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2008年8月31日 (日)

夕方のダルヴィーダ

30日は夕暮れに久住高原のギャラリー、ダルヴィーダに久々に立ち寄ることが出来ました。
ル・コルビジュエ展の図録を持参してのよもやま話と、BEPPU PROJECTCCA北九州など近郊のみてきたアートの話をあれこれ話しました。

その中で一般論として感じる部分として、アートをしたり企画するアーティストさんが、アートイベントなどで土地の記憶とかコンセプトで言う割には、その地の歴史的文脈を感覚ばかり表面をなで回すだけに終わっていて、本当の根っこをつかまない歴史的理解の浅さが本当に不思議なんです。
CAMKとかに来るヨソの国のアーティストさんはもっと哲学的だったり何らかのロジックを以てピントをしぼっておおづかみに掴もうとしますが、そういった裏付けの緻密さが感じられないのが不思議なんです。。。


そんなことを、土地や風土を感じる場所であり、この地に古くから人が生活を積み上げてきたことを知るロケーションを感じる場所に建てられたアートスペースの「ダルヴィーダ」にて、西日が沈む高原でのゆったりとした会話を楽しませていただきました。
たけたや久住高原などは、風土や気候に規定された土地性と、その上で暮らしてきた人間の移り変わりが蓄積した歴史性の上に感性のアートが乗っけられると思うのですけどね。。。残念ながら今の都市では土地性や歴史性が感じにくくあります。ウンチクばかり語って大局をみない歴史学者の怠慢でもあるのですけど。。。。

夕暮れの忙しい中で、話し相手になっていただき本当にありがとうございました。楽しい時間を過ごさせていただきました(^^ゞ。

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コメント

中西さん、ありがとうございました。いつも楽しい話しと情報をいただいて感謝します。
この久住にアトリエを建て4年を経過後、ギャラリーを増築して2年が過ぎました。ここに毎週通うようになって久住の昔を思いめぐらすことがあります。
DAR VIDAの「D」のデザイン、「A」のアート、「R」のリラックスは、久住の環境を考えてのギャラリー名です。
ここに来られる方の多くは、この環境が印象に残るようです。DAR VIDAにとってデザインとアートをリラックスして楽しんでいただくと言うのは
久住の環境なしには考えられません。久住の昔に思いをめぐらすのは自然の流れかもしれませんね。
場と言うものは不思議なもので、この場所も何もない頃には、どこにでもあるクヌギ林でしたが、
建物が出来、ギャラリーがそれなりに機能しはじめると、新しい場として何らかの作用を生むようになりますからね。
これから5年、10年と経過していくなかで景観とともに久住の過去から未来への歴史に取り込まれていくのが楽しみです。

たけたの中でも久住は新しい要素を自然の中に取り入れていく場所です。ちょっと厳しいけどな、それだけの包容力を持つ風土と思います。

網の目のようなネットワークのなかにたけたを位置付けることができると思います。それがこの地域の歴史の積み重ねとなります。
わたしも10年住んでいますが、今の蓄積が歴史となるのかなと思っています。

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