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2008年7月12日 (土)

縄張りからみた柳川城とその時代

というタイトルで、12日は柳川市三橋公民館で話してきました。
お城がテーマということか、想定していた60人以上の参加者で盛況でした。多謝です(*´∀`*)。

90分をオーバーしましたが何とか収める(..ゞアセ。
前半は、城跡を理解するのには、城の平面プランというかかたちである「縄張り」を知ると面白いことを説明してから、戦国期城郭から織豊期・近世城郭までを概念的に把握してもらうのに充てる。
休憩後、後半は近世柳川城の縄張りについて、柳川市史編さん室が刊行した地図編の城絵図を用いて説明しました。

市街地化している上に平野でありみわたせないこともあって、近世柳川城をまちなかで意識することはあんまりありません。
しかし、空撮するとお城の原形はしっかりと残っています。川下りのクリークがお城の水堀ですし地割もけっこう残っています。
城絵図を片手にクリークを目印に城跡から城下町までウォークしてもらえればと思いながら話しました。

一見すると特徴のないように映る近世柳川城は『馬出し」がわかれば当時の最新トレンドで築かれたテクニカルな要塞であることがわかります。城が築かれた関ヶ原以降の大築城ラッシュの様相を説明し、水堀をめぐらして平城を築き外構えで城下町まで囲い込んだ田中吉政の並々ならぬ筑後統治の意気込みを知る史跡として解説しました。
相変わらず拙い話しながら、みなさん熱心に聴いていただきありがたいことでした。

以外に柳川城跡の全体像を確認できることに気付いてもらえれば今回のねらいは果たせたといえます。
資料が良好に残る観光地柳川だけに「城跡」の縄張りを理解することで、自分たちの歴史と文化を営んできた基礎の部分を知ること、そして自分たちのまちのランドマークとかたちを知ってまちづくりに活用していただければ言うことないですね。

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