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2006年9月 1日 (金)

太郎の思い出

P1040786 太郎といえば、岡本太郎。
写真のように別府駅前にも壁画がある。

この前、BTを読んでいて遅まきながら知った次第なんですけど、メキシコで眠っていた巨大壁画『明日の神話』が2003年に発見されたそうで、岡本太郎記念館などが中心になって発動した「明日の神話再生プロジェクト」で2005年日本に運ばれたそうです。愛媛県東温市で修理され、今年の7,8月に汐留にある日テレプラザで公開されたそうです。

この『明日の神話』の原画となる油彩画は川崎市岡本太郎美術館にありまして、岡本太郎が亡くなった年の1995年に広島市現代美術館で開催されていた『岡本太郎展』で観たことがあります。今思えばラッキーだったなぁと。。。

もちろん、横長のサイズの油彩画で展示室の中で一際目立つ迫力はさすがはタロウと思った記憶があります。この『明日の神話』とは、 岡本敏子さんの遺したコメントによると、ヒロシマの原爆と第五福竜丸被爆という時代背景を踏まえ、原爆の炸裂した瞬間を描いたものだそうです。詳細は売切 れのBT8月号を観てくださいな、で燃える骸骨?を中心にピカソの『ゲルニカ』(京近美でレプリカ観た)などに匹敵する(言いすぎか)の名作と思います。 原爆という死のシンボルかつモダニズムのたどり着いた果てとしての暗いイメージの中に「生命への信頼」を基礎とする躍動感を刻む難しい作業だったと思いま す(だからといってこれをみて暗いだけじゃないなんて言うのはどうかと思うけど、そこまで死のシンボルの重さが感じられない時代になったのだろうか?)。
おそらく汐留のホンモノの壁画は迫り来るものがあったと思います。本来メキシコに飾られる予定だったわけですがシケイロスら壁画運動の本場メキシコであっても十分ひけをとらなかっただろうと思います。

今回の壁画の再生プロジェクトは、ほぼ日の持つシステムづくりの上手さが活かされている点で優れたものです。どうし ても必要な「資金」の問題をウェブコミュニケーションの網の目を見事に活用したTARO MANEYによる寄付を軸にスポンサードを集めるという手法はさすがと思います。

ただ、残念なことに余りに巨大な壁画(水濡れ厳禁らしい)なこと もあり引取先がないそうです。もし可能ながら六本木に出来る国立ギャラリー、いやむしろ川崎市岡本太郎美術館か広島市現代美術館に展示施設を造って展示し た方がいいのではないかと思うのですがうまく収まってくれると良いけどなぁ。。。

それにしても、亡くなる年の95年段階では文献整理や作品研究はこれから。今回がまとまった展示としては最後のチャンスでは。。。と図録にあるのですがたった10年で岡本太郎の評価はめざましく変化しています。
し かしながら、今回の『明日の神話』に関連するコトバをみると、描かれた20世紀、昭和という時代背景が既に「脱臭」「滅菌」され、換骨奪胎された岡本太郎 像が独り歩きを始めているんだなぁという実感を覚えます。まるでノスタルジーで化粧され脱臭・滅菌された「昭和」をもてあそぶ無責任かつ痛みを知らない無 邪気な言説と同じような違和感を覚えるところでもあります。
もっとも広く賛同者を募るには臭いや脂は意図的に取り除く必要がありますけども、その姿は知らない人にとってはホンモノと受け止められる危険性がつきまといます。

『明日の神話』には、原爆と言う原子単位での破壊と死のシンボル故に、それに対置する「生命の躍動」がより強く感じ られるという岡本太郎の言う「対極主義」故に強いメッセージが受け止められるという構図があると思うのだけど、その片方だけがメッセージとして伝えられ体 感されてしまうのはどうなんでしょう。その励まされる裏ッ側には励まされる要因となる内面の「哀しみ」が自分の心に潜んでいることにどれだけの人が気づく のでしょう?
わたしの場合、最晩年に埋もれつつあった作家という感じで辛うじて引っかけたくらいでしか体験できてないのですけど、それ故にこうしたブーム的なムーブメントをみるにつけて困惑してしまいます。

敏子さんも居なくなった今、『明日の神話』の再生は、『岡本太郎の神話』をどう受け止め、自分の糧として乗り越えて いくかという課題でもあるのかと思います。何より、今日の私たちがぶつかり乗り越えるべき岡本太郎は、あの時代の持つ脂と臭いと哀しみを伴うが故の生命感 が伴わなければツマラナイ。誰かさんの都合で脱臭・滅菌された「岡本太郎」像なんて面白くもなんともないと思います。

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