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2009年8月25日 (火)

ささやかながらお祝いしていただきました。

学位をいただいたので、近しいみなさんにご報告。直接業務とは関係なかったのですが、一応資格取得なので職場の担当係にもご報告。
あちこちから、お祝いのコトバをいただきました。ありがとうございます!

また、恐縮なことで25日には岡の里事業のみなさんからお祝いの席を設けていただきました。
というか、ボクを肴にみんなで飲み食いして語り合う場ができました。
今回の学位取得には岡の里のみなさんと観光協会系、竹田研究所系、まちづくりの方々に大きなお世話になりました。
何の血縁・地縁もないヨソ者のボクにとって、竹田での人脈は観光系が主なものです。
これまで親切にしていただいた方にご報告し、ありがたいことに一席設けて下さいました。

ここ10年以上、心がけたのはヤカタに依存しないこと。常に在野に居ることを信条としました。
なぜって、ボクの研究スタイルは野外に出ないと始まらないから。はじめからスタイルとしては合わない仕事でした。ただ、中に留まらず外へ出てフィールドをみる手法は学芸としては大きな武器でした。縛りがゆるかったことも大きかったかもしれません。
しかしながら、机上で古文書を開くと仕事として認識される「デスクワークと施設管理」な感覚とははじめから合わないものでした。
ヤカタを整備すればするほど自分の首が絞まるめでたい構図となりました。歴史的景観と結びつけるエコミュージアムもこの感覚では「中のことをしないヤツ」という評価になります(下手したら学位取ったことでもやり玉にあげられるやも?)。実際、ローカルな施設の大部分が歴史・考古系で、自然史などのフィールド系が少ないのも全部ヤカタに居ながら作業することを求められるからです。

そんなフィールド系人文研究者なわたしを支援して下さったのは観光系・研究所系の方々でした。在野系研究者として仕事外の貴重な時間を積み立てて学位取得できたのもみなさんのたまものでした。例えば、城郭の縄張り図などたくさんの図面を作成し精度の高いコピーできたのもご支援あってのこと。キンコーズもないコンビニコピーのみの田舎でこれは助かりました。
本当に、ご支援とご理解の場をいただいた関係者各位には感謝の気持ちです。

惜しむらくは、ご支援とご理解いただき活動の場を提供して下さっているにも関わらず、ご厚意に報いることができずじまいでした。
申し訳ない次第で、いずれ何らかのかたちでお返ししたいと思う今日この頃です。

2009年8月21日 (金)

盆休み

今年の盆休みは数少ない「帰省虫」ながら、盆の終わりの15日から18日で4連休。
15日は備中国分寺辺りや足守を案内していただく。ヨメさんの父母相手に「この五重塔は江戸後期の雰囲気がわかる資料です」とか「この武家屋敷は有名なんですよ」という旦那は問題だろう。大原美術館か吉備路かと言われて「では吉備路」と言う辺りに最近の自分の嗜好がみえて面白い。
16日は大急ぎで関西移動して実家でのんびり。
17日はヨメさんと梅田をぶらり。
そして、18日の火曜日は国立国際美術館で『やなぎみわー婆々娘々ー』をみてきた。

ルーブルと慶応義塾展に挟まれてやなぎみわ。さすが、元気なナショナルミュージアムと感慨深い。「婆々娘々」展はなぜだか女性ばかりが目立つ(ってもともとオトコは美術館では希少種か)展覧会場。面白く拝見。やっぱりナショナルミュージアム、壁文字も金がかかってんなーとそんなところを観てる場合じゃない。
国立国際美術館と東京都写真美術館のコラボレーションによる図録は買いたかったけどお預けモード(^^ゞ。ベネチアでのまとめた図録を後で販売するんだそうで自重。
それにしても展示はすばらしく面白かった。
《Windswept Woman》(美術系は《》らしい)のでっかい作品と映像のインスタレーションはやっぱりよかった.
CAMK通いをしていた頃のワクワク感を思い出す。何度か作品を見ている内に、女性は若い女性に扮した人が老婆のパーツを、老婆に扮した人が若い女性のパーツをつけてたように思えたのですけど勘違いかもしれない。作品観ながら動く人たちもみながら楽しむ。

この展覧会の関連企画もこれは参加したい!という内容がてんこ盛り。九州だと(以前の)CAMKじゃないと観れないだろうなあ(別に南嶌さんとのトークがあるからではなくて。。。いや、あのライブラリーで聴きたかったなあとか別に。。。)という内容が普通に中之島で観れるんだよなーとしみじみ。

久々に美術館を訪れてから熱波な関西を後にして九州まで戻る。帰ってから、国立は国立でも、国立歴史民俗博物館(歴博)での建築史の展覧会の図録を通販で仕入れる。この辺が最近のボクの嗜好。
最近、オーソドックスな日本の建築史の「集大成」を収めておきたいと思っている。

御代の書籍も安価なものから集めているところなんですがそれでも高い。ネット古書で買ってからカッパ横丁で太田博太郎の『日本建築史論集』が1冊2000円台で売ってたのを見たときは悶絶しましたが、それはともあれ、最近は約15年ぶりに素直に建築史に触れることに抵抗を感じない自分がいる。工学の世界を後にして城郭研究をベースにしながら、古文書重視の史学世界にあんぐりし、見様見まねで歴史考古学などをかじり、美学系の摩訶不思議で阿修羅な世界を眺めてきた巡礼を経たおかげか、建築史といっても単なる形態分析な様式論じゃない歴史叙述を目的とした建築・遺構論を再認識しようと考えるようになりました。

遠回りでも良かったのか、ただの脱線だったのかはこれからの精進次第ですけども、まあ素直に建築史出身だなあと思える自分が居るのはいいことかもしれない。

2009年8月14日 (金)

城下町の空間的特性。

13日は自宅に帰ってから某先生が書かれた雑誌論考を斜め読みしている最中に、ふと別件で気がついたので岡城跡と城下の絵図をひたすらにらめっこ。考古学的手法と歴史地理学的手法を援用する城郭研究では遺構や絵図は常に意識しているものです。


で、アイデアのヒントはテラマチにありました。
うまくまとめて1本できると面白いんですけど、あらためて岡城跡と城下の様相は全国的に見てもヘンチクリンというか他に例をみないと実感。但し、2年前の建築学会大会報告であった城下町の特異性とは別の意味で。(^^ゞ
縄張りと絵図から得た見通しをもとに、裏を取るべくいざ文献調査。

ちなみに、去年別大の史学論叢に投稿した拙稿の中で紹介した3代藩主中川久清による豊後岡城の大改修(家老屋敷の移転と隠居屋敷&御廟造営)の軌跡を追うことが出来る貴重な絵図を知ることができたのは、
師匠?のK先生からご教示いただいた国立国会図書館の貴重書画像データベースのおかげでした(予算に余裕があれば、復元CGにはこうした関連絵図を収集した資料集をつけるのが普通です)。城郭を扱うにはまずは現状遺構の縄張り調査、そして絵図の確認作業と言う当たり前のことをあらためて教えていただいた次第。この場を借りて御礼申し上げます。

2009年8月13日 (木)

テラマチ食べ歩き、さふらんごはん。

テラマチミュージアムの真ん中、寺町界隈の瀧廉太郎記念館近くにあるのがさふらんごはん。ここは600円の日替わりランチが抜群においしいくてボリュームもある。サフランで炊いたさふらんごはんも絶品です。

カウンター8席なので昼はうまく座れないときもあるお店、にぎやかです。木曜定休です。とりあえず迷ったらここをめざすのもよし。隣の角のギャラリースペースをいつも面倒みていただいています。ありがとうございます!!

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テラマチ食べ歩き、清水湯Caféの洋めん。

テラマチミュージアムの東側、八幡川横丁の角にある「清水湯Café」。銭湯を改修したアンティーク古物なスペース。今回ギャラリースペースの提供からテラマチ画学校まで幅広く協賛いただいている隣の八百屋さんの志保屋が経営している。

本業が八百屋なのでいつもは静かなフリースペース。隣の八百屋の志保屋に行って頼むと注文を受けて用意して下さる。

志保屋さんは八百屋だけでなくうどんの製麺おろしもしている。それをアレンジしてお昼には「湯めん」「冷めん」そしてミートスパ風な「洋めん」が注文できる。いつもは静かなスペースなので、奥のアートを見たらとなりの志保屋に頼んでみよう。お盆は明治に製麺につかっていたハコで出してくださる。レトロで美味で500円なり。食後に「八百屋のジュース」がつくのもあり、確認してみよう。これまた奥深く美味?です。

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2009年8月12日 (水)

【資料】岡城についての拙稿

これまでのご恩返しに参考までにどうぞ。PDFでダウンロードできます。相変わらずへたくそな文章ですが、興味ある方はどうぞ。

「縄張り調査と城郭跡の資料的活用 : 豊後岡城東ノ郭の縄張り調査を通して」
これは、『大分県地方史研究』じゃなくて『別府大学史学論叢』で投稿しました。結果として、こちらの方がウェブ的には有利(^^ゞでした。若手研究者はローカルな学術雑誌より大学系の雑誌に投稿すべきかもしれません。

文献史料からではなく城の遺構そのものからの検証と絵図を組み合わせて新たな「岡城像」を提示したもの。下原門の虎口プランにも言及していますのでよろしゅう。この成果をもとにつくった暫定の縄張り図は小学館の『名城百選』に出しています。こちらもよろしく。


「803 豊後直入郡岡城の縄張り構造 : 縄張り分析に基づく城郭遺構の史料的活用(歴史・意匠)」
もうひとつは、日本建築学会九州支部の研究報告。10年ほど前になりますね。

これ以降しばらくは立場もあって岡城調査はしてなかったんです。理由はその段階で調べていて、本格的に調査したらまちがいなく整備方針と違う見解になるなあと気付いたから。在野の研究者としてはよくあることで大昔はF市教委などとやりあったので困りませんが、よりによって身内とは運のない事でした。。。その後、10年経ってとある事情で「調査解禁」した際に一番見解が相違する「場所」をピンポイントで調査したら、やっぱり違っていました(^^ゞ 

諸般の事情で提出論文には岡城跡の研究が加えられなかったのですが、いずれ手直しする際に加えたいと思います。

2009年8月11日 (火)

テラマチミュージアム、更新!

テラマチミュージアムの更新にあてた10日の竹田は大変な1日でした。
朝は霧雨、午前中に回復して昼はピーカンの夏の日。。。
そんな中、朝から寺町ミュージアムの手直し作業を行っていました。

ひと段落着いた14時半から空は一転して曇天に。。。貴重な青空もなくなりあわてて作業を片づけるととうとう雨が降り出しました。。。をを、夕立???
と思いきや、全然雲が切れません。それどころか雨足は叩きつけるように激しくなります。

雨をぬうようにキャプションのチェックと貼替え、作品リストの修正確認をしていきましたが、雨は叩きつけるように降り続けるばかりで一向に止みません。
何ケ所か作業を終えて、これ以上は無理と17時には区切りをつけて帰宅。自宅でMacでリストの編集作業。
18−19時はまったくの土砂降り。尋常じゃない降り方で自宅の周りも坂道の国道に水が張って川のようになっていました。
これはしゃれならんぞと思いつつ外の様子に注意しながら作業をしていると、実家から電話。。。

いきなり「岡城阯の辺り崩れて車が埋まったらしいで。。。」と
エッ(´・ω・`)???????あの辺で車うまるところあったっけ。まったく寝耳に水なこと。

どうも19時終わりのニュースでアップされたようで、テレビが壊れて数ヶ月みていない環境にあるので、ウェブを駆使してあれこれチェック。情報が錯綜していましたが22時過ぎには土砂崩れ向いの502号線と市道の交差点に土砂崩れが発生した事がほぼ判明しました。

土砂にまきこまれ車が川に流されるなどしてどうなることかと思いましたが、関係者各位の懸命の努力で、夜半までに無事にみなさん救出されました!!!不幸中の幸いでした。

そんな日をすぎて夜中まで作業をこなして就眠。翌11日はすっかりピーカン。何だったんだ10日の大雨は?そんな日の夜にようやくテラマチミュージアムを更新しました。
遅くなってすみませんでした。テラマチあります。は、7月連休からプログラムをこなしてきましたので、後半はしっかりお客さんにきていただくべく「テラマチミュージアム」を前面に展開していきます!!

台風も去り残暑の候ですが、美味しいところも紹介していきますので、ぜひたけたにお立ちより下さいね(・ω・)ノ

2009年8月 9日 (日)

円通閣と城下町、アートは時代を超えて

城下町の北側、八幡山にある大勝院円通閣は山門の上に部屋と仏間を備えた和と中華テイストの楼門。
1800年頃に、岡藩の藩校由学館の先生で江戸から下ってきた学者の唐橋君山が築かせて、そこで田能村竹田ら岡藩の俊才たちを招き詩文や書画の雅会を開いた由緒ある場所。

そんな円通閣をお借りして、7月25・26日に、今のおとなとこどもたちがアーティストと共にハイテンションで墨と絵の具で腕を振るったテラマチ画学校の作品をアレンジし直してインスタレーションしました。
週末は台風8号の影響で天候不安定でしたがいい感じに仕上がりました。盆前のタイミングで告知もうまく行かずまったく客足は少なかったのが大きな反省点でしたが、みなさんのご協力で円通閣を200年ぶりにアートスペースとして呼覚ます事ができました。

小さな一歩ですが、過去のトビラを叩く貴重な「実験」ができました。
前々日の虹と共にごらんあれ。

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2009年8月 4日 (火)

躑躅ヶ崎城と甲府城に行ってきました。

2日にセミナーを終えてみなさんとお別れから、K先生と新宿駅から特急かいじで甲府へ移動。大雨(^^ゞ
甲府で一泊して3日に朝から「武田氏館跡=躑躅ヶ崎館」の武田神社に行ってきました。昼前には甲府駅前の甲府城をはしごしてきました。

武田神社まではバスで駅から15分くらい。途中山梨大学を横目に一直線の道はずーっと坂道。館跡のある一帯はも坂の途中。館跡の背後もずーっと坂。
梅翁曲輪むちゃくちゃ斜面でした。主郭部の正面も大きな水堀でしたが左右の堀は途中から川になっていました(^^ゞ背後はもちろん空堀。
地図からはせいぜい扇状地でも平地だろうと思っていたけど全く違う景観でした。

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武田氏館はあちこちくまなく見て回りました。堀も土塁もむちゃくちゃでかい。神社の裏には石垣普請の天守台まである。正直なところ「これは館か?」と思いました。どうみても武田氏。。。いやいや武田氏滅亡後の徳川氏が大改修した「城郭」です。どこに武田氏の痕跡があるんだろう。馬出しの桝形というのも「ぜったい徳川氏の遺構だ」と思いました(報告書の評価は武田氏時代)。

それにしても、甲府城移るまでこの妙な地形の立地のままで強引に防禦を固めた様子が窺えて面白くありました。特に城郭部よりも高い後背地に向けて、虎口の外に角馬出?を築き、さらに無理矢理に空堀と土塁をまわして緩衝帯を何重か築こうとする涙ぐましい?努力がなんともです。それでも後背地の方が高いのですから妙な立地です。一条小山に移りたくなりますよと思いつつ。これからは館ではなく「躑躅ヶ崎城」と呼びたいものです(^^ゞ

前のお店で風林火山のタオルマフラーを誘惑に負けて購入してから甲府城へ。北側・西側が中央本線と国道・山梨県庁で吹っ飛んでいますが一条小山を石垣づくりの織豊系・近世城郭にしています。天守台がいびつなかたちで有名なのですが浅野長政まで遡ろうかという貴重な400年前の石垣サンプルに落書きすんなよ、山梨のジモティ(´д`;  炎天下で遮るもののない城内で見事に焼けながら撮影に勤しみました。慶長期の普請なのでかなり粗っぽい積み方ですがたくさんの石垣写真のサンプルが入手できました(・ω・)ノ

たぶん、そうそう行く事ない甲府市。炎天下でしたが堪能しました。これで新府城なども行けてたら十分満足でした。

ちなみに、織豊系・近世城郭の石垣は算木積みなどの隅角部の積み方に形式的なモデルをみます。なので隅角部を丹念にみたり石垣の積み方や石のカタチ、矢穴の大きさなどを丹念に写真に収めている人がいたらそのひとは城郭研究に関心のある方の可能性が高いでしょう。

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2009年8月 2日 (日)

第26回全国城郭研究者セミナーに行ってきました!

今年の第26回全国城郭研究者セミナーは東京渋谷の國學院大學で開催されました。
水戸城と甲府の躑躅ヶ崎城と甲府城をセミナー前後の遠征に組み入れての東国遠征。得られるものは大きかったです。

今回のテーマは「大名系城郭を問う」。事前に2回ほど関東に行くことがあり6月には中城研の例会にも顔を出したりあちらの山城・丘城を見学したりと予習たっぷりで臨みました。

各自の事例報告は例年通りに興味深いものも多く、書籍交換会も埋文の報告書が出回らなくなった点をのぞけば例年通り(多少高齢化が進んでいますが。。。これはひとつの課題)。六一書房さんが大学の厳しいチェック?で入構できなかったとかで報告書探索ができなかったのが残念(^^ゞ。
そして、懇親会もボチボチ情報交換できて「夏まつり」的交流会としては面白く刺激的ありました。

しかしながら、正直、シンポジウムは低調な印象を受けました。25回の伊勢でのセミナーにも感想で書きましたが、今回のシンポをみる限りでも「大名系城郭を問う」としながら肯定的でも否定的でも何ら問うてもいなかったし、むしろ主催する側に問うだけの枠組みを持ちえていない(だから隣接分野からの不用意な問題提起に批判せずにストレートに受け止めようとする傾向が強い)印象を強く受けました。まあ、城郭研究者側(というか主催者側)が文献史学や歴史考古学に対してそれに見合う独自の学問領域たる枠組みを築くことにあまり意識していないなあと確信したことがひとつの収穫だったかなと思いました。

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Foxkeh! フォクすけ!


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