あれこれ告知板。

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■あれこれ・ラボ (日曜版)へようこそ!■
城館史料学からいろんな領域へ、『痕跡から読み解く研究日誌』あれこれ・ラボへようこそ!
ただいま、ハコ芸&エコ芸の現場に居ませんので
「歴史とアートの出会い」はしばらくお休み。
日曜研究者モード優先「城館史料学と縄張り屋家業」拙稿はコチラ)をやってます。
前の仕事場には居ませんので私宛の郵便物は送らぬよう。日曜モードへのあれこれはお電話かメールで。

■あれこれ・ラボ の活動予定とトピックス■

平成22年度後期、別府大学(非常勤)にて『城館史料学概論』(集中講義形式)します。
別府大学・大学院で城郭跡から歴史を読み解く「城館史料学概論」します。のべ5日間の集中講義 (サタデースクール)です!
前半戦は、9/26(土曜日)・10/2(土曜日)朝から3回集中講義で縄張り研究ベースの城郭研究について。
11/6(土曜日)高崎城跡レクチャーを挟んで、後半戦の12/18(土曜日)、25(土曜日)は城郭研究最前線の予定。
前年度からの段取りで今回することになりました。人数も多くないのでごゆるりと(でいいのかな?)

あっ晴れ!おかやま国文祭@津山市『中世山城の祭典』 
と き:平成22年10月30日(土曜日)・10月31日(日曜日)
ところ:ベルフォーレ津山 ※初日の現地見学会は岩屋城跡・神楽尾城跡
初日は、史跡現地見学会&奈良大学教授千田嘉博氏の講演会。2日目はシンポジウム。
美作地域史研究会のご縁から、城郭研究者として「全国山城サミット」のお手伝いさせていただいてます。

■書籍のご案内■
混浴温泉世界—場所とアートの魔術性—
ボクが直接関わっていませんが2009年のコンヨクを知る決定版!カバーページのたくさんの人の集合写真に交じってなぜか居たりします(^^ゞ。

福岡県の城郭—戦国城郭を行く—福岡県の城郭刊行会編、銀山書房
福岡県の中世城郭についての最新成果が納められた一冊。縄張り図も多数収録しています。福岡県内の城郭のガイドブックとしてどうぞ。

2010年8月29日 (日)

月刊文化財バックナンバー。

文化庁文化財部監修の『月刊文化財』
第一法規株式会社から刊行されているけど、ほとんど文化財行政の機関誌です。
ぎょうせいから刊行されている『文化庁月報』もありますがあちらは芸術文化・博物館も含めて文化庁全体のこと、
こちらは文化財行政オンリー。
外務省の外交フォーラムは仕分けされたようですがこちらはしっかりと根付いています。

第一法規のページでは、
わが国の指定文化財を中心に、概念の変遷や学説の動向、国内外の豊富な事例紹介等文化財に関わるあらゆるテーマを、
各分野の第一人者の解説、多くの写真とともに取り上げる唯一の文化財総合月刊雑誌。

とあります。

だいたい文化財行政の仕事場では購読してたりするものですが、
当方は文化財の現場に居ませんでしたし、国博が近くにあるわけでもなかったのでなかなか入手する機会がなかったのですが、
現場でも近くの書店から注文しているのだろうから、と思って取り寄せできるかと尋ねてみたところ、
OKだったので取り寄せてみました。
1週間ちょっとで到着。ローカルな事務用品系書店は田舎の研究者にとっては本当に便利です。
歴史まちづくり法や伝建、保存修理の観点がイマイチ理解できてなかったのでそれに関連する号を注文。
この辺を足がかりに、不動産と税制に関する知識を融合させていけば実践的な文化財のまちづくり理論やマネジメントを学べることでしょう。
文化財のマネジメントはアートやリノベーションの現場などに比べればまだまだ後手ですので基礎を押えておきたいもの。
あとは平城京遷都と唐招提寺。これは建築史的関心。こちらもしっかり仕込まないと。

日々、コレ勉強です。
問題はどこで活用するかだな(^^ゞ

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2010年8月26日 (木)

『天下人の一級史料』

大西さんのウェブログ「閑人贅言」「三鬼清一郎氏「山本博文著『天下人の一級史料』に接して」を目にしたので、
夕方に大分トキハ(わさだじゃないよ、本店です)に買物に行くついでに山本博文氏の『天下人の一級史料』を聖地ジュンク堂で仕入れてきました。

古文書読解なら!な柏書房から刊行されただけあり、
さっそくの斜め読みでも古文書学や古文書館的世界からの斬り込み方は半端じゃないなあと思いました。
「一級史料」と明言しながらも、原本の写真版を惜しみなく挿入する辺りは、
さすがは、日本で一番「一級史料」に触れる環境の強み!(微笑)。
そんな『一級史料』の殿堂からの、従来の豊臣政権研究を支える基礎史料の解釈についての問題提起や斬り込みは、
相手の方が原文書に触れる機会が多いだけに、これに応戦するのも大変だろうなと思う次第。

『一級史料』に対する切り口などを含めて、最近の豊臣政権研究を把握するいい海図になりそうなので買って満足です。
もっとも、ボクらが扱う「一級史料」は一般の方でもハイキングのついでに触れることの出来る開かれた「一級資料」ですけど、ね(微笑)

2010年8月23日 (月)

旅する学者?と西国路。

週末研究者な生活になりカレンダー通りの休みがとれることもあって、
西国路に関心が高まり頻繁に往来するようになると、現地を往来する移動費がバカならないのは当たり前。
そこで先達にあやかり、夏から津山までは自家用車(EKワゴン)でかっ飛ばすことにしています。
昔、海外ドキュメンタリーであった『旅する学者』ってのをうろ覚えに、旅する学者気取りで。。。
車の後部座席を倒しておいて、MacBook Proの入ったコニシタンかばんに、調査用具や書籍、複写資料を幾つかのフリーボックスに分けて搭載。
だいたいの荷物が入れておけるので、今回の生涯学習講座遠征でも打ち合わせ資料も入れておいて即座に対応できて便利でした。
列車だと移動時間に読書やチェック、原稿書きができますがその分格段に視力が悪くなるのと、
何より城跡や古建築など文化財のある現地を訪れるには鉄道がないところが多いので、旅する学者?は車が必須。
ということで、冬期を除いて車移動で西国往来の日々です。

日中移動すると豊前路がえらいことになるので、できるだけ夜の移動。
だいたい深夜で7時間半、日中で8時間強走れば到着します。
大分(竹田)〜北九州2.5時間、北九州〜山口1時間、山口〜広島2時間、広島〜津山2時間のペース。
山陽道より中国道が難路ですが車が少ないのでその分走りやすいです。
あらためて、豊予海峡大橋があれば四国ルートは5時間弱は固いのを思えば本当に残念です(^^ゞ

おかげで、途中で毛利氏関係の故地に立寄ることが出来ます。
吉田郡山城・吉川元春館跡・三次の比熊山城など江の川沿いから、山陽路の福山・西条・広島界隈などなどなど。
そして、毛利博物館をはじめ各地の博物館・資料館や図書館、山口県立文書館等各種施設も立寄れます。
走りながら、ただいまフリーなボクに岡山・広島・島根・鳥取界隈で城館史料学に関する調査・研究のオファーないかな?と思うくらいに、
中国地方には魅力ある戦国期の国衆・大名から織豊・近世初頭までの城郭跡がたくさんあって実に楽しい。
また、土地勘を知りながら新たな知見を得るのはまさに車旅の楽しみ。
しっかり先行研究を把握し、ポイントとなる城郭跡をこの目で押えて毛利領の城館を知りたいと思う日々です。
そして、古建築・文化財も要点を抑えていきたいと思う次第。

その前に、もちろん北部九州を抑えるのも忘れずに(^^ゞ

写真は左が比熊山城、涼しくなったら登る予定、右は早朝にたどりついた吉川元春館跡正面。
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2010年8月22日 (日)

森家たっぷり美作学講座-森家をめぐる城々-

21日は津山市生涯学習講座『美作学講座-中世山城の世界-』最終回。ボクが1回目を4月にやった連続講座の〆です。
トリを飾るのは、森家語らせたらこの人な、福田久子氏による森可成・長可・忠政にまつわる戦国・織豊期の城郭についてのレクチャー。

毎回140人を超す聴衆に恵まれて好評だった「津山市生涯学習講座」。
冒頭から3人難しいことを話す人が続いた後で、最後はリラックスしながら森家三代と城郭についての内容。
ともすればコネクリ回して専門用語連発で延長戦も辞さない(^^ゞ我々に対して、
簡潔かつ丁寧で写真とイラスト組み合わせで攻めて引き際までしっかりまとめられた福田さんのお話は
年配の人にも優しいレクチャーでした。

それがわかるのも、終わった後の質疑応答の皆さんの勢いの良いこと良いこと。
我々がやるとたいてい消耗して何から言えば良いのやら的雰囲気が漂うのとは違って興味深く拝見してました。
うーむ、実に勉強になるレクチャーでした。
10月の山城サミット2日目に話すことも組み直さないと!と思うくらいにいいヒントをもらいましたです。
あと、森家三代で蓮台城→兼山城→手筒山城→宇佐山城→海津(待)城→津山城→(天下普請の数々)と戦国・織豊期城郭を語ることができるんだなあと再認識しました。
常に織豊政権の最前線で活躍した(おかげでかなりの戦死者が当主家に続出)森家という存在はなかなかに興味深いものです。

終わった後は打ち上げ。この日は某倭城なKさんも津山に居らしており(ボクは姫路に続き3週間ぶりにお会いしました)、
ニフティFSIROの方々も来訪となぜこのようなつながりがという不思議なネットワークを楽しめた一夜になりました。
ボクも昔はFSIROに参加していましたので何とも感慨深い1日でした。あらためてよろしくお願いします(._.)オジギ。

ということで、来年の連休は倭城に遠征することはほぼ内定(^^ゞ。その前に11月に今の「福岡城跡」を存分に楽しむツアーも内定。
その前に津山市での中世山城の祭典でがんばらにゃ(^^ゞ

そして、この講座開催にあたって、津山市・津山市教育委員会、美作大学の皆さんには週末開催にも関わらず大変お世話になりました!
引き続き、お世話になっている分を含めてさらに貢献できるよう務めたいと思います。

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2010年8月17日 (火)

『小西行長-資料で読む戦国史-』

先だって紹介させていただいた、八代市博物館学芸員の鳥津亮二さんが八木書店から刊行された『小西行長-「抹殺」されたキリシタン大名の実像-』
著書を賜りました。ありがとうございます!!

「はじめに」のところで、収蔵庫に埋もれていた天正16年の記年号が入った「小西行長書状」を紹介したエピソードを載せていただき恐縮至極です。
歴史資料館学芸員名義の仕事絡みで書籍の中に実名で出てくるのは、藤木久志氏『城と隠物の戦国誌』とこの本で2冊目になります(^^ゞ。
後者はお城屋さんということですから、純粋な稼業でははじめてですね。
一応、グローバル&ネットワークな視点で仕事をしていた身としては、なかなか接点をつくることに難儀してましたが、
「ちゃんと、やってたゾ」という証拠にもなりますので、ホントにありがたいことです。

それはさておき、いただいた著作は、原典に丁寧にあたりながら小西行長像を構築していく手堅い仕事になっています。
ともすれば「想像の翼」で脚色される小西行長さんですが、その実像を抑えるには丁寧かつ平易な一冊です。
専門書ではありますが小西行長に関連した事項は広い範囲で網羅されている上に、史料解説を平易で敷居を低くすることで理解しやすい入門編ともなっています。
ここで理解してから図録や専論を入手すればよいと思います。
この手の本では5,000円を切るリーズナブルな価格設定となっていますので、興味のある方はぜひ入手して下さい。

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2010年8月16日 (月)

毛利氏との出会い。

7月最終週に高速道路を利用して津山まで帰省。
交通費がさすがに嵩むので試しに1,000円高速の恩恵を受けようとした次第。

金曜深夜に出発して豊前路を通って苅田経由で関門越えして中国道をゆくコースで夜明けには広島まで到達。
ちょうどよい時間だったので仮眠を兼ねて、大朝インター(ホントは千代田が近い)で下りて朝イチで吉川元春館と万徳院を見学。
「戦国の庭、歴史館」開館まで仮眠してから見学。
それだけでは勿体ないので、ひとやま越えて安芸高田市吉田町の毛利氏の郡山城まで寄りました。
夏なのと津山に到着する時間を考えて、郡山城は登り口だけ確認して麓の安芸高田市歴史民俗博物館を見学してきました。

その次の週、世界遺産姫路城を前にして報告させていただいたセミナーでお会いしたのがその
歴史民俗博物館の学芸員Aさん。
これぞ、まさに、運命の出会い(^^ゞ
ということで、郡山城跡麓で発掘された「大通院谷遺跡」報告書について入手させていただきました。
吉田で吉川元春館クラスの発掘調査とも言われている郡山城麓の遺跡とのこと。
前の週に図録は購入したけど、セミナーを考えて見送った報告書について新たな知見まで案内いただき、大変お世話になった次第です。
先だって小都隆氏の著作も入手できたことですので、毛利
のご縁を大事にして、勉強したいと思います。
涼しくなったら郡山城跡へ登るぞ(あの石垣が見たい)と固い決意をした次第。

吉川元春館は過去の報告書が販売していたし、安芸高田市歴史民俗博物館も図録や上記の報告書が販売されています。
広島県(安芸国)なのに、日本海に注ぐ江の川水系に展開した毛利氏と国衆たちの世界を土地勘から理解するには、
安芸高田市や北広島町界隈のゆかりの地に直接行くのが最適です。ぜひお立ち寄りを。

ということで、写真は朝の光まばゆい、朝露に濡れる吉川元春館。
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2010年8月15日 (日)

念願の!それとも今頃!

今さらながらですが、『図説中世城郭事典』を全巻揃えることが出来ました:.゚ヽ(*´∀)ノ゚.:。+゚

大学院時代、1万円を出すのに勇気が必要だったので「西日本だし3巻から仕入れよう」とコツコツ仕入れて2巻目まで入手したものの、
肝心の東日本の1巻目が品切れ。その後は古書店でもウェブ上でも探せない状態が続いていました。

それが久々にチェックしてみると、ウェブ上の『日本の古書店』にも全巻セットで出るようになっているじゃないですか。
と、そこにまるで私に買えといわんばかりに1巻のみのバラ売りが。
しかもほぼ当時の価格、1万円ちょいなり。
あれから10数年、すっかり大人になっていた私は、ポチッと押して注文。
博論前後の「私債費」の清算をしている最中というのに、最後の仕入れとばかりに購入できました。

昨今、大学院時代並みに城館史料学に勤しむとともに、東日本の城館に注力してきた夏のご褒美かも。
もっと城館を勉強せよというありがたい巡り合わせかも知れませんね(^^ゞ

2010年8月 5日 (木)

業務連絡とご案内

拙ウェブログ、セミナー後急激に閲覧数が増えまして(^^ゞ、多数ご来場ありがとうございます。
とは言え、7月になってから原稿や依頼事の締切に追い込み続けています。
近々では盆明けくらいまでヤマで、9月くらいまで余裕がない状態です。

セミナーのことやそこで談論風発で考えたこと、今回準備してきたことなどいろいろ書きたいのですが、しばしお待ち下さいませ。
一部ツイッターでつぶやいたけど、歴史考古学の方法論理解を深めて、城館史料学の立場から歴史学へ斬り込む議論を重ねたいと思うところです。
そして、90年代以来続いてきた「学際的研究」や城郭跡整備の場でどこまで「民間学」出自の城郭研究の成果は反映されてきたか?
これまでの枠組みの再検証も視野に入れつつ、より研究を進めていきたいと考えてみたり。

しばしご猶予ください。

追伸:昨今、城郭研究のホットな話題とあった杉山城の件ですが、今回1年遅れで刊行の『城館史料学』7号にて松岡進氏が「「杉山城問題」追考」を発表しています(刊行が遅れたのは事務局の不手際です)、
本来は2009年7月刊行予定で査読了承のものとして御一読下さい。松岡氏は「椙山之陣以来」の解釈についての議論には深入りしていませんが十分な反証だと思います。
そもそも、この「問題」は、新府城跡などにもみられる遺構と出土遺物の年代観の相違という今後議論を深めるべき考古学的課題と思っている立場としては、
どちらが正しいか(文献史料で裏付けられるか?)的な目線や錦の御旗のごとく「証拠を出せ」的な目線で第三者的判定を受ける筋合いはないと思っているので、
これを機に、「ではあの技巧的な縄張りはどう位置付けられるのか?」という問題意識から、編年研究あるいは空間論から後北条氏系城郭の研究が活性化することを願って止みません。
当日、司会のTさんから揶揄されましたが(^^ゞ、個人的にも関東の城郭跡をもっと観て後北条氏系城郭を考えてみたい気持ちがありますが、何せ遠いのが悩みの種。

もちろん、なぜ城郭遺構の年代観と、遺物(陶磁器)の年代観が合わないかという課題についても、歴史考古学の編年研究に触れつつ理解を深めていきたいと思います。

2010年8月 1日 (日)

世界遺産姫路城の近くで発表してきました@第27回全国城郭研究者セミナー

7月31日、8月1日は、世界遺産、姫路城』の前にある姫路市イーグレ姫路にて第27回全国城郭研究者セミナー
2日目の報告者兼パネラーとして
「西南日本の城郭の横矢掛りから考える — 城郭研究と年代観 —」の報告しました。
城郭研究の老舗セミナーにて報告するのは、2006年第23回以来です。
前回は自分のレベルが追いついてなくてひどいものでしたので、奮起して今回の報告には満を持して準備しました。
また、城郭研究に専念できる環境にもなりこれまでの経験を下敷きにじっくり考えることも出来ました。
おかげで、パネラーとしては自分が伝えたいものやロールプレイはこなせたと思いました。
もっと先行研究や同年代の研究者の動向を把握しないといけないという課題は残りましたが、
ようやくセミナーやシンポというものが何となく認識できたような気がします。

どちらかと言うと「煽り役」になりましたが悪意はありません。
城郭研究が活発になればと思う故です。
第26回大会で質問を立てて提起しようとパッション的には思ったものの、
論点の準備不足故に留まった憾みは幾分か出せたような気がします。

引き続き、有言実行が伴うよう努力したいと思うセミナーになりました。
皆さん、お世話になりました。
そして、
本当ならば、世界遺産級の岡城を
学術研究の土俵に載せることで広くプロパーに周知するために、
全国の城郭研究者が集う伝統あるセミナーを九州初として誘致する予定だった第27回のセミナー。
諸般の事情で果たせなかったわけで、そうした事情を汲んでいただいた
城郭談話会&姫路市の皆さんには本当に感謝いたします。
このご恩に報いることが出来るよう務めたいと思います。

追記:中世城郭研究会のサイトにセミナー写真が出ています。がんばりましたよってこんな感じこんな感じ(^^ゞ

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2010年7月23日 (金)

闘いの渦中。

なぜここに私は居るのか?という実存的問いかけをする今日この頃(^^ゞ

平日の8時半−17時以外の時間はずっと城館のことばかりアレコレ考えています。
休日を潰されずイベント事に振り回されない分、研究ばかり考える日々。おかしなことだが、大学院のときより勉強してる。
もっともっと、城館史料学を極める、という気持ちを強く持ちたいもの。
下半期にくるだろう仕事のドタバタを迎えるまでに自分のカタチをモノにするのが当面の目標。
もちろん城館史料学からいろんな領域へ攻め上がってナンボと思っています。

今、まさに闘いの渦中。
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2010年7月 6日 (火)

最後の一冊。

土曜日に福岡へ出かけた際にジュンク堂に立寄る。
気がつけば天神コア(全館ガールズショップ!)から紀伊国屋書店は撤退しており、いまや天神界隈を代表する大型書店。
で、書棚をみていると。。
小都 隆氏の『中世城館跡の考古学的研究』があるじゃないですか。
広島県の城郭研究を押えるには書かせない一冊。
しかしながら、Amazonにも古書店でも検索できない幻の一冊でした。
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それが普通に店頭にある。と言うことで、迷うことなくゲット!
帰ってからジュンク堂ウェブをみてみると、どうやら福岡店の一冊が最後の在庫だった模様。
翌日から在庫無しになっていました。

うーむ、なんという幸甚。ラッキーでした(・ω・)ノ
ちなみに、その日はもうひとつ探していた幻の書籍が店頭にありましたが、コチラは高いのと直接必要ではないのでパス。
それにしても、おそるべしジュンク堂の在庫力(^^ゞ。

2010年7月 5日 (月)

第27回全国城郭研究者セミナーで報告します。

ということで、一応、予告。
7月31日〜8月1日に、下の写真の姫路城のある姫路市で開催する、第27回全国城郭研究者セミナー2日目で報告します。
シンポジウム「横矢掛かりから考える」において、

「西南日本の城郭の横矢掛りから考える 城郭研究と年代観
で報告します。

九州から全国的な研究に言及していきますので、
たぶん、関東で埼玉県の戦国期城郭について関係者が、ひとつの年代観を鵜呑みにして飛びついたネタを、
いなせばよいのに真っ正面から受け止めて「問題」にしたことが問題と言う件についても言及することになるんでしょう。

去年のこともありますので、少なくとも相手から仕掛けてきた「闘争の場」に受けて立つのが縄張り屋さんの責務。

日々、あーでもないこーでもないと脳内予習の日々。しっかり準備して臨みたいと思います(^^ゞ

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2010年7月 4日 (日)

アートと歴史の出会い、まちとアートの出会いについて語りました。

3日は雨天の中、2週連続して福岡へ遠征。
先週は福史連大会にて『福岡県の城郭』について報告しましたが、
今回はアートサポートふくおかにて去年やった「テラマチあります」についてこっとんのTさんと一緒に報告です。

連続講座2010 アート でつなぐ人とまち」第4講「まちとアート・大分県竹田編」です。
アートサポート福岡には、2008年にリサーチを兼ねて連続講座2008 アートでつなぐ人とまち」を受講したご縁です。
それでホントに2009年にアートプログラムをやった事例と言うことでお招きいただきました。ありがたいことです。


内容は
『この回の講師は「連続講座」受講生OB&OG。お2人は城下町・大分県竹田でアートを通じたさまざま出会いやアーティストを招聘するプログラムを提案する 実験を計画。2009年度、アサヒビールが支援するアサヒ・アート・フェスティバルに採択されました。「歴史の道アートイノベーション実験『アートと歴史 の出会うまち<テラマチ>あります。』」の様子と竹田をアートで盛り上げる仕掛け人としての思いをうかがいます。』

ということで1時間半を2人で分担して報告&質疑応答。

単にこんなことしました。という報告では意味がありませんので、2つの力点を置いてそれぞれ担当として報告しました。
ボクの方からは、歴史的遺産を残すまちにおいて「歴史と文化のエコミュージアム」を展開する上で、
「現在」をテーマとするアートとの出会いをなぜ必要と考えたのか?を話すことに力点を置きました。これはボクの担当。
「過去」=歴史(歴史的文脈) と 「現在・未来」=アート がただ出会ってアートが過去のモチーフを焼き直すのでなく、

「過去」=歴史(歴史的文脈)と「現在・未来」=アートの出会いから、過去から現在・未来へ、現在・未来から過去へ行き来することで、
過去だけでない現在の生活文化に新たな視点を提示できるのではと言う見込みを考えて企画したことなどを報告しました。
そして、今回の企画をなり立たせる背景にあるギャラリーやデザイン活動の面から話すことは
デザインディレクターをされているTさんから。
テラマチ企画はこれまで地域の中で積み上げられてきたギャラリー活動やアートプログラムの積立てを基盤に、
既存の施設やリノベーション事業の成果を援用することで成り立っていましたからこの組み合わせとなりました。

これらの報告を通して、まちとアートの出会いを生み出す場において、潜在的に地域の人たちが持っている創造性とコミットし、
さまざまな回路から同時並行的にアプローチを重ねることに意味があるという「特徴」が少しは出せたかなと思う次第。
自然と歴史と文化が絡み合う上質の環境を持つ希有な地域に住んでいますが、それを育んだのは市井を生きる人たちです。
単に「いいものだから」と外から持ち込んで植えてもしばらくすれば枯れてしまうでしょう。
過去の歴史遺産の中から文脈を適確に読みこなす読解力と、その中から本質を見出す着眼点の精度のよさ、が必要です。
今回の企画ではテキストを読みこなす方はできるのですが、
本質を見出す着眼点のよさはボクにはないので(^^ゞ、随分と助けていただいたわけです(企画力も多分に(^^ゞ)。

しばらく振り返る機会がなかったので、今回考える機会を与え下さったアートサポートふくおかの古賀さんには本当に感謝しています!
引き続き、まちとアートの出会い、アートと歴史の出会いについて考えていこうと思っています。

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2010年6月30日 (水)

美作の山城。

城跡を歩く方が楽しいと思いますヨ、とつぶやきつつ、
世界杯を横目に複数の仕事をこなしながら進んできた6月も終わり。

この3ヶ月、本当に濃密に城郭のことばかり考えるよう集中している。
もちろんケンチクな人なので、3月まで準備していたアートなこと等もしたくてウズウズするのですけど、
渋さのライブに行くぐらいしか状況が許さない(^^)。
ということですので、現在は城館史料学に注力することが、次のステップの足がかりとしては合理的なものですので、ご理解の程を(^^ゞ

と言うところで、6月は大阪と福岡での2つの報告準備を介して夏のセミナーの準備とパネラーのイメージトレーニング?に励んでいる間に、
『美作の山城』の解説を書いています。美作東半部を中心に625城。その内100城くらいを書いています。
大変ですねぇ。でも楽しい。陣城くさいのがチラホラみつける。マッピングしながらの作業。間に合うかなあ(..ゞアセ
福岡県の城郭も面白いけど、岡山県の城郭もバリエーションがあってとても面白い。

それに加えて、別に依頼をいただいた原稿も仕上げていきます。
9月下旬から別府大学の集中講義をする準備もそろそろエンジンかけないと(..ゞアセ。
イベント事に絡まれずにじっくりと勉強できる機会を得たタイミングで、寓居の身にオファーをいただくのは本当にうれしいこと。
しっかりと次のステップに繋げられるように、7月も引き続き、頑張りますヨ。

写真は神楽尾城です。
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2010年6月28日 (月)

26日は福史連大会で報告。

さて、26日の福史連大会のこと。
市外では「学位を持つ研究者」として評価いただき、福岡県教委からのお招きで久々に福岡県立図書館へ出張です(・ε・) 。
第44回福史連大会にて「福岡県の城郭と年代観」と題して中村修身さんに続いて80分程度報告してきました。
例年、80名程度の参加のところ、雨にも関わらず120〜150名近い参加者に恵まれたとのこと。各方面にご挨拶をかねた報告となりました。

お誘いいただいた福岡地方史研究会の石瀧さんをはじめ、福岡県立図書館の皆さんには、本当にお世話になりました。ありがとうございました!
秋から福岡県の城郭について調査を本格的に再開しますので、その節はお世話になると思います。
また中村さんをはじめ、北部九州中・近世城郭談話会の皆さんにも、会費を納めましたことですし、
これから再調査で乗り込むのでその節はとごあいさつ(^^ゞ

会場では、福史連所属の各地の研究会の冊子が出ておりました。その中で、西日本文化協会から福岡県史の県史だよりが合冊になっていたので注文してきました。
また、福岡県史の棚卸し50%offもありました。こちらは手が出せず。。。(´・ω・`)。
それから、Oさんからはトピック展示『祈りの山宝満山』の成果を拝受しました。ありがたいことです。
うききのFさんも来ていただき多謝です。8月の津山市よろしくおねがいします。
そして、近年精力的に縄張り図を書かれているFさんにもお初にお会いできたのもありがたいこと。
資料館の人と思いきや現在は同じ業界とは思わなかったでしょう(^^ゞ。機会があればご案内下さい。

と、以上私信でした(._.)オジギ

ということで、これまで捕まり続けてきたハコ芸から解放され4年ぶりに北部九州のフィールドに復帰です。
秋からいよいよ再調査。帰ってきましたのでどうぞよろしく。

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2010年6月27日 (日)

『福岡県の城郭と年代観』を話しました。

さて、26日は福岡県立図書館にて開催の『第44回福岡県地方史研究協議大会』(主催:福岡県教育委員会)に報告者として参加してきました。
福岡県では、自分の報告する場として福岡地方史研究会に属しています。
ちょうど北部九州中・近世城郭談話会を中心として『福岡県の城郭』が刊行されたので、福岡県の中世山城というテーマで依頼を受けました。

ちょうど、2008年下半期からハコ芸の展開も清算して北部九州の戦国期城郭について博論に取り組んだものの、足りないところも多く見つかったのも事実。
2009年下半期から、織豊系城郭・近世城郭から九州以外の城郭跡も積極的に回って「
学び直し」をテーマにライフワークとしての城館史料学の構築を図ってきました。
そして、今年の4月に野に放たれたのを契機に、さらにドンっと腰を据えて城郭研究の仕事をこなすようになった次第。
現在、フリーな時間で作業しているお仕事はすべからく自分の体系化へ向けての助走となっています。
そうした流れの中で夏のセミナーへ向けて、準備を進めていたところに、福史連の報告の依頼がやってきました。
そこで、2週間前の大阪・高槻での城郭談話会報告と連動させて「福岡県の城郭と年代観」というテーマで報告することにしました。

今回の報告は、まず、縄張り研究は「城郭跡を最終段階の遺構として捉える姿勢から研究をすることに意義がある」ことを前提として、
全体では元和一国一城令を下限(17世紀半ば頃まで幅を見ますが)とした上で、北部九州においては1586-87年に戦国期城郭から織豊系城郭へガラッと変化したことに着目して、
北部九州の戦国期城郭からみた城郭遺構の年代観を提示しました。

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2010年6月17日 (木)

城郭談話会で準備報告しました。

12日午後は、大坂城を後に梅田経由で高槻へ。
関西で活発な活動をする城郭談話会。会員によるフラットな運営で多くの研究成果をあげています。
以前は森之宮で定例会をしていましたが、近年は高槻市立総合市民交流センターで第2土曜日に定例会をしています。
何度か帰省の際に顔を出していたのですが、今回は夏のセミナー@姫路市を城郭談話会が引き受けることと、
ボクが西日本から1本報告すると言うことで事前準備報告をすることになりました(日本史研究会みたいでしょ(^^ゞ)

関西の芸風?は、シンポやセミナーはしっかりシナリオをこしらえて関係者で事前の段取りを詰めるよりも、
おおよその「目的」を共有した中で、それぞれが当日にフリートークを仕掛けることでライブ感をつくる印象が強くあります。
今回は皆がしゃべりたいということでボクが壇上に挙げられることになったそうなので、
それでは、フロアが仕掛けたろ!と思うような「呼び水」的な報告をしたらよいだろう、と準備をしました。

今回のセミナーのテーマは「横矢掛りから考える」。ミソは、横矢掛り考える、ではなく横矢掛りから考える。ということだそうです。
それなら、西日本をフィールドとする者が、自分の城郭研究の立ち位置を表明した上で、西日本から近年話題?の年代観について報告したらいいと思った次第。
戦国・近世期の九州は、1587年が転換点のひとつとなっています。
それ以前の在地系縄張り技術は防塁型ラインを多用し虎口も発達せず横矢掛りがまったくない。
一方、1587年以降に波及した織豊系縄張り技術による立花山城や豊前黒田領の陣城・支城になって、ようやく横矢掛りがみられるという案配。
これほどガラッと変わる地域は九州くらいのものでしょう。
そして、九州の在地系縄張り技術は1580年代に急速に発達するように、他の地域より10~15年遅れた様相を見せます。
この状況は、全国の動向に比べて、九州が「遅れていた」地域というだけなのかもしれませんが、ホントにそうかな?というのが今回の趣旨。

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2010年6月16日 (水)

上坂&大坂城に登城。

金曜日は、仕事を終えてから車に荷物を載せて出発。大分港からさんふらわあで上坂。
瀬戸内海を移動中は、個室をとって船内で福史連の原稿仕上げを執筆しながら、世界杯を堪能(^^ゞ
今回は城郭談話会でセミナー準備報告をするために、土・日曜日は実家に帰省。
土曜日の夕方から、はじめての城郭談話会での報告をしてきました。

朝に六甲アイランドに到着してから湾岸線で実家へ。荷物を解いてから南海電車と地下鉄で大阪へ。
城郭談話会で高槻に行く前に、大坂城へ訪問。
谷町線の谷町四丁目駅からだと大阪歴史博物館経由で大手口に行けるのだけれども、鶴見緑地線の大阪ビジネスパーク駅経由で北から攻めmした。
ビジネスパークから城内にはいり青屋口から入城。ここは前に張り出した「桝形」門。
そして、曲輪と化した馬出し空間を通って橋を渡り山里丸から登って「天守閣」へ。
北からのアプローチは、大坂城が淀川と旧大和川(寝屋川)の合流点に張り出した上町台地の先端を掘り切って築城されたことが実感できます。
徳川時代の造成を踏まえても、石垣高からかなりの比高差があることがわかります。
大阪のど真ん中は上町台地があって案外アップダウンが激しい。その先端部はかなり切り立ってるんだなと再確認。
そうした地形を総石垣で近世城郭に仕立てた豊臣秀吉の畿内政権としてのスタート時期のエネルギーのかけ方と、
それを埋めて主郭部の面積を広げた最新モードに改修した徳川政権(というか西国大名)のエネルギーを直視してほしいもの。

大阪城天守閣は、
展望台まで上がってみると、外堀で囲まれた曲輪配置がみれてなかなかよい案配でした。
一見、観光施設ですが、中はれっきとした歴史博物館。
豊臣政権を考える上では基礎となる史料を収集し、基本となる図録もたくさん出しています。1,500円前後とリーズナブル。
豊臣政権をきちんと抑えたいと思う今日この頃ですので、この日は過去の図録「秀吉家臣団」「秀吉お伽衆」「五大老」を3冊購入しました。
以前は、城内の隣接した位置に市立の大阪歴史博物館がありましたが、現在はBKと一緒になり難波宮&近世テイストの歴史博物館になっています。
対比を考えても、豊臣政権・桃山時代の収集史料が充実した大阪城天守閣に、城郭史・考古学・建築史方面からの大坂城の研究成果がより加味されると面白いなあと思いながら歩きました。
大坂城ガイドブックとか編集すればガイドツアーとも連携できますし。外国観光客も大坂城そのものを柱にしていろんな分野から紹介したら、より要点を伝えやすいかもとしばし妄想。
で。近年のボクは、豊臣・徳川初期を中心にしっかり考えたい(だから伏見城もはずせない)と思うところがあるので、
涼しくなったら、あらためて丸一日大坂城巡りで観て写真撮影兼ねて観て回ろうと再訪を思案。

この日は、図録を無事入手してから報告会の準備のため大手口から下城。
谷町四丁目前の大阪歴史博物館は近代建築の展覧会があったけど、城郭談話会の報告があるのでやむ得ずスルーして梅田経由で高槻へ移動しました。
この日は暑かったので城内巡りは延期。次はしっかり歩いてバンバン写真撮りましょう(^^ゞ。

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2010年6月14日 (月)

瀬戸内航路ゼヨ。

古来より、上坂するときは「海路」に決まってるゼヨ。
ということで、金曜の夜に「太陽丸?」で瀬戸内海を上坂。
船内にてしばし原稿を仕上げ、熟考。
大坂城に寄ってから淀川右岸の高槻に討入りして喧々諤々。日曜の夜に再び瀬戸内海を下り候。
これまた船内にて原稿をまとめ、しばし熟考。

昨今、龍馬気取りが多いけど、亀山社中や船中八策のようにチャンと船を利用してから語らんと罰があたるゼヨ。
って、別にどこかの回し者ではないけれど(^^ゞ
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2010年6月11日 (金)

西から読み解く年代観。

まもなくワールドカップですが、こちらはただいま報告の仕上げと美作の城館と論考で追い込み中(^^ゞ
その合間をぬって、先々週(5月最終週末)は、豊臣・徳川移行期を伝える城郭遺構、伏見城を考える見学検討会に参加。
先週(6月第1週末)は、九重で、建築学会九州支部建築意匠部会での恒例の合宿に顔を出し、藤井恵介氏の濃縮還元な日本建築史レクチャを拝聴。
と実に濃密な日々を送っております。

藤井先生の日本建築史は久々に「日本建築史」のレクチャーを聴いて刺激的でした。太田博太郎『日本建築史序説』についても議論ありの内容で収穫あり。
加えて、帰宅してから古書サイトを探索してみるとなかなか安価で手に入らない『文化財講座日本の建築』全5巻が安価で売っていたので
ようやく仕入れることが出来ると言う奇遇に恵まれたのも収穫。
こちらも、しっかり「建築史料学」と言えるようなものを指向したいと思う次第。

一方、城館史料学の方では夏のセミナーの準備を進めています。
今回は、城郭の年代観について、西南日本(中国〜九州)界隈の城郭跡の事例をもとに城館史料学の方法論を使って組み立ててみようといろいろ調べています。
昨今、東日本から城郭の年代観を問う議論が見かけます。
文献史学の成果を遺構や遺物評価と重ねることで、従来の縄張り研究などの年代観の甘さをつく内容が多くあります。
確かに、縄張り研究者の中には、近年、遺構の年代観について一貫した姿勢がみられない論点を出される方が居られるとしても、
そんな縄張り研究者の論調に対して、問題提起をされている方の他の尺度からの年代観やそれに乗った文献史学からの議論も検証されてしかるべきかと。

そうした学際的な問題関心から、西日本から目線でどういう視点が提示できるのか?を考えてみようと思った次第。

既に西日本の研究成果では、城郭遺構の検証から陶磁器・石垣・瓦といった指標の見直し作業が進められています。
例えば、古唐津の陶磁器編年については縄張り研究による岸嶽城の成果から1580年代説は否定され1600年代へと見直しを求める議論が提出されています。
木島孝之「唐津焼創始時期-1580年代説-を問う〜岸嶽城の縄張り構造の解明を通して〜」
古唐津の初期の編年がズレることは、これまでの古唐津編年に拠ってきた年代観の見直しを迫るものです。
このように、他の編年・年代観についても城郭遺構と絡む場合などから再検証する機会があってよいと思います。
そうした流れに学びながら、城館史料学の方法論をもとに西国から場を求めて、畿内、東海・関東へと進展させたら。と思っています。

西日本は、織豊系縄張り技術と在地系縄張り技術が異なった系譜で発達した状態でぶつかり、前者が後者を席巻するという図式。
畿内・東海・関東とはそういった点で違いがはっきりわかる地域性を持ちます。
それ故に、これまでの議論と異なる角度から読み直しができるのではないだろうかと(^^ゞ。

この魅力あるチャレンジのためなら、これまでの活動を整理し城郭研究に専念する時間を手に入れた価値があったと言うものです。

2010年6月 3日 (木)

6月は世界杯モードです。

6月はデジタルテレビとデジタルアンテナをセッティングして準備万端(・ω・)ノ
ということで、南アに行って、原稿を持ち込んでテレビと共に過ごします。

チャオ!

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2010年6月 2日 (水)

『小西行長—「抹殺」されたキリシタン大名の実像—』

先日届いた八木書店の案内をみると八代市博の鳥津さんが労作を刊行されるとの案内が目に留まりました。
『小西行長—「抹殺」されたキリシタン大名の実像—』 です。
コニシタンのハートをわしづかみした「小西行長展」を企画した鳥津さんが八代市博のハコ芸ネットワークを活かして作成された図録を
さらに進化させた労作と拝察します。徹底した史料調査と検証を加えてアカデミックな一冊にまとめられたようです。
5,040円なり。まさにハコ芸の真骨頂、これくらい取り組まないといけないな、と感じ入ります。

以前に八代市博の「小西行長展」の史料調査で来られたときに、ボクが天正16年9月25日の年次で
小西行長の花押が入った鳥飼権右衛門宛「小西行長知行宛行状」の原文書を紹介させていただいたご縁があります。
九州の豊臣大名時代に発給した行長の原文書で年号がわかるものとしては最も古い史料です(^^ゞ。
花押の年代比定でも指標になる史料で大変気に入っていただき、いろいろな場面で使っていただきました(^^ゞ
以前にボクが収蔵庫に埋もれていたのをたまたま見つけだした時に、コチラでは使いものにならないけれども、全国的には必ず重要な史料となると目をつけていたもの。
コチラで埋もれさせることなく、うまく表に出すことができた史料です。
ハコ芸で全国のことを常に意識しながらローカルで活動してきた10年間の中で、数少ない、仕事を介したアカデミックなつながりを活かすことができた機会でした(^^ゞ

たぶん掲載されていると思いますので、今のボクはもう二度と扱うことがないだろう(^^ゞ史料が、こういう形で活かされてホント楽しみです。
小西行長研究では絶対にはずせない貴重な成果です、ぜひ。

2010年5月31日 (月)

科研費。

平成22年度科学研究費補助金の配分について(文部科学省HP)

本資料は、平成22年度の科学研究費補助金(科研費)のうち、4月1日に交付内定を行った研究種目について配分結果をとりまとめたものです。
 応募のあった約12万5千件の研究課題のうち、ピア・レビューによる厳正な審査を経て、約5万7千件を採択し、総額約1,353億円(直接経費)を交付する ことを内定しました。このうち、新規採択分は、約8万8千件の応募に対し、約2万件を採択し、総額約474億円(直接経費)となっています。
 新規応募件数は、前年度より3,634件(4.0%)の減、採択件数は1,493件(7.1%)の減でした。また、採択率は、前年度より0.7%減の 22.4%となりました。


ボクも採択されるような優れた研究プログラムで研究協力者などに名を連ねるようになりたいものです。

2010年5月30日 (日)

伏見城研究の成果と課題に行ってきました。

大阪歴史学会の見学検討会「伏見城研究の成果と課題」に行ってきました。
午前中は伏見城跡(明治天皇陵宮内庁管理地のぞく)の見学会、午後から検討報告会のスケジュール。

ありがたいことにこの日も晴天。
朝から南海→地下鉄→京阪で丹波橋まで。集合場所の近鉄桃山御陵前駅で降りるとたくさんの人だかり。
をを!と思っていると龍馬の見学会なグループと待ちあい場所が同じだったようです。さすが歴史と文化のまち伏見です。
と、それを差し引いても伏見城見学会は予想以上の参加者に恵まれ、事務局は対応にてんやわんやだったようです。
いつもは大阪歴史学会の会員や参加者が集まって多くても80名くらいだそうですが、

この日は200人は軽く超えたらしく伏見城への関心の高さがうかがえます。
ナビゲーターは午後からの報告者でもある中井均さんと森島康雄さん。たしかに聴きたいですね。
この日は伏見城だけに、歴史・考古・博物館な各分野の方々にお会いできました。皆さんに近況のご報告もしたりして(^^ゞ

昔は京阪特急が伏見に止まらなかったこともあり、私自身は伏見城や伏見界隈には行ったことがありませんでした。
現在の伏見城跡は明治天皇の陵墓が南斜面にあるため、本丸・二の丸などの主要部の立ち入りは制限されています。
それでも、日本史研究会編による『豊臣秀吉と京都』や高田徹氏による調査可能範囲の遺構調査による基礎的考察(中世城郭研究19号)などの先行研究があります。
それらの成果を踏まえて、可能な範囲の城跡を歩き現地の様子を探るのが今回はじめての伏見城跡訪問の大きな目的。
本当は、去年あった16学会による伏見城陵墓内立ち入り調査の報告会に参加したかったのですが、その時は仕事の関係で行けず。
でも、今回は大手を振って土日に参加できました(・ε・)。

木幡山にある伏見城跡はキャッスルランドだった北の長束大蔵曲輪から北堀跡の公園を中心にみてまわることができます。
桃山御陵前駅から御香宮を通って明治天皇陵参道まで登っていきます。天皇陵には行かずに北側の方へ廻っていくコース。
現地を歩いて、予想以上の長い傾斜がかなり印象的でした。ゆるやかな坂が際限なく続いた先に木幡山があります。予想以上の高低差。
城跡は石垣がほとんど抜かれた状態で、遠目にみても切岸らしい地形がみえました。たぶん石垣は抜かれて宇治川の護岸に使われたのでしょう。
治部池などの北側の堀は、自然地形の池を取り込み巨大な遮断線となっていました。
北堀は堀底がそのまま公園になっており、やはり巨大な遮断線を形成しています。
やはり、豊臣秀吉晩年に築城されてから徳川初期まで政治の中心となった公儀の城郭。とにかくでかい。
帰りは、伊達街道から桃山高校を経由してひたすら傾斜の西側斜面地を下って丹波橋まで。

それにしても、何とか宮内庁の理解を得て管理地となっている主郭部について縄張り調査をお願いしたいですね。
発掘などは無理ですが、縄張り調査に長けた研究者による調査グループで入れば、4〜5日もあれば現況遺構図ができるでしょう。
考古学的調査法のひとつ縄張り調査を導入すれば、豊臣・徳川移行期の慶長・元和期の政治と社会を知る貴重なデータを得ることができます(^^ゞ。
但し、それは最終段階の遺構がわかるということです。たぶん、現況遺構の踏査と考察を抜きに他の資料を駆使して一足飛びに秀吉晩年の様相を探ろうとしても八方塞がりになると思います。
城郭史料学は「最終段階」を示す現況遺構を踏まえた上で遡及的に考察を深める学問ですので、
文献史料や絵図で状況証拠を固めつつ、現地調査による遺構の読み込みを柱として、モノ(遺構)から歴史を読み解くのがキモであり、
伏見城研究にもそうした有効性を発揮すると思います。

午後からは研究報告会。感想は別途資料を読み直してから(^^ゞ。
あとは懇親会まで参加しました。お城屋さんの密度の濃い会でしたが、皆さんどうもお世話になりました。
Hさん、労作ありがとうございました!と業務連絡(^^ゞ

写真は伏見城治部池を遠くから。冬にもう一度ゆっくり観に行こうと思います。
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2010年5月26日 (水)

渋さ知らズ!@ベップオンガク

仕事を終えて、ひとっ飛び。
行ってきました別府の盛り場北浜通りにある、元すとりっぷなA級別府劇場こと別府永久劇場。
アートNPOのBEPPU PROJECTが進めるPlatformプログラムによるまちなかリノベーションスペースです。
この夜は、そんな別府永久劇場がクアトロみたいなライブハウスになった、渋さ知らズ!のライブ。
福岡居たときから行きたかった、渋さ知らズ!のライブ。
まさかBEPPUで、こんなロケーションで観れるとは。ベップオンガクありがとう!


やっぱり素晴らしいライブでした、渋さ知らズ!オーケストラ。
設備は悪くても最高のロケーションで、お約束に花道と回転舞台も使っての
演劇空間&ビックバンドごちゃまぜライブのような、それでいてとてもエロティックで舞踏でアートな2時間のライブ。
BEPPUならでは!な仕様の渋さ知らズ!のライブ。
当日は完売。来た人は最高の時間を共有できたはず。
2時間弱ぶっ通しで音楽のシャワーと舞踏が入り交じる、酸欠すとりっぷ劇場ライブハウスとなりました。
こちらも負けずに2時間ぶっ通しで飛んだり跳ねたり。。。間違いなく筋肉痛だ(^^ゞ

この空間が開幕後は狂気乱舞の舞台となった別府永久劇場。真ん中の花道は現役時代はすとりっぷ(^^ゞ
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Foxkeh! フォクすけ!



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