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2007年4月27日 (金)

昭和の日にみるノスタルジーの空虚さ

4月29日は昭和天皇の誕生日だったから「昭和の日」にすると去年の国会で決まった時は「アホが」と思ったものですけど、あらためて平成も20年近く経とうとするのにいまさら「昭和」に思いを馳せてどうする?
1926年生れが81才を思えば、戦前期昭和をリアルに知る人はどれくらい生きているのだろう?もはや歴史の世界に片足突っ込んだ状態にありますわな。だから戦前期昭和を語る今のひとのリアリティのないこと、ないこと。

で、30代が物心ついた段階で昭和も55年くらい経っているので、後は1989年生れの18才までを思えば戦後期昭和リアルに体験した人はどれくらい社会の中枢にいるのだろう。今のリーダ?たる50代も平成はいってから第一線で管理職とかやってきたクチだもんね。安倍晋三の父上辺りは昭和をリアルに語れるが、本人は
昭和史の重要な配役だった岸信介の現役時代に、膝の上に乗せたお坊ちゃんなんだから話にならん。
だから、リアルに語れなくてノスタルジーの世界で「想う」しかないんだな。

現在のノスタルジーに昭和を語る人は、自分が「オトナ」の目線で語る人が案外少ない
ことからもわかることだ。
そんな昭和の日なんて無駄。

いやいや、むしろ30代以下にとっては害悪でしかない。
子ども時代の記憶にのこる「戦前期昭和」にシンパシーを覚えるリアルに生きていない人たちと、
戦前から生きてきた世代に反抗したけどその後の継承はおろそかな「戦後期昭和」を懐かしむ人たちの、
持てるお金を振りかざしてノスタルジーごっこにいそしむ二つのグループが跳梁跋扈している姿そのものだから。
借金と雇用不安を未来の世代に課して将来の希望の芽を奪うおめーらと共に、ノスタルジーを感じろだと?

なつかしくもないものを、なつかしい!と言えっていうの?

ええ加減にせえや。
そんな暇あったら、明日のことを考えて行動するよ。昭和は歴史の棺桶の中で大人しくしていろって言うの。
昭和好きがノスタルジーに感じるものは、平成者にとっては「自分たちと違う世界のも の」にしかみえない、それで過去と現代をごちゃまぜにしたポップそのものが今のニッポンが得意とするカルチャーなんだから、下手したら下手な空っぽノスタ ルジーが現在のいいところを押しつぶしてしまいかねない。。。

昭和の日を考える人たちにみえることは、我が国の祝日とは本当に民主国家足りえない軽々しいものなんだなぁという感慨だけしか残らない。内閣府は豪華なパンフレットを自治体まで配付してたけどいくらかかっているのだろうか、タウンミーティングよろしく随契じゃないのかしらん。

新憲法制定をうたう過激派真青な「反体制クーデター」政党を与党と仰ぎ、現憲法の修正を求める「当たり前の保守的体制派」の政党を野党に据え置くという、「体制」の意味もわからない奇特な国民に、まともな民主的立憲国家の「祝日」観がわかるはずもないのか。。。な。
 

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