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2006年9月 4日 (月)

【大分市美】ボックスアート展を観ました

大分市美のボックスアート展を観ました。
田宮模型などのミリタリー系プラモデルのパッケージに描かれたイラストレーションを担ってきた小松崎茂氏などの「ボックスアート」を採り上げたものです。それと戦前に雑誌やイラストで広く流布した「戦争イメージ」を前段に据えて構成された内容になっていました。


個人的には、ミリタリー系プラモと言えば田宮模型なんだからこういった括りなのかな?と思うだけで、本来ならイラ ストレーションの依頼に応じて水彩やアクリルを駆使して制作した「画家」の足跡(戦場を描く画家たちという括りでもよいが)をもっと採り上げたらアートと しての位置づけが明確になるのではないかなと思いながら原画を拝見しました。
構成についても、戦争のイメージの変遷を語るとみせて田宮模型などの模型史が並ぶかと思えば、最初に戦前の「聖戦美術協会」な画集を展示するといった美術史的関心まで同居しており、おいしいとこ取りのパッチワークか節操のない荒業師といった感を受けました。

結 果的に、この展示が夏休みのコドモも大きなお友だちも是非観に来てね、という謳い文句で入館者数を稼ぐのだったら、それは戦前の「戦争イメージ」の流布と いうキラーコンテンツで盛り上げた少年誌などと同じ構図でしかなく、それをコドモや大きなお友だち向け、或いはなつかしいといった言説で宣伝する手法でデ コレートしてしまえる節操の無さと自律性の軽さはやってはいけない類に属するものと危惧します。
このテーマを扱うならもっとしたたかに考えれば、いろいろと興味深いメッセージが伝えられただろうと思うだけに実に残念と思いました。


わたしとしてはかなりモヤモヤ感があったので、結局、戦前の「聖戦美術協会」に参加していた画家たちの「戦争画」と言われる諸作品の印刷画集を観ることが出来たことでモトを取るしかありませんでした。
こ れらの画家の戦争参加の中での同時代表現については、あの当時の、戦争と科学万能主義と進歩的な近代主義がないまぜな「同時代の表現」として捉える(ある 種革命ポスターや礼賛の絵画を手掛けた画家たちとも重なる)視点は有効だと感じました。そして、「どちらかが破壊されるまで終わらない戦争」として生み出 された巨大な惨禍につながるとはよもや想起できなかったことを思えば、結果を知る我々が彼らの戦争参加の賛否を問うよりも、彼らの表現と軌跡を戦中戦後の 画家を取り巻く環境を含めて考えることで、今日の問題として捉えるべきなんだろうと思いました。

もうひとつ。ボックスアートにみられる原画のこまやかなタッチと表現を観るのは面白かった。ガッシュによる描き方は見事な職人芸です。どの段階でエアブラシが採用されているのか知りたかったですけど、よくわかりませんでした(つД`)。

と あれ、大分市美術館的には、この寄せ集め的な「ボックスアート」も大事ですけど、所蔵作品による企画「アートワンダーランド2006」に資金も人的リソー スも投下したらいいのにと思いました。こちらも去年のあのすばらしい出来を思えばひどく不完全燃焼な感がしただけに、これで来年以降無くなったら勿体ない ですよ。

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