3日は雨天の中、2週連続して福岡へ遠征。
先週は福史連大会にて『福岡県の城郭』について報告しましたが、
今回はアートサポートふくおかにて去年やった「テラマチあります」についてこっとんのTさんと一緒に報告です。
「連続講座2010 アート
でつなぐ人とまち」→第4講「まちとアート・大分県竹田編」です。
アートサポート福岡には、2008年にリサーチを兼ねて「連続講座2008 アートでつなぐ人とまち」を受講したご縁です。
それでホントに2009年にアートプログラムをやった事例と言うことでお招きいただきました。ありがたいことです。
内容は
『この回の講師は「連続講座」受講生OB&OG。お2人は城下町・大分県竹田でアートを通じたさまざま出会いやアーティストを招聘するプログラムを提案する
実験を計画。2009年度、アサヒビールが支援するアサヒ・アート・フェスティバルに採択されました。「歴史の道アートイノベーション実験『アートと歴史
の出会うまち<テラマチ>あります。』」の様子と竹田をアートで盛り上げる仕掛け人としての思いをうかがいます。』
ということで1時間半を2人で分担して報告&質疑応答。
単にこんなことしました。という報告では意味がありませんので、2つの力点を置いてそれぞれ担当として報告しました。
ボクの方からは、歴史的遺産を残すまちにおいて「歴史と文化のエコミュージアム」を展開する上で、
「現在」をテーマとするアートとの出会いをなぜ必要と考えたのか?を話すことに力点を置きました。これはボクの担当。
「過去」=歴史(歴史的文脈) と 「現在・未来」=アート がただ出会ってアートが過去のモチーフを焼き直すのでなく、
「過去」=歴史(歴史的文脈)と「現在・未来」=アートの出会いから、過去から現在・未来へ、現在・未来から過去へ行き来することで、
過去だけでない現在の生活文化に新たな視点を提示できるのではと言う見込みを考えて企画したことなどを報告しました。
そして、今回の企画をなり立たせる背景にあるギャラリーやデザイン活動の面から話すことはデザインディレクターをされているTさんから。
テラマチ企画はこれまで地域の中で積み上げられてきたギャラリー活動やアートプログラムの積立てを基盤に、
既存の施設やリノベーション事業の成果を援用することで成り立っていましたからこの組み合わせとなりました。
これらの報告を通して、まちとアートの出会いを生み出す場において、潜在的に地域の人たちが持っている創造性とコミットし、
さまざまな回路から同時並行的にアプローチを重ねることに意味があるという「特徴」が少しは出せたかなと思う次第。
自然と歴史と文化が絡み合う上質の環境を持つ希有な地域に住んでいますが、それを育んだのは市井を生きる人たちです。
単に「いいものだから」と外から持ち込んで植えてもしばらくすれば枯れてしまうでしょう。
過去の歴史遺産の中から文脈を適確に読みこなす読解力と、その中から本質を見出す着眼点の精度のよさ、が必要です。
今回の企画ではテキストを読みこなす方はできるのですが、
本質を見出す着眼点のよさはボクにはないので(^^ゞ、随分と助けていただいたわけです(企画力も多分に(^^ゞ)。
しばらく振り返る機会がなかったので、今回考える機会を与え下さったアートサポートふくおかの古賀さんには本当に感謝しています!
引き続き、まちとアートの出会い、アートと歴史の出会いについて考えていこうと思っています。
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さて、26日は福岡県立図書館にて開催の『第44回福岡県地方史研究協議大会』(主催:福岡県教育委員会)に報告者として参加してきました。
福岡県では、自分の報告する場として福岡地方史研究会に属しています。
ちょうど北部九州中・近世城郭談話会を中心として『福岡県の城郭』が刊行されたので、福岡県の中世山城というテーマで依頼を受けました。
ちょうど、2008年下半期からハコ芸の展開も清算して北部九州の戦国期城郭について博論に取り組んだものの、足りないところも多く見つかったのも事実。
2009年下半期から、織豊系城郭・近世城郭から九州以外の城郭跡も積極的に回って「学び直し」をテーマにライフワークとしての城館史料学の構築を図ってきました。
そして、今年の4月に野に放たれたのを契機に、さらにドンっと腰を据えて城郭研究の仕事をこなすようになった次第。
現在、フリーな時間で作業しているお仕事はすべからく自分の体系化へ向けての助走となっています。
そうした流れの中で夏のセミナーへ向けて、準備を進めていたところに、福史連の報告の依頼がやってきました。
そこで、2週間前の大阪・高槻での城郭談話会報告と連動させて「福岡県の城郭と年代観」というテーマで報告することにしました。
今回の報告は、まず、縄張り研究は「城郭跡を最終段階の遺構として捉える姿勢から研究をすることに意義がある」ことを前提として、
全体では元和一国一城令を下限(17世紀半ば頃まで幅を見ますが)とした上で、北部九州においては1586-87年に戦国期城郭から織豊系城郭へガラッと変化したことに着目して、
北部九州の戦国期城郭からみた城郭遺構の年代観を提示しました。
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12日午後は、大坂城を後に梅田経由で高槻へ。
関西で活発な活動をする城郭談話会。会員によるフラットな運営で多くの研究成果をあげています。
以前は森之宮で定例会をしていましたが、近年は高槻市立総合市民交流センターで第2土曜日に定例会をしています。
何度か帰省の際に顔を出していたのですが、今回は夏のセミナー@姫路市を城郭談話会が引き受けることと、
ボクが西日本から1本報告すると言うことで事前準備報告をすることになりました(日本史研究会みたいでしょ(^^ゞ)
関西の芸風?は、シンポやセミナーはしっかりシナリオをこしらえて関係者で事前の段取りを詰めるよりも、
おおよその「目的」を共有した中で、それぞれが当日にフリートークを仕掛けることでライブ感をつくる印象が強くあります。
今回は皆がしゃべりたいということでボクが壇上に挙げられることになったそうなので、
それでは、フロアが仕掛けたろ!と思うような「呼び水」的な報告をしたらよいだろう、と準備をしました。
今回のセミナーのテーマは「横矢掛りから考える」。ミソは、横矢掛りを考える、ではなく横矢掛りから考える。ということだそうです。
それなら、西日本をフィールドとする者が、自分の城郭研究の立ち位置を表明した上で、西日本から近年話題?の年代観について報告したらいいと思った次第。
戦国・近世期の九州は、1587年が転換点のひとつとなっています。
それ以前の在地系縄張り技術は防塁型ラインを多用し虎口も発達せず横矢掛りがまったくない。
一方、1587年以降に波及した織豊系縄張り技術による立花山城や豊前黒田領の陣城・支城になって、ようやく横矢掛りがみられるという案配。
これほどガラッと変わる地域は九州くらいのものでしょう。
そして、九州の在地系縄張り技術は1580年代に急速に発達するように、他の地域より10~15年遅れた様相を見せます。
この状況は、全国の動向に比べて、九州が「遅れていた」地域というだけなのかもしれませんが、ホントにそうかな?というのが今回の趣旨。
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