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2006年11月12日 (日)

宇部ビエンナーレの旅

P1050857山口県民文化祭行事の一環で、宇部市にて第21回国民文化祭・やまぐち2006彫刻展 がありました。ので11日に遠征してきました。
これは伝統ある
宇部ビエンナーレ現代日本彫刻展」の特別版として企画されたものだそうで、宇部市は40年に及ぶ彫刻のまち宇部興産の企業城下町(というより、長州藩家老福原氏のお膝元)宇部市の文化振興課には彫刻係なるセクションがあって、最近彫刻推進室に昇格したという彫刻の街なんである。
そんなことを知らなかった門外漢なわたしは、宇部って彫刻展??と思いながら冷たい雨まじりの寒い一日を早朝豊後竹田駅からJRで乗りかえること5回。昼前に宇部新川に到着したのです。
煙突が迎える宇部の街、やはり産業都市瀬戸内の街です。
(追記:彫刻というと、かつての上田大分市長は遊歩公園などに多く彫刻を設置した人。宇部市も大分市も新産業都市とされた都市、工業社会に彫刻アートという時代でしょうか。ちなみにその時代性に誘発されたのか往時の佐久間竹田市長も彫刻設置を推進したおかげで、産業都市ならぬ田園?な竹田市にも朝倉文夫氏ほかの彫刻作品があります。)

P1050844P1050846 P1050840 ずっとウェブログからお誘いいただいた諏訪眞理子さんの「働きます」・ in progress 》は宇部興産にあった旧炭坑の門前に栄えた三炭町商店街での作品
三炭町商店街は、新天町〜銀天町と続く宇部市の商店街通りの一番西端。かつては栄えたものの、アーケードはまもなく解体されるところで商店街としてはすっかり年老いた空間。
彫刻展HPの紹介を引用すると、「
展覧会会期中、作者が三炭町商店街に滞在し、営業店舗を中心に活動を行うほか、三炭町で取材した内容を扱ったインスタレーションを展示します。」とのこと。
諏訪さんが三炭町商店街と向かい合って「働きます」という活動を行い、自身もウェブログで公開するというものです。

P1050839 P1050866 現場にたどりついたのは昼前。しばらく三炭町に滞在して、2時くらいから銀天町・新天町と商店街に並ぶ作品を追いかけて街を歩く。但し、この彫刻展本当に作品が多岐にわたり半日では観きれない。。。で、最後は和田千秋さん・中村海坂さんたちの《障碍の茶室Ⅳ坑道を抜けて》までたどりつくのが精一杯。それから戻ると、諏訪さんや先ほどの和田さんたちに食事までお誘いいただいた次第。
何か得した気分。。。
前の白丹もそうでしたけど、誘われるまま‥‥なんですよね。

宇部の彫刻展は空き店舗などを会場にさまざまな作家たちが作品を展開する構成。その中で諏訪さんの作品は元々エリアに入ってなかった三炭町商店街に注目し、その町の中で向き合って作品とするという提案とのこと。
当日は店がお休みでワークショップで制作された靴が観れなかったのが残念でしたけど、それらのworkが三炭町と絡み合っていたのが印象的。アーケードの Tシャツを買った婦人衣料店のおばさんのところや、三炭町絵葉書を買った駄菓子屋のおばさんところで自然に買い物できてしまうくらい、当たり前におばさん たちが諏訪さんから仕入れた?Workを商品として売っている→それを買いに来る訪問者のわたし、という図式が出来上がっている。おばさんたちの話を聴き ながら買うわたし→売れてよかったというおばさんたち。

自分も竹田町で買い物する経験が多いので、生活感のある買い物をしたくなる感覚になる。そんな間隔の中でやりとりされる諏訪さんのWork。そんなWorkが竹田の商店街にもあったら面白いなぁ。
そんな諏訪さんの本店(出店?)には、ショーケースに三炭町の記憶が小奇麗に飾られていました。奥の部屋は三炭町の人たちが語る「声」が置かれているスペース。
最初は聞こえる音が何かわからないけれども、しばらく耳を澄ませば外の雑音も遠ざかり、人々の声に耳のピントが合ってくる。しばし聴き入る。。。そしてまた外の音に現実へ引っ張り返される。。。その繰り返しが三炭町への入り口。
店頭に戻ると、先ほど聴覚で感じた三炭町の記憶が小物で並べられている。

三炭町での諏訪さんのWork
《働きます》、は「アート」と自己主張しないけど三炭町の人たちの中にあってWorkが自己主張している感じがあって、考えれば考えていくほどに面白さが増してくる作品でした。結果として三炭町の毀誉褒貶なコミュニティに何かを刻んでいる営みがあることに感服する次第。

宇部での作品はいろいろ面白かったけど、ひとつ引っかかったのは「これ(まつり)が終わればまた空き店舗だよね」という点。
三炭町での諏訪さんの作品がそうした素朴な疑問に真摯に向っていたような気がするし、さまざまなまちおこし型おまつりアートフェスに対するひとつの回答の ような気がしてくる。別に何を変えようというわけではないと思うけど、新たな変化を目前にした三炭町の記憶に関わり、そこから紡ぎ出したWorkが何かを 刻みつけた一連の作品は、三炭町の人たちにとって「何かわからないけどアートらしい」ではなく自分たちの記憶がかたちを変えたものとして向き合う経験に なったのではないかなと思う。
そんな作品が生まれるのも、一過性ではない滞在型のスタイルで町と向き合う賜物と思えてくる。

ややフォーマットにいくばくかの疑問を抱きつつも、作品は面白かった宇部ビエンナーレ。
もうひとつ宇部での作品を挙げて。と言われると《障碍の茶室》。それはノーマライゼーションが何であるかを体感を持って教えてもらう経験をしたことに尽きる。商店街もモータリゼーションでないノーマライゼーションな生活空間の賜物でもあることだし。
はじめて車椅子(押してもらうタイプらしい)に乗った。あちこち動き回ったら周りにけっこうご迷惑をおかけしたみたい。。。
思ったより動けるけれども思ったより動けないことを体感しつつ、にじらせて入る茶室を車椅子仕様に再構築した茶室に招かれ、車椅子でお点前をする作品。
空き店舗利用ながらもデザインと施工がすばらしいお茶室での不思議なひととき。。。茶碗もノーマライゼーションなデザイン。おそらく、障碍者向け茶道体験 プログラムを考えるときには障碍者をノーマルな茶室に合せようと試行錯誤するのが一般的な回答と思うけど、これは逆に障碍者を主体にアブノーマルな茶室を 合せようという回答という良い?あべこべ発想を提案していることに後で気づいたことがうれしい発見。

たまたまこの彫刻展図録で執筆される先生と「相席」になったのも面白かった。そして、ここでお点前をいただいた和田さんたちと後でお食事させていただく「奇縁」も摩訶不思議。
はじめてアーティストな方たちとご一緒させてもらったひととき。いろんな話が聴けて面白かったし勉強になった。やはり百聞は一見に如かず。。。

三炭町のアーケードは会期終了後に撤去されたけれども、おそらく三炭町の主たちにとってもアーケードが撤去される前にひとつの記憶が刻まれたことは意義あ ることだったと思う。下手すればその場限りの消耗品、まつりとなり兼ねないアートイベントの中で、地元の方の記憶から編み出した様々なworkが地元の方 とつながりながら会期中存在感を持ち三炭町の記憶の新たな1頁となっている姿は感慨深い。
「記憶を収集するプロジェクト」に位置づけられている記憶を買い取り埃を払って元の艶を取り戻して再び売るという行為は、そこに住む人たちの三炭町商店街から三炭町横丁への橋渡しになるのでしょうか。記憶を売ってまた買うと考えると一種の「通過儀礼」な感もあります。

たまたま、アートNPOやアートフェスに関するあれこれに触れる機会が多かった11月。そのひとつの座標軸を観ることが出来た縁に感謝。そして、ボランティアでその場に参加する、いろいろな立場の方であると共に「宇部市民」であることを自覚されているような宇部の街の人たちに感銘を受けた旅でした。

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コメント

「 田舎でAIR-EDGE」 の記事ばかり見ていて、気づきませんでした。今朝、発見。

sumaさん、こんばんはです。お世話になりました。
何かとりとめなく書いています。別府で観た経験と照らし合わせてまとまったので書いてみました。

なかにしさん、今日は。
suwaさんのブログを見て、初めて知りました。
コメントしていただいてありがとうございます。
宇部の夜は楽しかったですね。

wadaさん、ありがとうございます。
最初にとりとめなく書いてたのを推敲して、もう少し加筆してみたらよくなりました。
今回の旅は、本当に新しい発見と経験が得られた有意義なものでした。
翌日が仕事なければ宇部に泊まればよかったと惜しまれるくらいに、楽しかったです。

またお会いできる日を楽しみにしています。

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