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2009年2月27日 (金)

アートの旅、九州を考えてみる。

浅草で、「こんなのどうです?」と聴いてOKだったので考えてみました。

4月から6月の九州はアートアイランド。
別府市では、BEPPU PROJECTの国際芸術フェスティバル「混浴温泉世界」がある。
CAMKの熊本市現代美術館では、「井上雄彦、最後のマンガ展(重版・熊本版)」がある。
どちらも合わせたかのように同時期開催(^^ゞ。

ということで、福岡空港を起点に、ふたつの現代アートを巡って九州をひとめぐりしてみるのはどうでしょう?
ぐるっとアートアイランド九州。ついでに阿蘇・くじゅう山の自然美を堪能してみるツアー。
高速バスの乗り放題乗車券サンキューバス(http://www.sunqpass.jp/index.shtml)を使えば、8000円から13000円でぐるっと回れます。

福岡→大分・別府で、別府とコンヨクをとことん堪能。
そして、九州横断バスで別府→由布院・阿蘇山→熊本へ移動。(これがちょっとネックかも)
また、大分→熊本の国道を走る一応高速バスもある。
あるいは、高速基山で乗り換えて熊本へ。
それで、別府→熊本で、熊本のCAMKをみてタイピーエン。
そして、熊本から福岡へ戻る。という、現代アートと自然の美を堪能する3〜4日間という具合ですかね。

いかがですかね。とりあえず九州の旅は高速バスが使えます。

もすこしリッチに余裕を持つならJR九州。九州ゾーンきっぷは14500円、九州までの往復普通運賃が2割引になります。
これでもかなり回れます。
高速バスとJR九州、どちらかをうまくつかってアートめぐりを企画して下さい。

ちなみにレンタカーを駆使するのもあり。これだと、霧島アートの森まで走れますがアルコールセーブが必修となりますね。

2009年2月24日 (火)

そして、熊本城。

P1000813 P100081223日が後北条氏の滝山城で、24時間後の翌24日は熊本城見学(^^ゞ
熊本城本丸御殿と熊本県立美術館永青文庫展示室をめぐるツアーに同行しました。熊本城について簡単にレクチャーしてきました。

細川家コレクションの永青文庫は小さな展示室。美術品よりも古文書ベースの歴史展示が中心です。
東京の永青文庫に美術コレクションがあるので仕方ないけど、ちょっと惜しい。
熊大に寄託となっている細川家文書は、かの山本博文さんのご研究で『江戸城の宮廷政治』というコンパクトな講談社学術文庫となっている。細川忠興・忠利父子のやりとりをぜひ読んでみて下さい。
その辺の成果が展示に活かされていないのが惜しい。

で。
二様の石垣前で写真を撮っていただきました。
右が加藤時代、左が細川時代の石垣とされています。

左側の増設部分の上に、本丸御殿(昭君の間)が乗っかっているのはナイショだ。

2009年2月23日 (月)

武蔵滝山城を見学する。

P1000746 23日は天候が悪かったのですが、せっかく関東まできたので延泊して縄張り研究者のNさんにご案内いただいて、八王子市にある北条氏照の城、滝山城跡を見学してきました。

草の枯れている冬がいい状態でみれますので、この機会を逃しては!としてご案内いただくことで、「後北条氏系城郭」の真髄を実際この目で見ることができました。
アートのミーティングのあと、歴史研究について意見交換して、そのつぎは城郭研究者として城跡現地踏査とつづく東京遠征。

滝山城は交通の便が極めてよい。京王八王子からバスが1時間に2本以上あるという恵まれた条件。しかもアプローチも容易。こんな身近に後北条氏の縄張り技術を堪能することができる事例があるのは実にすばらしい限り。

Nさんの縄張り図と説明をうけながら3時間半ほど歩き回りました。主郭から馬出しや桝形虎口、そして馬出しも馬出しの連発で城域を構成するつくりや、桝形虎口も馬出しと組み合わせた内桝形虎口や谷へ下るつづら折りな連続桝形虎口など、横堀に土塁に、まあこれだけ使いこなすものだなあと感心しました。まさに百聞は一見に如かず。

築城主体の発想が、横堀で城域を仕切ることに対応して、通路を如何に設定し防禦するか、通路に沿って防禦空間となる馬出しや曲輪空間を重ねて如何に城域を組み立てるかをひとつの基本となる「発想」がベースにあることを実際の遺構から読み取ることができました。また、Nさんとディスカッションしながら歩くので本当に勉強になりました。

滝山城の縄張りに後北条氏の縄張り技術の基本的意識がはっきりみえることを思えば、昨今、「後北条氏オリジナルの城郭技術は見当たらない」って論調がどうして言えるものかなあ。と思うことしきり。
いろんな南関東辺りの城郭をみているのに後北条氏の築城技術に消極的評価が導き出せる感性はちょっと信じられない感じがしてます。(逆に縄張り屋さんの方には後北条氏オリジナルの縄張り技術がココにあるじゃないか、と叫びたくなるような気分。通路空間を使いこなし、通路空間が橋頭堡となる後北条氏の基本意識がみえていると思います。千田嘉博氏のような二次的要素をあえて捨てて理念を抽出する作業ができるのでは?)

こちらとしては、近畿・西国の織豊系城郭と九州の在地系城郭ばかり見慣れてきたものですので、あらためて関東の北条氏の城郭を知ることで、とてもいい比較検討ができたことが収穫でした。近い発想と似て非なる発想がみえる後北条氏と織豊政権の城を考えると、後北条氏の縄張り技術はもうひとつの系統を生み出しているのだなあと思う次第。

小雨でしたが、相模より分倍河原まで出陣してご加勢の上、ご同行いただきましたNさんには感謝しますです、はい。

夜は浅草。

P1000732 22日はおわったあとでお誘いもありましたが先約があったので、夜は2ヶ月ぶりに歴史研究家のW氏と浅草で再会。アートのミーティングの後で、歴史の世界へシフト。

宿は某バンダイの隣だったので荷物を置いてから時間があったので両国の江戸東京博物館に行ってみました。見ての通りの建築家菊竹清訓氏の1970年型モデルなデザインです(^^ゞ これは十分アートです。

古くは出雲大社に隣接したRC打ちっ放し建築にはじまり、新しいのでは九州国立博物館設計した先生ですが、いやーキテますね。江戸東京博物館のロゴがさらにキッチュ感を爆発させています。
うーん、感嘆してきました。足元?の吹き抜けフリースペースの挑発的な大空間はなにものにも代えがたいですね。
メタボリックバンザイ!20世紀のすばらしい財産です。
で、肝心の江戸東京博物館。ミュージアムショップだけみてみましたが、品ぞろいは九博のような感じでした。江戸城図版品切れでした(ノ_<)

で、隅田川を歩いて浅草へ戻り、の安飲み屋でWさんと再会。近況についてや、歴史研究のこと、出版な世界のことなど談論風発。
とても面白かったです。
歴史屋の執筆のお話などなどあれこれも交えていろいろとお話を楽しみました。
また、よろしくお願いしますね。

それにしても、食えない日本史研究者が売れない本をお金を出して出版して、食えない日本史研究者が1万円近い本を購入するという摩訶不思議な慣習はいつから生まれたのでしょう?
80年代末からバブルになりましたよね、日本史研究論集。
昨今は、研究者は就職するまでには一冊くらい出してないと、ってなっている様子、クレイジーだ。
昔の御代が若い頃に論文集など出してましたか。大学の先生とかになって生涯2〜3冊くらいと思うのですが、いつからこんなふうに乱発されるようになったのでしょうか?

さて。23日は朝から八王子へ遠征して北条氏照の居城だった滝山城を見学。アート→歴史→お城とつづくのでした。

2009年2月22日 (日)

荒城の月から春の隅田川

P1000701 P100071121日、22日は荒城の月のある城下町竹田でのアートプログラム企画をひっさげて、行ってきました春の浅草、隅田川。。。

あとで考えてみれば、荒城の月と春でつながる瀧廉太郎に導かれるような週末でした。でも音楽じゃなくてアートのことでの仕事です。岡の里事業の企画をAAF2009の26組のひとつとしてプレゼンし、ミーティングに参加した次第です。

会場は、浅草のアサヒアートスクエア。建築学科出身としては、あのフィリップ=スタルク氏デザインのアサヒアートスクエアの中へ行けるとは思っていませんでした。

プレゼンは5分。大分で地域の歴史に密着して……としゃべる人が関西弁(^^ゞ
という説得力ない展開で、すみません(ノ_<)。なんとかこなしてきました。

参加26団体は本当に梁山泊のよう。このような全国レベルの方々が一堂に集まる場所に参加した経験と言えは、3-4年前に京都で参加した文化庁研修会以来のことです。あのときはお仕事の肩書きで相手のセレブさにあんぐりでしたが、今回は岡の里の会員で、少しは近い土俵でやれそうです(^^ゞ 

プレゼンとディスカッション&ミーティング、そして懇親会の2日間。それにしても見知らぬ方ばかりでホント慣れない場所でどう振る舞ってよいものやら戸惑うばかり(二次会で『荒城の月』が出てきた展開には戸惑って(..ゞアセ)でしたが、濃密な2日間&懇親会で、多彩なアートなみなさんとOH!きな世界を知ることができて、またひとつ視野が広がりました。いろいろな方々にごあいさつはできました。ありがたいことです。
とりあえず、いっぱいいっぱいなので消化してから。。。まあ人見知りしやすいあんまり社交的じゃない人なのでいっぱいいっぱいなのです。
少なくとも、次回は『荒城の月』と『花』が流れたら飛んでいけるようにしておきます(^^ゞ

いろんな方から竹田に訪れてみたいと言われました。しっかり準備してささやかながらちいさなアートプログラムをきちんと実行できるよう努力しないといけませんね(..ゞアセ。責任重大ですが、各地のアートなネットワークと同じ土俵で仕事ができる機会なんてまたとない。この機会を活かせるよう努力したいと思いました。

2009年2月20日 (金)

岡の里事業実行委員会、ミーツ・アート

週末は、東京隅田川まで行って参ります。
助成を頂くアサヒ・アート・フェスティバルからのご招待で、岡の里事業実行委員会(音でます)「アートミーツ@創生館」で今年開催予定の「歴史の道《テラマチ》アートイノベーション実験」のプレゼンしてきます。
岡の里事業で、城下町竹田の寺町界隈を使っての歴史とアートの出会うまちのちいさなアートイベントを実施します。

あちこちのアートNPOさんにまじって、岡の里事業実行委員会の会員として全国区の交流をしてきます、どきどき。
岡の里事業実行委員会も全国区「再」デビューです。
20年前にたちあげた皆さん、「岡の里」はまだまだ色あせていませんよ。しっかり竹田をPRしてきます(・ω・)ノ


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2009年2月16日 (月)

名島城の歴史と文化シンポジウムのお知らせ

北部九州中近世城郭研究会から、下記シンポジウムのご案内。
告知転載オッケーです。


『名島城の歴史と文化シンポジウム』
共催 九州学研究会、九州考古学会、北部九州中近世城郭研究会
日時 平成21年2月22日(日曜日) シンポは午後1時から(受付12時30分)。
場所 福岡市博物館(1階講堂)
入場無料、資料代別途500円 定員は250名。


午前;現地見学会(名島城跡10時集合)/ 午後:シンポジウムとのこと。移動が大変そう(..ゞアセ


福岡市の名島城跡は最近では石垣が出てきたり金箔瓦が出土したりと発掘成果が出ている豊臣時代の城郭跡です。
その一方で、市の方は城跡に「展望台」を造るプランを進めているなど聞き及んでいます。そんなホットな「名島城跡」が、今回のシンポジウムのテーマとなっています。ニュース的には下を参照して下さい。

小早川隆景ゆかりの名島城址公園、来年秋までに整備
福岡・名島城跡の展望台整備計画、歴史家ら見直し要望

詳細はもらっていないのですが、丸山雍成名誉教授がコーディネーター。中野等氏(九州大学大学院教授)、中村修身氏(北部九州中近世城郭研究会長)、木島孝之氏(九州大学大学院助教)による報告とのことです。多分、現地の発掘成果も資料報告であるのではと思います。
中野先生は朝鮮出兵に関する面から名島城と小早川隆景で報告されると思いますし、木島氏は城郭研究(縄張り研究)の視点から報告されると思います。

今まで名島城を取り上げたシンポジウムは皆無でしたので、興味深い報告が聴ける貴重な機会です。
名島城は日本中でも数少ない「関ヶ原以降に改修を受けていない豊臣大名の居城跡」。宅地化と破壊が進んでいますがかなり貴重な遺跡。こんなカタチとはいえ脚光を浴びることになったのは意義あることです。

ぜひ足をお運び下さい。福岡市博物館は「平泉展」の最終日です(・ω・)ノ

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2009年2月15日 (日)

陵墓と城跡、伏見城跡

桃山陵墓地などの調査を許可=考古学協会、20日に実施−宮内庁
陵墓の立ち入り調査認める 宮内庁

ひとつは伝垂仁天皇陵ですけど、まあ、これはよいとして。
お城屋さん的には、明治天皇陵のある伏見城跡に立入りできるようですね。目視や写真撮影はできるけど、発掘はダメとのこと。

いえいえ、発掘なんて必要ありません。
1週間、縄張り屋さんを立入りさせていただいて、若干薮や下草などを払ってよいと許可していただければ十分です。
それで伏見城の縄張り図が取れます。それでしばらくは十分でございます。
あと、できれば瓦の表採もお願いします。

さて、問題は「日本考古学協会など16団体」に縄張り図書ける人いるんでしょうか?
誰か送り込みたいものです(無理か。)


ところで、何かの書き込みで昭和天皇陵も掘るのか?と言う向きもありますが、たぶん必要ありません。
昭和天皇や昭和年間に関することは十分な記録とアーカイブズがあります。わざわざ掘る必要はありません。
本来は、掘らないに越したことはないんです。
桃山御陵は、たまたま伏見城跡に明治時代に造ったので立入りたいというだけです(お城屋さん的には)。

聖武天皇陵のある多聞山城と安閑天皇陵のある高屋城跡はありますが、こちらは陵墓にあとから築城した事例なので大きなことは言えませんが、せめて縄張り図だけでも書かせてほしいものです。

2009年2月12日 (木)

さよなら、六本松。

P1070240九大キャンパス移転 六本松88年の歩み本に 編集委員会 「地域の記憶後世へ」
ということで、師匠お元気なようです。

とうとうわたしの「第2の故郷」九大「旧教養部」六本松キャンパスは3月いっぱいで閉鎖。
伊都キャンパスへ統合移転とあいなります。
わたしのような偏屈学生を育てた六本松の学びの場もおしまいです。わたしの大いなる勘違いは、教養部の多彩な学問の世界に魅了されて「八方美人」のまま居ることでしょうね。
さすがに、人生の残り時間を考えるようになって、ようやく城郭史にしぼってきましたが(愚)

それで、キャンパスそのものは去年の年末に見納めしていましたので、まあ、お別れにいってもね。という感じですが、比文は4月からは桑原戸山城が囲まれた僻地の伊都キャンパスです。
跡地はまだ白紙の様子(福岡市のことですので、水面下で決まっているのでしょう)。
うーん、糸島に集約するとこれまでの伝統?と遺産を放棄した九州大学はますます新制「福岡国立大学」になる予感。なんとも歯がゆい限り。
実際、九大の志願者はみごとに下がっているようで難儀なことです。今里先生のご意見は正しかったわけだ。

ふるさとの実家が解体されたようなものだから、ますます縁遠くなるなあ。
平和台に続き六本松もか、
あの辺の店も店じまいですね。

2009年2月 8日 (日)

「縄張りからみた戦国前期の城」ありました。

P1000676 8日は、大山崎町歴史資料館にて、城館史料学会の総会とシンポ。
パネラー発表は福島克彦氏、西股総生氏、多田暢久氏の三氏。

一応、後半の討論の司会をやりました。
テーマは、「縄張りからみた戦国前期の城」
縄張り研究ではとてもホットなテーマ。それの司会(^^ゞ

と言っても、城館史料学会のシンポですから普通のシンポではありません。
シャンシャンなシナリオのあるシンポではなく、テーマに関して発言をどんどん重ねていく「徹底討論」型。
なので、ボクの仕事は「ただの司会」です。今の城郭研究での論点が集まっている場でしたので追いかけるので精一杯。パネラーの方で進めていただいたカタチになりました。。。(..ゞアセ
ということで、テーマに関してどういった流れをつくるかは、パネラーと参加者からの発言で進んでいきました。

16世紀前半の城館についてどうやって検証していくのか、城館の年代観をどう考えるか、関西と関東での城館研究の意識の相違点などのさまざまな論点が3時間つづく「徹底討論」。途中でエキサイトする場面のある、昨今のシャンシャンシンポではお目にかかれない応酬もあって、なかなかヘビーなシンポでした。でも城郭研究者の丁々発止の議論なので、充実。(^^ゞ 中身は『城館史料学』最新号をご期待下さい。


とあれ今回の仕事は立っていただけ(..ゞアセ。じぶんはあたまで追いかけるので精一杯でしたので、ほとんど聴き役でしたがシンポの段取りを知るいい勉強になりました(..ゞアセ。
ホントは司会から絡んでいければよかったのですけど(特に分布論は。。。)、自分も絡むと全体が俯瞰できないなあと思っていたので今回はシンポの流れを把握して学ぶことに終始して自重してました。なので、フロアからは司会が仕切らないなあとご不満があったかもしれませんがボクの能力不足以外の何者でもありません(..ゞアセ。

今まで関東・関西の研究動向を生の声から把握する機会が乏しかったことを如何に埋めるか、研究者の声をリアルに認識するかで手いっぱいでした。でも、本当にいい勉強になりました。お世話になりました!次は発言して絡んでいくように、城郭研究の今の問題関心を自分の研究へつなげるよう務めたいと思っています。

Foxkeh! フォクすけ!


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