に本気で攻められたらひとたまりもないのではと危惧します。
逆に、16世紀以降の東アジア世界をみる、と年代観を揃えて示せば、すばらしい比較様式史になるのでは、と思いました。
一方、住宅様式についても、19世紀の様相までしか遡及が難しい家屋を素材として、民俗学あるいは建築計画的調査の成果から歴史的に語る方向性も厳しい面があると思います。これ自身も資料の残り具合を考えると仕方ないことですが、その限界性も踏まえつつ、現在のこる遺跡をベースにもっと過去の絵図や資料調査、考古学的成果を組み込むことを方法論として積み立てると、かなりの可能性が広がるように感じました。
いずれにしても、今後、歴史学や考古学との学際的協働を通して建築史が様式史からさまざまな領域に広げていくチャレンジがまだまだ広がっていると感じました。

10年間歴史学の世界に身を置いてあらためて建築史をみてみると、文献史料を軸とした歴史学研究の中で建築史の優位な点(遺構やモノを扱うこと)をあらためて感じる今日この頃。いずれにしても、批判するのはたやすいのでじっくりと先人の研究を読み込んで、城郭史→城館史料学で試行錯誤してきた経験を活かして自分なりに回答を探してみたいと思いました。

2009年9月 2日 (水)

学芸的な段取り作業の日。

2日はオフをとって、滞っていたまちなか展覧会「テラマチミュージアム」の段取りを整える作業を行った。それと9月からの仕込み。
何だか非合法的活動?のようである。まあ、仕方ないんですけど。

予想はしていたけど、実際にやると外での展覧会やプログラムの段取りはかなり大変。難しいと言うより歩いて稼ぐ感あり。時間調整で細かなミーティングができないのがあちこちでボロとなって出てくるのが悩ましい。それをすぐにメンテできないのも悩ましい。
でも、学んだことは歩いてまわり段取りを積み重ねること、それが外での企画を支えるコミュニケーションと信用を生み出す基礎作業。
おそらく、こうした周囲とのコミュニケーションをとる足で稼ぐ作業が限定されるのが、ミュージアム系ヤカタ業の悩みの源泉にあるとあらためて思った次第。

とあれ、この日の前日夜から9月分のテラマチミュージアムとぶっちゃけトークの告知チラシを用意して、満を持して朝から貼り出しに廻った。
会場を提供していただいている寺町の廉太郎通り界隈から八幡川横丁、上町などの方々にも挨拶回りを行う。
あと、20日間お世話になります、と。
この日はお休みで敵わなかったところは別の日に出向く予定です。
廉太郎通り空き家の街角ギャラリーでは、電源トラブルも応急処置。さふらんごはんで昼食をとりながらごあいさつ。

段取りに関しては選挙活動に近いかも知れない。実際に歩いて廻ることが大事と思う。自分がうまくできているかは全く心もとないけれども手応えとしては事務所で座っている暇があれば考えてから歩けが正しいように感じている。あらためて別府の現代芸術フェスティバルって大変なことだったんだなあとその数百分の1スケールをなんとかやりくり、扱いながら実感する(^^ゞ

午後からは広報活動。
久住へ行ってケーブルテレビのスタジオ出演。
はじめてでドキドキしながら、ナビゲーターの方のおしゃべりに乗せられて?リハと思い込んで気軽に話したら「本番収録」でした(^^ゞ
うまくはめられました(^^ゞ。というか単純な思い込み。。。。でもおかげでナチュラルにしゃべれたと思います。さすがプロですね。ありがとうございました!
それから長湯方面にチラシまきをしてから竹田へ戻りました。


このように、今回の企画は、自分的には「ヤカタでやれないなら、自分がフィールドにアプローチしてやってみよう」というところから始めていますので、段取りから広報まで未知数の領域でいい経験になっています。とは言え、読めないことも多く実際の集客などの面で悩ましいことも多々ありまして、コミュニケーションの難しさやマネジメントの経験値のなさを何とかやりくりして運営してます。
あと20日間。大型連休に向けて「テラマチあります。」
ヨチヨチ歩きのアートフェスですが、何かやってるなあという感じで、歴史の道がアートストリートとなる秋の竹田をお楽しみください。

2009年9月 1日 (火)

船を出すのなら、9月。

さあ、9月です。

9月19日・20日はテラマチ企画のメイン、テラマチミュージアムのまとめ的企画をやります。
アーティストトークです。
今回、竹田という「なっかなか客足が戻らない」条件ながらまちの雰囲気の良さにご理解いただき参加してくださるアーティストの方々に加えて特別ゲストもお招きします。
これはかなり準備しないと面白くならないので、しっかり頭を回していい「財産」を竹田にもたらすべく思考を高めたいです。
今回の実験のまとめといった面もあります。
その前に、不肖ながらボクが案内するギャラリーツアーもやります。9月19・20日の14時からです。7月の反省を踏まえてグレードアップさせてやります。乞うご期待。

うれしいことに、どうしてコチラでやらないの?というオファーもいただきました。もう1枚腰があったら回るのですが「サイドワーク事務局」なのでご容赦下さい。今後に繋げていきたいと思います。
今回のギャラリーではいろいろと条件があわないところ、あうところの具合が千差万別で勉強になっていますが、中でも廉太郎トンネル前の空き家ギャラリーがいい味を出していることが大きな収穫。
後半に、アラヤサーラヤギャラリーも加わり、廉太郎通りはかなりよろしくなっています。

あとは台風が来ないことを祈るのみです(^^ゞ
10月は凧揚げですよ。
そして11月は竹楽でも何らかの企画へ展開するかもしれません。
秋の竹田は楽しいですよ。

Foxkeh! フォクすけ!



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