« まちとアートの出会うとき、TAKETA&KUJU meets BEPPU PROJECT | メイン | キャナルのパイクさん »

2008年10月24日 (金)

日田へ行く

ほぼ10年ぶりに豆田町。廣瀬淡窓の本家、廣瀬本家の資料館を訪問。ようやく日田ともつながりができ10年来の課題が解消、福岡までもうすぐ。

豆田町が日田永山城の日田藩10万石の城下町として成立したのをご存知だろうか。今でも月隈公園と日田林工の敷地に遺構が残る。石川氏転封後は天領役所の在郷町となり九州の「金融センター」として発達したのである。よっておおいたの城下町では抜きん出て町屋や商家の規模がでかいのが特徴。
その有意義な経済史資料が残ると共に廣瀬淡窓や旭荘ら文人たちの文化史資料もたくさん残るのが廣瀬家なのです。まあ、欧州で言うところのフッガー家やメディチ家みたいなものか?(領主じゃないし規模は小さいけどもね)

そして、永山城ができる以前は河辺の隈町(現在の日田温泉界隈)に日隈城があり豊臣氏代官の毛利高政が城主だったのもご存知だろうか。(ちなみに支城の角牟礼城がなぜか本城であるはずの日隈城より優れた縄張りと規模を誇るのはなぜですかね)
日隈城も三隈川沿いの城山に現在も大手虎口などの遺構が残っている。隈町は日隈城の城下町。
つまり、2つの城と城下町が複合して日田市は成立している。その2つの城下町の間に日田駅がある。


その日田も最近はお客が減っているとのこと。どこも頭打ちで立直しに内外の足並みを如何に整えるか、同じような課題を抱えている様子。
まあ、人がきているところの減ったという課題と、閑古鳥なところの来ないという課題では、かなり違うけどね。
豆田町をみてベースが違うと唖然としましたさ。

トラックバック

このページのトラックバックURL:
http://app.blogcoara.jp/t/trackback/143624/16834220

日田へ行くを参照しているブログ:

コメント

コメントを投稿

Foxkeh! フォクすけ!


  • Firefox ブラウザ無料ダウンロード
Powered by Six Apart