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2009年1月12日 (月)

中世史研究と考古学のコラボな時代。

てなことで、中世考古学では、寺院と城館と都市・集落が主要な対象として挙げられることが多いので、そのインパクトがでかいらしい城館・都市の研究史をいろいろ物色。
あらためて、80年代後半から90年代にかけて、網野善彦氏らと共に多数のシンポ・著作・シリーズを企画された石井進氏のやられたことの大きさを、今さらながらですけど痛感しましたです。さまざまに胎動してきた研究成果が出そろって今の史跡整備のカタチが一気に花開いた感がありますものね。

ひとつは、70年代後半から、あちこちで活発化した中世遺跡の発掘とそれらの成果を得ることで独自領域の「自律化」を模索していた中世考古学に対して、歴史学の側から「学際的」というアプローチでシンポや著作・シリーズものなどを通して編成したこと。

次に、そうした出版物や活動を通して、中世史研究の側から、中世遺跡の重要性と保全・整備を広く啓蒙したこと。

さらに、主に「畿内」ではない地方自治体を舞台に、中世遺跡の史跡整備事業というかたちで、歴史学研究者側がイニシアティブを取りさまざまな実践と国庫補助付きの「公共事業」を行う文化財行政の手法を中世史研究に導入したこと。

等々。そうした動きの中心軸に常にいたんですから、すごいものです。
と、同時に、こうした一連の動きについては、そろそろ総括してもいいんではないでしょうか、と思いました。

学際的研究のもとで参加してきた中世史や考古学分野、文化財の方々が、そろそろ定年近くを迎える時代でもありますし、中世史研究から中世考古学などの学際的連携が何をもたらしどういった作用を及ぼしたのか、また、これまでの各地の事例から何が得られ、何が得られなかったか、などなど。こうした一連の流れについて「客観的に」位置付けておく意義があるのではないでしょうか。そうした整理は、次の世代のためにも大事だと思った次第。また、今後どういった方向へ進むべきか、整備した史跡をどうしていくのかを含めて、ひとつのテーマになると思います。


ついでに、城郭研究者の側からみると、この時代は、中世史研究と考古学のコラボによる城館跡の史跡整備というカタチで城郭研究には大きな影響を与えたけれども、「掘ら(れ)ない考古学」な多くの城郭研究者には、結局縁遠い存在でしかなかったことについても、あらためて考えてみたいと思ったりしました。この80年代後半から90年代にかけての中世史研究と考古学の二人三脚な展開について、その胎動期からの流れをあらためて見直してみたいものです。

ちなみに、石井進さんが大分府内の南蛮都市シンポに来られたときに「府内を南蛮都市とするなら、他の九州の中世港湾都市は南蛮都市にはならないんですか?」とアホな質問したのはわたしです(^^ゞ。

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